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    やしろ

    @yashiro_kk

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    やしろ

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    『ミチ』(6)ヒペリカは焦っていた。
    ノクスがいなくなり、アルバまでもが手中から離れようとしている。今から新しく子を産むとして、その子に受け継ぐ技量が備わるまで、あとどれくらいの時を要するのか。それは途方もない時間であり、気が滅入ってしまうのは目に見えている。
    しかし、ヒペリカにとって継承の断絶はあってはならない事。本来であれば、その可能性すら考えてはいけないのだ。
    であればどうするか?
    もう一度アルバを引き込むのか。それとも。

    ヒペリカは工房の重たい鍵を開ける。工房は自宅のすぐ横にあり、移動時間はさほど変わらないものの、この地面に蠢く冷気が四肢を凍らせるようで非常に気持ちが悪い。
    工房に入ると一段と空気が重くなる。大昔では栄えていたこの場所も、今では丘の上に寂れた屋敷と工房があるだけ。日当たりが良く、灯りを灯さずとも明るいこの工房は、ヒペリカにとって憂鬱な場所だ。

    「親方、奴隷のことで相談が。」
    荷物を降ろしていると、ヒスが後ろから声をかける。
    「なんだ、また死んだのか」
    「えぇ、もう全て原石を採ってしまったみたい。新しい奴隷を購入するので今日は出かけます」
    「わかった。金はいつもの金庫に入っている」
    「何か要望はありますか?」
    「そうだな、」
    ヒペリカは窓の外を見上げ、流れゆく白い雲を見つめる。
    「今回も寒色系の原石を排出するユウェルを買ってきてくれ。」
    「……わかりました。」

    ヒスは物音1つ立てずに扉を閉め、工房を出ていく扉の音がヒペリカの脳に響いた。

    「……」


    ー●ー

    「アルバ、仕事の時間よ」
    母の声がする。とても優しくて、だけど冷たい声。
    母様は私の手を両手でそっと握ると、いつもそう言った。その後優しく頭を撫でてくれて、そして、私を地下へと続く階段に送り出す。
    階段はどんよりしていて湿っぽく、ひんやりしている。灯りこそあるものの、その異質さからいつものように足が動かないのだ。
    「ひっ、とつ、ふっ、たつ、みっつ、めで、はっなまる、しょう、ごう、みっ、につっ、けて、えらっいこ、えらっいこ、よっくでっきまっした、ほっめらっれて、おっはなっのかっみさま、よろこんで、おっひさまのっぽ、さっがしだし、とってくらって、ねっじりきり、かぁいぶっつ、いっぴきやってきて、はなのそののこ、ちりたった」
    私は長い階段を降りるとすぐそこにある、鉄格子の扉の鍵を開ける。重たいその扉を身体を使って押し開ける。
    するとそこには、無数の目がある。

    「みなさん、原石を頂戴しに参りました。今日もよろしくお願いします」
    お行儀よくスカートの裾を軽く握り挨拶をする。
    無数の目は途端に散らばり、嫌な空気が漂う。そして私は帳簿を片手にナイフを持って1人ずつ、お話をしにいくの。全ては生まれもった役目のため、私はオノールの…

    「アルバちゃん!!!!!!」
    「…っ。」
    目を覚ますといつもの部屋が広がっていた。
    「アルバちゃんすごくうなされていたから……それに、いつもは私より先に起きているのに、今日は」
    ミリーが眉をへの字に曲げ、泣きそうな顔で私を覗き込んでいる。嫌な夢だった。額は汗でぐっしょりと濡れ、強く握りしめていたであろう掛け布団は大きくシワがより、手も赤くなっていた。
    「……ミリー。今何時?」
    「8時です…」
    「………そっか…ありがとう」
    心配そうな顔をするミリーに大丈夫だと声をかけ、ゆっくりと起き上がる。頭がズキズキと痛んだ。

