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    arare_rikka

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    🐰2️⃣の民の後輩にあげたシリーズ

    ふれられたいあのてのひらの本当の温度を、その感触を、俺は知らない。




    「ねえねえ、こないだ出来た彼氏とどうなの?」
    「えー、まだ何にも無いよお」

     忘れ物を取りにきた教室、入口の前で固まってしまった。クラスの女子の声がする。

    「いくらなんでも手ぐらい繋いだでしょ、小学生じゃあるまいし」
    「それはそうだけど・・」
    「何?その顔」
    「彼氏、野球部じゃん?」
    「うん」
    「びっくりするほど手が大きくて、掌にマメがいっぱいあったんだ」
    「へえ」
    「頑張ってるんだなって、思ったら何か・・グッときた」
    「少女マンガじゃん!」
     歓声と笑い声が響く。ますます入り辛い、彼氏が誰かわかるから尚更に。
    「手があったかい男の人好きなんだよね」
    「あーなんかわかる」

     手の質感、温度、考えたことがなかった。思わず自分の手を握ったり開いたりする。

    「手が綺麗な人もいいけど、大っきい手の人もかっこいいよね」

     どんな手だったろうか、と反射的に想像して気づいた。あの人、そういえば素手で俺に触ったことないじゃん、と。



     二郎、と呼ぶ声で我に返った。心配と不満を混ぜ合わせた顔が覗き込んでくる。
    「ああ、ごめん。何、銃兎さん」
    「聞きたいのはこっちですよ。心ここに在らずだったじゃないですか」
     せっかくこうして会ってるのにどういうつもりだ、と言葉にされた訳ではないのに、はっきり言われている気がした。いつも隙のない完璧な振る舞いをするこの人が、寂しい時に見せるこういった綻びが好きだった。
    「何でもねぇよ」
    「何でもなかったのにあんな上の空になられると困るんですよ。立場的に」
     これは白状するまで離してくれないと、二郎は経験から確信する。車は止められ、エンジンまで切られた。それでも、ひと回り上の男に高校生の色恋の話をするのは二郎にとってなんだか癪でもあった。
    「ちょっと学校の女子の話思い出してただけ」
    「ほう、告白でもされたんですか?」
    「ちげーよ、彼氏いる子たちの話が聞こえちまったんだよ」
    「盗み聞きですか、悪趣味ですよ」
    「フカコーリョクだよ」
    「最近覚えただろ」
    「あんたの言い訳レパートリーの真似」
     かわいくない、と頭を掴まれた。その手はいつもの赤い革手袋で覆われていた。
    「ねえ、なんでそれ取らないの」
    「何がです」
    「手袋」

    「俺、あんたに素手で触られたことないんだけど」

     あんな女子達の淡い経験など、足元にも及ばない、そんな時間を過ごしたはずなのに。
    俺はこの人の手の感触も、温度も知らない。この人もきっと、俺の感触を知らない、それが二郎には、不満でたまらない。

    「クラスの女子が、彼氏の手が大きいのが好きだとか、あったかいのが好きだとか色々言ってて。そういえば、銃兎さんは俺の前で手袋外したことないなって」
     いつのまにか真顔になっていた相手は、黙って二郎の言葉に耳を傾けている。何を考えているかわからない。それが不安で、二郎の言葉は止まらない。
    「ねえ、何で?」
    「二郎、」
     伸ばされた手を、思わず払ってしまった。単純な言葉ではこの男に勝てない、なら態度で示すしかない。
    「二郎」
    「外してよ、それ」
     手袋越しの手を掴む。逃がさないために、はぐらかされないために。
    「理由があるなら、納得がいく理由言えよ」
     いつもなら二郎がどんなに噛みついても、軽くあしらう銃兎がわかりやすくたじろいだ。狙い目とか、攻め時と言われるものがあるなら今だ。
    「なぁ、銃兎さん。聞かせてよ」
     目を逸らせなくなっている銃兎が、深く息をついた。それを見て急に腹の底が冷える感覚がした。面倒な子供だと思われた、触れるどころか、手を離されてしまう。先程までの威勢が急に萎み始める。
    「こんなこと言わせないで欲しいんですが」
    「…それでも、いいから」
     嘘、本当は聞きたくない。怖くてたまらない。でも、啖呵を切ったのは自分だから後戻りできない。この人の本音は、いつだって知りたい。
    「私の、覚悟が足りないだけですよ」
    「かく、ご?」
    「ひと回りも下の、まだ十代の男に執着しているのに、その相手から全て掻っ攫う覚悟が足りないのです」
     まだ二郎には全て見せたわけではないが、銃兎の両手ははっきり言えば汚れている。裏側の世界の住人と渡り合える程度には。
     真っ赤にずぶ濡れで、どす黒く汚れたこの両手で、まだ何にでもなれて、失敗ができる年齢の子供を囲おうとしている。
     残った矜持が今日も耳元で囁く、銃兎を責め立てる。この子供をそばに置いていいのか。その目を柔く覆い、その耳を甘い言葉で塞ぎ、自分のものにすることに、躊躇いは無いのかと。
    「いつでも逃げ道はあった方がいい。貴方には」
    「…はぁ?」
     手は繋がない、時々頭を撫で、頬に触れるだけ。それすらも手袋越しだった。それなのに、何度となく歯形だけはつけられてきた、自分のものだと言わんばかりに。
     核心には触れないのに、表面には消えない跡を残す。その跡は肌を伝い、心へ引っ掻いたような痕を残す。
     それが、この男のやり方だ。逃げ道なんて、こちらはとっくに見失ったのに。今更何を言うのか。

    「ずるい」
    「そうですね、狡猾で、卑怯な考えだとは思います」

     ずるい大人だ。そして、意気地なしの大人だ。
     もうこちらは、この人以外知らないし、知る気も失っているのに。

     無理矢理にその手袋を剥ぎ取り、後部座席へ投げ捨てた。
    「何を、二郎」
    「ハラを決めろ、入間銃兎」
     引き寄せた手を、胸に当てた。
     銃兎には、ばくんばくんと跳ねる心臓の音が、きっと伝わっている。二郎に、銃兎の冷えた指先の温度が伝わってるのと同じように。

     あらわになった掌は白くて、大きくて、綺麗な手だと、反射的に思った。反対の手の手袋を銃兎が、口を使いするりと外した。それを見た瞬間、二郎の胸の奥から色々混ぜ合わせたものが、噴き出すように溢れた。
     空いた手が、頬に触れ、輪郭をなぞり、ゆるりと滑り落ち、手を握った。

    「後戻り出来ないと思え、山田二郎」
    「上等」


    こっちの台詞だ、大馬鹿野郎。
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