【遠い雨粒】
『ニコルーー!!』
回線越しにアスランの絶叫が聞こえる。
「⋯⋯あ⋯⋯ぼ、く⋯⋯」
操縦桿を握っていた手を離して、震えるそれをギュッと握り締める。
アスランの乗るイージスが去って行くのをぼんやりと見詰める。目の前で爆発したブリッツの残骸をゆっくりと見る。
叫んだアスランの声が頭から抜けない。
仲間の名前だろうか⋯⋯。
コクピット辺りの部品を探す。
あの時ストライクの攻撃はコクピットに直撃していなかった。
無意識にそこはダメだと下にズレた筈だ。けど、あの爆発に巻き込まれたのなら、パイロットは無事では済まないだろう。それでもと、希望に縋るようにストライクを動かす。
すると瓦礫に埋もれた部品の中に赤いパイロットスーツが見えた。
そのままストライクの手の中に守るように包み込むと、アークエンジェルに帰艦した。
* * *
格納庫に入ると、「よくやった!」と声を掛けてきた整備員達に対して気持ち悪さを感じてしまった。
(人が死んだかもしれないのに、よくやった、なんて⋯⋯)
「お、おい、お前これ⋯⋯」
ストライクの腕の中の部品を見て慌てる声が聞こえた。
「おい! ヤマト! なんでこんなの連れて戻った!?」
「い、生きてるのか? これ⋯⋯」
慌てて持って来たその中からパイロットを引っ張り出す。
ヘルメットを取り外すと、若草色の髪に血液が付着していて、目を閉じたその顔はとても軍人には見えない優しそうな容姿だった。
「ーーっ!」
辛うじて息がある彼を無理やり抱き抱え医務室へ連れて行く。
「お願いします! この人、治療して下さい!」
「はぁ!? ちょっと待て! そいつはザフト兵じゃ⋯⋯」
「早く! このままだと死んじゃうんです!」
必死に涙を流しながら頭を下げると、根負けした医師がベッドに寝かせるように言いそれに従う。
傷は深いが、どうにか命を繋げられたと医師の言葉に、キラは張り詰めていた緊張の糸が切れたのか気を失った。
* * *
「⋯⋯」
目を覚ますと見慣れた自室の天上が見え、トリィが頭上でカシャカシャと動いていた。
「お、目覚めたか?」
ちょうど様子を見に来たらしいフラガだったが、その表情は何処か厳しかった。
「キラ⋯⋯なんであのザフト兵を連れて戻った?」
「⋯⋯」
「お前のやった事は軍法違反だ。処罰が下される案件だ」
「⋯⋯別に処罰されてもいいですよ⋯⋯助かるかもしれない命を見捨てたくなかったんです⋯⋯」
「⋯⋯だが⋯⋯」
「軍人としてはやってはいけない事かも知れませんが、僕は人として良い事をしたかったんです⋯⋯」
「⋯⋯はぁー、分かったよ。俺から艦長に掛け合っておく。とりあえず怪我が落ち着けば捕虜として扱う事になる。それだけは覚えておけよ」
「⋯⋯分かりました」
心を閉ざし気味のキラの表情を見て、フラガははぁーと溜息を付く。
「やれやれ⋯⋯一波乱来そうだな⋯⋯」
キラの部屋を出て頭をガシガシと掻く。
ラミアス艦長はまぁ大丈夫だろうが、バジルール中尉が難関だ。だが、ザフト兵の捕虜が2人になった事で少しはこちらに優位に事を運べるかもしれないとも考える。捕虜を使って目的地まで安全に進めれるかもしれない。
「⋯⋯まぁけど、キラがあの調子なのは色々不味そうだな⋯⋯」
最近のキラは余裕がなくなっているように感じる。友人達との間に亀裂も見えるし、キラ自身が自分の殻に閉じ篭っているように見える。
「⋯⋯やれやれ⋯⋯」
本来なら心優しいキラをここまで追い詰めたのは自分達だと理解している。
最悪このままだとキラが壊れる可能性もある。いくらキラがコーディネーターでも、訓練を受けていない民間人でしか無かったキラは何かと精神的にも弱い。ストライクに乗れてしまったからここまで来てしまった。キラに掛かる重圧はフラガの比では無い。
