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    やしろ

    @yashiro_kk

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    やしろ

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    『ミチ』(13)私は母と、音を立てぬよう階段を降りる。一段、一段、自分はここにいないのだと、この家に眠る怪物にバレぬよう、音を殺す。
    相変わらず母の動きからは物音1つしない。それもまた、嫌に不気味さを漂わせた。


    私の限りなく小さな足音と、古びた我が家のキシリという悲鳴が夜を襲う


    トタン

    トタン

    トタン


    …突然、目の前の母は立ち止まる。
    家の窓は全て閉ざされ、外の光なんて一切無い。本来であれば、真っ暗なはずの家。手探りで進まなければいけない階段。そのはずなのに、はずなのに


    ゆらり

    ゆら

    ゆら ゆ らり


    1階に光が灯されていた

    「母様…?」
    私は小声で目の前の母に話しかける
    「……あの人が起きてる。…どうしてこんな時間に…寝ていたはずなのに、」
    母の声は震えている
    私は、灯りにゆらゆらと照らされる母の手をそっと握った。冷たい、冷たい氷のような手
    「大丈夫だよ、」
    なんの根拠もないけれど、 私が 信じたいから。まるで自分に言い聞かせるように呟く。きっと逃げられる。上手くいく。


    「…行きましょう」
    母はそんな私の心情を察してか、優しく手を握り返してくれた。そして、私の目を見て静かに頷く。


    一歩、一歩、足を進める。
    この道は未来へ続く道だと信じて
    大丈夫、大丈夫、大丈夫。
    どうしようもない不安に襲われる。
    だけど進まなくちゃ、歩まなければきっと、私に未来はない

    バレないように

    バレないように

    「あはははははははははははは!」

    バレないように

    バレないように

    「あははははは!!ははははははは!!!!」

    バレないように

    「…あなた?」
    「母様?」




    時が止まった瞬間だった






    母は何かに操られているかのように歩き出す。灯りの先に向かって、私を振り返ることもなく進んでいく。「母様…?待って、どこに行くの??バレちゃうよ!」懸命に、けれどバレぬよう小声で声をかける。やっと、信じてもいいかな、なんて思えたのに。いったいどうしてしまったのだ。何故、怪物のいる方に向かうのだ。

    「あはは!あはは!あはは!!」
    私も母の後を追う。行かないで、待って、独りにしないで、
    「あははははは!!」
    母は、進む。私は、追う。そして、
    「あなた!!!!」

    母の凛とした声が、太陽も昇らぬ夜の屋敷に響いた。


    ー□ー

    煙草の煙が視界を曇らす。
    もう抜け出せないな。男はぼんやりと煙の消える様を眺めていた。
    キッカケはなんだっただろう。
    火をつけてからいったい何年。
    自分はコレから抜け出せていないのだろう。

    男は目を閉じる。

    ああそうだ、あの日からだ。

    愛する女が呼吸をしなくなった日。

    俺は、

    男は、ライターを手にした。


    「久しぶりじゃん、元気にしてた?」
    男が物思いにふけていると、突然声をかけられる。
    声の主は誰だったか。ああそうだ、あいつの友人だ。

    男は煙草の火を消そうかと悩む。目の前の女に知られた事は全て、あいつにバラされてしまうのだ。女の友情というものは全くこわいものである。
    「…キミの前ではおちおち煙草も吸えないな。久しぶり」
    「あはは、なんでよ」
    「だってキミは全部あいつにバラしてしまうだろ?」
    「……。」
    「そう…だったね。」
    「煙草は吸うなって…言われてたのになぁ」

    男は寂しげに呟きながら、箱から1本取り出す
    「……だね、手紙にもどうせ書いてあったんじゃない?健康に気を付けろーって」
    女はイタズラな笑みを浮かべる
    「手紙?……あぁ。…手紙な。」

    男は、言い淀んだ。

    「…え?なに、どうしたの。」
    「んーん、なんでもないよ」
    「……まさかあんた、あの子からの手紙…読んでないの?」
    「……。」

    手紙。それは愛する人が遺した贈り物。
    しかし、男がそれに目を通すことは無かったのである。


    男の心は未だに、冷たい氷のようだった。



    ー●ー

    「あなた!!!!」
    ヒスはヒペリカの元へと駆け寄った。
    あれほどバレぬようにと口にした張本人は今、自ら姿を現している。
    「あなた、どうしたの?大丈夫??」
    ナイフを手にし、狂ったように笑う愛しの夫へ必死に語り掛ける。今の彼が正気を失っていることなど、誰が見ても明らかである。しかし、女は呼びかける。其れは愛しい愛しい我が愛する人。

    狂っている。娘は思う。彼らはいったい何者だと。

    「あなたしっかりして、落ち着いて!」
    「あははは!!」
    「あなた!!」
    「はは……ははは……ヒス、?」
    「そうよ、あなた、いったいどうしたっていうの…??こんな物を持って……」
    「……」
    男は視線の焦点を合わすことなく笑う。
    「殺すんだよ。」
    「怪物を」
    「それしか道は無い」

