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    等星シリス

    @nadohosi64

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    等星シリス

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    Twitterに投稿した奴のまとめ

    影武者くんの話(仮)第1話 こそ泥、影武者になる

    ──油断した、失敗した。
    何でこんな時間まで起きてるんだよ。
    子どもだろうが大人だろうが眠りこけてる時間だろ、今って。

    「こいつ……割と似てるよな?」
    「似てる気がするな」
    「坊ちゃん、ちょっと横に並んでみてもらえます?」
    「手を緩めるなよ」
    「わーかってますって」

    それはそうとさっきから何やってんだこいつら。
    この屋敷のお坊ちゃんらしい奴と俺の顔が似てるから何だって言うんだよ。

    「……で、実際どうだ?」
    「双子だーって言ったら10人中8人は納得しそうですねぇ」
    「ご主人と殆ど顔を合わせたことがない相手なら騙されてくれるかと」
    「なるほど」

    いや何がなるほどなんだよ。

    「さてこそ泥くん、ここで一つ提案だ」
    「提案?」
    「僕の影武者にならないか?そうすれば今回の件は無かったことにしてやろう」
    「……断ったら?」
    「勿論然るべき場所に突き出すとも」

    お縄につくのが嫌なら自分の提案を飲めってことか。
    悪くない話だが──

    「俺があんたらを陥れる可能性は考えないのか?」
    「陥れるって、どうやって?」
    「ゴシップに飢えてる記者にスキャンダルのネタを渡す」
    「ふむ、悪くないアイデアだ。下手にもみ消そうとすればこっちが墓穴を掘ることになる」
    「こそ泥にしては頭が良い……いや、悪知恵が働くからこそ泥をやれてるってのが正解か」
    「結構すばしっこかったし、こりゃー期待が持てそうだ」
    「……は?」

    何で嬉しそうなんだよこいつら。
    嫌な顔をする流れだっただろ、今の。

    「ますます気に入ったよこそ泥くん、是非とも僕の影武者になってくれ」
    「いやおかしいだろ!破滅したいのか!?」
    「実は割と破滅寸前だったりするんだよなぁ、これが」
    「…どういうことだよ?」
    「うちの坊ちゃん、生まれつき身体が弱くて社交界に出た回数が数えるほどしかないんだよねー」
    「そのせいで家の評価がゴリゴリ落ちまくって、次の晩餐会に来なかったら家を取り潰すぞーってところまで追い詰められてるのが現状なんだ」
    「病欠が原因で破滅寸前になってる貴族の家とか前代未聞だろ…」

    少なくとも俺が忍び込んだ先や他の浮浪者が関わりを持った貴族の中にそんな奴がいた覚えは無い。
    あったら絶対話のネタにしてる。

    「なのでわざわざタレコミなんてしなくても破滅する未来が迫ってる我が家を救うヒーローになってみないないかい?」
    「断らせる気なんか微塵も無い癖に何言ってんだこのクソ貴族」
    「じゃあ交渉成立ということで」

    こうして一介のこそ泥に過ぎなかった俺の影武者ライフが強制的に始まった。
    ……飯に毒とか盛られるんだろうな、この先何度も。

    第2話 影武者、社交界デビューする

    「そういやこの屋敷、いかにも偉そうなおっさんやおばさんがいないな」
    「旦那様は数年前に事故死、奥様はその更に数年前に病死してる」
    「なおどっちもたまたま不幸に見舞われたわけじゃない」
    「……どういうことだよ?」
    「結論から言うと他の貴族に謀られたのさ」

    何だ、よくある話か。

    「奥様が病気がちだったのは元々だけど、容態が急激に悪化したのはとある晩餐会から帰った直後」
    「旦那様が亡くなった原因である転落事故も単なる偶然とは思えない痕跡が見つかっている」
    「疑わない方が馬鹿だろ、それ……」
    「その通りなんだけど大っぴらに騒ぐことはできないんだよなぁ」
    「何でだよ」
    「謀られたのは分かっているけど肝心の黒幕が未だ不明。そんな状態で下手に騒げば追い詰められるのはこっちだ」

    そんな中で影武者をこさえたということは、だ。

    「もしかして俺に黒幕探しもやらせるつもりか?」
    「釣れたら大金星ではあるぞ」
    「旦那様と奥様の仇討ちは……坊っちゃんがやりたがったら遂行する方向で」

    それから紆余曲折あって迎えた社交界デビューの日。
    眩しすぎて目が痛くなるパーティー会場で早速嫌味なお坊ちゃんに絡まれたが適当にあしらった。

    「わたくしと一曲踊っていただけますか?」

    次に声をかけてきたのは如何にも気が強そうなお嬢様。
    確か本物サマの許嫁だ。

    「──ええ、喜んで」

    こういう手合いは雑に追い払うと後で面倒くさいことになる。
    動きが覚束ないのは病み上がりってことで誤魔化せる筈だから適当に──

    「貴方、偽物ね?」
    「っ!」
    「安心なさい。今すぐ貴方を貶めるつもりは無いわ」

    俺の返答次第では前言を撤回するつもり満々の癖にふてぶてしい女だ。

    「……要件は?」
    「話が早くて助かるわ。貴方が送り込まれた理由を教えなさい」
    「本物サマの家が潰されそうなのは……流石に知ってるか」
    「ええ、うちのお父様がその時を待ち侘びているわ」
    「……良いのかよ、そんな情報吐いちまって」
    「問題なくてよ。知らない人の方が珍しいもの」

