「うお!?」
「あれ」
「ミスラか?」
平和で静かな朝の中庭に、突如空間の扉が現れる。姿は見えないが、こんな事が出来るのはミスラくらいだ。扉の方へと腕を伸ばすと、パチンと手が触れる感触があった。目の前に、不思議そうに首を傾げるミスラが現れた。つられて俺も首を傾げる。
「珍しいな、ミスラも鍛錬してくか?」
「するわけないでしょう。それより、あなただけですか。ブラッドリーは?」
「ブラッドリー?ここにはいないが…」
おかしいな、と首の後ろをかきながら辺りをきょろきょろと見回している。俺も合わせて周りを見渡してみたが、それらしい気配は無い。
「おかしいですね、ここに居るはずなんですが」
「そう言われても…わ、どうしたんだ?!」
急に黙って睨みつけられたと思ったら、頭を引っ掴まれてくんくんと匂いを嗅がれた。流石に鍛錬をして汗をかいた身体の匂いを嗅がれるのは恥ずかしいというか、やめて欲しいというか。
「ああ、そういうことか」
「な、なんだ?」
「あなた、ブラッドリーの匂いがしますね」
「え」
ブラッドリーの匂い。
ミスラに指摘されて、慌てて自分の腕を鼻に近づけて確かめてみる。ちっとも分からない。どこからそんなに匂いが、と反対の腕を、髪を、と確認していく。
「そうなのか?全然わからないが…どっからそんな」
「匂いっていうか、気配っていうか。あなたの身体の中で、ブラッドリーの魔力が混ざってる感じです」
ここに居ます、ととんと胸の辺りを指で押された。
ブラッドリーの魔力が、体の中で。
深く繋がり、求めて、混ざって。
昨夜の記憶がぶわりと思い出されて、鍛錬とは違う種類の汗がじわりと滲んだ。
「じゃあ、ここに用はないので」
「え?っあ、ああ、気をつけてな」
また空間の扉を出現させて、ミスラはすぐに消えてしまった。ブラッドリーになんの用事があったのか聞くのを忘れていた。
「……匂い、みんなにバレてるのか?」
ミスラに触れられた胸の辺りをなんとなく触ってみる。もう一度自分の匂いを嗅いでみるが、やっぱりよく分からなかった。
■■■
「ブラッドリーちゃん、みっけ!」
「ブラッドリーちゃん、待って!」
「げ」
目の前に現れた双子に、嫌悪の声が出てしまう。折角キッチンからネロの目を盗んで肉を奪えて気分がよかったのに、台無しだ。双子を無視して廊下を歩き続けると、両側から腕を捕まれ無理矢理脚を止められた。
「なんだよ!任務だったらこの前行ってやっただろーが!俺様になにか頼みたければ恩赦を」
「違う違う、そういう話じゃないの!」
「ちゃんと我らの話を聞くのじゃ!」
わぁわぁと両側から声が飛んできて煩わしい。どうせ話を聞かなければ解放されないので、しかたなく脚を止める。
「そなたが若い子らの面倒を見てくれておるじゃろう?」
「みな喜んでおってな。感謝を伝えに来たのじゃ」
俺を慕って教えを乞うて来たので、気分が乗った時は相手をしてやってるだけだ。気骨のある奴は嫌いじゃない、ただそれだけ。
双子がわざわざそんな事のためだけに俺を呼び止める方が怪しい。なにかあるなと訝しんでいると、同時に二人の口元が意味ありげに弧を描く。
「だが、可愛がり過ぎるのも良くないぞ」
「そうじゃそうじゃ。あまり刺激しすぎては困る」
やっぱりな。そういうことかよと溜息を吐けば、また双子がわぁわぁと喋り出す。
「オズちゃんは何も言わぬが機嫌悪いし、フィガロちゃんもこれ以上何かあれば仕置が必要じゃと言うておるし」
「オーエンちゃんも、気配が強い日はカインに執拗に絡んでおるようじゃし」
「魔法舎の平和の為に、あんまり煽ってはならぬ!」
「そうじゃ!そなたのことはどうでも良いが、カインが大変な目に合っては可哀想じゃろ」
「おい、一言余計だぞ」
くだらない。双子が話す内容に、カイン本人の言葉がひとつもないのが答えだ。こいつらが勝手に周りを気にしてるだけ。今後起こるかもしれない厄介事の種を潰したいのだ。気になるんなら直接俺に手を下せばいいのに、それをしてこない周りの奴らも一緒だ。
「はっ!そもそもアイツの意見はどうなんだよ?俺のお陰でアイツが強くなってるんだから、てめぇらとしても願ったり叶ったりだろ」
肉体、精神、魔力。俺が"可愛がる"ことに、利点しかない。
双子もそこを分かっているので、俺への反論の言葉が途切れた。今だ、と無理矢理両手の拘束から逃げ出した。
「そんなに心配なら、俺様から奪ってみせろよ」
ひらりと手を振り歩き出せば、追いかけて来る気配は無い。
俺を誰だと思ってやがる。一度手に入れたものを、手放すなんて有り得ない。