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    やしろ

    @yashiro_kk

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    やしろ

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    『ミチ』(12)其の家に1人の老人はやってくる。
    今では追い出されてしまった其の家の呼び鈴を鳴らし、静かに″人″を待つ。
    決して笑みは絶やさず、″彼″を待つ。

    すぐに重たい扉はゆっくりと開かれ、中から目的の人物が顔を出す。

    酷い顔である。

    優しげな笑みを浮かべた老人とは対照的に、
    その人物の表情は強ばっている

    「なぁ、ヒペリカ」

    老人は一歩、一歩とその人物に歩み寄る

    「いいんだよ」

    その人物は扉の前から動くことはできない

    「頑張らなくてもいいんだ」

    老人の紅い瞳から目をそらすことなどできない

    「私はお前の力になってやりたい」

    その人物の身体の機能という機能は制御ができなくなっていた

    「ヒペリカ、わかるかい?」

    老人はその人物の頬に優しく手を添える

    「あれほど言っていただろう。たった2人しかいない跡継ぎだ。1人目が潰れた時のために、2人目もきちんと教育すべきだと」

    老人の年老いた手はその人物の頬を優しく撫でる

    「なのにお前は、長男という存在に重きを置き、小説家だとかいう道を歩ませた。しかも、ノクスが死んだ後もだ。」

    「思わず呟いてしまったよ。聖夜祭の日、アルバの書いた本を見ると、…笑いが込み上げてきてな。長男に技術を継いでいく事に拘るお前のその思考が」

    老人の手は頬からゆっくりと首筋までやってくる

    「くだらない。とな」
    手はそのまま、その首を締めるように力を込める。
    ヒペリカはそれを止めることなどできなかった。
    「今の有様はなんだ?ヒペリカ。アルバの磨いた石を見せてみろ、私が直々に教育してやろう。お前には情がありすぎる。」
    ヒペリカの首を絞める手は緩まることはなく、反して強さを増していく
    「だがその情も、肝心の本人達には届いていなかったようだな?ノクスは死に、アルバは真っ白な髪を捨てた。……可哀想だな、ヒペリカよ。」
    もはやヒペリカに声など届かない。

    息が

    できない

    (…嗚呼、失敗した。)

    (しかしこれで…もう楽になれるだろうか……。)


    ヒペリカの意識は薄らいでいった

    ーーーー
    ーーーーーーーーーーーー
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    ーーーーーーーーーーー
    ーーーーーーー
    ーー




    「貴方、私達の子ですよ」
    「あぁ!なんて可愛いんだ」
    「この子の名前は決まりましたか?」
    「どの名前も素敵で、時間がかかってしまったが…決めたよ」
    「ふふふ、教えてくださいな?」
    「この子は………愛おしい僕らの1人目の子…。
    キミの名前は『ヒペリカ』」



    ヒペリカムの花言葉
    …………『きらめき』『悲しみは長く続かない』




    ー●ー


    アルバ・オノールは疲弊していた。
    光の入らない部屋で、誰と話すことも、何をすることもなく、ただそこに居ることを強要されているのである。部屋を出ることは許されず、本を読むことも出来ず、ただ、時が過ぎるのを待つのみ。
    唯一の楽しみは、母の手料理だ。
    1日に3度、部屋の外鍵が開れる。母は私に何も言わず、食事を持ってきてくれるのだ。温かい、作りたてのご飯をたくさん持って来てくれる…。
    これまでに7度の食事が持ち込まれた事から、今は2月4日の夜だということを推測する。

    何度か母に「何故私を監禁するのか」その理由を聞こうとしたが、その言葉は喉にかかって出ることはなかった。
    それも、母は見る度に新しい怪我をしていたのだ。なんでもないように振舞っていたが、身体の場所を問わず、目に見える痛々しい傷がついていた。
    きっと、父にやられたのだろう。

    そう考えると、監禁されているだけで、手は出されず、美味しいご飯も食べさせてもらえる今の私が、どれだけ優しい環境にいるのか。
    とてもではないが、母に逃げ出したいなど言う気にはなれなかった。

    そんな中、母は私の部屋の扉を開けた。もうご飯の時間か。もはや、時間感覚もわからなくなっている。

    しかし腹の虫はまだ鳴っておらず、食べる気力もないためどうしようかと迷っていると、意外にも母の手にするトレイの上には小さなケーキだけが乗っていた。

    「アルバ、」
    「…母様?」

    母は弱々しく微笑むと、トレイを机の上に置く。
    「…ガトーショコラ……。」
    それは、1人用と言うには少し大きくて、そして…一粒のイチゴが乗ったガトーショコラ。

