「あいしてるよディルック」
カウンターの向こうにいるその相手は一瞬手を止めた後、何事も無かったかのようにもとの動きをし始めた。
「…なんだ。悪い冗談か」
「いやちょっとしたゲームだよ」
ははっと笑った後に賭けを持ち出す。
「これからお互いに愛を囁きあって先に照れた方が負けだ。簡単だろう」
「…簡単だな」
ディルックは少し思案した後、すでに結果は見えているようなトーンで答えた。それに対戦相手は気付いていない。
「僕も、愛しているよガイア」
その一言でゲームは始まった。…のだが。
「お前のその燃えるような髪の色もあいしてる」
ガイアはディルックの顔を覗き込むように、上目遣いも使いながら心を込めて言っているのに対して、
「そのへばりついた心ない笑顔も愛している」
淡々と事務作業のように目をそらしたまま棒読みでディルックは愛を囁く。
「…何だかんだで面倒見のいい所もあいしてる」
そんな姿に苛立ちを覚えながらも頑張って応戦するも
「その心の奥ではなにを考えてるのかわからない話し方も愛している」
もう我慢なら無かった
「ちょっとストップストップ…なんだ悪口大会か」
右手に持っていたグラスを強めに叩きつけながら抗議をするとやっとガイアを見据えるが相変わらず面倒くさそうな表情で、あろうことか鼻で笑う。
「…心外だな。好きなところを並べ立てていくのだろう」
「どこがマイナスイメージしかないだろうもっとこう…なんかないのかよ」
勢いが良かったセリフも後半になるにつれどこか弱々しく視線も泳ぎ、言い終わる頃には随分と萎んでしまったガイアの姿を見下ろして、
「そうか、ならば…」と、しめたとばかりにディルックは気付かれないように笑う。
「…腕枕をしている時に無意識にすり寄ってくる所だとか頭を撫でると柔らかく笑顔になるところだとか最中はにいさんと呼」
「わーやめろやめろなんだ急にそんなことしてない」
さらさらと流れ出す羞恥のセリフに耐えかねて無意識に立ち上がりディルックの口許を両手で覆う。…他には客は誰もいないのだが。
「…嘘をつくわけないだろう」
その手を剥がし、
「真顔で言うなもういいノーカンだ俺は帰るぞ」
振り払おうとするその手を逆に引き寄せて、
「ふふふ、全く。愛おしいな君は」
「…っ」
手の甲に口付けをする。
ガイアは身体の内から上ってくる物を抑え込もうにももうすでに溢れていた。
それを悟られまいとあいた片腕で顔を隠そうとするが明らかに紅潮しているのがわかる。ふと、無意識にディルックは「愛おしい」と口に出していて。改めて意識下でもう一度。
「愛おしいよ、ガイア」
「やめろその顔やめろ」
もう真顔でいる必要はないので、対ガイア用の柔らかい笑みで。
すでに我慢できないのはわかりきっているガイアはあきらめて真っ赤な顔で両目をぐっと瞑り改めて抗議する。
ぐい、とガイアの腕を後ろに引くと一気にガイアとディルックの距離が縮まる。ガイアはたまらず視線をそらしたがディルックの片方の手でそれを阻止され口付けをされた。それは短時間の触れるだけのものではあったがガイアには効果底面だった
「…もっと君を口説いていいのか」
普段ならば否定しかされなさそうなセリフにも
「よくな…くはないが別に今じゃなくていいだろう」
素直になってしまっている。
一度手を離すと自分の手首を擦っているが何かを期待しているのは手に取るようにわかる。…のでそれを与えてやる為にディルックはカウンターを出てガイアの前に立った。
「おいで、ガイア」
俯いて小さな声で
「…ゲームは」
と、抵抗する姿がどうしたって可愛くて
「僕の負けだよ」
と嘘をついた。
その途端嬉々とした笑顔に変わり、まだ頬が染まった状態で10センチもない距離で上目遣いをしてくるから困る。
「ふーんじゃあ飲み放題と言うことでいいのか」
「そうだな、どのみち今日はもう店じまいだからな」
ニコニコと猫のように無意識に頭を擦り寄せてくるガイアに、自覚されないようにするのは容易いことだった。
そのまま頭から頬、顎に手を滑らせてくい、とガイアの顔を自分に向けて
「だからもういいだろう」
と言うと、自分の声が欲情しているのが良くわかる。
それはガイアも同様で
「…うん、こいよ」
くるりと反転し椅子に座りカウンターに背中を預けて押し倒されるように今度は深い口付けをした。