菜っ葉おにぎり弁当連日、任務ばかりで食事を取れてるか分からないウツシ教官に、お弁当を作ろう、と思い立った。
ハンターの基本は食事と睡眠だ、と常に言い聞かせられているが、言っている本人は忙しすぎて出来ているのか怪しい。周りからもいつ食っているんだ、いつ寝ているんだ、と常々心配されていた。
任務は肩代わりできないけれど、せめて食事でも用意できたら。
愛弟子愛弟子と支えてくれている教官に恩返しをしようと、セツは台所に立った。
仕事に追われて、あまり落ち着いて食べられないだろうから、おにぎりにした方がいいかな。荷物にならないように出来るだけ簡素な包みにして。
作って持っていくと、集会所で里の女性や見慣れぬ女性ハンターに囲まれている教官を見つけた。
「ウツシ教官、頑張って作りました♡」
「これ、食べてください」
彼女たちが持っていた可愛らしい包み。中は弁当箱だろうか、カシャリと音が鳴っていた。
「ああ、ありがとう」
礼を述べる教官を見て、胸がぎゅう、と苦しくなった。
誰かからの好意を受け取る教官は見たくない。
そう思う自分がいることにセツは気づいた。
なぜ?教官は俺のためだけにいる訳じゃない。里のみんなを守る仕事をしているんだ、里の人間から好意を寄せられることだって不思議じゃない。
みんなの教官なんだから、みんなから好かれて当然じゃないか。
師匠が好かれているんだぞ。愛弟子なんだから、喜べばいいのに。
それに、あんな可愛らしい包みで、女性からの贈り物の方が教官も嬉しいに決まってる。
人のことを素直に喜べない自分が急に卑しいものに思えて、セツはそっと立ち去った。
遠くから自分を呼ぶ声には気づかないまま。
昼。修練場で練習をしていたセツは、滝の頂上で風呂敷を広げた。
狩猟仲間たちは皆クエストに出かけていて今日は1人だけだった。
ひとりぼっちだったけれど、都合が良かった。教官に渡しそびれた弁当を誰かに見られながら食べるのは少し嫌だったから。
弁当包みにしていた竹の皮を広げると、おにぎりが3つ。漬物が少し。
大根の葉を細かく刻んで炒めて、ごまや鰹節と一緒に、醤油やみりんなどで味をつけたものとの混ぜご飯だった。
食感と味が好きなんだよな、これ。出来れば教官に食べてもらいたかったけど、仕方ないや。
いただきます、と手を合わせて食べようとしたら声がかかった。
「やあ、美味しそうだね」
振り返るとウツシ教官がそこにいた。
「教官!?あの、任務は…」
「終わらせてきたよ!頑張って急いできたからお腹ぺこぺこなんだ」
隣、いいかな?と言うが早いか教官が隣に滑り込んできた。
「教官、お昼はまだ…?」
「うん!きみと一緒に食べたくて」
にこにこと話す教官は手ぶらだった。
「一緒にって、教官の分は」
「いや〜その、あはは。無いんだ。だから、お相伴に与っていいかな?」
女性からお弁当手渡されていたはずでは、と言おうとしたが、それでは今朝集会所に行ったことがバレてしまう。
集会所に行ったことにやましいことは無いけれど、何しに来てたの、と言われたらどうしよう。お弁当持っていったんですけど、諦めて持って帰りました、などとは恥ずかしくて言えない。
噂で聞いたんですが、と前置きをしてそれとなく、お弁当、とか、貰われてたのでは?と聞いてみた。
うん?ときょとんとした顔をした教官だったが、直ぐにふふふと笑った。
「そうか、噂かあ」
ふふ、はは、と肩を揺らす教官を不思議そうにセツは眺めた。
「ああ、確かに今朝ありがたいことにお弁当を勧められたよ。でも、お断りしてきちゃった」
意外だった。
「だ、だってあのとき、ありがとうって」
「ああ、うん。気持ちはありがたく受けとったよ。でも、流石にお弁当箱を任務には持っていけないからね」
