Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    iko003232

    @iko003232

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 3

    iko003232

    ☆quiet follow

    いずつかSS
    付き合ってないふたりが会議室でふたりきりになる話。

    夜のあしおと 部屋の電気をつけないままでいることに気が付いたのは、控えめなノックの音が室内に響いてからだった。
     扉の外に立っている人物が誰なのか確認する前に、壁にかかった時計をちらりと覗き見る。時刻は十八時半を過ぎたところで、きっと扉の外に立っているのは施錠を確認しにきた警備員だろうと悟る。
    「もう出ます」
     泉はそう言って椅子から立ち上がると、テーブルの上に広げていたタブレットと次の仕事の資料を手早くまとめて鞄に詰めた。
     ノックをしたきり声をかけてこないので、警備員は声を聞いて次の部屋の確認に移ったのだと思ったが、そもそも前提が間違っていた。泉は外に出る前にドアにはめ込まれた縦長の細い窓枠から廊下の様子を覗くと、そこにちらりと横切った深紅の髪を見つけた。なにか考えるよりも先に手が動いており、泉は勢いよく扉を開ける。
    「わっ」
    「やっぱりかさくんだ。どうしたの? 俺に用事?」
     突然開いた扉に驚いた司はびくりと肩を動かして、扉の横で縮こまっている。手の中には泉が持っているものと同じ仕事の資料が抱えられており、司も先ほどまでこのフロアの一室で作業していたことが伺える。
    「なんだ。かさくんも資料読んでたの? 声かければよかった」
    「ああ、その……たまたま通りかかったら瀬名先輩が熱心に資料を読んでいらっしゃったので、司もご一緒させていただこうかと持参したところでした」
    「あ、もしかしてさっきのノック普通に入室のノックだった?」
    「ええ、まあ」
    「ごめんごめん。時間きたのかと思って出ますとか言っちゃった」
    「確かにTimelimitはあるのですが、申請すれば十八時以降でも使用できるのですよ」
    「へぇ、知らなかった」
     泉は肩に掛けていたトートバッグを下ろすと、扉を大きく開いて司を中に招き入れる。その際部屋の電気をつけるのを忘れない。
     なんの変哲もない会議室だったが、まだ新しい建物だからかどこか無機質な色をしていた。白とグレーが基調とされたテーブルと椅子に、ペンの痕ひとつ残っていないホワイトボード。同じような会議室がいくつもあるが、ここはあまり使われていないらしい。
    「このMeetingroomには初めて入りました」
    「俺も。ひとが来ないところを使いたいって言ったらこの部屋のカードキー貸してもらえた」
    「あ、もしかして私、邪魔でしたか?」
    「別にぃ。全然関係ない奴だったら邪魔だけど、かさくんは同じユニットでしょ。遠慮することないよ」
    「そうですか」
    「うん。だから普通に入ってきていいから」
     そう答えると司はどこか嬉しそうに「次からはそうします」と言ってはにかんだ。長い間触れてこなかった司の笑顔はどこか懐かしく、泉は無意識に手を伸ばし自分より僅かに低い位置にある頭を撫でる。てっきり子ども扱いしないでくださいと苦言を呈されると思っていたのだが、司はなにも言わずされるがままになっている。少し強めに撫でて髪型を崩しても、うろうろと視線を動かすだけだった。
    「なぁに。なんか気持ち悪いんだけどぉ」
    「失敬な。久しぶりにお帰りになったのですから司とのPhysical contatct……つまりすきん、シップ? がお望みなのかなと思いまして」
    「うわ、チョ~生意気」
     今度はもっと乱暴に司の頭をガシガシと撫でると、流石に司も嫌だったのか飛退いて泉の手から逃れる。ぼさぼさの髪の毛を手櫛で整えて、司は手の中の資料をテーブルの上に置いた。
    「一応二十時までは使えるように申請しております。それで問題ないですか?」
    「うん。流石にあんまり遅くなると他のことする時間が圧迫されるしね」
    「食堂なんかは時間によってはかなり込み合いますしね」
    「そもそもあんまり遅い時間にがっつり食べたくないんだよね」
    「司はあまり早くに夕食を済ませてしまうとお夜食が欲しくなってしまいます」
    「ちょっ……まさか食べてないよねぇ?」
    「黙秘します」
    「言うようになったじゃん。決めた、次の帰国の時はお土産なしにする」
    「えっ、うそ、お待ちください! 食べたと決まったわけではないでしょう!」
    「正直に言わない時点で食べてるでしょ絶対! お兄ちゃんの目はごまかせないよぉ!」
     泉は司の二の腕を掴んでぷにぷにと贅肉の有無を確認する。確かに一年生の頃よりも筋肉がついたような気もするが、贅肉がないわけではない。ついでに脇腹もと手を伸ばしつまんでみると、司は「わひゃんっ!」と懐かしい声を上げた。
    「あはっ、ちょっと瀬名先輩! くすぐった……っ! ふ、ひひ、あはははっ!」
    「かさくんうるさい! ただのボディチェックなんだから大人しくしな!」
    「できませっ、ふふふっ、ひい、んふふふっ」
     泉は全身くまなく司の身体を揉みしだき、全て確認し終わるころにはお互い肩で息をするまでに疲労していた。
    「はぁ、もう……疲れた」
    「それは、こちらの台詞です……」
    「もうやめた、会議今度にしよう。汗かいたしすぐシャワー浴びたい」
    「同感、ですね」
     半部だけ下ろしたブラインドの隙間から、いつの間にかとっぷりと暗くなった夜の空が覗く。下半分に切り取られた窓からはどこまでも続く街灯のきらめきと、遠くを走る電車の導線が見えた。こうしてみるとフィレンツェの夜とはまた違った趣がある。
    「東京の夜もいいもんだね」
    「そうですか?」
    「生意気な後輩も、久しぶりに会うといいもんだよ」
    「それは……なによりです」
     司は満足そうに一度鼻を鳴らして、テーブルの上に広げていた資料を丁寧にまとめていく。
    「夕飯、自分で作ろうかな。かさくんも食べる?」
    「よろしいのですか!」
    「よろしいけど、なに? そんなに俺の手料理が恋しかったわけぇ」
    「いえ、瀬名先輩の作る夕飯でしたら多少食べ過ぎても問題ないかと思いまして」
    「食べすぎるまで提供するわけないでしょ。その食い意地どうにかしな」
    「いいのですか。私、お夜食を食べてしまうかもしれませんよ」
    「なにその脅し。そんなことしないように今日はかさくんが眠るまで添い寝してあげてもいいよ」
    「え、遠慮します」
    「ちょっと、普通に引かないでよ。コラ、無言で出て行こうとするな」
     扉を開いてから振り向いた司はきれいに象られた瞳を薄い瞼で半分隠して、さらりと小さく微笑んだ。
     随分遠くの方で踏切の音が聞こえて、一瞬意識がそちらに引っ張られる。そうして初めて、泉は司に見とれていたのだと気が付いた。
    「瀬名先輩? どうしました、はやく行きましょう」
    「ん? ああ、そうだね。晩ご飯なにがいい?」
    「瀬名先輩の食べたいもので構いませんよ」
    「和食にするよ? いいの?」
    「ええ、瀬名先輩の作る和食はおいしいので」
     施錠を確認してふたりしかいない廊下を進む。どこか軽やかな足取りで前を歩く司を目で追いながら、自分の頬も緩んでいることに気付くのはまだ少し先の話なのだった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    👏👏👏👏☺😭❤❤❤🇱🇴🇻🇪❤❤👏👏😭💞😭😭❤👏👏❤👏❤
    Let's send reactions!
    Replies from the creator