キュッとシャワーのコックが締まる音に続いて、パリッというフィルムを破く音が響く。そして、ローションのボトルを開け終わったところでニコはセイジの名前を呼んだ。
「塗るよ」
「う、うん……」
セイジはぎゅっと目を閉じ深呼吸をした。
今二人はセイジの家のシャワールームの中にいた。昨夜ニコが宣言した通り、セイジの尻の穴をならすためだ。セイジは壁に手をつき、その背中を抱きしめるような形でニコはそっと寄り添った。
指用のコンドームを人差し指にはめ、ニコはそっとセイジの尻に手をそわせた。服を着ているときは目立たないが、セイジの尻は無駄がなくしっかりと筋肉がついている。厚がないのではなく、小尻で締まっているのだ。その綺麗な双丘に、ニコはなんとか本能を押さえ込んだ。
二人の距離は近づき、ニコの上半身はセイジの背中に当たる。素肌同士が触れ合ったことで、セイジはびくりと肩を震わせた。
「セイジ、冷たい?」
「ううん、違う……」
「我慢しないで」
「っ」
セイジは肩をビクビクとさせながら、首だけを動かしてニコを振り返った。
「その……」
「うん」
「あんまり耳元で喋らないで」
「なんで?」
「っ、分かってやってるでしょ?」
潤んだ瞳で軽く睨むような視線をセイジは向けた。すると、ニコは半分楽しそうに半分はすましたような顔で口元に笑みを浮かべる。
「さあ?」
ニコは空いている左手をするりとセイジの腹に回した。そして、臍に手を伸ばすと小指から順々に撫でるようにバラバラと指先を動かし下腹部を優しく撫でた。
「ニコ……」
「ここ、平らだ」
「そうだね」
ぎゅっと中指と薬指に力が入る。
「……本当に入るのかな」
「そのために、今こうしてる」
「あはは、そうだね」
「でも」
そう言いながら、ニコはセイジの首筋に顔を埋めた。
「もし痛かったらちゃんと言って」
「え?」
「当日入らなくても、無理はしないって約束して欲しい」
「ニコ……」
「セイジはすぐ我慢する」
その言葉にうっと言葉を詰まらせたセイジは、気まずそうに顔の向きを正面に戻した。
「そんなこと、ない……はず」
「そんなことある」
数秒の沈黙の後、二人はくすくすと笑い合った。その瞬間、ニコの指がローションで滑り、思わず強い力でセイジの尻の穴の窄みに指先を押し込んでしまう。
「う、あっ……」
「ごめん!」
ニコが慌てて指を引き抜くと、セイジは小さく喘ぎながらその場に崩れ落ちた。今までは痛いだけだったはずの刺激が、言いようのない快楽となりセイジの下半身を襲ったのだ。脳内に走った痺れが思考を麻痺させ、セイジは口をはくはくと動かす。
セイジの意思とは無関係に、膝は小さく震え恥ずかしさと快楽から首筋は真っ赤になった。
「大丈夫?」
ニコも膝をつき、後ろからセイジの肩を掴みながら慌てて顔を覗き込もうとした。しかし、セイジはへたりと横座りしたまま顔を上げようとはしない。
「セイジ」
「……今、顔見ないで」
「……」
「絶対、変な顔してる」
か細く聞こえた声は、恥ずかしさから震えていた。
「セイジ、顔見たい」
「だめだって」
「どうしても?」
「……変な声だって出ちゃったし」
「変じゃない」
ニコはそのままセイジを後ろから抱きしめた。あくまでも顔は見ないように気を遣いつつ、わざと耳元に口を寄せる。
「一回、湯船につかろう」
「え?」
「緊張してるでしょ」
思わぬ提案に、セイジは思わず顔を上げた。小さく首を動かせば、すぐそこにはニコの顔がある。その隙を逃さず、ニコはセイジの頬にキスをした。
「ニコ!」
「全然変じゃない」
「あ……」
「ね、入ろう?」
「……うん」
「立たせるから、寄りかかってて」
ニコはセイジに肩を貸すと、そのまま立ち上がった。二人寄り添い、バスタブへ身を沈める。ニコの足の間にセイジは座り、寄りかかるようにして湯に身を沈めた。温もりにほっと気を緩めたセイジを、ニコはぎゅっと後ろから抱きしめた。その腕に安心したように、セイジは後頭部をニコの肩に預ける。
「セイジ、気持ちいい?」
「うん、あったかくていい気持ちだよ」
「そう」
ニコはそれを聞くと、セイジの頬に再びキスをした。触れるだけのキスを何度も繰り返せば、セイジはくすぐったさそうに肩を揺らした。
「ニコ」
「何?」
「口にもして欲しいな〜なんて」
「おれもしたかった」
セイジは腹に力を入れ身を起こすと、バスタブの中で体をよじりニコと向き合った。お湯の暑さのせいか、それとも別の理由か。互いに頬は紅潮しており、目はどこか潤んでいた。見つめあったのはほんの数秒で、二人は引き寄せられるように唇を重ねた。最初は少し触れるだけ。それから少しずつ互いの唇をはむようにして、互いの呼吸を奪い合った。
その間を縫うようにして、ニコはそっと手をセイジの尻へと伸ばした。
「んっ」
尻の穴に指先が触れた瞬間、セイジは目を閉じたまま眉間に皺を寄せた。
「に、こ……」
「だめ。こっちに集中して」
苦しそうに目を細めながら訴えるセイジに、ニコはコツンと額を当てながらキスを続けた。きゅうきゅうと萎みそうになる尻の穴の周りを、ニコは弱い力でマッサージするように押し続けた。そのうちセイジは、自分がのぼせ始めているのか、キスで苦しいのか、尻の穴をマッサージされている感覚に溺れているのか判断できなくなっていった。
しかし、これはまだまだ序の口。ニコによる慣らしが終わるのは数時間後であることを、この時のセイジは知らないのであった。