    私はかつての日々を思い出し、涙が溢れそうになるのを必死に堪える

    幼い頃、私はチョコレートが大好物だったのだ。好きなケーキと言えば、今でこそフルーツの沢山乗ったフルーツケーキなのだが、当時は母の作るガトーショコラが1番好きだった。濃厚なチョコレートの味わいと、イチゴ好きだった私のために乗せてくれる、特別な一粒のイチゴ。お祝い事の度に母はガトーショコラを焼いてくれた。
    喜ばしい日の傍には絶対に、母と、母の焼いてくれるガトーショコラがあった。
    私を学園に送り出すあの日も、母はガトーショコラを焼いてくれていた。……だけど私は、それを拒んだ。

    学園に来て1年目の誕生日、その日も母は、お手製のガトーショコラを持って私に会いに来た。なんて律儀な人なんだろうと思ったが、その日も私は食べる事を拒んだ。……その上、母の目の前で受け取ったガトーショコラを地面に投げ捨てた。
    会いに来た母に酷い罵詈雑言を吐き、振り返る事なく母を1人残した。……そのガトーショコラにも、一粒のイチゴが乗っていた。

    ………翌年から母は会いに来なくなった。

    あれほど好きだったガトーショコラを食べる事はなくなり、私はフルーツケーキが好きだと言い張るようになった。

    どうして、なんで今日……ガトーショコラを焼いたの、?お母さん…。
    「…アルバももう22歳なんだから、…いいえ、あまりにも貴方と離れてしまったから、もう貴方の好みもわからないけれど、……最後に、貴方にガトーショコラを焼いてあげたかったの」

    母は今にも泣きそうな、そんな寂しげな表情で私を見て微笑む。泣きたくなるような優しい声で、私にそう告げる。

    この人はいったい、どれだけの顔を持っているのだろう。……本当は、母は私の味方なのではないかと、思いたくなってしまう。
    優しく頭を撫でながらも、「仕事だ」と冷たい声で私を送り出した母。私の大好物だった手作りのガトーショコラをたくさん焼いてくれた母。兄様が死んだ日泣いていた母。聖夜祭のあの日、オノールを名乗るなと吐き捨てた母…。そして、毎日美味しいご飯を持ってきてくれている目の前の母。

    「……、母様。」
    「…ごめんなさい、ただ私が焼いてあげたかっただけなの。……食べなくてもいいわ」
    私はこの母親の何を見ればいいのだろう。
    何が正解なのだろう。
    分からない事だらけで、考えても考えても、正解に辿り着くことはない。…だけど、
    「…食べるよ」
    信じたい、甘えたい、その気持ちは抑えられない本能なのだ。

    「……ありがとう…」
    母の消え入りそうな声と共に、ケーキにフォークをいれた。

    *

    「ねぇアルバ」
    「ん?なに?」
    母の作るガトーショコラはあの日々と同じ、変わらない甘さだった。濃厚なチョコレートの味わいと、イチゴの甘酸っぱさがよく合う、とっても美味しいケーキ。
    私が食べている間、母はずっと黙ってそこに居た。
    そんな母が何度か迷いを見せた後、フォークを置いた私に話しかけてきた。

    「…貴方に何を言っても、言い訳になってしまうのだけれど。……聖夜祭のあの日、私が貴方にかけた言葉は……誤解なのよ」

    ……聖夜祭のあの日、
    ●●●

    「…………。」
    「あなた、行きましょう。」
    「…ヒス。」
    「もう無理です。諦めましょう。」
    「……あぁ。」

    父様は何かを言いかけたすぐあと、母様に促され背を向けた。

    「……母様…?」
    「アルバ、もうわざわざオノールと名乗らなくても良いわよ」

    ●●●

    ……母の言葉が、氷の刃のように冷たく、鋭かったあの言葉。
    今更何を言い出すのだろうか。
    「……誤解だなんて、。じゃあいったいなんだっていうの?そのままの意味意外に、意味なんてあるの?」
    私は母を睨み、そして笑みを浮かべる。
    あの言葉で私が傷ついたのは事実、それを今になって誤解だなどと言っても、私がそれを許せる訳ないではないか。
    それに…許したくないのだ。見たくないのだ。本当は愛しているだとかいうそんな綺麗事は、知りたくない。
    もはやどちらがいいかなんて解らない。私の中も矛盾だらけなのだ。

