AM5:48 瞼を開けて真っ先に飛び込んだのは、ベッドの縁に掛けて煙草を燻らす半裸の男の姿だった。カーテンの隙間から漏れ差す光や、背中に残る生々しい傷跡――不穏な傷痕とつけたばかりの爪痕の両方――まで含めて計算されたかのようなその姿は、何度見ても「美しい」の一言に尽きた。もちろん本人にその言葉を直接吐くわけではないものの、自然と見惚れてため息が零れてしまうのだ。
ふう、とゆっくり煙が吐き出されるのを横になったまましばらく見つめる。左馬刻がようやくこちらに気づいて、おう、と目を細めた。節ばった指先が、灰皿に煙草を押し付ける。それから、ギシ、とスプリングが軋んだ。
「おはよ」
言葉と同時に、苦くて優しくて甘いキスが唇にふわりと落とされる。砂糖菓子のような甘い時間にはまだ慣れないけれど、まあ、多少は慣れたのかもしれない。紅が近づいてきた瞬間に、そうくるだろうなと思う程度には。
ゆるゆると布団の中から手を取り出して、紅を縁取る長い睫毛にそっと触れる。
「……ンだよ」
「んー?」
付き合って初めて知ったこと。それは、左馬刻がセックスの最中も思っていたより優しいということだ。てっきりもっと強引に押し倒してくるとか、荒々しいキスをしてくるものだと思っていたのに、「大丈夫か」「無理してねぇか」なんて聞きながら繊細な手つきで触れてくるものだから困る。そんなふうにされたら頷くしかないし、実際無理してないし、無理させないようにしてるのはあんただし。
そんなことを考えて、思い出して、ムズムズして。
「……なぁ」
睫毛を弄っていた指をそのまま頬に滑らせる。
「あんたこそ、我慢してねぇの?」
「は?」
「好きにしていいっつったら、どうすんのかなーって」
「……」
またコイツは突拍子もないことを、とその表情が物語っている。そりゃそうだよな、と苦笑した。頭の中で何を考えていたかなんて伝わらないし、伝わっても困るのだ。
「……不満なのかよ……」
「や、俺はねぇけど……どっちかっつーと興味だな」
「ほぉん?」
砂糖菓子はすっかり溶けて、左馬刻の瞳にも興味の色が浮かぶ。
そう、不満など何もない。あるのは俺様左馬刻様の本気に対する純粋で邪な興味だ。
一度だけ、だいぶ酔った左馬刻がいつもより性急に口付けてきたことがあって、それがまあ、嫌じゃなかったから。ああいうの、たまにはあってもいいのに、なんて。
ぼんやりしている隙に、親指が下唇をやんわりと押す。
「あ」
「あ?」
言われた通りにぱかっと口を開ければ、それを塞ぐように唇が重なった。突然のことに驚きながらも、結局要望を叶えてくれたのだということに気づいたのはすぐだった。
「……っ、ふ」
苦しい。吐息ごと飲み込まれているような感覚。のしかかってくる身体にはいつもより体重をかけられているのもわかる。咥内をまさぐる舌はいつもよりねっとり絡んで吸い付いて。自由に這っているようで、的確に気持ちのいいところを探り当てていた。
「ん、んんッ……!」
身体の力が抜けていく。代わりに、中心に熱が集まっていた。深夜に戻ったかのように浮かされていく。くしゃりと髪を撫でられ、それから耳の裏を擽られた。息を吐くと同時にうっすら目を開ければ、宝石のようにギラつく真紅もまた、こちらを見ていた。
ぐり、と左馬刻が膝に力を込める。
「はは、もう勃ってんじゃねぇか」
「そ、りゃ、ッ……!」
「……ンで? 一郎くんは朝っぱらからどこまでお望みだ?」
キツめに吸い上げられた首筋。そこがどうなっているのかなんて、見なくても予想がつく。