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    ロマ🐱

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    ロマ🐱

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    白葉月になってから、葉月のいない七月七日に願いをかける五官王様の話です。

    風に揺れて物悲しく、乾いた音が鳴る。どこかの竹藪から切り出された立派な笹に、数多の願いが靡いていた。

    妖怪達はお祭りだなんだと騒ぎ立て、広場で宴会の真っ最中。妖怪横丁の一角に飾られたこの笹を見上げる者は、今は五官王ただ一人。
    その隣に設えられた机には、色とりどりの短冊と、数本のペンが置かれていた。
    まだなんの願いも背負わぬ短冊を一枚、提灯に照らされた薄暗い空へと翳す。

    「お前とこの笹を見たのはもう何十年前だったか」

    一人呟く彼の脳裏に浮かぶのは、あどけない表情で自身を見上げた、いつかの葉月。




    「五官王様はお願い、書かないんですか?」

    左手に短冊、右手にペンを持った葉月が五官王を見上げた。その手に握られた短冊はまだ白紙のままだ。よかったら、と、両手にある二つを五官王へと差し出す。
    その手を軽く制し、薄い笑みを返した。

    「儂はいい。織姫と彦星も、地獄の王からの願い事は荷が重かろう?」

    「ふふ、そうかもしれませんね」

    くすりと笑うその顔は屈託なく、淡く染まった頬のまま、五官王の隣で天まで伸びるような笹を見上げた。

    「お前の願い事はなんだ」

    「五官王様、こういうのは聞かないものですよ」

    「どうせ飾れば見える」

    「見ようとしないでください!?」

    ささやかな冗談に笑い合う、ありふれていて尊い時間。



    あの時の葉月の願い事は何だったか。
    もう幾度となく葉月の隣で七月七日を過ごしてきた。毎年同じようで、少しづつ違う二人の距離。
    それらの日々も、今となっては遥か昔の思い出に過ぎない。

    葉月が地獄を離れた今も、こうして一人地上へ来てしまうのは、希望を捨てられないからだ。この短冊の中に葉月の望みが隠れているかもしれない。そんな思いが五官王を突き動かしていた。
    見に来たところで、短冊を漁るような無粋な真似ができないことなど重々承知。
    それでも、こうして笹を見上げる隣に、もう一つの影が並ぶことを夢想するのだ。

    「お前たちを羨ましいと思ったのは初めてだ」

    笹よりもずっと上。この妖怪横丁からは見えない遥か彼方の星空で、今頃逢瀬を遂げているであろう恋人たちにそうごちる。

    小さな短冊にペンを走らせた。
    けれどそれを笹に結びはしない。
    自身の胸の前、願いを込めて柔く吹けば端から燃えて空へと舞った。

    (この願い、誰にも預けぬ)

    静寂の中、紺の着物が闇へと消えていった。









    ただ幸せであれ───
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