「何をそんなにニヤついている」
先程から、公子殿の口許が緩んでいるのをなんとか保とうとモゾモゾと動いているのが気になる。
…確認できる範囲で着崩れも起こしていないし特に何もないように思うのだが。
「いや、あの、先生がさ…」
「何だろうか」
原因がわからず聞き返したところで吹き出してしまった
「あはっはは…ごめっだって先生がそんなに笑顔で歩いてる事ないから釣られちゃってね」
「ん、笑っていた、だろうか」
「自覚ないの!?あっははは」
腹を抱えて、生理的に出た涙を拭う。
そこまで表情筋が緩むほどに嬉しかったのだろうか。いや、今日の日が来るまでに少なからず気持ちは急いていた。
それは昔、まだ稲妻が鎖国などしていない時代。花火と言うものを、天からみたことがある。それは孤独で。
皆、亡くなった者への弔いのためだった。それがいつしか人が集まり夏の風物詩となっていた。
徐々に年月を重ねるにつれ、賑わいを見せ、本数も増え華やかになっていった。
心を通わせた者同士で見上げているのを、一人見下ろしていた。
それが、この身で、公子殿と観れるのだ。
「おーい、せんせ?」
「ん、あぁ悪い」
思いを馳せていたら意識が遠くなっていたようだ。公子殿が目の前で手をひらひらとしていた。
「ねぇ、先生。こういうのは…喜んでくれる?」
そしてその手をこちらへ差し出される。これは、
「もう、なんでわかんないの?」
思案していると不満げな顔で無理やり手を掴まれた
「ぁ…少し、気恥ずかしい…な」
「へぇ、…もっと気恥ずかしくなっちまう?」
急に声を落として耳元で、
するり、と指の間に指がからめられる。
「何、無言になっちゃった?ふふ…赤いよ先生」
慣れていないのだ当たり前だろう。…そんな言葉は鼓動でかき消されていた。
「オレが色々教えてあげるよ。凡人の恋愛」
「…いかがわしいな」
「ちょっと何考えてるの?もー真面目だよオレ今」
そんなことを、繋がれる掌に意識を集めながら話していた。
背後で、一発目の花火がうち上がる。
「おわーおっきい!!」
それを見上げる姿は美しい。
「…感謝する」
「えっ何、急に?」
様々な色の花火。それはその人の命の色。
「花火は元々弔いのためのものだ。…会わせたかった。今の俺は幸せだと。安心してくれと、言いに来たのだ」
俺は、笑って見せたつもりだったのだが、急に公子殿は真面目な顔になる。そして、満開の天を仰ぐ。
「…負けないよ。誰かさん」
それは俺の好きな顔。
「宣戦布告。相手が強い程燃えるでしょ?…先生に、こんな顔させる人なんて…妬けちまう」
その瞳には花火。普段暗い影を落としがちなその瞳。慣れずつい、見入ってしまう。
公子殿の手が頬に触れる。その手が濡れたのをみて、あぁ俺は泣いているのかと気付いた。
「手を繋いで、色んな所に行こう。色んな物を見よう。きっと先生にとっては何万回も見た物かもしれない。…でも、」
何千年と生きてきた中で、この儚い命が消えるのを幾度となく見てきた。
「きっとまた、違うものに見えると思うよ。だってオレは違うから。」
そんな一つの命の存在が、こんなにも大きくなるとは。過去の自分では思いもつかぬ。
「オレは先生が好き。一瞬かもしれないけど…隣にいさせてよ。絶対に幸せにしてあげる」
あぁ、神の分際で、権限で、共に死ねたらどんなに良いだろう。
「…共に、な」
何れ別れることになろうとも、今は、今この時だけは、
「公子殿、俺に人生を捧げてくれ」
「そんなの簡単すぎるよ」
あははと笑うその顔を。
この契約で、その儚い命、出来うる限りに護り抜こう。
全ての花火は散り、人もまばらになった頃。先程の事でも気が緩んでいた。
「さて、そろそろ戻ろっか。浴衣も着崩れちゃったねぇ」
「どうせ脱ぐのだそれくらい良いだろう」
ぴしりと表情が固まったのを見て、あぁ言葉を間違ったのだと気付く。
「…ちょっとやめてよこんなところで襲うところだったじゃないか」
「我慢しろ」
暑い、暑い。これは気温のせいだ。
「もうオレ浴衣着た時からガマンしてるんだからね。覚悟してよね」
「真面目なんじゃないのか…?」
近寄るな。聞こえてしまう。
「大真面目だよ。抱かせてね、先生」
「言い方をなんとかしろ。…まぁ、契約だからな」
「えーそういう言い方良くない。」
「ははは」
敵わない。敵いたくもない。心地よい。
「さぁ、帰ろうか。公子殿」
俺のささやかな人生を捧げよう。