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    akaihonoga39391

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    akaihonoga39391

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    10日後に🍳に抱かれる🥧のニコセイ。
    あと9日。

    「セイジ」
     自分の名を呼ばれたのに、そうだと気がつけなかった。
     聞いたこともないような熱を孕んだ声と、何かを堪えようとしてギリギリの状態を保っている吐息。爛々と光る対の瞳は、大好物の最後の一口を前にした獣のようだった。
     セイジの腹の上に跨りシャツを脱ぎ捨てたニコは、額にかかった前髪を払うように軽く頭を横に振った。
    「んっ……」
     ニコ、と名を呼び返そうとしたものの声にはならない。それどころか、息が苦しい。上体を倒してきたニコにキスをされているのだと気がついたセイジは、ようやく現状を理解し始めた。
     こうなることを望んでいなかった訳ではない。しかし、あまりにも突然だった。なぜ、どうして?と疑問が頭を駆け巡るものの、今はそれどころではない。なけなしの抵抗とばかりに、両手でニコの胸元を押し返そうと力を入れるものの押し返すことは叶わなかった。
     しっとりと汗ばんだ皮膚は薄く、セイジの手のひらに筋肉の筋を感じさせた。生々しい肉感に驚き思わず「うわぁ」と声がもれる。薄く口が開くのを待っていたとばかりに、ニコの舌がセイジの口腔へと侵入してきたのは一瞬の出来事だった。
     初めての感触に戸惑ったセイジは一度目を見開くと、そのまま現実逃避をするように目を閉じた。困惑と恐れに閉じられた目の端には、生理的な涙が溜まっている。
    「セイジ、怖い?」
     ふと唇が離れた瞬間、ニコは不安気な声をこぼした。今までの勢いが嘘みたいだと思いながら、セイジはそっと瞼を開ける。自分の心配をしてくれていることは痛いほど伝わってくるのに、その瞳だけは変わらず切羽詰まったように妖しい光を宿していた。
     キスで乱れた呼吸を整えるように肩で息をしていると、ニコは親指の腹でセイジの目の端に溜まった涙を拭ってくれた。武器の扱いに長けたその手は、ところどころ皮膚が硬くなっている。紛うことなきヒーローの手だ。セイジを安心させるように数回額を撫でると、そのまま悪戯に耳へとスライドした。親指と人差し指が、耳朶をつまんだり離したりと気ままな猫のように動く。
     ニコのことが怖いわけではない。初めての感覚が怖いはずなのに、もっとその先を知りたいと思い始めている自分が怖いのだ。
     どう答えるのが正解か分からないセイジは、上手く自分の気持ちを言葉にできない子どものように首を横に振った。すると、ニコはセイジの頬に手を添えながら「じゃあ」と言葉を続ける。
    「──気持ちいい?」
     それは尋ねられているというよりも、甘い誘導のようだった。
     身体中を駆け巡るゾワゾワとした痺れや、初めての感覚を貪欲に追い求めたくなるような本能的な衝動──これらを気持ち良いと称するのであれば、ニコへの答えは間違いなくイエスだ。
     恥ずかしさがないわけではないものの、この問いに答えなければ先には進めないのだろう。そう確信したセイジは意を決して──



    「──ニコ!」
     自分の出した声に驚き、セイジは目を覚ました。勢いよく起き上がったものの、そこにニコはいない。
    「……嘘でしょ」
     妙にリアルな夢を見た、とセイジは頭を抱えた。額にかいた汗を手の甲で拭いつつ時計を見れば、すでにランニングを終えているはずの時間だ。まさかアラームにも気がつかず眠ってしまうとは、と苦笑いを浮かべると玄関のチャイムが軽快な音をたてた。
    「セイジ?」
     聞こえてきたのはニコの声だ。おそらく、いつもならランニングを終えているはずのセイジが、いつまで経っても朝食を食べに来なかったため心配したのだろう。
    「ごめん、起きてるよ!」
     セイジは慌ててベッドから起き上がると、寝巻き姿のまま玄関の鍵を開けに行った。
    「おはよう。体調悪い?」
    「ううん!ただちょっと寝坊しちゃっただけだよ」
    「珍しい」
     顔色が悪くないことから、ただの寝坊と判断したのだろう。ニコは「寝癖」と言いながら右手でセイジの側頭部に触れ、元気よく重力に逆らっている癖毛を撫で付けた。
    「ご飯食べられる?」
    「もちろん」
    「良かった。もうできてる」
     行こう?と言いながら、ニコはセイジの手を引いた。
     ニコの部屋に入ると、ほかほかと温かな香りが鼻腔をくすぐった。
    「うわぁ、今日も美味しそうだなぁ」
     混じり気のないセイジの言葉に、ニコは頬を緩ませながら手を合わせた。いただきます、と声を重ねて朝食の時間が始まる。
    「それにしても」
    「ん?」
     ホットサンドを食べながら、ふと思い出したかのようにニコは口を開いた。
    「セイジが寝坊するなんて、よほど良い夢でも見てたのか?」
    「違っ──」
     思わず立ち上がり、セイジは大きな声で「違う」と否定しようとした。しかし、中途半端に言葉が途切れたのはその答えが誤りのように感じたからだ。
     良い夢、といえばそうなのかもしれない。しかしそれを認めるのは、恋人であるニコに対して不誠実のような気がした。まだ一度も肌を重ねたことのない恋人の積極的な姿を夢の中で見て、あまつさえその姿に欲情してしまっただなんて口が裂けても言えるわけがない。
    「セイジ?」
     最初の勢いはどこへやら、セイジはすっと椅子に座るとニコから目線を逸らしながらゴニョゴニョと話を続けた。
    「違わなくはないけど、肯定もできない……かな」
    「何それ」
     ニコは不思議そうに首を傾げながら、指先についたオーロラソースをペロリと舐めた。なんてことはないその所作を見た途端、セイジは己の頬に熱が集中していくのを自覚せざるを得なかった。
     夢の中の話ではあるが、昨晩はあの手に、指先に、何度も触れられた。涙を拭かれ、耳を弄ばれ、頬にあてがわれたのだ。
     オーロラソースを舐めとった赤い舌先には、どうしようもないほど翻弄された。現実では体験したことのないはずの感覚が、セイジの記憶を書き換えるようにむず痒さとなって現れる。一度意識してしまえば、動揺するなという方が無理な話だった。 
     いつの間にやら耳の先まで真っ赤にしたセイジを前に、ニコは眉を顰めた。
    「……セイジ、本当に体調が悪いなら休んだ方がいい」
    「え⁉︎ほ、本当に大丈夫だから!」
    「……」
     ニコは無言で立ち上がるとセイジの横に立った。真顔で詰め寄られたセイジは、椅子に座ったまま引き腰になる。そんなセイジにはお構いなく、ニコは額に手を当てた。
    「熱はない」
    「だから大丈夫だって!」
    「セイジは時々無理するだろ」
     ニコは両手でセイジの肩を掴むと、心配そうな視線を向けた。至近距離で上から覗き込まれるこの体勢は、今のセイジにとって何よりも刺激が強かったのだが、ニコがそれを知る由はない。
    「と、とにかく心配ないよ!」
     申し訳なさやら恥ずかしさから、ついにセイジは椅子から立ち上がった。ごちそうさまと告げると、皿を洗い場へと運ぶ。そんなセイジの後ろ姿を見つめながら、ニコはただ黙って首を傾げるのだった。
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