さて、ちょっと前から遠巻きに突っ立ってるわけだが。
送仙儀式が終わって…と言うかあのオバサンに神の心をとられてから、なんだけど
どうにも先生の周りに人が集まるようになってしまって。
先生も満更じゃないみたいで、あんないい笑顔さ、オレにもあんまし見せないじゃん
そう思いながら睨み付けてたらふと目があって、
「公子殿!」
なんてそのままの笑顔で言われるもんだから心臓に悪い。
「あー、いいよ。なんか悪いし。いつでも一緒に食べれるしさ」
…隣にいる緑色のおチビさん。魈…だっけな?すごく、すごく…ムカつく。対抗意識燃やしてんのか知らないけど。だからオレもそうしてしまう。
「いや、しかし…」
「鍾離様、先約ですよね。お気になさらず。いつでも呼んでいただければ我は参上致します故」
少しシュンとする先生の隣で、目だけこちらを見ながらどこか勝ち誇ったような顔をしている。
「久しぶりなんだろ?積もる話もあるだろうし気にしなくていいよ。いっつも会ってるからそこまで話すこともないし」
「我こそいくら離れておりましょうとも鍾離様のことなればどんな些細なことすらも存じております故」
…面倒くさいな。先生が困ってるじゃないか。
「そうかい?それなら先生、行こっか」
「あ、その前に。タルタリヤ殿、でしたか。少しよろしいでしょうか。」
小憎らしい笑顔。オレも負けじと笑顔がひきつらないように取り繕う
「へぇ、何かな?」
「こちらへ。鍾離様はこちらにてお待ちを。お時間はとらせませぬ。」
「ん、わかった」
良くわかってない先生へ背を向けた彼の眼光は急に鋭くなる。オレはまだ先生に軽く手を降っていたため気付かぬフリをする。
そのまま少し物陰へ。
その瞬間の表情はとても印象的で、まるで鬼のよう。
「で?何か用かな?魈、くん。だっけ?」
「貴様にその様に呼ばれる筋合いなど無いわ」
「うわぁ、手厳しいねぇ。」
捲し立てて噛みつくような眼光。
背はオレより小さいが、殺気ならば同等か。
「何故貴様のようなものが鍾離様の隣に居れるのか皆目検討もつかぬ。できれば即刻立ち去り願いたいものなのだが」
「さっきと言ってること真逆じゃない?なんでそんなにオレ嫌われてるの?なんもしてないよねぇ?」
知ってる。もはや崇拝と言えるほどの先生への気持ち。そりゃぽっと出のオレと仲良さそうにしてたら面白くもないだろう。
苦虫を噛み潰したような顔ってこんな顔なのかな?
「…鍾離様が貴様を慕っている。故に我にはどうすることも出来ぬ。だが…」
胸ぐらを捕まれ睨み付けられる。力は小柄な見た目に似つかわずかなり強い。手合わせしてみたいものだ。
「鍾離様に何か少しでも危害を加えてみろ。塵も残さん」
淀み無い流れるような物騒な言葉にはからずも笑顔がこぼれる。
「怖いなぁ。…そんなことしないよ。オレにだって先生は大切なヒトだからねぇ」
だから安心してよ、と。掴む手をなだめるようにぽんぽんと叩く。
あからさまに嫌そうに手を離し先生の元へと戻る。そしてそのまま消えてしまった。
「…舌打ちされたな。」
「公子殿!」
とっとっとと。小走りで近寄る先生の何と愛おしいことか。
「何かあっただろうか?」
少し眉を下げ、子首をかしげる姿も愛らしい。
「いやぁ…先生の事が好きすぎて心配してるみたいだよ。」
「ん、そうか…あやつは少し…俺の事となると昔から暴走する所があってな。すまない」
「先生が謝ることじゃないよ。好かれてるんだから良いことじゃない」
面白くない。面白くない。
「そうか。…この所、お前との時間が中々とれなくてな。申し訳なく思っている。」
あぁ、全く。
「…でも嬉しいんだろ?ああやって、慕ってくれて」
バカだな、オレ。墓穴掘った
「…あれは、なかなかの過去を持っていてな。俺が名を与えてからと言うもの、常に寄り添い尽力してくれた」
石畳の段差に座り、膝に顔を埋める。
「魈には、できうる限りもう平穏に過ごして貰いたいと思っている。」
「…それいつの話?」
一つ、間をおいて
「魔神戦争の頃だな」
そんなの本でしか見たこと無いよ。
はぁ、と
深く深く溜め息をはく。
「…ねぇ、これからオレ、カッコ悪いこと言うからすぐ忘れてくれる?」
あぁイヤだイヤだ。こんなのオレじゃないのに。
「無理だな」
「即答かよ…そこはウソでも『わかった』だろ」
「…解った」
先生の表情は見えない。でも、隣に座ってくれたのはわかる。
「…オレさ、焦ってんの。だってオレが会ったのは往生堂の鍾離先生でさ。でもほんとは神で、そんな先生とずっと、一緒だった人達がいて」
ねぇ、今どんな顔してる?困ってる?呆れてる?
