下世話飲み※ナマエ表記
※9割会話文
※大変下世話
「そんじゃ、お疲れー」
「お疲れー」
ゴツンと三つのジョッキがぶつかり合った。
今日は五条、家入、伊地知の三人で飲み会を開催している。学生時代からの気心が知れた三人組。ここに七海とナマエがいないのは、まさにその二人について茶化すことがメインだからだ。
退職どころか訃報の多いこの呪術界で付かず離れずの距離を維持した二人の関係は、何よりの娯楽になっていた。
「で、伊地知。ドーなのよあの二人」
「先月頭にお二人で任務に就かれていましたね。七海さんの単独任務ですが、ナマエさんをサポート役にと希望されて。報告書では特に異変が無かったようですが……」
「が?」
「焦らすな伊地知」
「帰りは少し遅かったような……」
「お?」
「ついにやっちゃった!?」
「それ何曜日?」
「火曜です」
「あー、夜一緒にご飯行ったけどいつも通りだったな。いつもの『七海と任務に行った後のご機嫌なナマエ』だったよ」
「ンマァカワイイネェッ」
「成人男性の猫なで声きついなー」
「五条悟ならチャーミングでしょ」
「一緒に任務行っただけでご機嫌になるナマエがやった後にただのご機嫌でいられるか……?」
「手が当たっただけで未だに顔が赤くなるウブ子ちゃんっぷりだもんねぇ」
「七海さんも同伴する任務が決まったらしばらく若干ご機嫌になりますし……」
「七海のやつ、一丁前に僕に牽制なんかしてくるんだよねぇ」
「今月もなんかあった?」
「僕がナマエとくだらないこと喋ってると割り込んでくんの。今月も多かったよ。ナマエも嬉しそうにしちゃってさ」
「早くくっつけばいいのに」
「どっちかが告っちまえば一発なのになんで現状維持で我慢すんのかなー」
「七海は真面目だからな。付き合ったら結婚までセットだと考えてるんじゃないか。もうお互い三十手前だし」
「確かにそのような話を聞いたことがあります」
「誰から?」
「七海さんから」
「へー、あいつ伊地知にはそういうの言うんだ」
「伊地知マジビンタね」
「私ですか!?」
「サクッと結婚しちゃえばいいのに」
「クズとは違うんだよ」
「ナマエが取られても平気なのかねぇ」
「取られてみて初めて焦ったりして」
「!」
「……!」
「あの、お二人とも『ピンときた』みたいな顔をされていますが、流石にそれは……」
「誰を当て馬にするかが問題だな」
「補助監督にナマエ狙いいなかったっけ?」
「(七海さんすみません……。私にこの二人を止めることは出来ません……)」
「確か七海狙いもいたな」
「ですがもし各々と付きあってしまったら……」
「ナイナイ。断言できる」
「七海は意外と送り出すかもな。相手がよければ」
「あー、断腸の思い(笑)でね」
「五条がナマエにちょっかいかければ取り返そうとするんじゃないか?」
「ン?それ遠回しに僕が良い相手じゃないって言ってない?」
「逆に認められると思うか?」
「うん」
「……」
「……」
「伊地知マジビンタね」
「私ですか!?」
「すいません、生ビール一杯」
「はいよ!」
「学生時代からずっとあの距離感でしょ、一回くらいやっちゃってんじゃないの?」
「泊まりの出張だって何回もあったしな」
「ですが関係を持ったあとの男女は距離感が変わると聞いたことがありますよ」
「じゃあまだかー」
「もしかして童貞と処女?経験がないから踏み出せないんじゃない?」
「七海はどうだろうな。リーマンやってた頃にその辺の女でサクッと卒業してるかも」
「伊地知聞いてないの?」
「聞いていません!」
「猪野なら知ってたりして」
「確かにうまいこと聞き出しててもおかしくないな」
「あー、もしもし猪野?おつかれサマンサー」
『五条さん!お疲れ様ッス!』
「行動力やば、さすがクズだね」
「生ビールお待ち!」
「ありがと」
「七海ってさ、ぶっちゃけ童貞なの?」
『え!?え!?なんの話ですか!?』
「セックスよ、わかるでしょ?」
『え!?急に!?え!?なんで!?知りません!』
「あーそう。んじゃまたねー」
『あ、はい……?』
「まあ知らないか」
「本人に直接聞くしかないか……」
「いよいよ嫌われるぞ」
「大丈夫。七海って案外僕のこと大好きだから」
「こういうタイプが一番怖いよな」
「恐ろしい話を振らないでください……!」
「もしもし七海?おつかれサマンサー」
「うわあマジでかけてる」
『……五条さん。お疲れ様です。何の用ですか』