    …背筋の凍るような、いや、もはや目にすることなどできないような、おぞましいモノを見ているような気分だ。
    アルバは2人を遠くから見つめ、身じろぐ。これがホラー映画だったらどれほど良いだろうか。物語には終わりがあって、人の手によって創られたものであればどれほど…。


    私だけでも見つかってはいけない。
    本能がそう告げる。2人がお互いのことばかりになっている今のうちならば、この空間から逃げ出すことが出来るのではないだろうか。心臓の音は壊れてしまったかのようにバクバクと鳴り響く。


    アルバの脳は、震えて動かなくなってしまった身体に指令を送る。動け、頼む、動いてくれ。一歩、一歩、音を立てないよう、バレないよう、外へと。
    怪物の笑い声が聞こえる。呼び掛ける母の声がする。真っ暗な世界、それが赤に染まる前に。

    ユリスの元へ、街で待つユリスの所まで、行かなくちゃ。

    逃げなくちゃ…!


    ゆらり


    ゆらり


    蝋燭の火は揺れる

    アルバはもがく。
    息苦しいこの世で必死に手を伸ばす。
    光を、酸素を求めて。
    羽を伸ばす。
    空を目指して。

    自分の居場所へ帰ろうと、足を前に、前に、前に


    ____しかし鎖はまだ、切られていなかった。



    ドタリ

    手足に衝撃が走る。
    笑い声が響く家に、別の″音″が響いた。アルバは3度の瞬きの後、自分の足がもつれたのだと自覚する。
    瞬間、ぽたりぽたりと汗が床を濡らす。思考が止まり、身体の全てが鉛で出来ているかのように重く、動かない。

    耳を塞ぎたくなるほど奇妙で恐ろしい笑い声は






    ピタリと止まった。






    ー●ー


    ドタリ、どこかで物音が響いた。その音で私はハッとする。
    自分はいったい何をしていたのか、後ろを振り返るとアルバがいない。部屋を出て、長い廊下の先を目を凝らし、その姿を探す。

    すると少し先に倒れ込む人影が見えた。

    アルバだ

    私は咄嗟に、怪我をしていないか確認するため、通信端末のライトをつけ、アルバへと向けた

    …しかしこの後、これらの行動がなんと愚かな事だったのかと、痛感する事になるのだ。

    「アルバっ!大丈夫?」
    私は声をあげ、駆け寄ろうと足を踏み出す

    ごめんなさい。その言葉さえ、貴方に送る資格なんてない程に、私は、

    「…アルバ?」
    夫は落ち着いた声でその名を口にする


    …私は、


    アルバは私達の声を聞き、ゆっくりと、


    …私は…


    振り向いた。



    終わりの引き金を引いてしまった_____。





    ー●ー

    身体は動く事を放棄したというのに、声のした方へは呆気なく向いてしまった。
    あれほど死に物狂いで歩いた廊下は、哀しくなるほど短い距離で、全てを覆うかのような暗闇がただそこに広がっている。そして、冷たい通信端末の光が私を照らしていた。

    私は恐る恐る、父の表情を伺う。
    しかし、母によって私が照らされている今、向こう側を見ることなど出来ないのだ。…言いようの無い恐怖に再び襲われる。


    母の持つライトの光が大きく揺れ、数秒もしないうちに母は私の傍へと駆け寄り、私に何かを話し掛ける。
    …しかし私には、ソレを聞く余裕など無かった。

    だって、母の後ろから、

    来るのだ。


    見えずともわかる
    わかってしまう

    殺意を隠さず向かってくる父の姿を



    闇の中、端末の明かりが広がるこの場所でやっと、父と目が合う。

    刹那、目の前に赤が飛び散った。

    「っぁああああああ!!!!」
    何度も耳にした鈍い音、しかし、こんなにも無惨に飛び散る″液体″は初めてである
    母はそのまま私の方へと倒れかかった。

    「あ…なた、、?」
    母の細く、弱々しい声が腕の中から聞こえる
    私の身体はまだ、言うことを聞かない。

    「ぁ………、、父…様。」
    「…殺す。殺す殺す殺す」

    死にたくない。
    いやだ、
    まだ、やりたい事があるの。

    だってまだ、22歳だよ

    やだ、死にたくない、まだ、まだ、、

    卒業もしていないのに

    「あなた、待って…あ、なた…っ!やめてぇ!!」
    父は光の反射できらめく何かを振り下ろした。




    「いやああああああ!!!!」
    私は目を瞑りその場で叫び声をあげるしかなかった。痛感はすぐに全身を巡り、そして生暖かい何かがドクドクと流れ、衣服を染める。
    痛い、痛い、痛い、、!

