思えば呪う 打ち鳴らされる金属音の連続を聞きながら。見たくない、と思いつつも関心を寄せるひとから視線を逸らすことができずにいる。
陽射しの中にある淡い金髪は眩く、彼が動くたびに陽光を弾いて目立つ。
その先で相対している相手が自分ではないことに、じわじわと足元が沈んでいくような気配がして、ぎりりと拳を握りしめてただ彼の行方を追った。
一年ほど前。それまで確かに忘れていたのであるが、彼と再び出会ったとき。胸の中に宿っていて、けれども失われたあたたかさを思い出した。
自分はひとりではない、と教えてもらった。けれどもそれはずっと遠い未来に叶うことであり、いまではないことを思い知らされる形となってしまった。
だから彼と話すのもぎこちなさをなくせない。そんなセフィロスの様子に彼は笑って許してくれる。
だのに。彼――クラウドは、今この時のセフィロスと鍛錬に付き合ってくれていても。今、クラウドの相手をしているアンジールとは手合わせをするくせに。セフィロスとは頑なに剣を合わせることを拒んでいる。
初めは彼がポータルから合流してすぐだったこともあり、納得できる理由だったのに。それが何度も繰り返し断られていれば、嫌でも避けられていることに気が付く。
どうして、なぜ、と理由を探してしまうくらいに。彼から拒絶された、という事実で自分がより頑なになっていっていることを自覚せざるを得なかった。
「……参りました」
アンジールのその声に、決着したことを知り。外していた視線を戻したところで、検討をしているふたりが目に入ってしまい、セフィロスは嫌悪感も露わに踵を返す。
このまま彼らを見続けても嫌な気持ちになるだけで、実りのあるものにはならない。
クラウドの剣筋を見られるのは良いが、見たいのはいつだって自分に相対しているときの彼である。
もちろん、共闘しているときも彼が傍にいるときは楽に過ごせる。セフィロスというものを心底理解して、次にどう動くのか予測して動く彼は、セフィロスの敵としても味方としても得難いひとだ。
ほんの少し前。夢見るようなときはもう、終わってしまったのだろう。
そう思わなければならないほどに。いろいろなことがありすぎた。ただ、それだけだ。
***
向けられていた視線が外れてどこかへ消えていく気配に。アンジールから再戦を強請られたが、離れてしまった気配が気がかりで断りを入れ、足早に彼を追った。
そうしようと思ったのは。再び出会うこととなった彼の様子が以前と異なっていたからだ。
礼儀正しく、孤高であることをどこか厭いながらも。矜持が高く、潔癖に思えるところのあった少年が。成長を伴い視線はほぼ変わらないか、彼のほうが少し高いと思えるような位置にきて。何もかもを閉ざしてしまうかのように口数が減り、見せてくれていた屈託のない笑みは消えてしまっていた。
そうなった原因は恐らく、彼の傍にいない三人の人間に因るものだろう。あのままセフィロスを支えてくれれば、と思ったこともあるが。未来においても彼らのことをクラウドは良く知らない。それが答えだと言われればそれまでで、結局、セフィロスが傷つくと知りながらも何もしなかった。それが今の彼に繋がっていることは想像に易くない。
「セフィロス、いるんだろう?」
アンジールがいるので、あまりジェノバ細胞に頼って行動はしたくない。自分が未来のソルジャー、という扱いはまだ受け入れることはできるが。まかり間違って記録が取られ、それが残ってしまう結果にならないとも限らない。
未来に近づけば近づくほど、クラウドは自分がセフィロス・コピーであり、完成されたものであることを隠さなければどんな未来に繋がるかもわかったものではないのだ。
殆ど勘とソルジャーの索敵能力に任せてセフィロスに声を掛ければ。がさりと上から音がして、そちらを見やれば。不機嫌そのままの顔をして見下ろす、年若い主人の姿に安堵と苦笑を覚える。
随分と背の高い木の上に座っていることを咎めれば良いのかわからず、とりあえずは近寄っても問題ないだろうと判断して。音を立てないように気を付けながらも素早くセフィロスのいる場所へと向かった。