「あれ?なんか機嫌ワルくない?」
『用がないなら切りますよ』
「七海って童貞?……あっ切られた」
「だろうな」
「七海さん……」
「でも七海のあのモテ方からして流石に童貞はないんじゃないか」
「だろうねー」
「バレンタインの七海、二ノ宮金次郎像みたいになってるし」
「あの薪の中から適当に声かければ卒業なんかすぐだろうな」
「ナマエさんに操を立てていたりとかは……」
「戻る気なかったしそれはないんじゃない?」
「でもあの二人は時々会ってたらしいよ。ナマエが言ってた」
「じゃあ有り得る……?えっじゃあ……健全な十代と二十代のほとんどを……女の子を抱かずに……?童貞のままで……?嘘ォ……」
「七海はナマエの水着を見てライフガード着せるタイプだから」
「潜入任務の時はノースリーブのドレスを断っていましたしね……」
「何その面白そうな話!?僕知らないんだけど!」
「結局あの時七海がカーディガンを買ってやってたよな」
「そうですね、『ドレスに合うものが無いから』と」
「でもそのカーディガンの色が見事に七海のシャツと同じ色だったんだよな」
「え、七海さんも潜入していたんですか?」
「普段のスーツの時のシャツだよ」
「!あーっ、確かにあの青色でしたね」
「独占欲むき出し七海じゃん!見たかった!」
「七海を知ってるやつが見たら一発でわかるコーディネートになってたよ」
「付き合ってないのに!?」
「付き合ってないのに」
「付き合わないのに牽制しまくって男を遠ざけてるのは七海のズルいとこだよねぇ」
「確かにそうかもな」
「確かにあれではナマエさんに近付こうとは思えませんね……」
「ナマエ狙いっていんの?」
「狙いかけて諦めた人は何人か知っていますね。七海さんもナマエさんも補助監督からすれば神様のような人ですから」
「僕は?」
「えぇっ!?えっと……!!……!……!!」
「伊地知マジビンタね」
「三回目!?」
「そろそろ反転術式アリでも厳しいかもな」
「こんな形で殉職したくありません……」
「ナマエもいつまで『七海みたいな人が私のこと好きになるわけないよ』とか言ってんだろうな」
「七海も七海だよ、どうせ心の中で『幸せならオッケーです』って親指立ててるんでしょ」
「やっぱ寝取らせるしかないか」
「寝取……!?"やっぱ"……!?」
「七海が牽制しなくなればすぐだろうけどね」
「牽制する割にアタックはしないんだよなー。もどかしい」
「ナマエが一生処女のままでいていいっていうのかしらァん!?」
「かもなー」
「こんな仕事なんだから、生きてる内に押せ押せゴーゴーでとっととやっちゃえばいいのに」
「七海に勝てる強い当て馬がいればなー」
「やっぱ僕?」
「わざわざ嫌われに行かなくていいだろ」
「じゃあ伊地知?」
「私は無理です!」
「だろうな」
「七海のことを好きな女の子は全滅したの?」
「まだ大勢いますよ」
「片っ端から断ってるよねぇ。全く、一途なんだから」
「当て馬がいたところで今までどおり牽制して終わりなんじゃない?」
「そこで牽制に打ち勝ってキスの一つや二つしちゃえば流石にどっちか動くでしょ」
「力技が過ぎますよ……」
「いつになったらくっつくんだか」
「くっつく前に死ぬのだけはやめてほしいな」
「一回やったらすごいことになりそう。特に七海」
「両片想い期間が長すぎるから反動がなー」
「二人とも術師で体力あるし週十くらいやっててもおかしくないよねぇ」
「ナマエのやつ、七海の彼女と術師を両立できるかな」
「今既にナマエが髪あげてるだけでうなじへの熱視線すごいの気付いてる?」
「気付いてる気付いてる。本人は気付いてないけど」
「ガン見してるのがサングラス越しでもバレバレ」
「あいつ性癖わかりやすいよな。ナマエ以外はどうでもいいみたいだけど」
「しかも髪を下ろせって怒るんだから面白すぎるって」
「でもナマエは七海風紀委員長とか言って茶化すだけなのがまた笑える」
「あーあ、早く付き合ってくれないかな……」
*
*
*
「電話、誰だったの?」
「……。……いたずら電話です」
「そっか」
「……」
「……」
「「あの」」
「……ナマエさんからどうぞ」
「ううん、七海から……」
「……今日、このまま家に来ませんか」
「へ」
「……嫌なら別の、」
「ううん、私も七海ともっと一緒にいたいなって……!思ってて……」
「!……。……行きましょうか」
「……ン、うん……」