最近流行りの物を調べて店に取り入れる提案をするのは椿季の仕事だ。正確に言えば趣味なのだが売上に繋がることもあるため仕事と言い張っている。流行を調べるため、今日も今日とてスマホを開く。
「ん〜、これもいいけどちょっとなぁ〜」
目に付いた気になるものを見つけては脳内の亡矣に却下される。
「飲食店でも出来るなんかいい感じの服装……」
ぼーっと眺めていてもこれといったアイディアも出てこない。一旦アニメでも見て頭を休めようとしていたその時、目に留まるものがあった。
「あ、これ良さそう!」
ピンと来たアイディアをメモし、プレゼン用の資料――と言えるのかも分からないページ――を集め、脳内でプレゼンの練習をする。練習と言っても反論された際にどうゴネるかを考えるだけなのだが。
「とりあえずこれと、あとこのページも出しておこうっと」
開いたページにブックマークを付け、まだ片付いていない部屋で椿季は眠りについた。
翌日、あびを開ける前に椿季は皆にプレゼンしていた。
「ほら、今度何かやろうよ〜って言ってたやつ!いいの思いついたんだ!見て見て」
「おっなになに〜?」
不知火が興味津々といった様子で聞いてくる。その後ろでミサゴが楽しそうに笑顔を浮かべ、また始まったと言わんばかりの顔をしている亡矣もいる。
「これこれ、みんなでこういうのやろうよ」
椿季のスマホには「最近話題の夜パフェ」と書かれていた。
「あ〜、なんか最近見るやつな」
「僕も近くの店舗でやってるところは行ったことあるよ」
「目新しさはない。却下」
「却下が早くない!?違うよ、夜パフェはやらないよ!『こういうの』って言ったでしょ」
ドヤ顔を見せる椿季に亡矣は「はよ本題を話せ」と言わんばかりの視線を向ける。
「あたしが考えたのは、一日限定!常連さんのみ招待制BARの開催だよ!」
皆が三者三様の反応をしている中、椿季は話を進めていく。
「制服もレンタルでバーテン衣装安いところ見つけたし、アルコールも少しの提供ならスーパーで間に合う。お食事――というかおつまみ?は……亡矣さんが頑張る!」
「おい」
この提案にいの一番に乗ってくれたのは不知火だった。というか不知火は大体提案に一番に乗ってくれる。
「え〜いいじゃん!バーテン衣装かっけぇし、これ着て写真撮ったらモテるかもだし!」
「僕も賛成するね。普段と違うことって楽しそうだし。亡矣君はどう?」
「……まぁ一日限定ならいいだろう。ただし準備諸々は普段の仕事を怠らないようにする事が前提だ」
「分かってるよ〜!」
「僕らも手伝うから頑張ろうね」
「衣装レンタル行くなら俺も行きたい!」
意外と反対されなかったな、と思いながらあび開店の時間になる。いつも通り仕事をして、最後の客を送り出してからイベントの構想を練る。
「う〜ん……」
椿季はじーっと掃除中の不知火を見る。
「どした?俺に見蕩れた?」
「いや〜、バーテンダーってこう……なんだっけ、あれ……。アレ振ってお酒作るでしょ?でも不知火さん出来なさそうだなって……」
格好つけてシェーカーを使って零す図がもう頭に浮かぶ。笑いは取れるだろうがここは京都だ。普通に怒られる可能性の方が高い。
「いや〜?慣れたら出来るって!」
「練習する?キッチンに無いのかな。練習用で安いの買っとく?」
「キッチンの掃除終わったよ。何か手伝う?」
キッチンのヘルプに入っていたミサゴがやって来てテーブルの備品の補充を始める。
「ミサゴさんは上手そう」
「確かに」
「え?何?何の話?」
先程まで椿季と不知火が話していた内容を伝える。
「うーん、やったことはないなぁ」
「でも動画とか見たら出来そう!」
「こういうのはやっぱり亡矣君じゃないかな?」
「それはそうなんだけど……」
ちらりとキッチンを見遣る。まだ亡矣は出て来なさそうだ。それを見て椿季は2人に小声で問いかける。
「亡矣さんって、接客出来るの?」
「…………」
「…………」