    マジかよ、恐ろしいな貴族社会。

    「なら俺からも一つ質問をさせてくれ」
    「何かしら?」

    「本物サマの家が潰れて得をする奴は他にどれくらいいる?」
    「…それなりに」
    「っとと、」
    「詳しい話は後ほど別の場所でしましょう。そろそろ曲が終わるわ」
    「マジかよ、案外早いな……」
    「悪くはなかったけどもっと練習なさい。特にリードの仕方をね」

    そう言ってこっちをさんざん振り回してくれたお嬢様は優雅な足取りで去っていった。

    第3話 警戒すべき三家

    「はぁー……」
    「やっぱりあそこのお嬢さんには速攻でバレたかー」

    ふざけんな、いつかはバレるだろうとは思っちゃいたけどこれは早すぎるだろ。

    「貴族ってのはもっと脳天気な生き物じゃないのか……?」
    「んー、それが多数派なのはそう。あの男だったらモテモテ間違い無しの傑物令嬢は少数側だけどね」

    まぁその評価は分からなくもない。
    あんなのがゴロゴロいたら色んな意味でヤバいだろ貴族社会。

    「……それはそうと、あのお嬢様には全部話しちまって良いんだよな?」
    「良いよー、坊っちゃんもこれくらいは予測済みだろうし」
    「なら先に教えろよ……」

    本物サマの悪どい笑みを想像したら腹が立ってきた。
    色々話すついでにあのお嬢様から弱みの一つでも聞き出してやろう。

    ──なんて粋がっていられたのはほんの数分前までの話。

    「事情は概ね理解したわ。貴方、運が良いわね」
    「悪いの間違いだろ……」
    「はいはい愚痴らない愚痴らない」

    こいつもこいつで大概性格が悪かった。
    きらびやかな見た目に反して中身が碌でもない奴ばっかり居すぎだろ、貴族連中。

    「お嬢様、お戯れはそのくらいで」
    「……分かっているわよ」

    助かった、寧ろもっとズケズケ言ってくれそこのメイド。

    「……そうね、そちらの家が潰されて得をする者たちの中でもとりわけ大きな利益を得られる三つの勢力についてお話しましょう」
    「まずあんたの家か」
    「ええ、お父様は許嫁のわたくしを通してそちらの資産を根こそぎ奪う腹づもりよ」
    「……そんなこと出来るのか?」
    「相続先が他に無いなら多少の無理は押し通せるでしょうね」

    あ、これは不可能だと思ってる顔だ。
    実際無理筋が過ぎる話だしな。

    「二つ目はそちらと隣接する領地の主……さっき貴方に嫌味な態度を取った男の家よ」
    「ああ、あのやたらマウント取ってきた奴か」
    「あそこの若様、ことあるごとに坊っちゃんに突っかかってくるんだよなー」

    いつもあの調子で絡んでくるのかよあいつ。

    「その割に俺が影武者だって気づいてなさそうだったぞ」
    「前に10人中8人は騙せるって話をしただろ?あの若様は8人の側でそこのお嬢さんは残り2人の側」
    「あの男に人を見る目が無いだけよ」
    「ボロクソな評価だな……」
    「そもそも突っかかる理由が先祖代々からの因縁だなんてしょうもなさ過ぎるわ」
    「お嬢様、酷評はそのくらいで」
    「……話が大分逸れてしまったわね。最後の一つは領地の主要産業がそちらと競合している家」

    ようやくマトモな動機を持ってそうな奴が出てきた。

    「年若い当主に代替わりを済ませ、その妹である令嬢が殿方たちの注目を集めていることで有名です」
    「……向こうに出来てる人だかりがそれか」

    絶対に近づきたくねぇ。

    「各勢力の思惑を整理しましょう。わたくしの家はそちらの資産を奪いたい。あの嫌味な男の家は因縁の相手を仕留めたい。年若い当主の家は競合相手を消したい」
    「……どれもこれも大概な理由だな」
    「影武者くんからしたらそうだろうねー」

    金やプライドに振り回されるこっちの身にもなってほしいもんだ。

    「今述べたのはあくまでわたくしの見解。実際の思惑とは大なり小なり齟齬があることは頭の片隅に置いておきなさい」
    「…ちゃんと自分でも調べろってことか」
    「理解が早いのは貴方の美点よ、誇りなさい」
    「そりゃどうも」

    第4話 帰還、そして報告

    「お帰り、初めての晩餐会はどうだった?」
    「クッッッソ疲れた」
    「嫌味な若様にはテンプレまんまのマウントを取られ、許嫁のお嬢さんには即効で偽物だと見抜かれ、若当主の妹様には意味ありげな視線を向けられてたもんねぇ」
    「それは疲れもする」

    最後のは気のせいだ気のせい。
    そういうことにさせてくれ。

    「もう寝て良いか……」
    「良いよー、坊っちゃんへの報告はボクがやっとくから」
    「寝間着には着替えろよ、礼服を出すのは朝でも構わん」
    「へいへい……」

    「──彼が影武者だと気づいていた人は他にどれくらいいた?」
    「パーティー会場にいたうちの2割前後、ってとこですかね。若当主はじめ頭の切れそうな連中は分かってて素知らぬ顔をしてる感じでした」
    「なら暫くは影武者くんを行かせて大丈夫そうだね」

