名は体を我が主オルシュファン・グレイストーンは、フォルタン家の当主エドモン・ド・フォルタン伯爵の私生児である。
そのことを冒険者殿は、当主の嫡男アルトアレール様より聞いたのだという。
ここはキャンプドラゴンヘッド。私、コランティオの務めている砦である。我が主は現在不在にしている。そこに光の戦士たる冒険者殿がふらりとやってきて先の話をしたのだ。
驚いたんスよね~と言う冒険者殿に、私は返す言葉が見つからず、まあ…そうだろうな…という返事しかできなかった。
我が主の秘められた出自を知った彼は、どう思ったのだろうか。願わくば、幻滅されるようなことがないことを祈る。それは我が主の最も悲しむことであろうから。
「いやー、エレゼンって意外と苗字の決め方ユルいんだなって」
と続けるので思わず転びかけた。いや、気にするところはそこなのか冒険者殿よ。
「や、だってミコッテ族だったらめっちゃ大事ッスよ!例えば俺の友達でグ・ラハ・ティア君ってのがいるんスけど、あれグ族さんちのラハ君、独身って意味でひとくくりの名前ッスもん」
「いやいや、エレゼン族も己の出自を大事にしている!ましてイシュガルドの貴族なのだから血統は大事に決まっているだろう」
何を今更。まして誇り高いことで名高いエレゼン族なのだ。出自の重要性など言うまでもないことだ。
「でもオルシュファンさんは義理のカーチャンが嫌がってフォルタンの名前にならなかったんスよね?」
「いやまあそうだが…。」
あの人は事情があるんだ、と続けようとしたら、冒険者殿はそうだと言わんばかりに閃いた顔をした。
「じゃやろうと思ったら苗字変えちゃえるんスねエレゼン。いっそオルシュファンさんも変えちゃえばよくないスか?」
「いやなんでそうなる!?というかなぜ君がそこにこだわる!?」
「いやだってグレイストーンって音はかっこいいけど意味知ってます?この人誰の子供でもないし道端の小石ですよって意味ッスよ酷くないすか?」
いやまあそれは思うが…。というかオルシュファン卿を知る人物でこの姓の由来を知るものは皆思うことであるのだが…。
とはいえ本家の事情もあるのだと説明しようとしたら、冒険者殿は腕を組んで何やら考え始めた。まずい、これはよろしくないことを考えている気がする。
「フォルタンさんの苗字が一番なんでしょうけど、できないんならもう好きな名前に決めちゃえばいいんスよ。だって自分の名前でしょ?」
「いやいやいやそう簡単に変えられるものじゃないだろう」
と止めようとすると、近くにいたヤエルが口をはさんだ。
「じゃああなただったらどういう名前が良いと思う?」
ヤエル、君まで一体何を言い出すんだ。
「こんなに我が主のことを気にかけてくれるんだからいいじゃない」
いいじゃない、って。我が主のお名前に関する話だぞ。まして他人様の家の事情が絡むんだぞ、そんな軽々にする話ではない、と嗜めようとしたのだが…。
「あら、面白そうね」
といつもは別棟にいらっしゃるニヌ様まで加わってしまった。ニヌ様までいったい何を…。
「できるかどうかは別としていい気分転換になるのではないかしら?本人ここにいないんだし」
雑談よ雑談。こういうのが一番罪がないし楽しいじゃない。
ニヌ様の弁で、オルシュファン様の苗字決め大会が始まってしまった。まったく頭が痛い。
「どうせなら綺麗で格好いい名前にしましょうよ」
「ユニコーンがいいんじゃないかしら!誇り高く力強いオルシュファン様にお似合いだと思うの!」
一番槍はヤエルだった。常日頃からフォルタン家のシンボルであるユニコーンのデザインを、彼女はドラゴンヘッド一好んでいた。
「オルシュファン・ユニコーンか…。んー名前に対してちょっと弱くないかしら?」
なお、他の四大貴族の姓をあげると、アインハルト、ゼーメル、デュランデル、である。イシュガルドの名家では他にもジェルヴァン、ヴァレンティオンなどもある。
「そうでしょうか…」
ヤエルは不服そうだ。よほど自信があったのだろう。まあ彼女がユニコーンが好きすぎるというのもあろうが…。
「オルシュファンさんが自分で名乗って楽しいやつにしたらいいんじゃないすか?好きなもの入れるとか」
次は冒険者殿が手を挙げた。ハイハイ、と意見を述べるとき挙手する様を、過去に我が主はイイ、と褒めていた。素直で発言の許可を求めるところが実にイイ!と仰っていたが、当時視線は腕を伸ばした筋肉と脇に注がれていたのを私は見逃さなかった。
「例えば?」
ニヌ様が冒険者殿に尋ねた。我が主はあらゆるものを好む。冒険者。良い騎士。皆で囲む食卓など。そのお人柄に惹かれてキャンプドラゴンヘッドに入ったものも多かろう。