キラが今回ザフト兵を拾ってしまったのは本当に純粋に助けたいという気持ちだからだろう。だが、今のキラは軍籍を持ち、階級もある立場だ。アラスカ基地に無事に辿り着けたとして、その時キラの身に降りかかる処罰をフラガは軽減させてやれないだろう。
「まぁ今はあのザフト兵が生きていてくれるだけでも良しと考えるしかないか」
出来うることはやろうと決めて、フラガは艦長室へ向かった。
* * *
ピッピッと定期的に聞こえる音に、重い瞼をどうにか奮い立たせて上げる。
「⋯⋯こ、こ⋯⋯は⋯⋯」
息がしにくいと感じて、口許を覆う酸素マスクを外そうと腕を上げようとしたが、 腕に重りが着けられたかのように全く上がらなかった。
「⋯⋯」
視線だけで辺りの様子を確認する。どうやら医務室のようだが、ニコルの知らない場所だ
(⋯⋯どこの艦だろう? 僕は、生きている⋯⋯? あの時⋯⋯ストライクは、コクピットに当たらないようにズラして⋯⋯)
思案に耽っていると、シュンっと扉が開く音が聞こえる。
寝ているフリをしようとしたが、ニコルの眠るベッドにその人物が近付いて来た。
「⋯⋯」
そっとニコルの手に触れて来たその手に、びくりと反応をしてしまった。せっかく寝たフリをしようとしていたのに、仕方がないとゆっくと目を開く。
「⋯⋯あっ⋯⋯」
目に入ってきたのは綺麗なアメジストを思わせる瞳。どこか潤んで見えるそれがとても綺麗に見えた。
「⋯⋯泣いて、いるんですか⋯⋯?」
目元が薄ら赤くなっているように見えて、彼が泣いていたのだと分かる。
「ーーっ! 良かった⋯⋯っ!」
ボロっと零れ落ちた涙を見てニコルは目を見開く。
(なんて⋯⋯なんて綺麗な涙だろう⋯⋯)
純粋にニコルの無事を喜んでくれている彼の着ている服は連合の物だ。敵なのに、何故彼はこんなにも嬉しそうに笑いながら泣いているのだろう。
「⋯⋯あなたは⋯⋯名前、聞いても、いいですか⋯⋯?」
彼の名前が知りたいと思った。
「⋯⋯キラ。キラ・ヤマト、です」
その名前を聞いて驚きに目を見開く事になる。
だって、その名前はアスランから聞いていたから。
「⋯⋯あなたが、キラさん⋯⋯?」
「⋯⋯はい。そして、ストライクのパイロットです⋯⋯」
悲しそうに微笑むキラは何処か窶れて見えた。
「⋯⋯そう、ですか⋯⋯なら、ここは⋯⋯」
「ここは、アークエンジェルの医務室です。僕が貴方をここへ連れて来ました」
「⋯⋯何故僕を? 捕虜としてですか? あの時放置していれば、殺せたでしょうに⋯⋯」
「僕はっ! 助かる命を、見捨てたく無いです⋯⋯」
ギュッと握り締めた手を見て、甘い人だと思ったがアスランから聞いていたキラに関する情報からそれも仕方がないのだと分かった。
(確かアスランは、キラさんの事を軍人ではないと⋯⋯)
あの時は何を言っているのだろうと思ったが、本人を目の前にしたら嫌でも分かった。
キラは軍人ではない。ニコルも軍人らしくないとよく言われたが、キラはその比じゃない。
「⋯⋯キラさん⋯⋯僕を助けてくれて、ありがとうございます」
捕虜である事に変わりは無いけれど、命があればどうにでもなる。
きっとアスランは僕が死んだと思って、次キラさんと戦う時、相打ち覚悟でぶつかって来るだろう。
アスランから聞いていたキラさんとの関係。
大切な幼馴染同士がすれ違ったまま戦うなんてそんなの辛すぎる。
「キラさん。アスランと戦うんですか?」
「ーーっ!」
覚悟を決めたようなキラの表情に不安を覚えた。
「⋯⋯キラさん、アスランと戦わないで下さい⋯⋯」
「⋯⋯」
無言になったキラをどうにか引き止めたくて無理やり痛む身体を起こそうとした。
すると医師が戻ってきたのかニコルが目覚めたのを確認してまた部屋を出て行った。
恐らく上の人間を呼びに行ったのだろう。キラとの会話はもう出来ない。