    30分ほどベッドの上で時を過ごし、窓の外で揺れる木の葉を見ていると、ミリーが紅茶を淹れて持ってきてくれた。
    「これ…よかったら、、レモンバームティーです…。」
    「わぁ、ありがとうミリー」
    ミリーは私がうなされた日は決まってレモンバームティーを淹れてきてくれる。どうやら、鎮静作用があり、心臓にも良いとされているらしい。他にもそんなハーブティーはあるのだが、フルーツが好きな私を思っての事だろうと、いつも嬉しくなる。
    そして、その日の入眠前にはカモミールティーを淹れてくれる。甘酸っぱいリンゴのような香りは、私の大好きな香り。これもまた安眠効果を高めてくれるのだから、ハーブティーってつくづく凄い。

    「では…私はもう行きますが…」
    「うん!授業遅刻するよ?私の事は気にしないで早く行きなって!」
    ミリーは、なおも心配そうな顔をしていたが、高校生が授業に遅刻するなどいけないと、やや無理やり部屋から追い出した。
    私はミリーの紅茶で充分よくしてもらっているのだから、私のことなんてこれ以上気にしないでほしい。ミリーにとって、時間の無駄になってしまう。

    レモンバームティーを飲みきると、軽くなった足取りでベッドから出た。今日は授業がないものの、学校に行かなければいけない用事はある。
    タオルを持って洗面所の前に立ち、歯を磨いて顔を洗う。寝癖のついたぼさぼさの髪を見て、どうせならシャワーでも浴びようかと思い直し、部屋についている小さめの浴室へと入った。

    あんな悪夢は見たものの、今日も今日とていつも通りの日常がおくれるはずだ。ミリーの紅茶も飲んだし、きっと、大丈夫。
    ふと鏡に映る自分が見えた、ここ4年程は意識的になるべく鏡を見ないように過ごしてきたが、やはり鏡を全く見ない生活などできないもので、そこに映る人物を人物として認識してしまう事が何度かある。
    「……魔法、かぁ。」
    おでこに手を当て、張り付いた髪を横に流す。
    聖夜祭のあの日から、鏡の中にいつも居た赤い少女は、ほとんど顔を見せなくなった。
    そこにいるのは、ただの私。
    白い髪のただの私。

    ー○ー

    いつも通りサイドに髪を結い、服を着込んで学校へとやってきた私は、真っ先に職員室へと向かった。
    今日は諸々と受け取る書類があるのだ。

    「あれ、オノールさんじゃん」
    しかし職員室に入ろうとしたその時、フォコン先生が後ろから声をかけてくれた。
    「フォコン先生、こんにちは」
    「はいこんにちは。あれぇ〜てか髪メッシュ入れたんだねぇ?かわいい、赤い瞳に青い髪がよく映えてて似合ってる。オノールさんの髪質はさらさらしてるから、長いメッシュがすごく合ってるよねぇ、センスいいね」
    フォコン先生は私の髪に気付くと、なんでもないようにスラスラと褒めちぎる。いや、本当にフォコン先生からすると、女性を褒めるくらいなんでもない事なんだろうとは思う。
    「あ、フォコとデート行く??」
    「ありがとう先生、行かないです」

    やっぱりかぁなんてフォコン先生はヘラりと笑った。本当は行く気もないくせに、
    「オノールさん今日はなんの用件?誰か呼んでこようかぁ??」
    「ありがとう先生、今日はね〜」

    わかった呼んでくると言い残し、フォコン先生は職員室へと姿を消した。それに少し寂しさを感じる自分がいる。なんだか1人は寂しい
    「あ、アルバお姉ちゃんだ」
    「ホープ」
    そう感じるや否や、ホープが職員室の前を通りかかった。先日の聖夜祭で本を買いに来てくれてから会っていない。すっかり大きくなってしまったホープは、愛らしくその桃色の髪を揺らした

