お互いの好きなところを3つずつ言わないと出られない部屋山には怪奇が多い。不気味さは恐怖心を生み、恐怖心は呪霊を生む。夜の山には"何か"がいるような気にさせる隙間と薄暗さが十分に揃っている。つまり人々が山を恐れる気持ちが生み出した呪霊は地方であれど大いに厄介なのだ。
今日は七海とそんな地方の山へ任務に来ている。麓の神社には縁結びを司る神が祀られているこの山は所謂『出る』と噂の山だ。噂がさらなる恐怖心を呼び、呪霊が力をつける前に私たちが呼ばれた。窓の報告によるとそれほど強くはない呪霊がわらわら湧いていたそうだ。山一つ覆う大きな帳を下ろして、ため息のあと二人で山登りを開始した。
「何かがおかしい」
「……そうですね」
「同じ方向に集まっていく……ん?何あれ……」
ヒトガタの呪霊がこちらに見向きもせずノロノロと一箇所へ集まっている。同じようにその方向に歩いてみれば、木々が少し開けたところで呪霊が大量に集まって大きな半円、そうまるでドームのようになっていた。
「うわ集合体きっしょ…」
思わず声を上げた私に、ドームを構成していた呪霊が一斉に目を向けた。ゾワッと鳥肌が立ち悲鳴を上げかけた口を七海の大きな手で塞がれたものの遅かった。ドームから呪力のような何かが逃げられない速さで飛んできて、そのまま意識を失った。
▽△▽△
「……ん、…呪霊は!?」
「起きましたか」
「うわっ……え、何ここ……?」
見たこともない真っ白な空間。天井も壁も床も真っ白で扉も窓も電気もない。ただ壁に大きく『♡♡♡お互いの好きなところを3つずつ言わないと出られない部屋♡♡♡』と馬鹿げたことが書いてある。赤と青の線で描かれたハートが絶妙に苛立ちを煽る。
「我々は、呪霊に取り込まれたようです。領域展開かもしれません」
「……でも領域がこんな綺麗で何もない空間って……それに呪霊の気配も感じないし……」
「壁を七対三に分割しましたが傷一つはいりませんでした。人工物では有り得ない」
「そんな……」
○呪専時代の場合
意識を失くして寝転んでいた私の真横で鉈を構えていた七海に見張っていてくれたお礼を伝えた。
携帯を開いたけれど当たり前のように圏外で眉が下がる。どうやって出れば、と言おうとする私の目に壁に書かれた馬鹿げた文字が飛び込んでくる。……いやいや、これはないでしょ。意味わからないし。七海がため息を吐いた。
「従うしかないでしょう」
「えっ……いや……三つって難しいでしょ……」
「……まあ、三つは難しいですが……。……今はそれしかありません」
「えー……」
三つって。そもそもどうして好きなところがある前提なんだろう。七海のことはどちらかといえば嫌いな方だ。きっと七海もそうだろう。三つも何を言えばいいんだ。なんかこう、適当にありきたりなのを言えばなんとかなるかな……。
「真っ直ぐ目を見て話すところ」
「……へ、」
ピンポン!と雰囲気に合わない軽快な効果音が鳴った。
不機嫌そうな七海の横目と目が合う。七海から言うんだ、と思った直後なんだか妙にリアリティのある部分をあげられて居心地が悪くなりフラフラと視線を彷徨わせた。
「……ん?壁の青いハートが一つ塗りつぶされてる」
「赤と青のハートが三つずつあるから、あれが全て塗りつぶされたら出られるのでは?」
「はー……なるほど……」
「……」
小さなため息の後、スゥと息を吸い込んだ七海。
まさかと思うより先にまた口を開いた。
「自分を持っているところ」
また軽快な効果音が鳴る。胸の奥底がむず痒くて堪らなくなって、解けていた靴紐を結び始めた。何これ何これ、なんで七海サクサク言えるの。何か慣れでもあるの?顔を上げたらやっぱり青いハートがもう一つ塗りつぶされていた。──あと一つ。
「………優しいところ」
七海の掠れるような小声の直後、ピンポンピンポン!とまた軽快な効果音。青いハートは全て埋まった、埋まってしまった。次は私だ。
七海の好きなところ……?無い……。普遍的な、誰にでも当てはまりそうなことを三つ言えばどうにかならないかな……。優しいところってその典型例じゃん。先に言えば良かったかも。なんだろう……。
「顔」
「は……、」
ブッブー!と軽快な効果音。え?これってハズレの音じゃないの?思わず七海と顔を見合わせる。ダブったわけではないし……なんだろう。
「……………ハートが一つ減っているのですが」
七海の地を這うような声を聞いて顔を上げると塗り潰されていた筈の青いハートが一つだけまた白抜きに戻っていた。
「嘘をつくと相手のハートが減らされる……?」
「…………………チッ」
「判断基準何!?なんでわかるの!?」
「……私の顔、嫌いなんですか」
「いや別に……好きでも嫌いでもない……」
「……………………………好きなところを言えと書いてあるでしょう」
「だってそんな……なんでわかるんだろう………」
だとしたら、七海がさっき挙げた三つはもしかして本当なんだろうか。内容が内容なだけにひどく恥ずかしい。だってなんだか恋愛感情で好かれているような……。……あ、そうか。何も『好きなところ』って恋愛感情だけの話じゃない。……………あれ、それでも思い付かない……。
壁を見つめていた七海が少し赤くなった顔で口を開く。……あ、そうかハートが一つ減ったから。
「……笑顔」
「……」
「……………が、可愛いところ……」
「な……、」
ピンポン!