普段ずっとキッチンにおり客前にあまり出てこない。バーテンダーは客と会話しながらカクテルを提供する――とネットで見た椿季はそこが不安だった。
「常連さんでも亡矣さんと喋ったことある人って少なそうだよね」
「確かに。笑顔で『いらっしゃいませ』って言ってるなっちゃん全然想像つかないもんな!」
「たまにレジもやってくれてるから全くできないってことはないと思うけど……あ」
椿季と不知火の後ろを見てミサゴが何かを言おうとしたがそれよりも早く頭を掴まれた。
「客と雑談するのは君達の仕事だろう。僕は裏方に徹する」
「折角だから亡矣さんもお客さんと話そうよ〜」
「そーだそーだ!」
「何を言われても僕は裏方に徹するのだよ」
まあまあ、と止めているようで止めていないミサゴは1つ提案をする。
「じゃあ亡矣君が不知火君にシェーカーの使い方を教えるのはどうかな?亡矣君も不知火君相手なら遠慮なく指導できそうだし」
「それいいかも!亡矣さんは客前に出なくて良くなるし不知火さんはかっこよくシェーカー振ってモテるかもでウィンウィンじゃん!」
「お、いいじゃん!頼むよなっちゃ〜ん!」
「……………………」
明らかに面倒、と顔に書いてあるが自分が接客する事と天秤にかけている様子だ。
「……仕方ない」
天秤は教えることに傾いたらしい。
「シェーカー明日には届くみたいだから明日から特訓だね」
「頑張って不知火君」
「そうだ。ミサゴさんにはおつまみのメニュー考えるの手伝って欲しいんだ」
「わかった。少しは知識があるから任せて」
残りのホールの掃除をパパッと終わらせ、テーブルを囲んでアイディアを出し合う。
「カクテルに合わせるならこういうのとか……」
「亡矣さん、こういうオシャレなの作れる?」
「数人分くらいなら作れるが、数十人レベルは厳しい」
「アルコールメニューどれくらいにするんだ?」
「色が分かれるやつやりたーい!」
「俺も〜!」
大まかなことを決めたり雑談したり夜食を摘んだりして、気付いたら12時を回っていた。
「あ、もうこんな時間だね。今日はそろそろ終わりにしようか」
ミサゴの声掛けに皆一斉に時計を見る。
「さすがに帰るべきだな。ほら、さっさと着替えて来るのだよ」
「はーい」
特に施錠当番が決まっている訳ではないため鍵の管理は亡矣が行っている。
全員が着替え終えたのを確認した後に消灯し鍵をかける。
「椿季ちゃん、送っていこうか?」
「大丈夫!すぐそこに引っ越したからね!徒歩5分!」
「そっか。でも心配だから送っていくよ。向こうなら僕も帰り道の途中だからね」
「え〜じゃあ俺も行く。なっちゃんも行こうぜ」
「えぇい鬱陶しい。途中までは帰り道だ。早く帰るぞ」
椿季を近くまで送り、そのまま皆各自の帰路に着く。
翌日、全員が出勤したのを見た椿季が皆を真っ直ぐ立たせる。ちなみにシェーカーは置き配で店の前に届いていた。便利な世の中だ。
「みんな、身長と足のサイズ、足の長さ測らせてね!」
「なんの冗談だ?」
「え?冗談じゃないよ。午後に制服レンタル見に行くからそのための情報収集!」
なお本日はイベント準備のために半日のみ開店だ。閉店後だと行けないお店が多いから、と椿季が亡矣に頼み込んで店の休みをもぎ取った。
「自己申告ではダメなのか」
「いいけど正確にね」
申告された数字をメモしてポケットに突っ込む。『本日午前のみ営業』と書かれた手書きポスターを張り開店準備に取り掛かる。
午前の営業を終え『CLOSE』の札を表にする。
「よし!じゃああたしは衣装レンタルしてくるから、不知火さんは亡矣さんにシェーカーの使い方教えて貰ってね!」
「行ってらっしゃい」
掃除道具一式を準備したミサゴが手を振って見送ってくれる。それに応えるように椿季も手を振った。
皆に聞いたサイズを元に衣装をレンタルする。サイズが合わなければいつでも交換可能というオプション付きだ。4人分となると流石に重い。誰かと一緒に来ればよかったと思いながら一縷の望みを賭けてグループラインに連絡を入れる。