    初回で仕掛けてくるのは飛び抜けた直感の持ち主か愚者の二択。
    今回のパーティー会場にはそのどちらもいなかった。
    それが分かっただけでも十分だ。

    「何か仕掛けるとしたら3、4回パーティーを開いた後。ボクがそっち側ならその辺りを頃合いと見ます」
    「僕も同じ見解だ」
    「……万が一に備えて影武者を鍛えておきますか?」
    「護身術くらいは学ばせた方が良いかもね。多少は身につけているだろうけど、所詮はこそ泥の付け焼き刃だ」

    彼の想定を超える事態が起こり得る可能性はいくらでもある。
    用心に越したことは無い。

    「そっちは頼むよ、腕っぷし方面はボクの管轄外だし」
    「お前はいつも通りこそこそ嗅ぎ回っていろ、力で解決できることはオレがどうにかする」
    「わー頼もしー」

    毎度のことながらこの二人はよく働く。
    だから色々任せやすい。

    「……さて、そろそろ僕たちも休もうか。あまり夜更かしがすぎると婆やに叱られてしまう」
    「うげ、それは勘弁願いたいですね」
    「あの婆様を怒らせるとただじゃ済まないですからねぇ……」


    第5話 幕間 嫌味令息家の話

    「兄様が執務室に籠もってからどれくらい経った?」
    「間もなく8時間を越えます」
    「ああもうまた働きすぎてる……!」

    今から約8時間前、つまり朝食を摂って以降はずーっと執務室に籠もって仕事をしていたということだ。

    「若君、紅茶と軽食をお持ちしました」
    「風呂の支度は?」
    「ティーポットを空にする頃には整います」
    「よし」

    後はベッドメイクの指示を手隙の奴に──

    「まーた始まったよ若君の大ハッスル」
    「普段からあれくらいバリバリ働けたら旦那様も見直しそうなのになぁ」

    わざとか、わざとだな。
    だったら望み通りの対応をしてやるよ。

    「そこ二人!無駄話をする暇があったらこっちを手伝え!」
    「は、はいぃ!」

    ようやく着いた執務室のドアを軽くノックする。
    ──返事が無い。

    「兄様、入るよ」
    「ん?ああ、外が騒がしいと思ったらお前か」

    うわぁ、これは大分キテる。
    早急に休ませないと。

    「お前たち」
    「はい」
    「兄様から仕事道具を取り上げて」
    「かしこまりました」
    「あああ待ってくれその帳簿はまだ半分しか」
    「問答無用!」
    「あああああ」

    ──それから諸々あって。

    「ひと心地ついた?兄様」
    「ああ、お陰様でな」

    サンドイッチ、もう4個は必要だったかな。
    もしくは大きいのをドカンと。

    「紅茶をお注ぎします」
    「いつもすまないな、妾腹の私如きに……」
    「そうやってすぐ生まれのことを持ち出すのは兄様の悪い癖だよ」
    「し、しかし……」
    「そりゃあ父様の依怙贔屓は目に余るし、母様の不満も分からなくはないけどさ、僕にとって兄様は自慢の兄様なんだ。それを他でもない兄様が貶さないでほしいな」
    「……すまない」
    「とりあえず謝るのも兄様の悪いとこー」

    本当に困った兄様だ。
    そんなだから放っておけないんだけどさ。

    「何でこの兄思いの良い人がひとたび外に出ると嫌味なマウント取りになっちまうかなぁ……」
    「若君に相応しい世間体がそれだから、ですよ」
    「つまり旦那様のせい、と……」
    「オイコラ、迂闊なことを言うと首が飛ぶぞ」
    「……今回は見逃してあげますから以後気をつけるように」
    「ウッス」

    第6話 襲来!傑物令嬢+α

    それはある日の昼下がりのこと。

    「なぁ本物サマ」
    「んー?」
    「さっきから何を読んでるんだよ」
    「許嫁からのラブレター」
    「……ハァ!?」

    あのお嬢様、そんな殊勝なこと出来たのかよ。

    「っていうのは冗談で、近々うちを訪問する旨が綴られた手紙だよ」
    「いやそれはそれですぐに教えてくださいよ!」
    「ごめんごめん、もう読み終わったから婆やのところに持っていいよ」
    「失礼します!」

    本物サマから手紙を受け取るや否や、ガタイがいい方の使用人は慌ただしく飛び出して行った。

    「……で、じっくり読み込んでた本当の理由は?」
    「送り主の思惑を探っていたのさ」
    「つまりお嬢さんが送ったものではない、と」
    「代筆なのは当然として、彼女らしさが一切読み取れない文面だったからね」

    それをはラブレター呼ばわりとか何考えてんだこいつ。

    「……それはそれとして本当に来るのか?あのお嬢様」
    「間違いなく来るよ、不本意ではあるだろうけどね」
    「下手に噛み付いたら立場が危うくなりますからねぇ」
    「好き勝手やってるようで案外そうでもないんだな」
    「令嬢ゆえの苦難、というやつだよ」

    難儀なこって。

    「ところで坊っちゃん、影武者くんはどこに隠れてもらいます?」
    「そこの判断は婆やに任せるよ」
    「あの婆さん苦手なんだけどな……」
    「言う通りにしてれば悪いようにはされないから安心しなって」

    そして迎えた当日。

    「突然の訪問になってしまったこと、心よりお詫びいたしますわ」
    「こちらこそ遠路はるばるお越しいただき感謝の念に堪えません」
    「……社交辞令はここまでで良いわね」
    「そうだね」