「か、可愛いだなんて言わなくて良かったんじゃ……」
「『笑顔』だけだと音が鳴らなかったので……。……貴女のハートがゼロだからですよ。マイナスになれば命を落とすというのも有り得ない話じゃない」
「そ、そっか……ごめん……」
林檎のように赤くなって少し早口になった七海はもう目を合わせてくれない。
林檎七海をじっと見て考える。この男の好きなところ。好きなところ……?逆に私が好きなタイプの中で七海が当てはまっているものを言えばいいのか!私の好きなタイプ……。
「……背が高いところ?」
「!」
ピンポン!
赤いハートが一つ塗り潰された。よし、これだ。あと二つ。……えー、あと二つも要るのか……。
「性格」
ブッブー!
これアタリでも気まずいけどハズレだともっと気まずい気がする。青いハートが減っているので舌打ちする七海に小さく一言謝った。ハァ、とため息を吐いた七海がまた口を開く。
「………他人を見捨てないところ」
ピンポン!
なんで七海はこんなにサクサクとアタリを言えるんだろう……。いや、そんなことはどうでもいい。七海の好きなところ……。
「声?」
ピンポン!
軽快な効果音に七海がびくりと肩を震わせた。……あ、耳まで赤くなってる。そして一つ思いついた。というか思い出した。まだ嫌いになる前、後輩として七海のこと可愛いなと思ってたところ。
「沢山食べるところ」
ピンポン!
「……っ」
「あ、ドアが出てきた……どういう仕組みなんだろう……」
壁にまるで四角い切れ込みが入るようにして扉が出来上がった。にょき、と生えたドアノブを突いて安全を確認する。
「七海」
振り返って七海を見ると、真っ赤で不機嫌そうな表情と目が合った。『真っ直ぐ目を見るところ』……。
「……私が開けるから、鉈構えてて」
『自分を持っているところ』さっきの七海の声が脳内で反響する。違うから、関係ないから!
「いえ、……私が開けます」
「いや私でいい。開けた途端襲いかかられたとしても私の術式ならある程度は対処出来る」
「しかし」
「それより顔真っ赤だけどちゃんと戦えるの?」
「………………貴女なんて、キライです……」
サクサクとアタリを回答し続けたくせに、これは流石に可愛い。
思わず笑ってしまったせいで、さっき七海が挙げた"好きなところ"をまた思い出して思わず自分をビンタした。意識するな。今は任務。
「よし、開けるよ」
○大人になった二人の場合
意識を失くして寝転んでいた私を片手で抱えて鉈を構えていた七海に、守っていてくれたお礼を伝えた。
スマホを確認したけれど当たり前のように圏外で眉が下がる。どうやって出れば、と言おうとする私の目に壁に書かれた馬鹿げた文字が飛び込んでくる。……他に脱出の手がない以上、従うしかない。七海と同時にため息を吐いた。今は何度も肌を重ねたし、昔からは考えられないくらいの時間を二人で過ごしたから三つくらいならすぐに思い付く。けれどもしも学生時代に七海と入っていたら辛かっただろうな……。それに相手を殺さないと出られないみたいな過激な条件に比べたら何も難しいことはない。
「えー、じゃあ私から。顔」
ピンポン!
「わっ、びっくりした……」
「……成程」
七海の視線の先には塗り潰された赤いハートがあった。なるほど。たぶんあの白抜きされたハートが全て塗り潰されたら、ここから出れるのだと思う。領域展開ならそんな簡単に出られるとは思えないけれど……まあ出れないにしても何かしらの変化はあるだろう。
「真っ直ぐ目を見て話すところ」
ピンポン!