「⋯⋯大丈夫⋯⋯僕は、もう決めたから⋯⋯」
泣きそうなキラの表情に、ニコルは胸が締め付けられる思いがした。
キラの言う決めたは恐らく。
「ーーっ! キラ、さんっ!」
「⋯⋯怪我、暫くは痛むと思うけど、捕虜として早々酷い扱いは受けないって聞いてます⋯⋯元気で⋯⋯」
そう言ってぽろりと涙を零したキラは医務室から去って行った。
「ーーっ!」
痛む身体が恨めしい。体調が万全なら彼を引き止めれたのに。
「キラ、さん! アスランっ!」
キラの事は良くは知らない。けど、アスランの大切な人なのは分かっている。
そんな2人がこれから戦場で殺し合いをしてしまう。
アスランはニコルが死んだと思ってキラを殺そうとするだろう。そしてキラはそんなアスランの思いを受け入れる。
終わる事の無い負の連鎖をニコルだけでは止められない。
動くことの出来ない自分の身体が悔しい。
今の自分に出来るとは、キラとアスラン双方の無事を祈る事しか出来なかった。
* * *
その後ニコルの祈りも虚しく、キラはMIAとなりアークエンジェルに戻ってくることは無かった。変わりにディアッカが同じく捕虜として捕まり、そのままアラスカ基地へ向かうアークエンジェルだが、捕虜である僕達2人の引渡しも無く、何故かそのまま戦闘になってしまった。
艦内に流れた放送からアークエンジェルは連合から抜けて単独で行動し始めた事を理解した。
そして⋯⋯
「キラさん⋯⋯?」
「⋯⋯良かった⋯⋯怪我も大分良くなったみたいで⋯⋯」
「ええ。キラさんが僕を拾ってくれたお陰です」
「その⋯⋯アークエンジェルは⋯⋯」
「自己紹介がまだでしたね。僕はニコル・アマルフィと言います」
キラに手を差し出すと、きょとんとした後微笑んでくれた。
その後オーブに到着し、ニコルはキラの手伝いを買って出て、ディアッカはナチュラルの女の子に付き添い文句を言われながらも傍にいた。
「ニコルが居てくれて本当に助かるよ」
機体調整をキラと共に行っていると感謝された。
「いいえ。キラには勝てませんよ。けど、お役に立てているなら何よりです」
キラがここにいる。それだけでニコルは嬉しい。
一度は喪ったと思っていたがキラは帰って来てくれた。
キラとは少ししか話が出来ていなかったのに、それでもずっとニコルの中に残っていた。
「⋯⋯オーブ、絶対護らなきゃ⋯⋯」
「⋯⋯そうですね⋯⋯僕には乗れる機体が有りませんが、CICとしてアークエンジェルで戦います」
「⋯⋯いいの?」
キラの言いたい事はわかる。ニコルはザフト兵だ。
「大丈夫ですよ。今回の敵は連合です」
ならザフトと戦う時は? と思うが、その時はその時また決めればいい。
今は兎に角キラの為に戦いたかった。
「⋯⋯ありがとう、ニコル」
今度こそキラには笑っていて欲しい。だって、キラの事が好きだから。
「キラ⋯⋯戻って来たら話したい事があります。だから、無事に戻ってきて下さいね?」
「⋯⋯うん。約束する」
そしてオーブ防衛戦が始まった。
連合を退けてキラが戻ってきた時、新型に乗ったアスランが合流し、ニコルが生きていた事に驚き、そして喜んでくれた。
ニコルもアスランにまた会えて嬉しいが、それよりも⋯⋯。
「アスラン。僕、キラの事が好きなんです。だから貴方には負けません」
アスランにライバル宣言をすると動揺したアスランの視線が彷徨う。
どうやらアスラン自身自覚が無かったらしく、おそらくこれで自分のキラへの気持ちに気が付いただろう。
けど、負けるつもりは無い。
アスランを残してキラに会いに行き告白をした。キラは驚いた顔をしたが、はにかんで「僕もニコルが好き」と言ってくれた。
大事なのは共に居た時間の長さでは無く、短くても印象が大事だとよく分かった。
「大切にします。キラ」
「うん」
そうして、僕とキラは正式に付き合うことになったのだった。