    毎度のことながら切り替えが早いな。

    「ところでそちらの彼は?」
    「わたくしの愚弟ですわ。ほら、挨拶なさい」
    「は、はじめまして……」
    「どうやら緊張しているようだね」

    まぁ無理もない。
    彼にとってここは敵地のど真ん中同然の場所なのだから。

    「……そこの貴方」
    「っ、」
    「この子を庭園に案内してもらえるかしら?こう見えてガーデニングが趣味なのよ」
    「ああ、それは良い。好みに沿うものを見れば強張った心も和らぐだろうしね」
    「かしこまりました」

    ──さて、と。

    「早速だけどお茶会をしようか」
    「ええ、本来意味など微塵も無いものに少しばかりでも価値をつけましょう」
    「毎度のことながら仲が良いのか悪いのか分からんな、うちのご主人とそっちのお嬢様は……」
    「相性が悪ければとうの昔に婚約破棄してますよ」
    「……それもそうか」

    ──一方その頃。

    「着きましたよ」
    「わぁ……綺麗……」
    「……ようやく辛気臭い顔じゃなくなったな」

    目深に被っていた帽子を外した反応は、まぁ予想通り。

    「えっ……どうしてあの人と同じ……」
    「姉貴から聞いてないのか?俺は影武者だよ」
    「影武者……そっか、だから姉上は君を……」
    「……あんた、向いてないからやめた方が良いぞ」
    「な、何だい突然」
    「本物サマを殺しに来たんだろ?」

    そう告げた途端、弟クンはがくりと膝をついた。

    「──はは、全部お見通しってことですか、姉上……」
    「ったく、とんだ面倒事を押し付けてくれやがったなあのお嬢様……」

    下手に慰めるより気が済むまで泣かせた方が良いな、これは。

    それはある日の昼下がりのこと。

    「なぁ本物サマ」
    「んー?」
    「さっきから何を読んでるんだよ」
    「許嫁からのラブレター」
    「……ハァ!?」

    あのお嬢様、そんな殊勝なこと出来たのかよ。

    「っていうのは冗談で、近々うちを訪問する旨が綴られた手紙だよ」
    「いやそれはそれですぐに教えてくださいよ!」
    「ごめんごめん、もう読み終わったから婆やのところに持っていいよ」
    「失礼します!」

    本物サマから手紙を受け取るや否や、ガタイがいい方の使用人は慌ただしく飛び出して行った。

    「……で、じっくり読み込んでた本当の理由は?」
    「送り主の思惑を探っていたのさ」
    「つまりお嬢さんが送ったものではない、と」
    「代筆なのは当然として、彼女らしさが一切読み取れない文面だったからね」

    それをはラブレター呼ばわりとか何考えてんだこいつ。

    「……それはそれとして本当に来るのか?あのお嬢様」
    「間違いなく来るよ、不本意ではあるだろうけどね」
    「下手に噛み付いたら立場が危うくなりますからねぇ」
    「好き勝手やってるようで案外そうでもないんだな」
    「令嬢ゆえの苦難、というやつだよ」

    難儀なこって。

    「ところで坊っちゃん、影武者くんはどこに隠れてもらいます?」
    「そこの判断は婆やに任せるよ」
    「あの婆さん苦手なんだけどな……」
    「言う通りにしてれば悪いようにはされないから安心しなって」

    そして迎えた当日。

    「突然の訪問になってしまったこと、心よりお詫びいたしますわ」
    「こちらこそ遠路はるばるお越しいただき感謝の念に堪えません」
    「……社交辞令はここまでで良いわね」
    「そうだね」

    毎度のことながら切り替えが早いな。

    「ところでそちらの彼は?」
    「わたくしの愚弟ですわ。ほら、挨拶なさい」
    「は、はじめまして……」
    「どうやら緊張しているようだね」

    まぁ無理もない。
    彼にとってここは敵地のど真ん中同然の場所なのだから。

    「……そこの貴方」
    「っ、」
    「この子を庭園に案内してもらえるかしら?こう見えてガーデニングが趣味なのよ」
    「ああ、それは良い。好みに沿うものを見れば強張った心も和らぐだろうしね」
    「かしこまりました」

    ──さて、と。

    「早速だけどお茶会をしようか」
    「ええ、本来意味など微塵も無いものに少しばかりでも価値をつけましょう」
    「毎度のことながら仲が良いのか悪いのか分からんな、うちのご主人とそっちのお嬢様は……」
    「相性が悪ければとうの昔に婚約破棄してますよ」
    「……それもそうか」

    ──一方その頃。

    「着きましたよ」
    「わぁ……綺麗……」
    「……ようやく辛気臭い顔じゃなくなったな」

    目深に被っていた帽子を外した反応は、まぁ予想通り。

    「えっ……どうしてあの人と同じ……」
    「姉貴から聞いてないのか?俺は影武者だよ」
    「影武者……そっか、だから姉上は君を……」
    「……あんた、向いてないからやめた方が良いぞ」
    「な、何だい突然」
    「本物サマを殺しに来たんだろ?」

    そう告げた途端、弟クンはがくりと膝をついた。

    「──はは、全部お見通しってことですか、姉上……」
    「ったく、とんだ面倒事を押し付けてくれやがったなあのお嬢様……」

    下手に慰めるより気が済むまで泣かせた方が良いな、これは。

    第7話 弟であるがゆえの受難

    「落ち着いたか?」
    「……すまないね、情けないところを見せてしまって」
    「自棄を起こして暴れられるよりは良い」
    「そんな思いきりの良いことが出来るタチじゃないよ、ぼくは」