お弁当箱。繰り返すと、うん、と教官から返事が来た。
「ほら、箱を返すのに、また会うことになるでしょ?それが目的だったんじゃないかな」
そうか、また会う口実のために弁当箱だったのか。彼女達の思惑になるほどと膝を打った。ちっとも思い至らなかった。
女性たちの思惑を知らぬ純粋な愛弟子を、ウツシ教官はまなじりをさげて見ていた。
「また会おうと頑張って工夫を凝らしてくれた熱意は嬉しい。けれど、俺は相手の負担にならないようにと配慮を重ねてくれた子のこともすごく嬉しいんだ」
教官の視線が、膝の上のおにぎりに移った。
「荷物がかさばらないように竹の皮にしてくれたり、簡単に食べられるおにぎりにして、でも栄養が偏らないように野菜をまぜたご飯にしてくれたでしょ?」
ひとつひとつ、気をつけていたことを的確に汲み取って褒めてくれる。
というか、これ、もうバレているんじゃないか。今朝自分がお弁当を届けに来たことも、諦めて持って帰って1人で食べようとしていたことも、全部見抜かれていたんじゃないか。
褒められたことと自分の隠そうとしていたことが筒抜けだったことで、セツは耳まで赤くなった。
「ごめんね、君のお昼横取りするみたいで」
「い、いえ、そんな、横取りだなんて…」
「見た時から食べたかったんだ!君の混ぜご飯美味しいものね」
セツは膝の上の弁当を丸々ウツシ教官に差し出した。
「ど、どうぞ…これ。俺は家に帰って食べますから…」
もうこれ以上は耐えられない。嬉しいけれど、恥ずかしさでどうにかなりそうだ。早々に退散しようと思ったら教官からえぇ、と不満の声が出た。
「一緒に食べようよ、愛弟子」
そのために頑張って帰ってきたんだもの!と言われた。教官が、俺と一緒に食べるために、わざわざ。その事実が心にじわじわと高揚感をもたらす。口がふにゃりと緩んでしまう。そんなこと言われたら、期待してしまう。いやいや、だめだ。教官はみんなのものなんだから。
自分の中で葛藤していたら、答えに詰まっているのかと思われて、教官から、いやかい?と小首を傾げられた。とんでもない!と首を振った。
「お気持ちは嬉しいですが、2人で分けるには量が少ないですから。教官召し上がってください。家にならまだふりかけ、いっぱい残ってますし、俺はいつでも食べられますから」
「これいっぱいあるのかい?いいなぁ」
このご飯大好き!と言うので、ご希望でしたら明日同じお弁当を作ってお渡ししますと言うと、教官から提案が出された。
「そうだ、今夜君の家にお邪魔していいかな。このふりかけご飯いっぱい食べたいんだけど…駄目?」
思わぬ申し出に驚いた。今夜、ごはん。一緒に?
「こ、今夜、いいんですか!?」
「うん、君と一緒に食べたいんだ」
教官が愛弟子を真っ直ぐ見据えてふにゃりと笑った。甘くて、かっこよくて、いつもと違う、ウツシさん。ああもう、そんな顔をされたら断れなくなってしまう。
「わ、わかりました…」
「やったあ!もちろん手土産ちゃんと持っていくから安心してね!」
よぉし!愛弟子と晩御飯食べられると思ったらやる気もりもりわいてきたぞぅ!
両腕を上げてガッツポーズをとる姿はいつも通りの教官に戻っていた。
ときどき、教官はあんなふうにいつもと違ったとろりとした甘い眼差しを送ってくることがある。いや、自分が好きだからそういう風に見えているだけかもしれない。たぶん、そうだ。だから教官にとっては何気ない眼差しでも、里の女性とか女性ハンターが魅了されてしまうんだろう。俺だけじゃないさ。
自分だけだと舞い上がらないように自制していたら、教官からはい、と半分に分けたおにぎりを差し出された。
「さ、一緒に食べよう」
修練場に、いただきます、の声がふたつ、小さく響いた。
おしまい