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    mitsu_ame

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    ぽいぴくテキストテスト

    くりんばわんどろになるはずだったやつ

    大倶利伽羅が顕現したのは、8月の暑い盛りの頃。発足して4ヶ月を数える本丸の、15番目の刀だった。
    その時の近侍は山姥切国広で、「慣れ合うつもりはない」と言った大倶利伽羅に「では用がある時はコレを引くように」と言って己の布の端を掴ませたてさっさと歩きだした。手放してもよかったのだけれど、何故だか大倶利伽羅は持たされたばかりのそれを引いて「どこへ」と聞いた。
    「本丸内を案内する。最後に割り当ての部屋を教える。俺と同室だ」
    身体の殆どを布で覆っているせいで、どこを向いているのかもよくわからない男は籠った声で答えた。言い終わるとまたすたすた歩く。大倶利伽羅はやっぱり何故だかくたくたの布を手放せず、それを持ったまま後をついてまわった。これが顕現初日の話だ。

    降りてふた月もすれば、本丸での生活はおよそ落ち着いた。降りたのが少しばかり早かった山姥切国広は大倶利伽羅の教育係になって、はじめのやりとりが習慣になり、山姥切国広とともに居る時は彼の布の端を掴んでいた。そうしていると、なにくれとなく構ってこようとする周囲に対して山姥切国広が「俺がお勤め中なんだがな」と言うのだ。教育係であることを指しているらしい。その主張で他人がスっと引いてくれる。大変に便利なことであったので、大倶利伽羅は積極的に布を掴んだ。なにせ、掴んでいる間は周りは不干渉だし、布を引かぬかぎり山姥切国広はこちらに関わってはこない。
    今は空っぽの己の左手を握って、開いて、また握る。秋の気配が色濃くなった今日この頃、指先はすぅすぅ冷える。身体を預けていた樫の木は立派で、大きな木陰の中は陽が傾くにつれて寒々しい。立ち上がり、木陰から出る。ゆるやかな傾斜の上から眼下を見れば、夕陽の橙色に染まる、一面のコスモス畑が見えた。訪れた当初、陽の高い内は、白と、桃と、まばらに紅色をした花々が賑やかなものだったが、今は西日の放つひかりによって橙の濃淡だけでさわさわ揺れている。こちらの方が好ましいな、とぼんやり思って、山姥切国広はどうだろうか、と、持ってもいない布を引くように、また拳を握って開いた。
    山姥切国広は遠征に出ている。そもそもこうして裏山へ散策に出たのも、非番の己がひとりで自室に居れば誰かしらがご機嫌伺いに来るだろうことが明白だったからだ。ただ、帰還予定の時刻はそろそろだったはずだ。戻ったら聞いてみようか、と思って、実物を見せてからの方がよかろう、と考えた。彼だって、この景色はまだ見たことがないだろう。きっと。
    ぐぅ、と腹の虫が鳴く。次に来るときは何か食べるものも持参しよう。あとあたたかい飲み物。ひゅうぅと襟足を撫でていく風にそっと身震いしながら、大倶利伽羅は本丸への帰路を取った。

    果たして、戻った自室には山姥切国広がいた。布を引く。布のかたまりの動きでこちらを見ていることが分かった。この白いかたまりの扱いにも慣れたものだ。
    「見てもらいたいものがある。明日、菓子でも持って裏山へ着いて来い」
    用件を言うと、なんだか驚いたような呼吸がした。
    「見てもらいたいもの?」
    「まぁ、景色だ」
    「…………」
    今度は無言が返る。『教育係』の自負で、大抵のことは聞けば返ってくるのに、珍しいことだった。
    「それは……ピクニックしようってことか」
    聞き慣れぬ言葉が出てきたので首を捻ると、「食べ物なんかを持ち寄って外で景色を見たり散策することだ」と今度はいつも通りお勤めが果たされる。
    「おおよそそのようなものだ」
    それを聞いて山姥切国広は「わかった」と頷いた。
    明日は大倶利伽羅に出陣の予定があったので、その帰還後、出かけることになった。

    翌日。出陣を卒なくこなし、待ち合わせ場所に向かった大倶利伽羅は目を剥いた。そこには山姥切国広だけでなく、ほかにも幾振りかが居たからだ。
    「おつかれ」
    籐製のカゴを抱えた山姥切国広が傍までやって来て言う。紙コップの入った袋を持った乱藤四郎も駆け寄って来ておかえりなさーいと続いた。少し離れたところにいる者たちの声がふたつみっつと続く。戸惑って、サッと山姥切国広の布を引く。返事もしない大倶利伽羅を、山姥切国広はキョトンと見た。不思議に思っているのは大倶利伽羅の方だ。
    「これは……?」
    「ピクニック、だろう? ピクニックは大勢で、たんとおやつを持ってでかけるものだ」
    ぱしぱし瞬く大倶利伽羅へ、山姥切国広が首を傾げながら言った。それから急にハッとした顔をする。
    「誰かから、春にやったピクニックの話を聞いたんじゃないのか?」
    「なんだそれは……」
    「桜の頃に、その、本丸の発足祝も兼ねてやったんだ。その頃はまだ少人数で、俺もいなくて……もっと刀が増えたらまたやろう、と主が言ったらしい。ピクニックの醍醐味は『大勢で、たんとおやつを持ってでかけること』だからと」
    ここへ来て話の行き違いがはっきりして大倶利伽羅は己の迂闊さを呪った。もう少し、言葉の扱いには慎重になるべきだった。あまり使わないと身体は鈍らになるらしいが、言葉も同じなのかもしれない。敵を斬るのに、曖昧に、なんとなくで身体を扱うことはない。故に鋭く過たず刃を振るうことができる。同程度とまでいかなくとも、多少は言葉も気にして使うべきなのだろう。今まで言葉の扱いといえば、布を引いて、浮かんだ言葉を発しさえすればいいものだった。それでは不都合なこともあるのだ。
    「でかけないの?」
    黙りこくった大倶利伽羅と山姥切国広とを下からチョコンと覗き込んで、乱藤四郎が問うてきた。
    「うぇっ? あ、え、……お、おう…………」
    『はい』か『いいえ』かもはっきりしない返事を山姥切国広はした。ただ、ほかの刀へ寄っていく風であったから、『はい』の方だったのだろう。
    その様子を見て、大倶利伽羅はただただその場に立ち尽くした。声かけをした山姥切国広からすれば今更行かない、とはできないだろう。そして元々山姥切国広を誘ったのは大倶利伽羅なので、揃って出かけるしかあるまい。分かっていても足は動かない。
    「大倶利伽羅?」
    行ってしまうかに見えた山姥切国広が振り返り、大倶利伽羅の名を呼んだ。はやく来いということだろう。だけれどやはり、足は動かない。間抜けにも、まじまじと目を合わしているばかりになる。
    「どうした、何か用があるんだろう」
    言われて初めて、自分が何をしているのかを知る。山姥切国広が振り返ったのも、大倶利伽羅へものを尋ねたのも、彼の布を引いていたからだ。だが、なぜこんなことを?
    そうは言っても大倶利伽羅は襤褸布の端をしっかと掴んでいたし、それを引っ張ってもいた。「用がある時はコレを引く」。そのような習慣であるはずだ。けれど、気持ちを表す言葉も、尋ねるための言葉も、今の大倶利伽羅には持ち合わせがなかった。
    使わなければ鈍らになる。大倶利伽羅は、扱えぬ言葉を持て余して、やわらかな布地をきゅぅと引いた。
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