    「……。」
    母は俯き、口を結ぶ。
    「…」
    そうして、ゆっくりと言葉を紡ぎ、真実を話し出した。
    「……アルバが、、小説家として、自分の道を歩みだそうとしている。…それなのに、オノールという家名で貴方を縛りたくなかった。」

    「……え、」
    「貴方は″アルバ″として生きられる。自立できたのに、わざわざ邪魔な″オノール″を名乗る必要はない。」
    「…うそ」
    「そう伝えたかったの。……あまりにも、言葉足らずだったけれど。アルバ、貴方がオノールを捨ててもいいのよ。」

    母は眉を下げてまた笑う。決して見ることの無かった母の新しい表情を、私は今日何度見ることになるのだろうか。

    そんな事、……ちゃんとそう言われないとわからないではないか。今までずっと、オノールとして生きることを強制されてきたのだから、
    「…どうして。……ずっと2人は私に、オノールである事を求めていたのに」
    「…ごめんなさいね、……」
    母は力なく微笑む。
    「自由になって、アルバ」
    「……」

    まさか母から、そんな言葉をかけてもらえるとは思っていなかった。
    照明が揺れることもなければ、日常の音が聞こえることもない静かな部屋で、2人分の呼吸だけが繰り返される。
    私はオノールに捨てられたのではなく、どうやら、私がオノールを捨てても良かったらしい。
    ……そう、伝えたかったらしい。
    許さない。そう決めていた心が揺らぐ。

    母のことを知りたい。本当の母の気持ちが…知りたい。

    ふと、母の髪色が目に入る。そういえば母は、桃色の地毛に白色のメッシュを入れている。なぜ母は、白髪では無いのだろうか。あの父の妻であるのに。

    「母様、……質問してもいい?」
    「なぁに?アルバ」
    「母様はどうして、白髪じゃないの?」
    「…………それは、…私だって、白髪になりたかったわ。けれど、私は桃色の髪じゃないと許されないから」
    母はまた、寂しそうに笑う。
    「誰に…許されないの?」
    「…アルバも立派な小説家ね。そうね……それは、教えられないわ」
    「…私が白髪でいなくちゃいけない理由は?」

    「……ヒペリカが貴方を傷つけないためよ」

    母は笑みを隠し、真剣な、そして辛そうな顔でそう言った。
    …やはり父が白髪にこだわっているのだ。そしてそれは暴力性を伴っている。何点か納得のいかない返答もあったが、それはまだ目を瞑ろう。

    「母様のその傷も、父様が?」
    私が母の隠していた腕を見つめながら聞くと、母は小さく息を吸う。
    チラリと母の表情に目を向けると、母は哀しそうな顔を一瞬見せる。そしてすぐに笑ってこう言った。
    「まぁね」

    胸の奥がキュウと鳴いた

    ー□ー

    ある1人の女は信じられないという風に目を見開いた。
    女にとって1番仲の良かった彼女の恋人は、彼女の死から数年たった今でも彼女の死を受け入れられていないのである。
    彼女の不安や心配をずっと受け止め、聞いていたのは自分である。だからこそ、その彼女の気持ちを無視し続ける男に怒りの感情を抑えることなど出来なかった。

    乗り越えなければいけないだろう、辛さも寂しさも、もう戻っては来ないのだから。
    例え本当に1人になったとしても、きっと、見守ってくれている


    ー○ー

    「アルバ、大事な話があるの。」
    私は改めてきちんと座り直し、アルバの目を見る。
    「…なに?」
    「これから、ここを抜け出しましょう。」
    私達の願いはただ1つ。貴方をここから逃がしたい

    「今は2月5日の午前4時、貴方の友人のバークリーくんに街まで迎えに来てもらえるように頼んでいるわ。だから、誰にもバレないように貴方を街まで連れて行く。」
    「貴方のことは、私が護るから。」
    アルバは驚いたようで硬直しており、何度か瞬きをした後、やっと口を開く
    「え…っと、いいの?」
    「でもね、バークリーくんと合流した後、貴方は彼が許すまで彼の傍を離れないでほしいの。」
    「ぇ…」
    「学園へも帰ってはいけない。誰にも会ってはいけない。………もちろん、私達家族にも。」