ちら、と七海が視線を寄越す。ああ交互に挙げていこうとしているのか。
「料理が上手いところ」
「自分を持っているところ」
「身体の相性が良いところ」
「……優しいところ」
「沢山食べるところ」
「それ四つ目ですよ」
「うわ、無駄に恥かいた……」
都度ピンポンピンポンと喧しい音が鳴り響いていた。全てのハートが塗り潰されて、サッと七海と背中を合わせて周囲を警戒する。ギィ、と聞き慣れない音に二人同時に振り返った。
ドアが、出現している……。
「私が開ける」
「いえ貴女は後方援護で」
「……ん、その方が理に適ってるか」
▽△▽△
呪霊を全て祓い終わる頃にはすっかり日が暮れていた。数は多いけれど所詮二級以下、お互い大きな怪我もなくぐっと伸びをする。祓い残しがないことを確認した七海が近付いて……肩が触れる距離まで来た。ちょっと近すぎでは。まあ補助監督さんは山の麓にいるし、別に良いか……。
「今晩何が食べたいですか」
「えっ」
「貴女が食べたいものを作りますよ」
これはおそらく『料理が上手いところ』って答えたから。へぇ、七海って煽てられたら乗るタイプだったんだ。もっと煽てたら高い鞄とか買ってくれそうだな。いらないけど。
「それより私だけ好きなところ一つ分多く恥かいたから、七海ももう一つ言ってよ」
「貴女が勝手に自爆したんでしょう」
「それはそうなんだけど多めに恥かいたまま帰りたくない」
「私が今二つ言ったら貴女ももう一つ教えてくれますか?」
「もうない」
「ハァ───────………」
「ほら早く。補助監督さん待ってるよ」
「………『寝顔が可愛らしいところ』」
「……七海って恋人の寝顔を待受にするタイプ?」
「考えたことが無かったですが、良いですね」
「セフレの寝顔待受にするのは狂ってるからやめときなよ」
「…………ハイ」
「え?目を見て言って。待受にしないでよ」
「……」
「……おい」
「……」
「そもそも寝顔撮らないで」
「……ハイ」
「えっもしかしてもう撮ったことある?」
「……イイエ」
「ちょっとスマホ貸して」
「嫌です」
「画像フォルダ探すだけだから」
「嫌です。貴女見つけたら消すでしょう」
「やっぱ撮ってるんじゃん最悪消して」
「大丈夫です」
「大丈夫って何?」
fin.
↓野暮な解説と解釈と興奮↓
呪専時代も本編も七→夢主の好きなところが変わっていないと良いなって……。事後自分のベッドで気持ち良さそうに眠る夢主の姿が大好きなので4つ目が『笑顔』から『寝顔』に変わってるやつ……そして夢主は夢主で七の顔を好きになってるやつ……。
呪専
夢主「三つは難しい」←三つも絞り出すなんて難しい
七「三つは難しい」←三つに絞るのが難しい
夢主が好きでも嫌いでもないところを挙げてハートが消える度に内心二つの意味でキレてる七。顔と性格、好きと言われたと思って舞い上がったのにブッブー!と残酷な音が鳴る可哀想な七……。
呪専七が顔を真っ赤にしながら途切れ途切れに「笑顔が可愛いところ(が好き)」って言うのめっっっっっちゃくちゃ可愛くないですか???????
背丈とか声とかその日初対面でも挙げられそうなところを好きと言われるし、自分は五つも言わされるし、顔と性格は好きじゃないって言われるし、照れやら怒りやら悲しみやらなんやらが合わさってキライって言っちゃうけど、キライって言われて初めて七が好きな笑顔を向ける夢主……なんて罪な女……もっとやれ……。そして七はその日から意識的に沢山食べるようになって大人七の魅惑の岩壁体系に進化していく…………
本編
任務中な上思いっきり敵陣ど真ん中なこともあって緊張感が根底にあるから学生時代みたいな恥じらいはあまりない。壁と天井と床だけ、通気口もないから呼吸もどれだけ続くか心配だしなんたって敵陣だしとにかく早く出たい。そんな思いと『好きなところを言う』が脳内を埋め尽くしてウッカリ四つも言っちゃう夢主カワイイ〜!
『料理が上手いところ』って言われたから露骨にアピールすることでちょっとは好意に気付かせよう意識させようとするのに「(煽てられたら調子乗るタイプなんだフーン)それより」で済まされる可哀想な七……。
七が夢主の寝顔を隠し撮りしてるのか、他に見られたら消されるような何かを撮っているのかは謎。料理を撮るフリして正面に座ってる夢主を撮ってたりしたら可愛いね。いつかツーショ撮れるといいね。
『真っ直ぐ目を見て話すところ(が好き)』って言われたし『顔(が好き)』って言った後に「目を見て言って」って顔を覗き込む夢主かなり罪だよね〜!いいぞもっと振り回せ〜!