『衣装重いから誰か来て〜。清水道のところで休憩してる』
少し経って返信が来る。ミサゴからだ。
『僕が行くからそこで待ってて』
近くの自販機で飲み物を買って待っていると数十分後にミサゴがやって来る。
「お待たせ。最初からついて行けばよかったね」
「ううん。4人分の衣装が重いってことを忘れてたあたしが悪いから大丈夫だよ!」
ミサゴを見ると私服に着替えている。こういう時は制服で来そうなのに、と思って見ているとその視線に気付いたミサゴが苦笑いを浮かべる。
「不知火君のシェーカーがすっぽ抜けてね」
その一言で全てを察した。中身がミサゴに直撃したのだろう。その場に居なかったはずなのに頭を下げる不知火と怒る亡矣の姿が思い浮かぶ。
「もしかして今帰ると衣装汚れる可能性ある?」
「無きにしも非ず、かな?」
「……ミサゴさん、ちょっとあたしとデートしてから帰ろ!」
衣装が汚れた際の弁償代、汚れたあびの掃除、そんな面倒事が頭の中を過ぎって、全てを無視することにした。そんな椿季の考えを悟ったミサゴも「喜んで」と乗ってくれた。
デートという名の適当なカフェで休んでからゆっくりあびへ戻る。ちなみにミサゴが椿季を迎えに行って1時間半程度経過していた。
「ただいまー!」
「今戻ったよ」
「随分と遅かったが、何かあったかね」
シェーカーから零れた水を拭きながら疲労で沈んでいる不知火の頭を叩いた亡矣がそう問うてくる。ちなみに酒を使うのは勿体ないので現在は水で練習している。
「道が混んでたんだよ。ねー」
「そうだね」
「……まぁいい。早く裏に衣装を置いてくるのだよ。ここに置いていたら汚れるだろう。あと小娘も汚れていい服に着替えた方がいい」
普段の質素な私服ではなくあびに置いてある誰でも使っていい無地のシャツを着ている亡矣を見て全てを察し、椿季は「はーい」と返事をするしか出来なかった。
衣装を置いて特訓中のホールに戻ってくる。一足先にホールに戻ったミサゴが掃除を始めている。
「不知火さんどう?上手くなった?」
「なっちゃんスパルタ過ぎるって……」
「あたしもこれ使ってみたい!やり方教えて」
不知火の休憩時間という名目で椿季もシェーカーの使い方を教えてもらう。ちなみにミサゴさんは数回やって会得したらしい。
「意外と難しい……」
「色で層を分けるのは砂糖含有量によって変わるそうだ。多少甘くてもいいなら下にしたい色にガムシロでも入れるといい」
亡矣は店のジュースを持ってきて実演してみせる。バースプーンを使い器用に層に分けていく。
「すごーい!綺麗!」
シェーカー使ってないな、と無粋な突っ込みは脳内で消して惜しみない拍手を送る。
「不知火さん、シェーカーじゃなくてこっちやったら?」
「もう実施済みです……」
落ち込んだ声でそう言われると聞いたこちらも申し訳ない気持ちになる。
「不知火君、これどうぞ」
「これコーヒー?」
「アイリッシュコーヒーつて言うらしいよ。コーヒーを使ったカクテルって面白いなって思ってね。度数も高くないし試作だから飲んでみて」
ミサゴの勧めなら断る理由もないため不知火は口をつける。
「お、意外と甘い!うま!」
「メニューには入れてなかったけどこれ追加してもいいかもしれないね。軽く飲めるしコーヒーも使えるし」
「いいなぁ〜」
ちなみに椿季は亡矣から試飲を禁止されている。理由は明確。すぐ酔うくせに甘い酒を飲みたがるからだ。
「小娘は大人しくこっちを飲め」
先程亡矣が作った層分けされたジュースを差し出されストローを渡される。
「これSNS上げちゃお」
綺麗に写真を撮り『店のキッチン担当作(※新作じゃないよ!)』とコメントを付けてSNSに上げる。無事送信されたことを確認してからストローをさしジュースを飲む。
「甘!」
