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    やしろ

    @yashiro_kk

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    やしろ

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    『ミチ』(4)聖夜祭はいつの間にか幕を閉じ、私の慌ただしかった日々もめっきり落ち着いてしまった。休日のためなのか、それとも聖夜祭の次の日だからなのか、人の少ない寮のホールを歩き、自室へと帰路につく。
    どうやら私は生粋の早寝早起き体質らしく、こんな日でも早朝に目を覚ましたため、外を散歩していたのだ。

    ミリーがまだ寝ていることを想定し、出来るだけ音を立てないように扉を空ける。部屋の中は綺麗に整頓され、暖かい日差しが私の個人机を包み込んでいた。

    特にすることも思い当たらないので、座り心地の良いお気に入りの椅子に座り、クッションに手を伸ばす
    と、そこにミリーがもにょもにょと起きてきた。
    「あるばちゃんおはよぉございます」

    「おはようミリー、よく眠れた?」
    「ふふ、ぐっすりでしたぁ」
    ミリーはのほほんと笑いながら、その足で洗面所へと入っていく。水道が流れる音、軽やかな足の音、窓の外から聞こえてくる鳥のさえずり、全ての音が心地よい。
    穏やかで、心が休まる、そんな空間。
    「アルバちゃん、今日のご予定は?」
    ミリーは髪をおろした姿で、その特徴的な耳をパタパタと動かしている。可愛いな、そう思って何気なく手を伸ばしてみると、不思議そうな顔をしながら手を繋いできた。
    「…クスっ、予定はなんにもない!」

    するりとミリーの手から離れ、そのまま背を大きく伸ばす。
    「んん〜〜〜っっ…はぁ…。なぁんだか何もする気起きないなぁ」
    「それはアルバちゃん、燃え尽き症候群なんですよ」
    カチャカチャとカップを用意し始めるミリー。どうやら今日のモーニングはカフェオレらしい

    「燃え尽き症候群ねぇ……。そうかも」
    「ふふふっ、アルバちゃんノンストップでしたもんね」
    「へへぇ、なので今日は何もしまへ〜〜ん」
    「わっ!ナマケモノだ!!」
    ケラケラという笑い声と、ミリーのいれたお店みたいなカフェオレで始まる1日。悪くないどころか最高だ。

    「そういえば、アルバちゃんの本って書店でも販売されるんですよね??」
    「んぁ?そうねぇ、うん。そう」
    「忘れてました?」
    「んふふ、いぃやぁ?」
    「ふふふ」

    そういえば書店販売あるんでしたね。
    えぇ忘れていましたとも、ええ。何せ昨日は色々あり過ぎたもんでね。
    ミリーは豆知識やらこういう細々とした事をよく覚えている。まったくどこで情報を仕入れてくるのやら

    「そうか……なら今日は書店に行ってみるのも悪くないね」
    どうせなら、人生で初めて、自分の本が並べられている所を見てみたい。時間はたくさんあるのだし、朝ごはんの後にでも行ってみよう

    「今日は朝ご飯食べたら書店行く!その後は洋服を見て、最近見頃の庭園があるみたいだからそこにでも行こうかなぁ」
    「…アルバちゃんは活動的ですねぇ」
    「んぇ?そうかな?…そうかも。」
    「今日くらいゆっくりしないんですか?」

    「うーーんだって……私さ、時間がある限り、いろんな世界を見てみたいの。私だけの視点で人生終えるんじゃ、狭苦しいってもう知ったから」


    もうあんな世界はまっぴらごめん。
    いろんな景色、いろんな価値観、いろんな感情を知りたい。どんどんいろんな生き方をしたい。
    自由に羽ばたけるようになったんだから



