AM 00:12 明日のチームでの練習メニューやスケジュールを確認し終えたところで、スマートフォンが震える。画面を横目で確認し、表示された名前に口角が上がらないように思わず咳払いをした。
「冬弥? どうした」
『彰人。すまない、こんな時間に』
「ん。別に構わねえよ。起きてたしな」
『そうか、それならよかった』
少しだけくぐもった声は、離れて過ごす夜だけが有するものだ。
何か言いたそうにしている冬弥の気持ちを汲み取ってやりたいが、小さな端末越しから鳴る音声では表情はなかなか読めない。もう一度尋ねるために口を開いたところで、しかしそれは間抜けな音を発するだけとなる。
『彰人が夏休みの宿題を終わらせたかどうか気になって眠れなくなってしまった』
「……は?」
このクソ真面目でバカな相棒は、一体何を言い出すのやら。こちとら浮かれる心を宥めつけていたというのに、予想だにしない通話は呆気に取られている内にも進んでいく。
『もうすぐ登校日だろう。提出日は教科によって異なると思うが…もう終わったのか?』
「…あ〜〜……」
もちろん終わっていない。正直に伝えたら何を言われるか分かってしまうから言わない。しかしまだ夏休みが終わったわけではないのだから問題ないはずだ。まだ。
『…終わってないんだな』
冬弥の声色が冷え切る前に打開策を見出さなくてはならない。
「……色々…忙しかっただろ」
『確かに彰人はバイトもしているし、ご家族とお出掛けするとも言っていた。だがそれは理由にはならない』
「………ハィ」
『明日、…と言ってももう今日だな…まだ終わっていない課題を持ってきてくれ。練習の後にWEEKEND GARAGEで一緒にやろう』
「え、冬弥も終わってないのか」
『もう終わっている』
「だよなあ……」
居た堪れず机の上に積まれたままの課題のワークをぺらぺらとめくってみる。すぐに真っ白なページになった。げ、と漏れ出た声に、電話越しにも伝わるほど冬弥の纏う空気がまた冷えた。
『………まさかとは思うが。どの教科も終わっていないなんてことはないだろうな』
「……………」
『……………』
『…朝7時に駅前のカフェに集合だ。あそこなら朝7時に開店する』
「は!?ちょ、ちょっと待て!んな早くから勉強すんのか!?」
妙に察しがいい。沈黙を是と取るか非と取るかは人それぞれだ。そして今夜の冬弥はどうやら前者のようだった。
『トレーニングは早朝からでもやっているだろう。同じだ』
「ぜんぜんちげーよ!!」
『何故だ。終わっていないのだろう』
「いやそれは!そう、だが…」
『……彰人』
「…」
『俺は怒っている』
「…ハイ」
『夜遅くに電話をかけてしまったことは謝る。だが、かけて良かったと今は思っている。すまない』
「…お、おう…」
こうなってしまっては最早勝負などない。始まる前から、オレの負けだ。
「…わかった。わかったからもう寝てくれ」
『ああ』
「あ〜その…悪かったな、心配かけて。……ちゃんと7時に行くから」
『ふふ、わかった』
思いやられる朝に思わずㅤ大きく溜息をついた。それは電波に乗って、冬弥の耳にも届く。先ほどの怒りを潜ませたいやに温度のない平坦な声とは打って変わり、いたずらが成功した子どものように無邪気な音を転がした。
白紙を少しでも埋めてから明日の冬弥に会おう。そう決めた。
「じゃあ…おやすみ、冬弥」
『ああ。おやすみ、彰人』