「元々甘いジュースにガムシロを入れているからな。さて、そろそろ再開するぞ」
「うへぇ〜……」
隣から聞こえてくるスパルタ教育に耳を傾けながら椿季とミサゴは提供カクテルメニューの再考を行うことになった。
時間をかけただけあり、不知火のシェーカーの使い方は何とか様になってきた。
「腕筋肉痛になりそ〜……」
「普段から謎の銃型火炎放射器を持ち歩いているやつがこれくらいで筋肉痛になるわけがないだろう」
「使う筋肉は別なの!」
「疲れてるところゴメンだけど衣装サイズ合うか見たいから更衣室来て〜!」
椿季の声がした場所へ行く。誰の衣装かわかるように分けてあり細かい気遣いが見える。ここが男子更衣室でなければ褒めていただろう。
「おい、ここは男子更衣室だ。当たり前のように入ってくるな」
「女子更衣室に呼んだ方が良かった?」
「そういうことじゃない。着替えるから出ていけ」
ぽい、と男子更衣室から放り出された椿季は自分の衣装を持って女子更衣室へと向かう。
数分後に着替え終えた全員が集合する。
「あ!いいじゃん!みんなサイズ大丈夫そう?」
「僕は大丈夫だよ」
「俺はちょっとキツいかな。もう1サイズ大きいといいかも」
「僕は不知火が着ている物が合う気がする」
「えぇ〜、これ以上大きいのあったかなぁ……。不知火さん明日一緒にサイズ変更行く?本人がいた方がいい気がする」
「では特訓は残業でやるという事でいいか?」
「アッ……はい……」
どう足掻いても特訓から逃げられないと察した不知火は小さく萎んだ。
紆余曲折あり、何とか開催が目に見えてくる。なんだかんだ準備期間で3ヶ月以上かかっていた。
「どうだ!」
「「おぉ〜!」」
一滴も零すことなくシェーカーを振り、グラスに注ぐ。3ヶ月特訓の成果が出ている事に椿季とミサゴは惜しみない拍手を送る。
「人ってやれば出来るんだっていう良いモデルになれるよ不知火さん!」
「うんうん。挫けない心って大事だね」
「えぇ〜〜そこまで褒められると嬉しいって言うか〜へへ〜」
なおこの3ヶ月でミサゴはコーヒーリキュール系のカクテルにハマり、椿季はモクテル作りにハマり、あびのメニューが潤う効果があった。ちなみにカクテルが色々載っている本を亡矣に渡したところ、大抵のものを作れるようになったらしい。本人曰く「別に熱中しているわけではないが、毒の調合と似ている部分もあり楽しさがあるのは事実だ」とのこと。最悪なコメントが返ってきた。
「いや〜これで俺もモテちゃうかもな〜!」
「そういえば招待した常連さんの中に若い女性いなかったけど大丈夫?」
「……え?」
「女性の最年少は確か54歳の方だったよね」
これでも裏社会で名を響かせた殺し屋達だ。客の個人情報など調べるのは造作もない。
「男性だと若い人……って言っても30代かな?は数名いたよ!」
「興味ねぇ〜〜!!」
「まぁまぁ……。そうだ。いつもやってる宣伝みたいに動画を撮って上げたら?いい反応貰えそうじゃない?」
「そうだね!不知火さんもう1回やってみて」
「オッケー!」
なおこの後見事に零し、椿季とミサゴは濡れながら数度録り直しに付き合っていた。そして不知火は亡矣に怒られた。
とある日、キッチンでは亡矣とミサゴが提供する摘みを検討していた。
「提供アルコールを変えたからこっちも作り直さないとね。亡矣君は何かアイディアある?」
「そうだな……僕はあまりこういう物に詳しくない。だがこういう物はペアリングが必要だと聞いた」
「そうだね。でも本格的な店をやるわけではないから作りやすい手馴れた物の方がいいんじゃないかな」
「拘るからにはそこも拘りたいが……。まぁ時間も限られている。仕方ないか」
厨房からいい匂いが漂ってきて椿季と不知火が顔を覗かせる。
「いい匂いする〜」
「何作ってんの?」
「提供するお摘みを少し変えようと思ってね。良かったら味見する?」
「「食べるー!」」
「ミサゴさん、甘やかすのは良くない」
