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    maybe_MARRON

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    左馬一
    一郎の家にお泊まりするサマイチが好きなんですがあまり書いたことがなく。あと伝わるかどうかはともかくいつもと違うことをしようと思って書きました。こういうサマイチがいてもいいよね。

    ライカ バケツをひっくり返したような突然の大雨は、夕立かと思いきやそのまま雷雨となり、夜になっても依然として弱まる気配を見せなかった。
     部屋の中まで響き渡る雨音に、一郎は窓の向こうを眺めてばかりいる。左馬刻の視線も同じ方を向いてはいたのだが、見ていたのは窓ではなく男の背中と黒髪だ。後ろ姿からでも伝わってくる緊張感に、なんとなく何を考えているのかはわかる。
    「一郎」
     とうとう我慢できなくなって小さく呼び掛ければ、視線の先の男の肩がぴくりと揺れた。おもむろに振り向いたかと思えば僅かに視線が彷徨い、ふ、と小さく吐息が零される。
    「……そろそろ寝るか」
     口元には薄い笑みが浮かんでいたが、吐き出された言葉はどこかぎこちない。見慣れない仕草に次第に込み上げてくる愛しさをそっと隠し、ひとまず小さく頷いてベッドに足を乗せれば、ギィ、と想像通りの安っぽい音が鳴った。
     
       ◇◇◇
     
     それなりの期間付き合っていれば、いずれそういう日が来るだろうとは思っていた。「泊まっていくか?」と尋ねれば驚いたように目を丸くし、真っ赤になりながらもぎこちなく「おう」と頷く姿は想像に容易い。「また明日」の代わりに「おやすみ」を言う日は遠からずやってくるだろうと考えるのも、ある程度の経験を済ませた大人であれば、ごく自然なことだった。
     そんないつかの未来を想像した時に、思い浮かべるのは自身の家であり、見慣れたモノトーンの寝室だった。一人暮らしなのだから当然だろう。なんなら一郎だってそのつもりだろうとも考えていた。
     そのプライベートな空間に他人を招き入れたことはなかったが、一郎がそこにいる姿は何の違和感もなく想像することができてしまう。勝手に思い描いた姿を噛み締める夜は何度かあって、そのたびに、鼓動は素直に期待の音を奏でていた。
     だが、現実はそう思い通りにいかないものである。
     数時間前。灰色の空からは、斜めになった雨の線が絶えず降り注いでいた。それを見上げながら「泊まってった方がよくね?」と告げる声には、単にこの土砂降りの中を歩かせるわけにはいかないと、そんな心配をする気配だけが滲んでいたのである。
     突如恋人の家で一夜を明かすことになったものの、そんな経緯だったものだから、この泊まりに色気なんてものはあるはずがなかったのだ。何なら誘われた時点でその場に二郎も三郎もおり、やましい気持ちはこれっぽっちもないことが証明されてしまっている。ちなみに、二人は「泊めるのは癪だが敬愛する兄の恋人である以上この雷雨の中追い出すことはできない」という微妙な表情で渋々OKを出してくれていた。別に帰ろうと思えばいくらでも手段はあったのだが、無理して出て行く必要がないのであればと、おとなしく泊めてもらうことにした。
     そうして、四人で夕飯を食べ、風呂を借り、向かったのは昼間にも足を踏み入れた一郎の部屋だ。泊まっていけばと言ったくせにどうやらこの家には来客用の布団がないらしく、部屋の様子は日中と何ら変わりない。案の定「俺はソファで寝るから左馬刻はベッド使ってくれ」なんて言うものだから、無理やり引き留めての今である。
    「……なぁ、やっぱ狭いだろ」
     ギシ、と再びベッドが軋んで、左側が先程までよりも深く沈んだ。シングルベッドに平均よりデカい男が二人で乗れば、想像以上に狭くて身動きが取れない。だがこの狭さと半身に感じる他人のぬくもりがどうしたって心地よくて、躊躇いがちな家主に対し、左馬刻の口元は緩んでばかりいた。
     ふと思い立ってくるりと身体ごと左側を向けば、一郎はまたぴくりと肩を揺らす。顔だけをこちらに向けていた恋人がおずおずと同じように身体を向けてくるまでに、そう時間はかからなかった。
    「ンだよ、緊張してんのか」
    「……そりゃあ、まあ……」
     ぎくしゃくしたやりとりとともに、視線は少しずつ下がっていく。躊躇いがちに揺れていた二色の瞳は、今はもうほとんど艶のある黒い睫毛に隠されてしまっていた。
    「別に変なことはしねぇよ。あいつらいるんだし」
    「それはそうだろうけど」
    「眠れねぇっつーなら俺がソファ行く」
    「……それはダメだろ」
     会話が途切れた僅かな隙間に、バタバタと雨を打つ音がやけに響く。電気をつけたままの部屋に漂うこの奇妙な緊張感が、なんだか不意に胸を擽った。泊まりであることをそれなりに意識しているのか、それとも単にこの距離感に慣れていないだけなのか、実際のところは聞いてみなければわからない。けれど、今は別に正解を知りたいわけではなかった。
     雨音を聞きながら、ゆっくりと右手を伸ばす。ふに、と頬に手のひらを添えれば、じんわりと熱が伝わってくる。
    「……ぜーんぶすっ飛ばして泊まりとはな」
     思わずククッと笑えば、視線が絡むと同時に閉じられたままの唇がムッと突き出された。
    「ここまでするつもりはなかったんだよ」
    「だろうなァ」
     そう、全部を飛ばしての泊まりだ。キスはおろか、あらたまって手を繋ぐなんてこともしておらず、左馬刻は今初めて、頬とはいえ服越しではない一郎の素肌に触れている。思っていたとおりの体温や、十代らしいみずみずしい肌。どうしたって気になる耳たぶの痕。指先で一つ一つ確かめるように触れていき、それから、とうとうたまらなくなって唇に触れた。
    「――……え?」
     ソファで寝るつもりだった男に、下心なんてこれっぽっちもなかったに違いない。見せていた緊張だってこの慣れない距離感に対するものであって、特に何かを警戒していたわけではなかったのだろう。隙だらけの無防備な唇まではほんの数センチの距離しかなく、少し顔を寄せるだけで、簡単に触れることができてしまった。
    「……っ!」
     何が起きたのかをようやく理解したのか、手のひらに伝わってくる頬の熱がじわじわと上がっていく。何かを発しようと勢いよく開かれた唇は、しかし各々の部屋で眠っている弟たちを思ってか、そのままのろのろと閉ざされた。
    「…………信っじらんねぇ……」
     抑えた声で、それでもはっきりと零された文句に、にんまりと口の端を持ち上げる。先に不意を突いてきたのはむしろ一郎だ。一つくらいやり返したところでせいぜいあいこだろう。
     一郎の家。窓の外の雷雨。何の変哲もないスウェットに、不意打ちで掠めた初めてのキス。
     ロマンチックの欠片もなかったことは左馬刻自身だって不本意だったが、しかしそれも、これから何度もするうちのたった一回だと思えば、別に瑣末なことのような気がしてしまうのだ。
     振り回されるのは趣味ではないが、予定外のことが起きるのはそう悪くもないと知ってしまった。もう一度口付けるくらいならば許されるのか、それともこのままおやすみと言われてしまうのか。それもいっそ、委ねてしまってもいいのかもしれない。
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