「え~…なんだろう、筋肉好きだしたくましいものが大好きって言ってたから…。マッシブロックとかどうスか」
「ダサイ」
「論外」
冒険者殿の提案にニヌ様とヤエルが即座に却下した。私も同意見である。それはない。
「ええ!?良くないスか!?小石君よりマシでしょ!?」
「おい小石君とか言うんじゃない!我が主の今のお名前だぞ!」
我が主の命名の経緯はどうあれ、主の名を馬鹿にすることは許されない。「いや、今のって、変えること前提じゃない」などとヤエルから言われた気がするがそんなことはどうでもいい。重要なことではない。
「でもそういう意味じゃないスか!」
「マッシブはわかるけどロックってなに?」
分からないでください、ニヌ様。
「え?小石君じゃなくてでっかい石だぞもう岩レベルだぞって意味っス」
グレイストーンへのアンチテーゼなのか。アンチテーゼなんだな。だがしかしマッシブロックはないだろう。
「単純…」
ヤエルが呆れた声を出した。もっと凝った名前にすればよいものを、という声が聞こえた気がした。私もそれはそう思う。だがユニコーンも大概ではないだろうか。
「いやわかりやすいのが一番じゃないスか!?」
「だいたいそれだと筋骨隆々みたいな岩石男ってことになるじゃない!綺麗じゃない!格好良くないわよ!」
オルシュファン様のイメージにそぐわないわ!とヤエルが主張する。私もそう思う。
「いやもうまさしくオルシュファンさん大好きなやつじゃないすか?岩レベルにキレてる筋肉男ってもう最高にイイっていうやつッスよ」
「違う違う!岩石男って意味になるでしょ!もうエレゼンじゃないのよ!ゴーレムなのよ!」
熱く反論するヤエルの発言をよそにニヌ様の肩が小さく震えていた。まさかニヌ様、ゴーレムとなったオルシュファン様を想像して笑いをこらえていらっしゃるのではなかろうか。
「ハイハイじゃあわかりました~、ロックマッチョにしましょ。それなら人間でしょ」
「問題外」
「却下」
半ば不貞腐れた冒険者殿の発案を一刀両断する女性二人。私もそう思う。悪化しているとすら思う。
「え~~!?!?絶対イケるでしょ!?」
その自信はなんなのだ冒険者殿…。
「それじゃあもっと案出してオルシュファンさんに決めてもらいましょうよ~」
「いやオルシュファン様に見せる気か!?」
苗字決め大会には口をはさむまいと静観を決め込んでいたが流石に私も口をはさんだ。ただの雑談ではなかったか!?
「そしたら本人の希望も入るから文句ないっしょ」
「文句あるに決まってるだろ!!大体見せてどうする気だ!」
「え、まあ笑ってもらえばいいんじゃないスか?その気になったらマジに変えちゃえばいいんだし」
いやいやいや簡単に決められないといったばかりだが!?
「そもそも決めたのオルシュファンさん嫌いな義理のカーチャンなんでしょお?」
我が主の家の、それも当主様の正妻をカーチャンと呼ぶ冒険者殿にめまいがした。視界の端でニヌ様の肩がまた震えていたのが見えた。
「だいたいなんでわざわざ嫌ってる人間が勝手に苗字決めてくるんスか~。小さいときは知らねえけど、今更あんなにデカい人捕まえて小石君はないでしょ」
「いや体格の問題ではなくてだな…」
「つーかその義理のカーチャンめっちゃ損してるッスよ。オルシュファンさんほど一緒にいて楽しくてめっちゃ頼りになる人いなくないスか?俺がオルシュファンさんといる時の楽しさ分けてあげたいくらいッスよ」
思わぬ冒険者殿の本音につい顔を見てしまった。その顔は穏やかで、優しい瞳であった。我が主の好む、友の顔をしていた。
「残念だけどそれはもう叶わぬ話ね。だってその夫人はもう亡くなっているんだから」
とヤエルが言った。
「あ~そうなんスね、最後まで知らなかったんだな~。もったいね。せっかくあんないい人家族にいんのに」
「身近にいるからこそ気づけない良さはあるものよ。あなたはどうかしら?冒険者さん?」
ニヌ様が問いかけると、苦笑いしつつ冒険者殿は答えた。
「にゃはは、大事にしてたつもりなんスけどね~。もー大事にしようにもできなくなっちゃったッス」
冒険者殿には珍しく、寂しげな表情をしていた。第七霊災のこともある。もしかしたら、ご家族はもう…。
「まあ…そう…ごめんなさいね、失礼なことを聞いてしまったかしら」
ニヌ様が詫びると、冒険者殿は慌てて首を振った。
「ああいや、違うんスよ。そういう深刻な話じゃなくて」
「俺勘当されちゃったんス。だから実家帰れないんス」
つい同情しそうになったが勘当者ではないか!思わず激高して「おい!!!!」と大声を出してしまったことは許してほしい。
後日、「オルシュファン・マッシブロックか…ふふ」とつぶやくオルシュファン様に、私は手に持った書類をすべて落とした。