    だから答えはNOなのだ。


    ミリーは嬉しそうに目を細めた



    ー〇ー

    朝食にはサンドイッチだよ、ワトソンくん。
    なんて冗談もミリーは一緒に挟んではくれなかった。薄いパンにレタスとハム、ツナを挟んだサンドイッチはミリーお手製の物である。
    別に食堂でもお店でも行けば朝食はとれるのだから、休日まで作らずともとは思うけれど、ご飯作りはミリーの長年染み付いた習慣らしく、気付けば朝食が用意されている。

    紅茶や珈琲、お茶を淹れる技術はミリーが1番。と出会ってすぐに思ったが、当時の私に教えてあげたい。貴方は今、ミリーによって胃袋を鷲掴みされておりますことよ。
    「これじゃぁお嫁にいけないなぁ」
    「えぇ!?アルバちゃん結婚するんですか??」
    「だぁからいけないっていったでしょ」
    「えぇ!?それってつまりいきたいんですか!?」
    しまった。どうやら恋に恋する純情少女のスイッチを押してしまったらしく、思わず手を仰ぐ。
    あぁ天井だ。

    「きゃ〜!どうしましょう?!お相手は誰ですか?結婚式と言えばウェディングドレスですよね!きっとアルバちゃん可愛いんだろうな〜!今も可愛いのにあの純白な衣に身を包んだアルバちゃんはまさに、妖精、いえきっと女神様のようなんで」
    「ミリーーー戻ってきてーーーーー!!!!」
    「はっ!」
    「ったく……」

    この手の話になると、ミリーは途端に尻尾をブンブンと振りながら自分の世界へと入ってしまう。実の所、もうこの会話は6度目くらいなのだ。
    さて、そうは言っても時間はこんな時ほど早く過ぎてしまうもので、気を取り直して出掛ける準備でもしますかね。

    私は何も持たずにブラブラする方が好きという軽装派なので、準備はすぐに終わる。通信端末をコートのポケットに入れ、桃と紫のツートンカラーマフラーをふわりと巻き付ければ、あとは靴を履くだけ。
    「んじゃ、行ってきます」
    「はぁーい行ってらっしゃいませ」

    私の初めての同室相手が、一緒に住む人がミリーで良かったとつくづく思う。
    部屋のドアに手をかけ、廊下へと出る。あと何度、この廊下を歩けるのだろうか。まだ先、まだ時間はある、なんて呑気な事を言っていると、すぐにその時は来てしまう。

    外に出ると冬の乾燥した空気が肌を撫で、手袋をした手も思わずポケットにしまい込む。冬は着込まなければやっていられない。
    とは言え私は元々こんなに寒がりではなかった。ユリスから防寒具を貰う機会が数え切れない程あり、せっかくだからと使っていると、どんどん私の身体は寒さに弱くなっていったのだ。半分くらいはアイツのせいだと思う。そうに違いない。



    カランコロン

    大通りに面した、それなりに新しい大きな書店に入る。ここは書籍化イベントを主催した企業の書店。聖夜祭シーズンという事もあり、これまで選ばれてきた本達が、ズラリと入ってすぐの所に並んでいる。
    もちろん、今年の選ばれた6冊の本も丁寧に、そして大量に積み上げられ、そこに鎮座していた。

    外との寒暖差がまだハッキリと体内に残るまま、私は自分の本を取ろうと手を伸ばす。
    するとそこに、ほっそりした白い手が伸びてきた

    「あっすみません」
    同じ本を同時に取ろうとして手がぶつかるなんて、どこの少女漫画かな、…。、なぁんて……

    「こちらこそすみませ……」

    なんで

    「…どうして」

    「父様。」

    ーーー思ってもみない"居場所"で蛇に、睨まれた



    ヒペリカは驚いた。まさか、本屋を訪れるこんな数瞬にて、娘と会うとは思いもしなかったからである。
    娘であるアルバもまた、動揺を隠せずにいた。
    宝石の事に関しての本に手を伸ばすならまだしも、自分の本にわざわざ手を伸ばす理由が、何も理解できないのである。