ぽろぽろと出る言葉は、溢れるように止まらなくて。
「うん百年分なんて、埋まんないじゃん。そんなの…前から先生の隣にいる人にさ…勝てるわけ、無いじゃん」
ぎゅう、と拳に力が入る
「向こうがオレになんで突っかかってくんのかわかんないけどさ。オレからしたらムカつくんだよ。そっちの方が先生とずっと一緒にいたくせに。オレが知らない先生の事沢山知ってるくせにさ。少しくらい、強がりたくもなるじゃん」
「公子殿」
びくりと、身体が反応する。顔をあげられない
「魈の事をその様に言うのは頂けない」
閉じている瞼をさらに瞑る。なにかが溢れそうだ。
はぁ、という声で
ずしりと、心が重くなる。
「…溜め息、つくなよ」
カッコ悪い。こんなの、意味わかんない。
「何を言っているのか。俺には理解できん。」
立ち上がった気配がする。恐る恐る見上げると、背中が見える。
行かないで。オレもこんなの初めてで、どうしたらいいかなんてわからないんだ。
弱々しく手を伸ばしても、それは届かなくて。ぱたりと手を下ろす。
嫌われるのかな。それだけはイヤだな。
そうぼんやりと思っていた。
「初めてを、と言うことならば単純な引き算だろう」
「は?」
唐突な言葉に理解が及ばない。
「六千引くうん百年だぞ?」
顔をあげると目があった。しかしそれは一瞬で。
「…ん?どういう…」
「さて、行くか」
歩きだしてしまう背中を追いかけるためにバネのように立ち上がり、駆け寄る。
「待てよ。…待ってよ。気に障ったんなら悪かったってもう言わない。どうしたって埋められなうぶぅ」
勢い良く、振り返ったと思ったら口許を力強く片手で押さえつけられて困惑する。
…なかなかにマジな力で普通に痛い。
「…今からの言葉。忘れろ」
「…むぃ」
鋭い眼光でそう睨み付けられるとゾクゾクしてしまう。結局のところこの男には力では敵わないのだと知らしめられる。
「この、俺が存在した今までの月日で、俺の…初めてのことを、お前と共にしている。…それでもまだ足りないというのか貴様は。」
音だけが頭に入ってきて。意味を理解する頃には地面にへたりこんでいた。
こんな言葉を聞けるとは。そんな風に思っていたとは。
見上げれば背中。でもちらり見える耳が赤く。
「えっ待って。もっかい」
「忘れろと言っている」
「えっ帰ろ?このまま帰ろ?」
「駄目だ。夕餉が先だ」
「いいよ晩飯なんて、帰ろ?な?」
振り返るその表情は夕日に溶けるよう。
あぁこの愛おしい神様を、独り占めしたいなんてワガママだ。
「…少しは二人で悠々としたいなど思わんのか貴様は」
だって、こんなに捧げてくれているのだから。