二者面談「いらっしゃい、あら、とんだ有名人のご来店だこと」
「初めまして、阿僧祇さん。」
「お好きなところに座っていただいて結構よ。ご注文は?」
「では、烏龍茶を」
酒を楽しみに来た訳ではなさそうだ。まあ、通常営業の時間ではないので当然か。ただの飲食店を装ったのは徒労に終わったらしい。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
微笑むも口をつける気配はない。管轄ではないこの店に来たのなら、摘発ではないと思いたいが、客か敵かが読みきれない。
「素敵なお店ですねえ、阿僧祇潤さん」
「それはそれは、お褒めに預かり光栄ね入間銃兎巡査部長さん」
「おや、シンジュクの店の方にも名前を知られているとは」
「この国においては、あなたのこと知らない人間の方が少ないわよ」
「大袈裟ですよ」
「少なくともこの街で知らない奴がいたら、そいつは世捨て人か何かよ」
「情報通の貴方にそう言って頂けるのは、喜ぶべきなんでしょうかね」
職業柄、腹の探り合いは得意だ。得意だが、この場合どうしたものか。自分は決して「お天道様に顔向けができる」タイプの仕事ではない。眼前の男の職業ははっきり言って友好関係を築けるものではない。でも、この男の振る舞いも知っている限りでは大概だと聞いている。そして、個人的には見逃せない情報も入っている。見極める必要のある男である、いろいろな意味で。
「ここに時々、未成年の少年が出入りしていると聞きまして、一応大人向けの飲食店ですよね?ここは」
「ああ、それなら多分知り合いの学生に時々ご飯を食べさせているからね。自営業のお家だから色々忙しいらしくて」
「なら、真ん中の子だけでなく末っ子にも食べさせてあげてください。二人とも食べ盛りですよ」
ああ、そっちか。ようやく合点がいく。警戒レベルを変える。下げたわけではない、方向を変える。
「それぞれ家庭の事情があるのでしょう。それに真ん中の子がこの街に用事で来るから、そのついでよ」
「自営業の調べ物に、貴方が協力していますからね」
「どうかしら、勉強のことや相談をされた時は話を聞いてあげているけれど」
「随分山田二郎を気に入っているようで」
そう言うや否や、入間は手付かずの烏龍茶を飲み干した。氷が音を立てるのがやけに大きく響いた。
「別に貴方の店を摘発したいわけではないですよ。管轄外ですし、むしろビジネスとしては友好的な関係を築きたい方です」
友好関係か、有効活用したいの言い間違いではないのか。潤は入間から目を離さない。この男は何となく、気に食わない。気を許してはならない。
「じゃあ何の御用向きかしら。こんな小さな飲食店に」
「山田二郎が貴方のところに出入りし、かなり信用していると聞いたものですから」
「まあ、誰がそんなことを言っているのかしら」
「本人です」
「あの子は本当にもう・・」
素直で、嘘がなくて、だからこそ、自分の手を貸した。自分の手が汚れているおかげで、あの子供が無駄な傷を負わずに済ませることができる。
「どんな方なのか見ておきたく思いまして」
「あら、それなら私も貴方に興味があったわよ」
「ほう、それはどんな意味で」
「お気に入りの可愛い子にどんな虫か獣がついたのかと思って」
「はは、酷い言われようですね」
「あの子に私はそんな感情はないけれど、貴方には存分にあるようだから」
「彼は貴方に私のことを話したのですか?」
「いいえ、まだよ。一郎ちゃんにも話していないことを、私が先に聞くわけにはいかない」
「では、なぜご存知で」
「私の目は、この東都の至る所に届くのよ。舐めないで頂戴」
この目があの子達の助けになることを運んできたのだ。その中にこんな目立つ男が現れたら、捉えないわけがない。侮ってもらっては困る。こちらはそれが生業なのだから。
「あの子が、あの子達が、どんな生い立ちかは知っているのよね」
「ええ、勿論」
「私はね、あの子たちが泣きながら生きてきたことを知っている。身を寄せ合って生きているのを見ている」
「そうでしょうね、そう思っている人間は沢山いる」
「だから、あの子達には幸せになってほしい、私の、エゴだとしても」
必要であると判断すれば、罪悪感に目を背けて、詐欺師の手だって取る。
「私はあの子達が幸せになれない世界なんて、燃えて仕舞えばいいと思うわ」
あんな子供が、この世は乱暴だと知りながら、家族だからと膝を折らずに立ち、どんな壁も壊して見せるとマイクを握らなければならない。そんな世界のままなのならば、そんなものはなくていい。
「貴方が本当にあの子にとって必要な存在か、私が常にアンテナを張っていると思っていなさい」
間違いなく、これはエゴだ。手元を離れる子供への執着だ。親でもないのに、世話を焼いているつもりになっているだけ。きっとあの子にとっては余計なこと。でも、この男があの子を幸せにできないのなら、この男から目を離すわけにはいかない。
黙って話を聞いていた入間は微笑みを絶やさない。こちらが言い切ったのを認めると、次は自分の番と言わんばかりに話し始める。
「どうやら対立せずに済みそうで安心いたしました」
「は?」
「阿僧祇さん、あの子が幸せにならない世界なら燃えて仕舞えばいいと仰いましたね。全くの同意見です」
「ただし、私の場合は少しそこから踏み込みますね」
入間が少し目を細めた、言葉に反して冷え冷えとした、息を飲むような笑顔だった。
「そんな世界ならば、燃えるまで待ったりしません」
「そんな世界は、この手で燃やします。消し炭一つ残さずに、この手で燃やし尽くして見せる」
そんな世界にならないように努力はしますがね、と付け加えながら、入間は懐から紙幣を取り出した。
「今日は貴方の立場が解っただけで十分です。お暇しましょう」
急に立ち去ろうとする入間に拍子抜けしていると、彼が人差し指を立てた。
「そろそろ次のお客様が来そうですね。私が今日ここに来たことはご内密に願います。阿僧祇さん」
「・・どういうことかしら」
「貴方の目がこの東都の至る所に転がっているように、私の耳も至る所に伸びていると言うことです」
頭のあたりにそっと片手を添えた。あざとさすらあるその動作が、何故か様になっているのが口惜しい。
「では、またお会いしましょう」
「・・それなら裏口から出なさい」
「いいのですか?」
「知られたくないのでしょう」
「借りを作ってしまいますね」
「こんなこと程度でとやかく言う程ケチではないわよ。失礼ね」
「では、有り難く。恩に着ることにしましょう」
男は裏口から、窮屈そうに外に出ていく。ああ、何て面倒な男、そう思いながらそれを見送った。
「うーす、潤。邪魔するぜ」
「いらっしゃい二郎ちゃん、久しぶり」
「・・あれ?客がいたのか?」
グラスの片付けをしている姿に、二郎が首を傾げる。
「お客じゃないわよあんなの」
「何だよ、何キレてるんだよ」
力一杯布巾で水気を拭きながら、あの男の言葉を反芻してしまう。何が兎だ、あれは草食動物の警戒心を持っているだけで、紛れもなくケダモノだ。一度歯を立て唾を付けたモノを離さないタイプの獣だった。対立しないなんて言われたが冗談ではない。引き続き警戒してやると心に決めた。アレが自分の目に叶わなくなった時、容赦無く火を放てるように。
「客じゃないなら何なんだよ」
ただ事ではなさそうな潤の様子に、二郎は戸惑いながら尋ねてくる。
「そうねえ、強いて言うならば」
「二者面談、かしら」
「何だそりゃ」