あの日見たお前の燃える瞳は忘れない。それは、燃え尽くされるような赤。
その日、お前の体に俺は、一つ目の傷を刻んだ。
嘘つき嘘つき嘘つき。
今まで培ってきたもの全部。ディルックとの思い出を全て。俺は捨てた。
自分の意思とは無関係に放たれた氷の刃は、溶けるはずの炎とぶつかり弾けた。嵐の中、閃光が走り、それらは黒となった。
…気付けば自分は、まるで罪滅ぼしのように騎士団の一員として働き、無心に闘っていた。その間得た物は、貼り付いて剥がれない笑みと、心に嘘をつく術のみだった。
その日は何をしていただろう。モンドの街に『闇夜の英雄』なんて噂がたち始めた頃。働き詰めで久々に街中を歩いているとその姿はあった。
その焔色の髪を、忘れたことはない。…あの日、ワイナリーの一室に仕舞われた神の目を見た時にもう二度と会うことはないのだと、過去を捨てるためにその場を離れたのに。
その姿を見ただけで、今までの思い出が、心に閉まっていた気持ちが溢れだした。
あれからいくつの夜を見たんだ。焦がれていた気持ちは止まらなくて。でも、
「新しくオーナーになったディルックだ。よろしくな、ガイアさん。」
その一言は、俺たちの繋がりがとっくにほどけていたことを知らしめただけだった。
それから、俺は、少しの暇さえあればエンジェルズシェアに通い詰めるようになった。…少しでも、何度でも、繋がりを、結び直せやしないかと。
そして、今日も風立ちの地に堂々とそびえ立つ大きな樹の下で横たわる。
キラキラと輝く星はまるで過去の自分のようで。
よくアデリンの目を盗んでここで遊んでいたあの日々を。
夢であればと、そのままゆっくりと、微睡むように黒の世界に溶け込んでいった。
◆
あの日見た君の冷たい瞳は忘れない。それは、心までも凍らせる青。
なんで、なんで、なんで。
まだ幼かった心は何もかもを受け入れられなかった。
自らの手で父親を殺め、信頼していた兄弟には裏切られ、兄として弱く守らねばならないと思っていた弟に、ここまでの力があるなんて考えてもいなかった事ま赦せなくて。騎士団にすら、僕の居場所は無くなって。
神の目を引きちぎり、現実から逃げ出すために外の世界に飛び出した。
僕は既に一度、死んだ。あの人に助けられなければ確実に。
それからは何故か心がスッキリと晴れていた。
あの日感じたどす黒い気持ちは、まだ自分が未熟だったからなのだと。
…そして、
「ディルック…っ」
「よろしくな、ガイアさん」
君に出逢い、少しずつ君を、思い出した。
思い出したが故に、まるで人が変わったかのようなその軽い口調を毎日のようにグラスを拭きながら聞いていると、この数年間できっと幾つも変わってしまったことがあるのだろうと否が応でも認めざるを得なくて、喉元まで出てくる思出話には、なかなか手が出せなくて。
ふと、あの場所に行ってみようと思ったんだ。
◆
夜も更け、少し湿った草を歩くと心地のよい音がした。
「ここは変わらないな。」
そう、ディルックは大樹を見上げ独り言を漏らした。
ちゃり、と、腰に下がっている神の目が揺れる。
これが憎しみの対象から外れたのはいつからだったろうか。そう一度見やった後、ふと、人が横たわっていることに気付く。
訝しげに、ゆっくりと歩き出したが、気付けば足早に掛けていた事には気付いていなかった。
はぁはぁと、息を切らしたその足元には、寝息を立てて無防備に眠るガイアがいた。
慈しむような表情でその隣に座り、髪を掬う。
「…ん、……にいさ、ん…」
夢の続きを見ているのだろうか。ガイアは昔の呼び方でディルックの事を呼んだ。
無意識に、腕が延び、ディルックはガイアを抱き締めていた。
「―っは、なっ何を…っ」
「ガイア…ガイア…」
意識の縁から起きると、眼前には燃える炎。夜風になびく髪がそれはディルックだと告げていた。それが、既にどうしたことか自分を抱き止め、苦しそうに自分の名前を呼んでいるのだ。
…ずっと、欲しかった。離れなくてはと、心の中が後悔するぞと警戒しているのに。裏腹に、いつしか両腕はディルックを逃すまいと掴んでいた。
「どうして…俺は…お前に、」
「もういいんだ。いいんだよガイア。僕は君を恨んでなどいない。」
…心が、溶けたようだった。
もう傷跡など無数にあるのだ。どれが君に付けられたものなのかとうに忘れたさ。そう言うディルックは、過去の笑顔と同じで。
あぁ、良いのか。と、久しぶりに笑えた気がした。
ここでもう一度、再開できたことが素直にとても嬉しかった。
二人ならんで話す言葉は他愛なく。それでいてどこか幼く。あの頃のままで。
空いた時間を埋めるように。
鮮やかな緑の中、横たわっていた二人は
「そろそろ行かないと、今日は忙しい」
「そうだな。帰れないかもしれないな。」
白い朝日の中、二人は別に歩き出す。しかしそれは今までとは違って
また一緒に、その先へ。
「また明日」