    アルバを護るための絶対的条件は、ただただ身を隠すこと。私達から、世間から、姿を消すこと。
    「それと貴方の通信端末は直しておいたわ。少し、壊れていたみたいよ」
    直した後も暫くの間預かっていたのだけれど、それも言う必要はないだろう、私はアルバに端末を手渡す。
    「…きっと大丈夫、貴方に日常は帰ってくるわ」

    アルバ、貴方には、貴方の日常も、未来も、道も、ちゃんとある。だからどうか、何があっても立ち止まらないで
    …もう貴方にガトーショコラは焼いてあげられないけれど、いつまでも貴方の幸せを願ってる。

    「まっ、待ってよ!!」
    私が一通り話終えると、アルバは焦った様子で制止をかけた。
    「いきなり言われてもわかんないよ…!ただでさえ、いろんな事の理解が追いついていないのに!!……わけわかんないよ…」
    アルバの瞳は揺れていた。
    ……そうだろう、きっと理解できない事ばかりだろう。だけど今は、今だけは、私の事を信じてほしい。私はただ、アルバを自由にしたいだけなのだから

    「とにかく時間は少ないの、ついてきてくれる?」
    「……、、本当に、街にユリスがいるんだよね?」
    「えぇ、約束してくれた。」
    「……。私を逃がした後、母様はどうなるの?」

    アルバの言葉でハッとする。
    まさかアルバが私のことを心配をしてくれるだなんて、思ってもいなかった。どうなる…か、……どう転んだとしてもきっと、もうアルバと会うことはないのだろう。でもそれは、この子に言うべきじゃない
    本当は最後までこの子にとって悪者でいるべきだった。……私はいつまでたっても、不甲斐ない親ね

    「大丈夫よ、また後日落ち合いましょう?」
    アルバは不安の残る目で私を数秒見ると、ゆっくりと立ち上がる。青い髪がふわりと揺れた。

    「わかった。母様を信じる。」
    そう言ったアルバの表情は不安を隠しきれておらず、けれど真剣に頷いてくれた。
    強くありながらも弱いその姿は、この子の父親そっくりで、思わず笑みが零れる。

    「ありがとう、……アルバ」

    夜風なんて絶対に吹かないはずなのに、何故か、冷たくも温かい風が私達の傍を通り過ぎた気がした。




    ー●ー



    深く、

    深く、

    堕ちていく。

    頭の中がぐあんぐあんと唸り

    世界は″赤″に染まる

    震える手、

    くっきりと痕のついた首

    逃げられない首輪

    このままではいけない

    このままでは

    全てが終わってしまう

    必死になって守ってきた私の世界が

    侵食される。

    逃げられない
    逃げられない
    逃げられない
    逃げられない
    逃げられない
    逃げられない
    終わらない
    終われない
    嘆いても
    怒っても
    蹲っても
    吐いても

    止まることを許されない、磨き続けなければならない、継いでいかねばならない、赤い目に睨まれる
    私は、僕は、俺は、自分は、身を捨て魂を売りプライドも何もかも全て燃え尽きた
    しかし血は流れる、心臓は動き続ける、

    死にたい逃げたい逃げられない消えたい辛い苦しい終わらない辞めたい磨きたくない死にたい早く楽に逃げられない逃げられない逃げられない逃げられない逃げられない逃げられない逃げられない

    赤から、逃げられない
    アイツから、
    あの怪物から、

    逃げられない

    死にたい

    苦しい

    全て、

    全てアイツのせいだ

    怪物が僕を苦しめる

    怪物を殺せば

    全てが解決する!

    僕も、愛しい人も、護りたい人も、全て!幸せになれる!

    さあ刃をトレ!

    殺せ!

    殺せ!
    殺せ!
    殺せ!!
    怪物を殺せ!!
    幸せは自分の手で掴み取らねば!



    。。
    。。。

    白髪の男はナイフを持つ。
    赤暗い瞳が笑っていた。


    ー○ー

    逃げる準備をし終えた2人は部屋を出ようと扉のノブに手をかける。
    アルバはその母の背中に声をかける。
    「ねぇ母様、最後にひとつ聞いてもいい?」
    「なに?」
    「父様のお父様……私のおじぃちゃんはいったい何者なの?」
    ヒスはアルバを見つめると、苦しげに笑った。
    「あの人は…、貴方が1番関わってはいけない人よ」

    * * *


    2月5日、午前5時00分

    夜はまだ明けない
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