    まぁそんな気はしていた。

    「じゃあ何で本物サマを自分の手で殺そうとしたんだよ。捨て駒を使うのが貴族のやり口じゃないのか?」
    「さっき君が言った通り向いてないんだよ。謀なんてぼくの柄じゃない」
    「だから手駒も用意できず、自分ひとりでやる羽目になったのか」
    「……誰の差し金かは流石に黙秘させてもらうよ。姉上は気づいていそうだけど」

    本物サマも手紙を読んだ時点で察しはついてただろうな。
    それはそれとして、だ。

    「あんた、あのお嬢様の評価がやたら高いな?」
    「幼い頃から散々実力の差を見せつけられてきたからね、下手に対抗心を燃やすくらいなら素直に称賛した方が自分のためになると悟ったのさ」
    「そりゃ災難だな……」
    「災難、か。そうかもね」

    なんというか、ついてねぇなこの弟クン。

    「……なぁ、失敗がバレたらまずいことになるのか?」
    「おや、心配してくれるのかい?」
    「俺のせいであんたが酷い目に遭うのは……ちょっと寝覚めが悪いからな」
    「君も大概人が良いね。そのお陰でぼくは踏み留まることが出来たわけだけど」
    「……あー、そういうのはむず痒くなるから勘弁してくれ」
    「感謝は素直に受け取るものだよ」

    本来はこういうタイプなのかこいつ。
    正直すっげー調子が狂う。

    「……で、結局どうなんだ?」
    「心配はいらないよ。お互いに何の不利益も被っていない以上騒ぎ立てようが無いし、寧ろ墓穴を掘るだけだ」
    「つまりこっちは素知らぬ顔をしてあんたらを送り返せば良い、ってことか」
    「そうしてもらえるとありがたいね」

    そんなこんながあった後。

    「それでは皆様、ごきげんよう」

    お嬢様と弟クンは馬車に乗って帰っていった。

    「はいみんなお疲れ様、特に影武者くんは大変だったね」
    「大分好き勝手やっちまったけど良かったのか?」
    「最高の成果だよ、向こうに付け入る隙を与えなかったからね」
    「もし弟さんに怪我の一つでもさせてたらどうなっていたかは……言うまでもないか」

    無事に終わったからって脅かすな。

    「そっちは何も無かったのか?」
    「至って普通のお茶会をしただけだよ」
    「見てる側はヒヤヒヤしっぱなしでしたけどね…」
    「……ドンマイ」

    ──同じ頃。

    「何ですか姉上、さっきからジロジロと……」
    「貴方こそ、言いたいことがあるならハッキリ言いなさい」
    「……どうしてぼくの同伴を許可したんですか」
    「良い経験を積めると思ったからよ」
    「取り返しがつかないことをしでかすかもしれなかったのに?」
    「それも一つの経験よ」

    ああ、全くこの人は。

    「……そんなだから厄介払い気味に嫁がされるんじゃないですか?」
    「そうかもしれないわね」
    「父上にあれこれ押し付けられるぼくの身にもなってくださいよ」

    こうやって言い返すのはいつぶりだろう。
    少なくとも姉上がビックリして固まるくらいか。

    「今日は随分と口が軽いわね」
    「そういう気分なだけですよ」
    「じゃあそういうことにしておいてあげるわ」

    いつもなら聞き流すところだけど今日はちょっと腹が立ったから意地悪してやろう。

    「ところで姉上、久しぶりに遠駆けでもしませんか?」
    「なっ、貴方わたくしが馬に嫌われてるのを知っててそれを言うの!?」
    「馬どころか動物全般に嫌われてるじゃないですか」
    「貴方ねぇ……喧嘩を売るにしても極端すぎるのよ!」
    「勝ち目のある分野で挑めって言ったのは他でもない姉上じゃないですか」
    「ああもう!今日は本当に減らず口が過ぎるわね!」

    今日くらいは許してくださいよ、姉上。

    「……お嬢様と次期当主様、何だか楽しそうですね?」
    「久方ぶりのきょうだい喧嘩が嬉しくて仕方がないのでしょう」

    第8話 幕間 若当主家の話

    「ねぇおにいさま、先日の晩餐会で初めて見かけたあの方はだぁれ?」

    先日の晩餐会が初対面という条件に該当するのは──彼か。

    「ああ、お前が知らないのも無理は無いか。彼は病気がち故に社交界へ顔を出すことが殆ど無かったからな」
    「ふぅん、そうなの」

    まぁあの日のパーティー会場にいたのは影武者の方だが、わざわざ教える必要は無いだろう。

    「何か気になることでもあったのか?」
    「あの方、わたしを無視したの」
    「声をかけたのか?」
    「ううん、目配せをしただけ」

    やれやれ、またいつもの悪い癖か。

    「なら単に気が付かなかったのだろう、お前の周りには人だかりができていたからな」
    「……あぁ、そういえばそうだったわ」

    所詮はその程度の関心か。

    「お前の目移りは相変わらずだな」
    「だって気になるものがあったらそちらを見てしまうでしょう?」
    「否定はしないが程々にしておけ、お前の目移りが原因で諍いが起きたばかりだろうに」
    「まぁおにいさまったら酷い、邪魔者を消してあげたのにわたしを悪者扱いするの?」