    「アルバお姉ちゃんこんにちは!」
    「こんにちはホープ、どこ行くの??お昼休み終わっちゃうよ?」
    「次の授業が研磨室A-3だから、移動中なんだぁ」
    「そっかそっかぁ〜、授業がんばって」
    「うん!!ありがとうアルバお姉ちゃん!」
    ホープを見る度、話す度、心がザワりとする。
    このモヤモヤは決して消えることなく、ずっと私の心に居座り続けるのだ。どうして君は、兄様を覚えていないのだと。
    「じゃあぼくもう行くね!またね!」
    どうして生前の兄様とあれほど一緒に時をすごしたのに、覚えていないんだと。
    「うん……またね」
    私と同じく、兄様を苦しめてきたのに、どうして。
    「…ホープ」
    「ん?」
    先を行っていたホープはニコリと笑いながら振り返る。
    「……なんでもない」

    また、自分も救えなかったくせに、他の人に責任を転嫁しようとしてしまった。
    私はホント、

    「ダメな子だなぁ……」

    ー○ー

    「だからそうするしかないと言っているだろう!!!!!!!」
    古びた工房に怒声が響き渡った。
    広さのわりに人は少なく、きちんと整理整頓された趣ある工房。職人達は作業の手を止め、発端の声主を心配そうに見つめる。
    「そんなこと良いわけがないだろう兄さん!どうかしているよ!」
    「じゃあどうすれば良いんだ、適任じゃないか!彼が1番!」
    「もう辞めればいい!そう無理にオノールに拘らなくとも、皆の中から次期工房主を決めればいい!」
    「お前がそんな言葉を軽々しく言うなァ!!!」
    現工房主、ヒペリカ・オノールは怒り任せに手を払い、机に置いてあった物は無惨に床に転がった。
    ヒペリカがこれまで、これほど声を荒らげた事はあっただろうか。いや、無いのである。それほどまで怒っていた。

    「ホープくんを私の養子にするだけで、全てうまくいくじゃないか!今からホープくんを鍛え上げて、ホープくんを次期親方にする。だからホープくんをくれと言っているんだ!」
    「自分の言っていることがわからないのか!?ホープは俺の大切な息子だ!!」

    ヒペリカの血縁であるセアリアスもまた、信じられないといった様子で声を荒らげた。
    発端はこうだ。オノール工房次期親方を巡り、職人志望のセアリアスの子ホープが適任であると、ヒペリカが持ち掛けたのだが、そのためには本家である必要性を主張。となると、ホープを自分の子にしなければならない。しかし、セアリアスが許すはずもなく、工房内に緊張感が走る様になってしまった。

    「兄さん、最近特に変だよ。気を使って言ってこなかった事もあるけどさ、やっぱりおかしい。」
    セアリアスは呼吸を整え、落ち着いた声色でヒペリカを諭そうとする。
    「何にそこまで思い悩んでいるの?俺を頼ってくれよ。俺は兄さんのたった1人の弟じゃないか。兄弟じゃないか!」
    「…うるさい」
    「アルバちゃんにだってそうさ、兄さんはもっと優しくなってあげてよ。もっと人の心っていうものをわかろうとしなよ」
    「うるさい」
    「兄さんはアルバちゃんと普通の家族になりたくないのか??アルバちゃんは強い子だよ、とっても、逃げてばかりの兄さんとは違って」
    「うるさいうるさいうるさいうるさい!!!もう黙っていろ!!!」

    ヒペリカは頭を抱えて絶叫した。
    もう誰もヒペリカから視線を外すことなどできない。緊迫した空気だけが部屋中を漂う。

    「なんだ…?なんなんだお前は……俺に指図をするのか…?」
    「さ、指図だなんて」
    「頼れ?優しくなれ?逃げるな?」
    「…」
    「あははははははははっははは!そうか、そうか!!!はははははは!!!殺してしまいたくなるよ!!!!!!!!」
    「気が狂いそうだ。お前に兄さんと呼ばれる度に反吐が出そうになる。もうその言葉は聞き飽きた。」

