【冰九/現代AU】メッセージ 長期出張でメンタルべこべこ哥。もうしばらく恋人に会えない。連絡を取り合おうにも、連投二十に対して数文字での罵倒が返ってこれば相当珍しい方で、数日間の既読無視なんかがザラである。寂しい。片思いをしていた以前までならば、出先で適当な相手を見つけては己の寂しさを紛らわせていたが、沈九と恋人関係になれてからはそんな選択肢は候補にすら上がらなくなった。
そんなこんなで、未読無視が既読無視になることで心を慰めながら、冰哥は今夜も涙で枕を濡らす。
ある日の夜、 なんと九からのメッセージが!!
沈九専用の通知音が耳に入っただけで胸が高鳴り口角が上がってしまう。パブロフ犬の心でメッセージアプリを開けば、一枚だけ写真が送られてきていた。そしてそれを目に入れた瞬間、冰哥は固まった。
ひどく極太で長大な形状の、毒毒しいパッションピンクの大人の玩具であった。辛うじて男性器の形を模しているのが分かったが、ボコボコ激しい凹凸で人間の原型を留めていない。パッケージは下品極まりない煽り文で覆い尽くされていた。
『なんですかそれは』
先ほどまでとは全く違う理由で、手が震えていた。動揺と、怒りと、不安と、興奮が混ざり合う。
『買ったのですか?』
こちらもすぐに既読はついたが、返信は来ない。直後にメッセージ連投してみるも完全無視。そして、電話をかけようとしたところに『何もない。寝る』と返され、以降のメッセージは未読となる。そうなっては、もうこの日の会話は終わりなのだ。
『明日説明してくださいね』『お願いしますよ』と立て続けに送り、不貞腐れながら寝具の中に潜り込む。自宅の監視を命じている部下からは特に連絡は入っていない。つめり不貞などではないだろう。いつもの職場などであれば飛んで帰宅していたというのに、海を超え国を跨いでいてはそれは叶わない。
今日も今日とて冰哥は血涙で枕を濡らしていた。
翌日。朝にメッセージアプリを見てみれば、例の写真は送信取り消しとなり消されていた。余計に気になるじゃないか。いつも以上に、冰哥は仕事の空き時間にメッセージを送り続ける。当然向こうも勤務中のため、読まれる気配は一切ない。いつも通りである。
あの、いつだって性行為に関しては受動的で、お高く止まり取り澄ましてきた沈九が? 自分の知らないところで自慰に勤しむ? 恋人の自分を差し置いて? というより、そんなもので満足するのか? 満足してしまうのか? 恋人の自分を差し置いて??
十中八九、こちらの反応を楽しむ悪ふざけだろうことは理解した上で、哥の脳内はひとり勝手に暴走していく。鬼気迫る顔して業務をこなしていく冰哥。心中穏やかじゃなかった。
『垣からもらった』
就寝前に沈九から返答がきた。ようやく得られた答えに拍子抜けしながらも、冰哥も納得した。
偶然にも、己の愚弟と沈九と双子である沈垣の二人も恋人関係にある。いや、つい先日“夫夫”になったなどと風の噂で聞いたが、こちらの兄弟は不仲で交流がないため真偽は定かでない。決してあちらの関係性が羨ましいだとか、ずるいだとか、詳細を知るのが嫌だとかそういった訳でもない。
閑話休題。愚弟たちは“探求”などと称しながら、たまに信じがたい行為に手を出すことがある。愛はすべてを凌駕すると言うが、やはり限度というものはある。大事には至らなかったが、奴らのせいで面倒ごとになったことは片手の数には収まらない。自分も沈九も、未だに特徴的な酒壺を見れば当時のトラウマが蘇る。
大方、今回も似たようなパターンなのだろう。例えば、「玩具を使ってみたい」などと手を出してみたはいいが、結局は不要になった、とか。世に稀に見る嫉妬の権化(と書いて愚弟と読む)は、玩具に悦する恋人を見れば道具にまでも嫉妬心を燃やしていそうである。下手すればその場でへし折る可能性すらある。そして沈兄弟の仲の方があまりに良好な結果、いかがわしい玩具を押し付けられたのが事の顛末だとか。
こういった推理も経験則に基づくものであり、あながち外れてもいないだろう。要らぬ自信が冰哥を複雑な気持ちにさせる。沈九が“そんなこと”をするなんて。太陽が西から昇るくらい有り得ない。
『不燃ごみは第二水曜です』
まあ、全く動かないメッセージ会話のきっかけになれただけでも十二分に嬉しいものだ。これに関してだけは、沈垣に感謝してもいいかもしれない。
ここで突如かかって来たビデオ電話。珍しい、というより、ほぼほぼはじめてである。どうしたのだろうか、と恐る恐る出れてみれば、思わずスマホを取り落としそうになる。
画面いっぱいに広がっていたのは、白い肌。出不精極まり日に焼けていない、きめ細やかな肌だ。カメラが近すぎて不鮮明であるが、少し赤らんでいて、やや汗ばんでいるかのような。不規則なリズムで上下していて、それに合わせてスピーカーから漏れてくるのは、粘ついた水音と、荒い息遣いだ。……誰よりもよく知るものだ。
「は、……」
思考も動きもフリーズするが、目だけはカッ開いて画面に釘付けだ。
時間にしてはたったの数秒だったのだろう。この間、脳は焼き切れるほどに高速回転して、映像を頭に刻み付ける。身命を賭する勢いで。
「使い、づらいな」
電話先の自分に対して聞かせるつもりはなかったのだろう。マイクが微かに拾った吐息に言葉が混じる。
理性と知性が何周も遅れてから、沈九の意味を理解した瞬間、通話は途切れていた。
「!!!!??」
呆気に取られること、十数秒。手元のスマホの画面は無情にも、口を半開きにした間抜けな自分が映るだけ。
当然、鬼爆撃メッセも電話も全部無視。哥、血涙に沈む。
『何もかもがどうでも良くなったので帰宅します』と送ったところ、『頑張れば褒美をやる(意訳)』が返ってきたので、哥は頑張る。すごい頑張る。帰ったら絶対哭かしてやる。まんざらでもなかったムラムラ村の九。
近いうちに☎セして、画面録画とスクショがクラウド保存される。後日また消す消さないの一悶着セある。