    またいつもの責任転嫁が始まった。

    「……そろそろ部屋に戻れ、夜更かしが過ぎると肌が荒れるぞ」
    「はぁい、おやすみなさいおにいさま」

    ああ全く、面倒極まりない愚妹だ。

    「……あの愚妹はどこまで貴女に似ていくのでしょうね、母上様」

    見上げた先に飾られた肖像画の貴婦人は嫋やかに微笑んでいる。
    ──あの女の何をどう見たらこんな絵を描けるのやら。

    第9話 四回目の晩餐会

    「よう影武者、貴族の飯には慣れたか?」
    「腹を壊さなくなった」
    「そりゃあ良い。一口目で卒倒されかける初心な反応も悪くは無いが、綺麗に平らげてもらう方が料理人冥利に尽きるってもんだからな!」
    「そういうもんなのか?」
    「少なくとも俺はそう思うぞ」

    まぁ分からなくもないというか、想像はつくというか。

    「持ち場を離れて雑談に興じるなんて感心しませんね、料理長」
    「うお婆様、いつからそこに」
    「仕込みは終わっているのですか?」
    「そりゃあ勿論、でなきゃ厨房を離れませんよ」
    「……そういうことなら大目に見ましょう」

    流石、付き合いが長いだけあって対応が手慣れてるな。

    「さて影武者殿、今日は乗馬の訓練に励んで頂きますよ」
    「へーい……」
    「返事は短くハッキリと」
    「ハイ」
    「宜しい」
    「終わったら差し入れに菓子でも持ってきてやるから頑張れよー」

    そんなこんながありつつ迎えた四回目の晩餐会。

    「あいつの予想通りなら今日のパーティーで何かが起きる筈だ」
    「本当に当たるのかよ、その予想」

    今のところどこをどう見てもいつも通り──

    「ん?」
    「どうした」
    「向こうのバルコニーにいるの、マウント野郎だよな」
    「……そうだな、誰かを待っているように見える」

    近くにいるのはマウント野郎の付き人辺りか。

    「罠……にしてはあからさま過ぎるか」
    「気になるのか?」
    「引っかかりに行っても良いなら今すぐ行きたいくらいには」
    「行くからには成果を上げろよ」
    「りょーかいりょーかい」

    さて何が起きるかな、っと。

    「あーお前!人を呼び出しておいっ」
    「なんっ、」

    一瞬、何が起こったのか分からなかった。

    「若君!」
    「クソッ、こういうパターンかよ!」

    妙に遠いところから聞こえてくる声でようやく状況を理解した。
    突き落とされたのか、俺もマウント野郎も。

    「っ痛……」
    「おい無事か!?」
    「服がズタボロになった以外は」
    「それくらいなら必要経費だと婆様も許してくれる!」

    トピアリーに落ちたのは運が良かったのか悪かったのか。

    「若君、お怪我はありませんね?」
    「あ、ああ……助かったよ」

    あーうん、あっちは大丈夫そうだな。

    「にしてもすげぇなあっちの付き人、本人も抱えたマウント野郎も無傷だ」
    「オレだって出遅れなければあれくらい……」

    張り合うポイントなのかよ、そこ。

    「そちらのご令息は歩けますか?」
    「ああ大丈……いてて、」
    「無理をするな、安全なとこまでオレが運ぶ」
    「でしたら共に来てください」
    「分かった」

    第10話 傍迷惑な癇癪

    「──状況を整理します。そちらのご令息がうちの若君が待つバルコニーに来た瞬間、柱の裏に隠れていた何者かが二人を突き落とした」
    「揉み合いの末に揃って転落、打ちどころが悪くて死んだって体にしたかったんだろうな。実際の被害はうちのご主人が片足を痛めた程度だが」

    その程度で済んだのは鍛えてもらったお陰、だな。
    まぁそれはそれとして、だ。

    「……色々と無理があるだろ」
    「全くだよ、計画性が無いにも程がある。まるで癇癪を起こした……あー、そういうことかー……」
    「若君?」

    マウント野郎の奴、今の流れで何を察したんだ。

    「僕たちを突き落としたのはあのワガママ女に誑かされた奴だ」
    「ワガママ女?」
    「いつも男に囲まれてるゆるふわ令嬢」
    「……あいつか」

    てか両極端だな、あいつの評価。

    「お前、あのワガママ女の機嫌を損ねることをした覚えは?」
    「無い……と思う」
    「声をかけられたことは?」
    「無い」
    「目が合ったことは?」
    「……どうだっけ?」
    「気の所為ってことにした時はあっただろ」

    そういえばあったような、無かったような。

    「それが原因だよこのニブチン」
    「はぁ!?」
    「あのワガママ女は無視されるのが嫌いなんだ」
    「そ、そんなしょうもない理由で殺されかけたのかよ……」

    もっとこう、あるだろ。

    「僕が巻き添えになったのは……飽きられた、辺りかな」
    「かの令嬢が若君に向ける視線が冷ややかになってきていましたからね」

    ワガママ通り越して理不尽だろ、それ。

    「帰りてぇ……」
    「僕もだよ。パーティー会場に戻ったらまた襲われるかもしれない」
    「下手人の捜索と始末は私どもにお任せを」

    めちゃくちゃ頼もしいな、向こうの付き人。

    第11話 カンタレラ

    「また派手にやらかしてくれたな」
    「だってあの方、またわたしを無視したのよ。今回は言い逃れ出来ないわ」

    それであの所業、というわけか。

    「もう一人を巻き込んだ理由は?」
    「あの方のおべっかはもう聞き飽きてしまったの」
    「……やはりその程度の理由か」

    それで何人の命を奪ったことやら。

    「あら、おにいさまのためでもあるのよ。どっちも邪魔なんでしょう?」
    「……煩わしいとは思っている」
    「なら良いじゃない、どうして文句ばかり言うの?」
    「お前が勝手に動くからだ」
    「おにいさまがのんびりし過ぎなのよ。何かあってからじゃ遅いのよ?」
    「……それもそうだな」

