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    maybe_MARRON

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    左馬一
    やっぱりこういうテンション低めの話が好きだなぁと思って勢いで書きました。慰め合うわけではないけれど、ぬくもりを分かち合いたいみたいな…触れる権利を欲しがるみたいな…
    結果的にセルフワンドロ。いろいろと雑な部分はありますが好きな二人です。

    gloomy 珍しく一郎から飲みの誘いが来たかと思えば、いつもよりも随分とペースが早い。安くて賑やかな居酒屋だ。酔いたいのだろうと察することは簡単で、しかしこのまま飲ませるべきか止めるべきかは話の内容次第だろうと様子を窺う。
    「……三郎、大学受かってさ」
     しばらくして、とろんとした瞳のまま零されたのは、案の定弟の名前だった。
     まだ年も明けていない時期の合格報告は、一般的なイメージよりも随分と早い。あの優秀な末弟であれば早期の合格も違和感はないのだが、左馬刻ですら「早いな」という感想がつい浮かんだのだ。一郎であればなおさらだろう。
    「うちから通えるけど一人暮らししたいって。二郎も出てるし三郎もそうするかなとは思ってたんだけどさ、なんか……」
     一旦言葉を区切って、一郎は再びジョッキを呷った。止めないでやるかと小さく息を零し、タッチパネルで水を注文しておく。
     きょうだいの話をする上で、聞き役として一番適しているのが互いであることは、ずっと前から互いにわかっている。今回も、つまりはそういうことらしい。
     弟たちの成長を誇らしく思う一方で、二郎が家を出る時だけは、素直に「寂しい」と零していた。素直に、とはいえ酒の力を借りる必要はあったようだが、その言葉を吐き出せる相手として自分が選ばれたことはどうしたって嬉しかった。
     あの山田一郎が、今だけは、ただの六つ下の男の子として目に映る。
    「春からは俺も一人暮らしだなって、三郎と笑ってさ」
    「そうだな」
    「あと三ヶ月くらい? 大事に過ごそうって決めて、そんで……」
     一郎はゆるゆると、肘をついてからそのままテーブルに突っ伏した。赤と緑の瞳が隠されてしまう。早々に潰れたかと声を掛けようとしたのだが、それよりも僅かに早く、さまとき、とくぐもった声が届いた。
    「……けど、あんたは心の準備もできなかったんだなって……、おれ、はじめて気づいたんだよ……」
     思わず息を呑んだ。絞り出された言葉は予想していなかったもので、掴んでいたジョッキを落とさないようにと無意識のうちに右手に力を込める。
     あの日の光景は、今でも脳裏に焼き付いたままだった。
     一郎と対峙したステージ。合歓の冷めた視線。真っ暗で荒れた、静かな自宅。
     一人になることを想像していなかったわけではない。いつか、合歓が独り立ちすることはわかっていたのだ。兄妹とはいえ男と女である以上、大学か就職か、何らかのきっかけがあれば離れて暮らすことになって当然だ。わかっていたはずだった。あんなふうに突然奪われることを覚悟していなかっただけで。
    「……一郎。顔上げろ」
     ちょうど先程頼んだ水が届けられたこともあり、店員の目を気にしたのか一郎はゆるゆると顔を持ち上げる。ようやく見えた両の瞳と視線を交えて、それから、真っ赤な頬に右手を伸ばした。アルコールのせいで熱を持った肌は柔らかく、手のひらにじんわりと熱を移す。
    「一郎」
     あの日、自分の元から去ったのは合歓だけではない。一郎だってそうだ。ひとりであることを実感した理由に、この男がいる。しかしそれは一郎が謝ることではなくて、だからといって寂しかったなと孤独を共有することだってできやしない。あんなに回るはずの口が閉ざされている理由は、きっとそんなところだろう。
    「……さまとき……」
     拾ってくれた人がいて、背を預けられる仲間ができて。結果として、孤独を感じた期間はそう長いものではない。けれど、それでも深く心に突き刺さったままのあの瞬間。そこに、今初めて、触れようとしてくれた。
     あと一歩を踏み込むきっかけなんて、それだけあれば充分だ。
    「お前、明日仕事は?」
    「夕方に一件あるけど……なんで?」
    「二日酔いにでもなんじゃねぇかと思ってよ」
    「あー……うん、まあ、なんとかする」
     自分のせいだし、と。テーブルの上に置かれていた水に迷わず手を伸ばし、一郎は一気にグラスを空にする。追加の水と、ついでに自身のビールも注文した。
    「明日の夜、空けとけ」
    「うん?」
    「酔っ払ってねぇテメェに言いたいことがある」
     ますます首を傾げる一郎に、左馬刻は小さく笑みだけを返した。
     刺さったままのガラスの破片に、触れようとしてくれたひと。そんな男を、なんだかとても、抱きしめたくなってしまったのだ。抱きしめたくて、抱きしめ返されたくて。その行為がどちらのためのものかはわからないが、できれば、二人のためであればいいと思う。
     引っ込めた右手に残ったぬくもりを感じながら、反対の手でジョッキを傾ける。
     好きだと言ったらどんな顔をするだろう。大きな瞳をさらにまあるくしてほしいような気もするし、知ってた、とはにかんでほしいような気もする。
     不思議と断られるところはこれっぽっちも想像できなくて、笑っていてほしいと、まだ少し陰った赤ら顔を眺めていた。
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