Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    M_hinakami

    @M_hinakami

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 1

    M_hinakami

    ☆quiet follow

    こんな異世界ファンタジーが書きたい

    未定◇終わりから始まる未来

     土砂降りの雨が、冷たくなっていく体を打つ。何が起きたかは分からなかったけれども、それはほんの一瞬の、視界が暗転した隙に起こった。
     その日も、いつも通り朝日も昇りきらない内から職場へと向かう通勤路を走っていた。そう。いつもと変わらない光景。ただ少し、いつもより雨脚が強いだけ。そう思っていたのに。突然指先から力が抜けて、ハンドルを握っていられなくなった。まずい、と思った次の瞬間には視界が揺れて目の前が真っ暗になった。
     強い衝撃。全身を襲う激しい痛み。それから、車外に投げ出されて……。

     三十年弱の俺の人生は、唐突に終わりを迎えた。死因? 繁忙期に病休とか言って休みを取る同僚の代わりに出勤を続けたことによる、疲労からの意識喪失による単独事故。ガードレールを突き破って崖下にまっさかさま。加えて車通りの少ない時間だった故に遅れた発見。まあ、事故を起こしてすぐに身見つけてもらったところで生存できる確率なんて雀の涙ほどだったのだろうけれども。
     思い返せば、良いことなんてロクにない人生だった。昔からの趣味だったゲームもできなくなるくらい仕事に時間を割かれて、休みだって満足に取れなくて。こんな、誰にも看取られない死に方をするなんて。
     静かに目を閉じながら願うのは、もう自分をすり減らしてまで働かなくていい来世に期待することだけだった。


     *



     聞き覚えのある木片がぶつかり合うが聞こえた。それは幼い頃から聞き慣れたものでそう……たとえば、風に吹かれた絵馬がぶつかり合う音のようにも聞こえて、舘川莉音たてかわりおは静かに瞼を開いた。
     目の前に拡がる景色もやはり見慣れたもので、毎年初詣に出かける地元の神社に近い。ただ少し違うところを挙げるならば、本来本殿のあるべき場所には巨大な門があり周囲は純白の木々に囲まれている。
    「そうか、ここは……」
     あの世なんだな、といやに冷静に納得する。それもそのはず。莉音の体はまだ、あの最期の瞬間を覚えている。
     手のしびれも、消えた意識も、宙を舞った体も、冷たい雨が降りしきる空も、すべて、覚えているのだ。
    「貴方は、日本時間の十二月二十八日午前五時五十三分に亡くなりました」
     己の血にまみれていたはずの手のひらを見つめていると、背後から女性の澄んだ声が聞こえた。振り返ればそこにはさきほどまではいなかったはずの女性が立っている。おおよそ、この神社に似つかわしくない風貌……金髪碧眼の見目麗しい女性の背中には、まるで天使のような羽根が生えている。あっけにとられていると、彼女は静かにこちらへと近付いてきた。
    「随分と落ち着いていらっしゃるのですね。この場所を訪れる方は皆、悲しみ、憤り、取り乱しているというのに」
    「……これでも驚いている方ですよ。でも、あれは自業自得だったから。それに、どう考えても助からないと思っていたから」
    そう。巨大な木の枝が腹を貫いていたのだ。あれを見て、生きていると思う方がおかしい。だからこんなにも冷静を装っていられるのかもしれない。本当は、今にも泣き出して、暴れてしまいそうなのに。
    「ここはいわゆる、転生の間と呼ばれる場所です。景色は貴方にとって一番思い入れの深い場所になります」
    「転生……」
    「……生前の貴方の一生涯を見ていた一人の神が、自らの世界に貴方を招待したいとのことです。貴方も聞き馴染みがあるのではないですか? 異世界転生という言葉に」
     もちろんだ。ここ数年の娯楽といえば、そういった題材の小説や漫画を休憩時間に読むことだった。そうして、幼い頃に好きで憧れていたゲームの世界に想いを馳せていた。そうすることで、心が折れないでいたのだ。
    「彼の神の創る世界は今、混沌に満ちています。世界に現れた迷宮……それと同時に現れた二つ目の月。日本のような平和とは無縁の世界です。魔物がいて、自衛の術も持たないまま襲われればひとたまりもありません。ですのでもちろん断ることもできますが、彼の神は大層貴方のことを気に入ったようでして……世界のパワーバランスを崩さない程度にはある程度の力を与え、可能な限り望みを聞くとのことです」
     それを聞いて躊躇いがなかったと言えば嘘になる。だって生前の最期に願ったのは、自分をすり減らしてまで働きたくない来世だ。けれども、それ以上に幼い頃の自分が憧れを抱いた世界でもある。彼女の言い方では、きっと無敵のチート能力は与えられないだろう。でも、それでいい。無敵の力なんて、称えられこそするだろうが、同時に恐れられもするものだ。自分の力を知られればどうなるかなど、もう身をもって知ってもいる。で、あればだ。
    「剣が振れて魔法が使えて、魔物を仲間にしたりして、世界を冒険する……幼い頃から憧れだった。俺は大学にも行けなくて、何の取り柄もなくてただ成り行きで出世しただけのただの平凡な人間で……そんな平凡な人間でも、そんな、とても魅力的な世界に行くことが許されるのでしょうか」
     だってどの物語も主人公は元々色んなスキルを持っていた。好きを極めていたり、ゲームの知識があったり。でも莉音にはそれがない。ただ生きていくためだけに就職を決めて働いて。たまたま昇進試験に受かって出世しただけの田舎のチェーン店の社員で。そんな自分でも、望んでしまってもいいのだろうかと臆病になる。
    「許すも何も、彼の神が望んでいるのです。彼の世界……アストリアは、貴方を歓迎します」
     優しく微笑み手を差し伸べる彼女の手を、とらない理由はもうなかった。




    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator