あらすじ
凪砂、茨、日和、ジュンは義兄弟として大きな屋敷を構え、仲良く暮らしていました。
美の男たちが集う楽園。その麗しさと荘厳さから人々は崇めていますが、麗しさと尊さのあまり近寄りたがりません。
日和とジュンが買い物をしている時に、道端で月桂樹の籠に少女が入ってい
るのを見つけました。
「ジュンくん!この子を連れていくね!」と日和が拾い上げて少女を保護しました。
屋敷に戻ると「犬か猫のように人間を拾わないでください!」と言う茨。
しかし、「なんでこの子が落ちてたんだろう。興味あるなぁ」と凪砂は言いました。
四人はその少女を保護し、元気になるまで屋敷に置いてあげようと思ったのでした。
そんなこんなで一か月、少女は元気でしたがいつの間にか四人の屋敷に住まうこととなりました。
四人の眉目秀麗な男達と健気で可愛らしい少女の話。
~Morning~
しゃりんしゃりん。しゃりんしゃりん。
まるで遠くから鈴の音が聞こえていきそうだった。その正体は天から来る贈り物。
城に近いような豪邸。白一色の清廉さは美の男たちが住まうには相応しい場所。白化粧をして、白に埋もれ、染まっていく。
大きなベッドから起き上がり少女は胸を躍らせていた。窓から覗く雪が、日常に彩りと少女の心に楽しさを与えてくれる。
「……どうしたの、あんずさん?」
少女が起き上がる気配と共に瞼を持ち上げる青年は、起き上がると共に体を擡げると不思議そうな顔をした。未だ微睡んでいる瞳は切れ長で、普段の威厳さは感じられない。まるで子供のようなあどけない顔だと思える。
雪と同じ髪は長く動く度にゆらゆらと揺れる。屋敷の主である凪砂は、ベッドから抜け出して少女に歩み寄った。
「なぎささま!ゆきがふってますよ!」
少女は窓の外を指差すと、凪砂は覗き込むと、柔らかく笑う。
「あぁ、本当だ。朝からこんな感じだと今夜は積もるだろうね」
窓の景色を見ながら、止むことない降り続ける雪。
「ゆき!つもりますか?ゆきうさぎつくれますか?」
凪砂にあんずと呼ばれた少女は凪砂の前でぴょんぴょんと体を弾ませる。彼女がうさぎそのものになったかのようだ。
その愛らしさに笑みが自然と零れてしまうというもの。
「うん。でも、寒いから風邪ひかないようにね」
「なぎささまもいっしょにつくれますか?」
「そうしたいのはやまやまなんだけど…私はこの後夜まで出かけるんだ」
ごめんね、と彼女の頭を撫でる。
「ざんねん…」
しょぼんと肩を落とす少女に凪砂は腰を屈めた。
「また今度一緒に作ろう。今日は茨とジュンと日和くんの言うことちゃんと聞いていい子にしてるんだよ」
「はい!」
肩を落としてがっくりと頭を項垂れた少女は、凪砂の言葉で背筋を伸ばす。
「うん、いい子だね」
柔らかい頬に凪砂はそっと唇を落とした。
「さぁ着替えて食堂へ行っておいで。茨が朝食作って待ってるよ」
凪砂がもう一度頬にキスをすると、顔を少し紅くした少女は、逃げるようにクローゼットへ走っていった。
~Breakfast~
クルトンを細かく砕いて振りかけたトマトとチーズのグリーンサラダ。ハムエッグとバターロールのプレートに白桃とイチジクのヨーグルト。緑野菜のビ
タミンスムージー。朝にはこれでもかというくらいのカラフルな料理の数々が
食卓を彩っている。
手触りのいい青のテーブルクロスを敷いたテーブルに色とりどりの食卓を目の前にして、あんずはお行儀よく椅子に座っていた。
拾われた初期から大人しくそれなりの教養は身に着けているんだろうと朝食の献立の料理を並べながら茨は思う。
余程育ちがいいのだと窺えるし、調べれば親元を特定出来そうだがあんずは親元のことをはっきり覚えてないと言う。見知らぬところにいて帰りたがらないし不安になった様子もない。不思議なこともあるものだ。このくらい子供というのは、常に親元を離れたがらない。
親の顔が解らない点については、似たような境遇を得ているなと思った。
記憶喪失な症状でもない。何よりこの屋敷にいて状況を楽しんでいるというもの呑気な子供だと思ってしまう。
「それでは、好き嫌いなくバランスよく食べましょうね」
一時的な感傷はさておいて、茨はあんずの向かいの席に座ると、あんずは元気よく声を張る。
「はーい!いばらママ!」
「おっと、自分は母親ではないので訂正をお願いしますね!」
いただきます、と声を揃えて朝食を食べ始める。茨はちらりとあんずを見た。
食育に関しては順調のようだと頷く。子供のうちから好き嫌いは矯正すべきであり、例え苦手な食べ物が出たとしても、工夫していくことが必要だ。