    ヒペリカはただただ狂気的な笑みを浮かべ、部屋の中をゆっくりと歩き出した。
    その瞳は真っ暗と濁り、正気とは到底思えない
    (もう手遅れなのか…?)
    セアリアスは冷たい汗がツゥと額に流れ、鳥肌がたつ腕をギュッと握りしめる。ヒペリカから感じる圧は、呼吸さえうまくさせてはくれなかった。
    ……だが、セアリアスは諦めたくなかった。
    兄がこうなってしまった責任は、弟である自分にもあると、アルバや自分の子ども達と接する事で受け入れられるようになったのだ。
    自分も、もう逃げたくない。たった1人の大切な兄に手を差し伸べたい。1人で苦しむ兄を救いたいと、妻であるマリアに誓った。その誓いに背きたくない。

    「兄さん」
    「呼ぶな。」
    「兄さんごめんね、」
    「だからっ」
    「一緒に考えようよ。オノール工房の未来を…!」
    セアリアスはヒペリカの肩を掴み、その紅く、暗い瞳を捉えた。
    「っっっ、あぁああああ!!やめろ!!!!」
    しかし、そのセアリアスをヒペリカは突き飛ばす。
    ヒペリカの息は上がり、その光景は、もう声は届かないのだという事を暗示させた。

    「お前のそれはなんだ!?私を侮辱しているのか!?!」
    「違うよ!!!これは、、!………優しさだよ」

    その時、ヒペリカの中で何かが崩れる音がした。

    「……はは…ははは……はぁ……。」
    「お前が優しさを語るのか。お前が優しさを語るのか…お前が、優しさを、語るのか!」
    ヒペリカは突き飛ばしたセアリアスの胸ぐらを掴み、無理やり起き上がらせた。
    「馬鹿にするのも大概にしろ!!お前の口から優しさなんて言葉聞きたくもない!お前は優しいのか!?ははは!笑えるな!!傑作だ!」
    「…ッ、何がおかしいんだよ兄さん」
    「お前に優しさなんてない。鬼だよ。お前は鬼だ」

    「なっ、兄さんに俺の何がわかるっていうんだ!」
    「知らないよお前の事なんか。興味もない。」
    「なら俺の優しさを否定するなよ」
    「じゃあなぜ。ホープくんはノクスの事を思い出さないんだ?」
    「……!」
    「ホープくんがその事で密かに傷ついている事をお前は知っているのか?」
    「は?」
    「シェーンちゃんはなぜあそこまで傷つくことになった?」
    「いや、」
    「ヴィールくんだってもっと早く対応できたんじゃないのか?」
    「今うちの子は関係ないだろ…」
    「ハッ、ほらまた逃げた。」

    ヒペリカはセアリアスを離し、その足で部屋から出ていってしまった。その横顔はいつも通りに戻っており、先程までの迫力は消えていた。

    その場に残されたセアリアスは呆然と座り込み、しばらくの間、動くことはなかったという



    ー□ー

    男は女の地図を頼りに街へとやって来る
    趣のある古家、新築らしい住宅、長く続く商店街。葉の茂った校舎、山の奥まで続く階段。まったく聞いていた通りだった。
    「ここが……」
    男は女のことを思い出し、共に来れなかった悔しさと、寂しさに思わず涙を流しそうになってしまう。

    今日はここにただ来てみただけ。それだけなのだから、泣いてはいけないと鼻をすする。
    長居してしまえばそれだけ辛くなってしまう。男は明日も大学なのだから、さっさと帰ってしまおうと自動運転汽車へと向かおうとしたが、見知らぬ土地であったため呆然と辺りを見回す。

    「……どっちに向かえばいいんだ。」

    「あの、」
    そんな時、後ろからどこか聞き覚えのある、綺麗で透き通った声がした。


    ー○ー
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