    知ったような口を。

    「お嬢様、飲み物をお持ちしました」
    「あらありがとう、ちょうど喉が渇いていたところよ」

    差し出されたワイングラスを手に取り、注がれていた飲料を瞬く間に飲み干す。
    それほどまでに喉が渇いていたのか。

    「……時に愚妹よ」
    「なぁに、おにいさま」
    「母上様が亡くなった理由を覚えているか?」
    「おかあさま?急に具合が悪くなったのよね。きっと遊びすぎたせいだわ」

    なるほど、そう解釈していたのか。

    「そうだな、母上様は放蕩が過ぎた。あんな生活を続けていたら身体を壊しもする」
    「でもどうしてそんな話を……っ、」

    しゃがみ込むのと同時に激しい咳を数度。
    口元を抑えていた手は僅かにだが赤く染まっている。

    「さっきお前はこう言ったな、何かあってからでは遅いと」
    「そ、れが……何?」

    ──本当に、愚鈍な女だ。

    「まだ気づかないか。今のお前が正にその状態だと言うことに」
    「え……」
    「お前の命は毒によって損なわれる。かつての母上様と同じようにな」
    「ぁ、かはっ……」

    血を吐くのと同時に倒れ伏した愚妹はどうして、とでも言いたげな目を私に向ける。
    そんなことすら分からないから殺される羽目になったというのに。

    「せめてもの情けだ、亡骸は丁重に弔ってやろう。墓荒らしが来ないよう棺の中で祈り続けるのだな」

    返事は無い。
    どうやら事切れたようだ。

    「……呆気ないものだな」
    「旦那様」
    「何だ」
    「姉の仇を討つ機会を与えてくださったこと、心より感謝しています」

    そう言って侍女は深々と頭を下げる。
    我が愚妹のせいで恋人を失い、海に身投げした町娘。
    それがこの侍女の──

    「……話はそれだけか?さっさと仕事に戻れ」
    「かしこまりました」

    第12話 棺に添えるは柘榴の実

    「葬儀って……あの理不尽女、死んだのか?」
    「表向きは病死ということになってるけど実際は謀殺だろうね」

    急展開が過ぎるだろ。

    「決め手は先日の一件でしょうか?」
    「恐らくはね」
    「タイミングが良すぎますしねぇ」
    「……俺にも分かるように説明してくれよ」

    何がどう良かったのかさっぱり分からん。

    「影武者くんも知っての通りあの妹様は癇癪一つで途方も無い被害を出すトラブルメーカー、身内でもさっさと縁を切りたい御仁だ」
    「若当主とは持ちつ持たれつの関係を保っていたようだが……とうとう堪忍袋の緒が切れたんだろうな」
    「……見限られたってことか」

    寧ろよく今まで堪えられたな。

    「葬儀をやるのは家族の情ゆえ……とは言い切れないかな。何かしらの裏はあると見た方が良さそうだ」
    「じゃあ欠席します?足の怪我を言い訳にすれば向こうもすんなり引き下がってくれるでしょうし」
    「いや行くよ、こちらから仕掛けるには絶好の機会だ」

    妙に気合い入ってんな、本物サマ。

    「そうなると足手まといの俺は留守番か?」
    「まさか、君にもついてきてもらうよ」
    「怪我人に何をさせる気なんだよ……」

    そんなやり取りをした数日後。

    「離せっ!離せーっ!」
    「コラ暴れるな!」
    「さっさと連れ出せ!」

    葬儀場は色んな意味で騒がしかった。

    「あれで何人目だ?」
    「狂乱状態の男は八人目、怨嗟を撒き散らす女は十人目だねぇ」
    「この短時間でそんなに来たのかよ……」
    「それだけ影響力が大きかったということだ」

    悪い意味でな。

    「っと、喪主のご登場だ」

    服装が違うから当然っちゃ当然だが、パーティー会場で見かけた時とは雰囲気が全く違うな。

    「不躾を承知でお訊ねしますが、足の具合は如何ですか?」
    「まだ痛みは残りますが少し歩く程度であれば問題ありません」
    「そうですか、しかし立ち話はお辛いでしょう。あちらに席を設けましたのでどうぞお掛けください」
    「ではお言葉に甘えて」

    気のせい……じゃないな。
    あの野郎、さっきから俺のことを見てやがる。

    「そちらの君も座りたまえ。まだ痛みが残っているのだろう?」
    「っ、」
    「気づいておられましたか」
    「最初からそのつもりで連れてきたのでしょうに」
    「いやはや、カマをかけるような真似をして申し訳ない」

    腹の黒さはお互い様、ってとこだな。

    「葬儀って……あの理不尽女、死んだのか?」
    「表向きは病死ということになってるけど実際は謀殺だろうね」

    急展開が過ぎるだろ。

    「決め手は先日の一件でしょうか?」
    「恐らくはね」
    「タイミングが良すぎますしねぇ」
    「……俺にも分かるように説明してくれよ」

    何がどう良かったのかさっぱり分からん。

    「影武者くんも知っての通りあの妹様は癇癪一つで途方も無い被害を出すトラブルメーカー、身内でもさっさと縁を切りたい御仁だ」
    「若当主とは持ちつ持たれつの関係を保っていたようだが……とうとう堪忍袋の緒が切れたんだろうな」
    「……見限られたってことか」