「色んな意見は必要だと思うからさ。2人とも、食べたら意見出してね」
「「はーい」」
皆で味見をして意見を出し合い、メニューに変更を加えていく。
「これ美味しい!普通にメニューに入れようよ!」
「ナッツチョコってたまに食うと美味いよな!」
「これはどうだ」
亡矣は小鉢に御番菜を入れて持ってくるが味見係の2人にはあまりハマっていないようだ。
「バーで出すものでは無くないか?」
「一気に料亭になった」
「来店する予定の年代を見てこういうのもあった方がいいかと思ったのだが……」
「普通にあびの新メニューとしてお昼に追加小鉢で出せばいいと思う」
「成程。検討しておこう」
小鉢を下げようとするが2人に止められる。
「これはこれで今食べる!」
「夕飯代わりにする!」
「夕飯くらいまともに食べろ!」
亡矣はキッチンに戻り、少ししておにぎりを皿に置いてやってくる。
「あまり夕飯とは言えないが多少腹には入るだろう」
「「やったー!」」
簡易的な塩にぎりだが御番菜との相性がいい。質素だが当然に美味い。
「お茶淹れようか」
ミサゴが温かい緑茶を人数分持ってくる。最近は冷たいカクテルやモクテルを飲んでいたため温かさが身に染みる。お茶を飲みながら案を出し、簡易的なメニューを作り上げていく。
「こんなもんかな〜」
「うん、いい感じだね。あとはこれをコピーしてラミネートしたらいいかな」
「オッケー!それは明日やろ!今日はもう疲れたよ〜」
「そうだね。片付けしたら今日は帰ろうか」
最近は途中まで皆で帰るのが習慣化している。残業が増えているため帰り時間が同じになり、帰り方向が途中まで同じのため必然そうなるのだが他愛ない話をしながら帰っていくのだ。
こうして、準備期間は忙しく過ぎていく。
――そして、当日。いつもより2時間早く閉店し、夜の再会に向けて準備を始める。
「うーん」
「人の顔を見て唸るな」
「何か……あ、そうだ。亡矣さんちょっと座って」
「却下する」
「いいから!座って!」
「なんなんだね!」
亡矣を無理矢理椅子に座らせて軽く髪を弄り始める。
「ちょっと髪結ぶよ。裏方とはいえちょっとはカッコつけないと!」
「僕は誰にどう思われようが別に構わないのだが」
「いいから!」
緩く髪を結び横に流す。
「メガネも没収ね」
「おい」
「亡矣君、髪結ぶと印象が変わるね」
着替え終えたミサゴが2人のやり取りをニコニコしながら見ている。
「ミサゴさんカッコいい〜!ミサゴさんの髪も結んであげるね」
「ありがとう。お願いしようかな」
普段しない髪型でソワソワしている亡矣が更衣室を見る。
「不知火は?」
「まだ着替えていたよ。ネクタイで苦戦してたから手伝おうかって聞いたけど自分でやるって言ってたから……」
「不知火さん、ミサゴさんみたいなクロスタイにしようか?って聞いたら普通のネクタイの方がいいって言うからそっちにしたけどみんなクロスタイにすれば良かったね」
「悪い待たせた!ネクタイに手こずってさぁ」
そう言って更衣室から出てきた不知火の胸元にネクタイは無かった。
「不知火さん……まさかネクタイちぎった……?」
「弁償代はお前の給料から天引きだ」
「違う違う!諦めたんだって!今更衣室に置いてあるから!」
「何でそんなに胸元開けてるの?」
「こっちの方がカッコいいだろ」
「…………ノーコメント!」
「僕はいいと思うよ」
「しっかり閉じろ」
三者三葉の言葉を聞き流し(ミサゴの言葉のみ耳に入れ)、開店準備に取り掛かる。
「女性のお客さんは不知火さんに任せるね」
「おう……」
「亡矣君、必要個数と予備の準備は大丈夫そう?」
「勿論。ミサゴさんはホールメインで動いてもらって構わない」
「わかった。何かあったら呼んでね」
時計の針が21時を指す。普段は開いていないこの時間のあびに電気が点り、カラ、と耳心地いい横引きの扉が開かれる。
「ようこそ」の声で一日限定の感謝祭の幕が上がった。