    「アルバ…」

    「……父様…、、…。」

    アルバはまた始まる洗脳を思い出し、身構えた。しかし父は意外にも、逃げるように目を逸らし、手を引っ込める。それはまるで、いけないことをしている子供のよう。アルバは思わず、安心させようと手を伸ばしてしまいそうになる。

    どうして。

    出かかる声が、先程までとは異なる意味を持つ



    「……スゥ。」

    ヒペリカは小さく息を飲んだ。

    「…アルバ。お前は、」

    もう一度、赤と赤が混じり合う

    「こんな稚拙な小説を書いて何が楽しい……?お前はこんな生き方をして恥ずかしくないのか?」

    「…!」

    「はぁ……。お前がこんなことになるなんてな。」

    「ノクスも悲しむよ。」

    酷く冷たい、声だった。


    先程の面影は微塵もなく、そこにはただアルバを蔑む瞳が狂気的に存在した。

    「と…ぅさま、、」

    赤、ドロリとした何かに襲われる

    けれど、けれど言われた。昨日言われた。
    アルバは自分の拳に力を込める。
    「〜っ。でも…、でも父様」

    「もう私にオノールの名を名乗るなと仰いましたよね?」
    負けたくない、奪われたくない。
    抗いたい。
    ユリスの手のぬくもりが、ついさっきまで一緒にいたかのように思い出せる。
    苦しくても苦しくても、縋れる人がいるから、私も強くありたい。お願いだからもう、

    「自分の子ではないのなら、放っておいてください。」

    それは、ヒペリカの目が大きく開かれた瞬間だった。


    「……。そうか。」
    たった一言、どこにも宛てるでもなく呟いた言葉は、どこかへ転がり、混じりあった赤は、弾けて飛び散ってしまった。

    アルバは絶望し、立ち直ったのだ。残された感情は、果てしない怒りの感情のみである。静かに、そして冷酷に、怒っている。

    「二度と、私の前に現れないで。」

    夜の空に一雫の雨が堕ちるような、そんな願いは言語となって声になり、主張という名がついた自己の現れ。

    「………………」
    ヒペリカは1度踵を返すと、振り返ることなく店を去った。その後ろ姿は細く、弱々しい。寂しげなその背を冬の木々が隠す。

    親子というものは、なんて薄い絆なのであろうか。




    ー□ー

    女は見守っていた。
    そこには焦りの気持ちなどなく、ただあたたかく、2人を見つめていた。憎らしく、狂おしい程愛しい2人は何を語るのだろうか。

    男は旅の帰路に着く。
    クシャクシャになった地図をもう一度開き直し、辺りを見回した。誰も何も言っていないのに、男にはどこかから声が聞こえてくるように感じる。
    「あの子の気持ちも考えてあげなさいよ!」
    「お姉ちゃんは、貴方の事が大好きだったんです」
    街灯の影はいつの間にか足元まで届いており、どこかでカラスがカァと鳴く
    「あの子ってばアンタのことを愛してたんだから」
    「お姉ちゃんもきっと喜んでいますよ」

    「あぁ、だってあいつ……ずっと言ってたんだ。」



    "私が見てきた日常を あなたにも見てほしい"



    クシャリと唸った地図の先、どこかの空でまた、カァと鳴いた。


    ー〇ー


    「んぬぅーーーー」
    「唸っていないで早くやりなよ…」
    「だってぇ……」
    聖夜祭から少し経ち、私は今、困難に立ち向かっている。
    アルティザンとして自らの手で磨いた宝石を提出するのだ。「これは!絶対!出さないと!いけない課題だ。」脳内のシエル先生が迫ってくる。えぇいうるさいうるさい!わかってるよ!

    「ユリスはすごいなぁ……」
    「ん?」
    「こんなに綺麗に宝石が磨けて…」
    「うん、ありがとう」
    「オマケに優しくて頼りがいがあって頼もしくて…」
    「……」
    「気遣いもできるし、接しやすい。人脈も人望もあるときた!」
    「……それで?」
    「…。普段から身だしなみに気を付けるだけでなく、その立ち振る舞いと言ったら…!」
    「うんうん」
    「……。誰もが見惚れるその甘いフェイス!ユリスに微笑まれたら性別を忘れ皆イチコロ!」
    「へぇ。」
    「………。勉強も運動もお手の物!男性らしいかっこよさも、時折魅せる甘さに我々はじ」
    「何してるの2人とも。」
    「ぎゃーーーー!?!?」
    「あ、ルシルお疲れ様」

    ルシルとシシルの授業が終わるのを待ちつつ、ユリスを私の課題に付き合わせていたけれど、結局何も進展せずに時間が来てしまった。
    そして私の作戦も虚しく散った。
    「今日はどこに行くの〜??」
    「どうしようか?何か食べたいものはある?」
    「はーい!私東洋料理が食べたいで〜す!」
    「最近食べてないかも、ボクも行きたい。」

    時々こうして4人でご飯を食べに行く。
    ユリスとシシルとルシル、そして私。出会った頃から定期的に出掛けているが、まさかここまで続くとは。嬉しい誤算だ。
    私とユリスの2人で食べるご飯はもちろん美味しいが、4人で食べるご飯はまた違った美味しさがある。特に、シシルとルシルの食べっぷりは誰が見ても癒されるだろう。

    「そうだ!ねぇシシル、この前出たばっかりのタネコ先生の本なんだけど、それがすっごく面白くてね!シシルはもう読んだ??」
    「タネコ先生……のはまだ読んでないかな」
    「貸してもいい?貸してもいい??シシルに読んでほしいの!!絶対好きだと思うもん!」
    「うんっボクも読みたいな、アルバちゃんが言うんだから間違いないね」
    「よかったねシシル」
    プルルルル
    「おゃ?」

    私と同じく読書家のシシルにオススメの本アプローチをしていたところで、1本の電話が通信端末に入ってくる
    「アルバの端末じゃない?」
    「そうだわ……ごめんちょっと出るね」

    電話だなんて珍しい。誰からだろうと少し身構えて画面を見ると、意外な人物の名が記されていた。

    「もしもし、ミーティアさん??先日はお世話になりました!アルバ・オノールです」

    ミーティアさん。私の書籍化を担当してくれた編集者さんで、何から何までほとんど全てをこの人と作り上げたのだ。

    『もしもしアルバちゃん?今時間あるかしら?』
    「はい!大丈夫ですよ!」
    べつに普通に話してくれていてもいいのに、3人は小声でヒソヒソと会話している。ユリスがいつもより聞き取りズラそうな所を横目で見てしまい、思わず笑ってしまいそうになる。
    『アルバちゃんさぁ…。』
    「はい…。」
    『小説家デビューしない?』



    来た。

    きた、きた、きた!
    ついに!きた!

    「します!!!!!」
    『ゎ、びっくりした』

    あのイベントから小説家デビューした例は幾つもあり、選ばれた時点でデビューはもう見えていたのである。けれど、いざ持ち掛けられると喜びで心の沸き立ちがおさまらない。
    「あの!!!したいです!お願いします!」
    『わかってるわかってる!じゃあ詳しいことはまたメールするね』
    「はい!!」

    静かになった通信端末を降ろし、勢い良く3人の方を見る。3人は何やら興奮している私を不思議そうに見ていたようで、そのそっくりな表情に思わず笑ってしまう。
    「ふふっ…ふふふ!みんな何その顔ぉ〜」
    「いや……キミの方こそ何があったんだい?」

    「それがぁ〜……。」



    「決まりました!!小説家デビュー!!」

    小さくブイサインをつくる私を見て、3人は大きく目を開けると、嬉しそうにこちらへ駆け寄ってくる。
    あぁ私も、やっと歩み始めたんだ

    私の道を……_____!


    ー○ー
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