アラベスク ソファに並んで掛け、隣にあった手をそっと持ち上げる。わざとらしく丁寧にゆっくりと指輪を抜いていく。それは、夜の始まりの合図だった。
「……外すのもいいけどよぉ」
「?」
「つけてぇよな、ここ」
すり、と撫でたのは左手の薬指である。付け根のあたりをすりすりと撫でていれば、一郎は僅かに狼狽えた。
まだ早いことはわかっている。どうせ、弟たちが独り立ちするまではと言われることもわかっている。だが、この男の指先から指輪を外すたびに思うのだ。
情事の最中も炊事の際も、手を洗うだけでも都度指輪を外す男が、この薬指にはめたシルバーリングだけは外さずにいてくれたら、と。その光景を想像するだけで、なんだかいいなと思ってしまう。
「……左馬刻」
変なこと言っていい? と一郎はおずおず切り出した。
「俺もさ、指輪してぇなって思ってた」
左馬刻の初めてって、ここくらいしかねぇもん、と。
手首には妹とお揃いのブレスレット。胸元にはヨコハマの仲間との証。耳には出会った頃からつけているピアスが、知らないうちに一つ増えている。
「俺はあんたばっかなのに」
そんなささやかな独占欲を引き出せたことが思っていた以上に嬉しくて、その眩しさに思わず目を細めた。
「……身体に穴開けたり身体ン中犯すほどじゃねぇけどよぉ 」
「うん」
「指輪と一緒にでっけー花束でも渡してやるわ」
「ははっ! それいいな」
花言葉までちゃんと考えてくれよ、と一郎は朗らかに笑う。苦笑しながら右手に残っていた指輪も外し、ひとまずその元気な口を塞いだ。