    寧ろよく今まで堪えられたな。

    「葬儀をやるのは家族の情ゆえ……とは言い切れないかな。何かしらの裏はあると見た方が良さそうだ」
    「じゃあ欠席します?足の怪我を言い訳にすれば向こうもすんなり引き下がってくれるでしょうし」
    「いや行くよ、こちらから仕掛けるには絶好の機会だ」

    妙に気合い入ってんな、本物サマ。

    「そうなると足手まといの俺は留守番か?」
    「まさか、君にもついてきてもらうよ」
    「怪我人に何をさせる気なんだよ……」

    そんなやり取りをした数日後。

    「離せっ!離せーっ!」
    「コラ暴れるな!」
    「さっさと連れ出せ!」

    葬儀場は色んな意味で騒がしかった。

    「あれで何人目だ?」
    「狂乱状態の男は八人目、怨嗟を撒き散らす女は十人目だねぇ」
    「この短時間でそんなに来たのかよ……」
    「それだけ影響力が大きかったということだ」

    悪い意味でな。

    「っと、喪主のご登場だ」

    服装が違うから当然っちゃ当然だが、パーティー会場で見かけた時とは雰囲気が全く違うな。

    「不躾を承知でお訊ねしますが、足の具合は如何ですか?」
    「まだ痛みは残りますが少し歩く程度であれば問題ありません」
    「そうですか、しかし立ち話はお辛いでしょう。あちらに席を設けましたのでどうぞお掛けください」
    「ではお言葉に甘えて」

    気のせい……じゃないな。
    あの野郎、さっきから俺のことを見てやがる。

    「そちらの君も座りたまえ。まだ痛みが残っているのだろう?」
    「っ、」
    「気づいておられましたか」
    「最初からそのつもりで連れてきたのでしょうに」
    「いやはや、カマをかけるような真似をして申し訳ない」

    腹の黒さはお互い様、ってとこだな。

    第13話 一つの終幕

    「愚妹の件もそうですが、貴殿にはもう一つ謝罪しなければならないことがあります」
    「というと?」
    「貴殿の両親を殺めたのは私の母です」
    「な、」

    また急展開かよ。

    「……放蕩の貴婦人とも呼ばれたあなたの母親が何故僕の両親を?」
    「貴殿の父が靡かなかったどころか愛妻の自慢をした。放蕩の貴婦人が生涯得られなかったものを見せびらかした。故に妬まれ、殺された」

    ただの逆恨みじゃねぇか。

    「親も大概理不尽な奴だったんだな……」
    「あれらと血の繋がりがあるという事実は私にとってこの上ない恥だよ」

    心中は察する。

    「こっちとしてはあなたが結構まともな人であることに驚きを隠せませんがねぇ」
    「母や愚妹と同じく我欲を満たすためだけに生きる卑しきものだったら私はとうの昔に死んでいたさ。他のきょうだいたちと同じくね」
    「他?あの理不尽女みたいのが他にもいたのかよ」
    「皆種違いだがね」
    「種違いって……何さらっととんでもないこと言ってんですか……」

    種違いって確かアレだろ、母親は同じだけど父親は違うって奴。

    「そちらの彼と共に突き落とされた令息には腹違いの兄がいると聞く。そう珍しいものではないさ」
    「しかしきょうだい全員が種違いはさすがに……」
    「さてそのきょうだいたちは何故死んだと思う?」

    また唐突な質問だな。

    「家督を巡るいがみ合い……でしょうか」
    「それもありますが大半を消したのはあの愚妹です」
    「……逆に何であんたは生き残れたんだよ」
    「あの愚妹が面倒な執務を押しつける先として私を選んだのは自分が絶対的な優位を保てる要素を持っていたのが私だけだったからだ」
    「優位?」
    「私は妻を得ても子を授かれぬ身。後継を求めるのであれば愚妹の胎を借りねばならない」

    うわ、えげつねぇ。

    「養子は……危険ですね。誑かされる可能性が高い」
    「あの愚妹はそういうとこばかり聡いのが厄介でした」
    「しかしあなたはそれを逆手に取って彼女を始末することに成功した」

    沈黙は肯定と同義、だったか。
    まぁ話の流れ的にそんなこったろうとは思っちゃいたが。

    「……長話が過ぎましたね」
    「最後に一つだけ確認を。あなたはこれからどうするおつもりですか?」
    「然るべき後始末を済ませた後、隠居をする予定ですよ」
    「それはつまり家を断絶させると」
    「ええ、私の代で終わらせます」

    そう告げた男の目は月が出てない夜よりも暗かった。

    第14話 受難は続く(終)

    理不尽女の葬儀から帰って以降、空気が重い。

    「抱えてた問題が粗方片付いてスッキリ……って感じじゃないな」
    「そりゃーあんな壮絶な話を聞かされたらねぇ……」

    ハードモードどころじゃなかったからな、あいつの話。

    「更に言えば根本的な問題は解決していないぞ」
    「……そう言えば本物サマに消えて欲しい奴はまだ山ほどいるんだったな」

    そうなると、だ。

    「君にはまだまだ働いてもらうよ、影武者くん」
    「へいへい」

    無様に死なないよう精々頑張りますかね。
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