茨が忙しい時はジュンに食事の当番を任せているのだが、料理出来ていても、偏りがちというのが欠点だ。あんずの食事を任せてしまうと肉や脂っこいものを好きになって、野菜を食べないということがあっては困る。
あんずが来てから茨は食事というものを更に気を遣っている。子供はこれが苦手だと頑なに食べたがらないから最初が肝心だ。
有難いことに、今のあんずにはその様子もなく適度な量を摂取し、バランスよく食べている。偏りがちは健康や成長に弊害を起きかねないのだから。
三食バランスよく。まるで子育てをしている親のような気分だ。
「いばら、おにい、ちゃん」
茨も食事を始めている。生クリームとにんじんのポタージュが入ったスープカップを手に取ると、あんずを見る。
「どうしたんですか?」
「ごはん、おいしいです!」
「それはそれは。お褒めに頂き光栄でありますな!」
くつくつと肩を揺らして笑い、茨は満面の笑みを見せた。
「口の周りに卵の黄身がついてますよ。じっとしててくださいね」
茨はナプキンを取り出すとあんずはきゅっと目を伏せていた。大人しいいい子は好印象である。
「本日は殿下やジュンと共に街へ外出でしたね。知らない人にはついてっちゃダメですよ。殿下やジュンの言うことをよく聞くんですよ」
「はーい!けいれー!」
ビシっとあんずは左手を額に翳す。
「おっと、敬礼は必ず右手で返すものなんです!」
茨は言うと右手を額に翳していく。あんずは小さく歓喜をあげた。
「さぁ、おしゃべりはそのくらいにしてさっさと朝食を済ませましょう。用意がありますからね」
「あいあい!けいれー!」
あんずはフォークを左手に持ち替え、右手で額を翳した。
~Noon~
午前から屋敷に出て馬車で街へと向かう。色々な出店が聳え人は賑わっていた。
日和達が来たのは仕立て屋である。オーダーメイドは勿論のこと店が作った服も売り出している。
ずらりとハンガーにかかる子供服や帽子、靴等が取り揃えられている。
「あんずちゃん!次はこれを着て欲しいね!」
ハンガーにかけられた白いキッズドレス。胸元には大きなリボンにフリルを胸元からスカートの裾まであしらった可愛らしいドレス。
ドレッシングルームのカーテンを店員が引き、あんずのドレスの試着を女性二人係でやる。
暫くしてカーテンが勢いよく開き、そこには天使のような少女が立っている。
「うんうん!愛らしいね!これも可愛いから買ってしまおうね!」
「おひいさん~、どれだけ買うんですか。これで四着目ですよぉ?」
日和の傍らにいたジュンは呆れた様子で見ていると、日和は満面の笑みのまま声を張る。
「んもう!ジュンくんは解ってないね!こういう服は色々な場面で必要だし、臨機応変にたくさん持つべきだよね?」
「臨機応変、ねぇ…」
はぁ、とジュンの溜め息がこだまする。
「わたし、にあってないですか?」
ジュンの溜め息を見て、あんずは不安そうに眉を下げると、ジュンは慌てて首をぶんぶんと横に振る。
「いやぁ、よく似合ってますよ…っていってもセンスとか正直解らねぇですけど。あんたが不安になるほどではないですって」
苦笑を交えながらジュンは言うと、あんずの表情はぱっと明るくなる。似合ってないという不安は完全に払拭されたようだ。
「えへへ」
少女は照れ臭そうに笑う。少し頬を赤くして。
くるりと身を翻すとドレスの裾も翻す。
しかもひらひらのフリルドレスを纏っているものだから本当に天使が降臨したかのよう。
ジュンはそのまま固まってしまった。いや、ジュンだけではなくその場にいた全員が固まり、空気は緩んでいった。
この時満場一致で思ったのだろう。
とても可愛らしいと。
「はぁ~…あんずちゃんはぼくの次に可愛らしいね!」
日和は愛おしさが止まらんとばかりに、あんずを抱き上げて頬擦りをする。されているあんずも満更でもないようで、彼のスキンシップをきゃっきゃっ、とはしゃぎながら受けていた。
「あぁ!ちょっと、ドレスの裾がシワになっちゃうでしょうよ!」
「買うから問題ないね!」
日和はあんずを抱き上げたままくるくると回りながらはしゃいでいる。ジュンは止める間もなくその光景を見守っていた。
日和の歌うような声とあんずのはしゃぐ声が混じって、仕立て屋の空気は賑わうものとなっていったのだった。
~Evening~
日和との買い物が終わってからくたびれてしまったあんずは馬車の中で寝ていた。屋敷に着いても起こすのも忍びなくてジュンが抱き上げて運ぶことにした。
日和は買ったものの荷物を使用人に運ぶよう指示をしている。パーティーが近日あるからと買い過ぎなんじゃないかと積み上げられていく荷物を見ながら思う。
だが、それは金銭感覚も麻痺してない一般市民の思考だ。日和みたいに生まれつき貴族気質で、金をバンバン使う欲しいものは何でも手に入るという考えには辿り着かない。
生まれながらの貧乏性の精神、みたいなものだ。
そんな日和を見守りながら、抱きかかえているお姫様を寝室に運ぼうとすると、彼女は目を覚ました。
起こしてしまったかと詫びるとあんずは小さくふるふると首を横に振る。辺りを見回しながら、少女はぱっと目を輝かせた。その原因は積雪された中庭だった。
朝から降っていたから大分積もっている。誰も踏まれてない雪をみているとキラキラと輝いて見えた。
その雪を少女が見たいという。小さなお姫様は元気いっぱいの様子であった。
「じゃあ、少しだけですよぉ~」
ジュンはあんずを下ろして中庭に向かうと、彼女は小さな足でぱたぱたと駆けていく。さっきまでくたびれていたのに、一体その元気は何処へやってくるのやら。
朝ほどではないが、粉雪のようにパラパラと降っている。
好奇心旺盛の様子で少女は背を屈めて雪に触れる。
「ひゃ!」
少女に取って初めての雪なのであろうかは定かでない。あまりの冷たさに声をあげた。
「あ、ほらほら。あんまり触るとしもやけになっちまいますよ~」
ジュンはあんずに駆け寄り手を取ったが、赤くなってはない。何かあったら茨にどやされてしまうのがめんどくさい。
「ジュンくん…」
「雪は冷たいですからねぇ。雪遊びをしたいのは解りますけど」
ジュンは言いながら手袋をしている手で雪を固めている。楕円形の形にして、中庭にある柊の葉と赤い美を取った。
そこには動物のウサギと思わせる造形物が存在しているのを確認すると、少女は表情を明るくさせた。
「わぁ、うさぎさんだぁ!」
あんずははしゃいでいるとジュンは穏やかに笑いながらもう一つ作っていく。
今度は掌くらいの小さな雪ウサギが出来る。
大きなウサギと小さなウサギが並んだ。
「うさぎのおやこさんだ!」
少女は大層はしゃいで大喜びだ。ジュンに取って子供らしい子供時代を過ごさなかったためか、雪が降ったら雪遊びなんてものはあまり記憶にない。
ほんの少しだけ彼女が羨ましいと思った。まだ純粋と思える子供時代を過ごせるのだから。
でも、親元も解らず見知らぬ土地に住み、見知らぬ男たちに囲まれているのも不安で仕方ないんじゃないかと思った。
無意識に少女の頭を撫でる。この先少女に取って不安や悲しいものもなく、幸せな時間が続けばいいなと思う。
せめて、自分のようなことがならないように。
「ねぇ、ジュンくん。あしたになればゆきはなくなってしまいますか?」
「大丈夫です。明日もまだ、残ってますから」
不安そうなあんずの声に答えてあげると、あんずは「ゆきだるまつくりたい!」と言うので、ジュンは強く頷いた。
~Good Night~
茨は絵本を閉じた。目線を寝台の方へ向くと目の前の少女が静かな寝息を立てている。
時計は夜の時間を知らせ、少女が寝ているのを確認すると一息をつく。
今日も恙無く終わった。こんな穏やかな日々を過ごすのが少し怖いくらいである。
そろそろ消灯の時間。自分も仕事を片してから就寝しようと立ち上がろうとすると外出から戻った凪砂が姿を現わしていた。
「ご苦労様。茨」
普段から抑揚のない声をひそめているせいか夜の静寂と溶け合うかのようだ。しかし麗しく僅かな威圧感が同居して存在を示している。
気が緩んでいた所為かいきなり声をかけられて内心驚いたことは内緒にしておこう。
「お疲れ様です、閣下」
背筋を伸ばして茨は会釈をした。
「あんずさんは…流石に寝ているね」
「先程寝かしつけました。夜更かしは体によくないですし、教育の妨げになります」
コホンと茨は咳払いすると凪砂は緩く笑う。
「ふふ、母親役が大分板についているようだね」
「ご冗談を。殿下やジュンに任せておくと、あんずさんを甘やかしてしまうと思った次第ですよ。母親という呼び方は、いくら閣下でも謹んで頂きたいものです」
ふう、と溜め息をつきながら茨は呆れたような様子で言う。
凪砂はそれに意に介す様子もなくあんずの頭を撫でる。髪が柔らかくて手触りがいい。
「おやすみ、いい夢みてね……あんずさん」
四人の男に庇護されている少女はどんな夢を見るのだろうか。
あどけない寝顔の真実を知るものは少女以外にいない。