「……手合わせは良いんですか」
「あんたを放置してまでやることじゃないからな」
それにどこか驚いたようにセフィロスが目を見開く。その瞳は相変わらず綺麗な、星の命そのものの色をしている。
どんなセフィロスであろうと、自分はこのひとに惹かれて、傍に侍るだろうことを思うと自然と笑ってしまう。
そのまま座り込んでいるセフィロスの横に腰かければ、じとり、と睨まれてしまい、何かしてしまっただろうかと首を傾げる。
そんなクラウドに何かを聞く気になったのか、何度か唇を瞬かせて、それからセフィロスがごく小さく「俺とは手合わせしないんですか」と呟く。
ソルジャーであってさえ、聞き漏らしてしまいそうなささめきに。どう返したものか、と思いながらも。流石に何度も彼の誘いを断っている自覚があるだけに、回答から逃げることはできないだろうと悟って、そのまま。クラウドが覚えてしまったどうしようもない感情の一端を口にすることを覚悟した。
「ほかにソルジャーがいるところでは、あんたとしたくない」
「……ソルジャーがいなければ良いんですか?」
「記録が残るところも嫌だ」
断言すれば、幾らか困惑したような目で見られる。できるならば彼が望むとおり、今の彼がどれほど強くなったのかを見たくはある。けれどもそうやって彼の技量を図っているところに余人を返したくない、というのはクラウドの利己的な部分からなるものだ。
「なぜ、ですか」
そう真っすぐに聞いてくるセフィロスへなんと返したものか、と逡巡するも。結局のところ、セフィロスに落ち度はない。すべてはクラウドの事情で彼を不安にさせているのだから、言わないでいることは彼を突き放すことと同義になってしまうだろう。
それは嫌だった。
「……誰にも。あんたに負けてほしくないから」
「は……?」
「あんたの癖の対処とか覚えてほしくないし、教えたくもない」
じっとセフィロスを見る。クラウドが譲れないと思っていて、けれどもクラウド以外からすればどうでもいいことで、ただのわがままじみた想いだ。
それが伝わったのだろう。くつくつと肩を揺らして笑う姿は、ポータルから流れ着いてからずっと、見なかった幼い彼の仕草だ。
そのことに安堵を覚えるくらいに。まだ、彼のやわらかな部分は残されている。
「なんですか、それ」
「悪いか」
「悪いですよ。……そういうこと、もっと早く教えてください」
「……それは、悪かった」
ばつが悪くて視線を逸らしても。セフィロスの微かな笑い声は止まない。その様子に、道化になるのも悪くないか、と思いながらもセフィロスの肩口に頭を預ける。
拒まれることなく受け入れられることに安堵してしまうのは、悪いことなのだと思う。
いつか消えてしまう。けれども、セフィロスが心を傾けるようになる相手が近くにいることで気が立っていないとは言えない。
セフィロスのやわらかいところをずたずたにしていくくせに。そんな恨み言に近しい想いを抱いているなんてこと、セフィロスに知られたくない。その苛立ちに近しいものを彼の友人になるひとへとぶつけていたなんてことは。
「許してあげます。けれど、許しませんから」
「……セフィロス?」
矛盾したことを言われてしまい、思わず彼を呼べば。大人と子供の狭間にいる。まだ未完成の美貌に笑みを浮かべて、彼が言った。
「あなたは俺のもの、でしたよね」
「……未来では」
「今でも有効だと思います。そうでしょう?」
あまりにも堂々とした宣言に、うっかり頷きそうになって、どうにか首を横に振る。それに舌打ちしそうな顔で見られるが。今はまだ、彼のものになるときではなかったので。
だがそれで正解だったのだろう。どこか安堵したように頬を緩める彼に。何も渡せない、と思いながらも。ポータルがふたたび開くその時までは傍にいようと決めた。
いつかのときに。彼の思いが呪いに変わってしまうとしても。その先にいるセフィロスが、クラウドの彼であるということを知っていたので。