    「死ね、死んでくれ、僕のために」

    「死んでくれ」

    ポタリポタリと音が聞こえる。数年前、何度も自分の手で血液を流したことはあるが、その時と比べ物にならないほど苦しい。
    心理的な要因もあってか、息をすることでさえ上手くできない。

    しかし無慈悲にも父はもう一度、腕を振り上げる。

    私はそれを、見ていることしかできない。

    身体が言うことを聞かないのだ、どれだけ動いてくれと願えど、まるで凍ってしまったかのように、ピクリとも、動かない。
    私はここで……。。

    「アルバお願い逃げて!!!!」
    私が目を閉じようとした瞬間、母の叫び声と何かが倒れる大きな音でハッとする。

    何が起こったのか。
    私の傍で血を流し、倒れていたはずの母は父の上に覆いかぶさっている。

    「お願いアルバ、足を動かして!!死なないで!!」
    母はこちらを見て、泣いていた

    声を震わせて叫び、懸命に父を押さえつけている。
    「バークリーくんの元へ行って!!早く!貴方は!!死んじゃダメェ!!!!」


    「…っ」

    この涙は、痛みから来る生理的な涙なのだろうか。…いや違う、それだけじゃない。それだけのはずがない。逃げなくちゃ、足を動かす?いや違う、走らなきゃいけない。

    血だらけの手でポケットの中のペンダントを握り締める。
    「親愛なる兄よ…、どうか力をお貸しください。」

    私は立ち上がり、踵を返し走り出した。
    まるで背中を押すかのような、風が吹いている、気がした。


    ー●ー

    暗闇だった家に僅かな光が差し込んだ。
    そして間もなくして、光は閉ざされた。

    アルバは走り出した。
    この家から出ることができた。
    あとは、祈るだけ、祈るしか…

    「なぜ邪魔をする!!愚か者め!!」
    「…あなたこそどうして…」

    愛する夫は私を押し退け、立ち上がる。
    「こうするしかないんだ!!僕達が助かるにはこうするしか!怪物を殺すしかないんだ!!」
    どうして…、、どうしてあなたが…。

    夫は走り出す。私を置いて、アルバを追うために。
    「待って…、」
    私も追いかけようとするが、立ち上がることすらままならない。痛みなんて慣れている、これくらい耐えられる。なのに、…っなのに、足に力が入らない…
    「あなた!!待って!!アルバは違う!!アルバは!!…ッゲホッ、ゴホッ」
    声を荒らげることなど滅多にしない私の喉は、既に悲鳴をあげている。どうして私はこんなにも、何も出来ないのだろうか。ただ、ただただ無力。

    そうして再度、薄らかな光が差し込み、…ゆっくりと消えていった。

    そこに残るは端末の明かりのみ。

    「……アルバは…あなたの言う怪物なんかじゃ…ないわ……、、」

    「私達の……、、娘よ…っ」

    「あぁ…ああああああぁっ……!!」
    お願い、誰かあの人を止めて、、違うの、あの人は、本当は、、

    アルバを…ノクスを、愛しているの、、!!


    __ヒスはその場にうずくまり、声にならないほど泣き叫ぶ。これほど、自分の無力さを恨んだ日はないだろう。


    ー●ー

    街は仄かな太陽の明るさを取り戻しつつあるも、まだ日は出ておらず、人の姿もまだ見えない。

    血だらけの少女は走る、母がいったいどこへ向かおうとしていたのか、親友はどこにいるのか、知らない、わからない、教えてもらっていない。けれど走る。とにかく今は、グランツ学園を目指して走る。
    何度躓いただろうか、何度苦しさのあまり足を止めそうになっただろうか、その小さく、そして悲鳴をあげる身体で、少女は走る。


    、、、しかし。




    ーー * ーー

    ヒスはどれほど泣いていただろう、ふ、と娘の友人の事を思い出す。
    そうだ、伝えなければいけない。
    どれだけ自分が惨めで、どれほど罵られようと、それで娘が助けられるのならば、迷うなど選択肢はないのである。

    昨日、教えてもらった番号に電話をかける。

    お願いします。

    アルバを助けてください。

    不甲斐ない親でごめんなさい。

    どうか、……。どうか…。

    『もしもし、バークリーです。』
    「…ごめんなさい…っ。ごめんなさい、ごめんなさい、、」
    『……何か、あったんですね』
    「アルバを…っ助けてください…っ」

    あれほど流した涙は、止めても、止めても、何度だって溢れ出る。
    ヒスはこの、あまりにも惨い惨状を現実として受け入れられるだけの余裕はないのだ。願うことしかできない。祈ることしかできない。

    ……死ぬことが1番の救済なのではないか。

    でも、この子だけは、生きてほしい。
    …それはきっと、ノクスも思っている。



    ヒスは思う。

    (ねぇノクス…私が言えた事ではないけれど……、もしもまだこの世に彷徨っているのなら、アルバを……助けてあげて…。)




    ー●ー
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