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    Hannah_u0x0u

    @Hannah_u0x0u

    好きなものを好きな時に ‖ 20歳⤴⤴⤴ ‖ 猫ちゃんは余生の伴侶 ‖

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    Hannah_u0x0u

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    テーマは現パロ・童話です。18禁です。よろしくお願いします(*^^*)

    王子様とお姫様。そして魔法使い。「丹恒、何を隠れている?」

     丹楓の影に隠れて恥ずかしがっている小さな子供の姿を、今でもよく覚えている。
     幼馴染で良い友人関係を築いていた丹楓は、大人になって自身の家族が出来ても良く付き合ってくれた。引き取ったばかりの長男に会わせてもくれた。小さい手が強く自分の指を掴んでくれた瞬間は、何にも代えがたい感動があったものだ。
     その赤ん坊は、丹恒は、大きくなっても自分に懐いてくれた。初めての言葉が自分の名前だったので、その時ばかりは丹楓に悔しがられた。
     そんな子が、今日ばかりは中々顔を見せてくれない。「ぜったいきて!」とねだられ、教師として勤めていた高校を休んで駆けつけた、幼稚園のお遊戯会。運転手として引っ張ってきた応星と三人ならんで丹恒の王子様の姿をカメラにありったけおさめて、帰りのお迎えも同行させてもらった時だった。

    「? 丹恒、どうしたんだい?」

     しゃがんで幼児の目線に合せる。折り紙で作った金色の王冠をツンツンとした触り心地の良い頭に乗せた小さな王子様は、何故か顔を真っ赤にしてモジモジと丹楓の足の影からこちらを覗いては、ピャッと逃げた。
     一体どうしたのだろう? 何かしてしまったのか?
     しかし、昨日の夜に夕食に呼ばれた際に別れた時は、いつものように元気よく泣いて「けいげん、帰っちゃやだ!」と惜しまれたのだが。
     子供の相手は慣れたものだったが、丹恒だけは時々どうしたいのか解らないことがあった。

    「丹恒?」

     もう一度、優しく呼ぶ。
     すると、とうとう王子様が出てきてくれた。
     自分が両手を広げると、勢いよく駆け込んで抱きついてくれる。よかった、機嫌が悪かったわけじゃなかった。
     丹楓が肩をすくめて、同じく呆気にとられていた応星と目を合わせる。
     細い黒髪を撫でる。すると、耳まで真っ赤にした丹恒がパッと顔をあげた。

    「けいげ!」

     綺麗なキトゥン・ブルーの大きな目がキラキラと輝いている。
    「うん。どうしたの?」
    「あのね、あのね!」

     何かを一生懸命伝えようと、腕の中でピョンピョン跳ねながら言葉を探す丹恒に、背中を撫でてやる。
     何度か優しくポンポンと叩いてやると、ようやく落ち着いた幼児が、太陽のように明るい笑顔で精一杯の言葉を伝えてくれた。

    「ぼくを、けいげんの王子様にしてください!」





     白亜の建物は都会の中でもよく馴染み、その内観は図書館らしく落ち着いた雰囲気を醸し出している。建物内に密やかな人々のささめきが、森の湖のように広がっては消える。
     その中の一室。『チルドレンセンター』と、元気な色使いのポスターで作られた看板が貼られた扉に、そっと耳を付ける。中からは賑やかな子どもたちの声と、大人の男性の声が楽しげに聞こえた。
     良かった、まだ始まっていないようだ。
     扉を開け、軽くノックする。すると真先に子どもたちが振り向いて、丹恒の顔にはしゃぐ声をぶつけた。

    「丹恒、おそーい!」
    「ちこくだ!ちこくま丹恒!」
    「まだ始まってないだろう?」

     キャッキャと嬉しそうに、口々に丹恒に話し掛ける子ども達。その中の一人が、正面、つまり後ろの扉から入ってきた丹恒の、対角線上に立つ青年に告げ口した。

    「せんせー、丹恒ちこくだよ」
    「おや、それはいけないね?」

     可愛らしい声に、丹恒の好きな落ち着いたテノールが笑いながら答える。不思議な色合いの銀髪が振り返る。淡いシトリンの猫目が、丹恒の姿を見て細くなった。

    「おかえり、丹恒」
    「景元先生」
    「もう始まるよ。席につきなさい」

     子どもたちでいっぱいのパイプ椅子の一つを指さされ、素直に従う。隣に座っている顔なじみの男の子がさっそくじゃれてきた。それに真面目に応戦すると、正面で先生……景元が二回手を叩く。授業の始まりだ。

    「では本日は、シンデレラを」




     先程まであんなにも騒がしかった子どもたちが、真剣な表情で景元の話す童話を聞く。世界中で愛されたプリンセスの話に、中でも女の子は目をキラキラと輝かせながらスカートの裾を握り締めて物語の世界に入り込んでいるようだ。
     丹恒も、その中の一人だ。洗いざしのシャツの裾を握り、ジーンズにねじ込んだ指輪の形を確かめながら、美しい声に聞き入る。勿論、プリンセスの話に胸をうたれているわけではない。不思議な童話の世界を語る景元に、見惚れて息を飲むのだ。





     毎週日曜日の子どもを対象にした読み聞かせ会。ここに景元に連れられて通いだしたのは、彼自身も子どもと呼ばれる年齢からだった。保護者は多忙で家には誰もいなく、物心付く前から彼の面倒を見ていてくれた景元がボランティアで努めている図書館だった。景元は養父の親友だった。
     平日も保育園への迎えや、時には家に泊まって一緒に眠るなど、実の養父よりも親らしく面倒を見てくれた彼に丹恒は非常に懐き、養父である丹楓の話によれば一番最初に覚えた言葉が、彼の名前だったそうだ。
     保育園に行くようになってからは、いつの間にか彼を「先生」と呼ぶようになり、実際に景元は教師のように幼い丹恒に色々なことを教えてくれた。
     日曜日に景元がボランティアで読み聞かせ会に講師として出向くことになってからは、当然丹恒も喜んで付いていった。
     隣に座る男の子や教室中の子供たちのように、当時の丹恒も景元の語る物語に心躍らせたものだ。
     あれから十数年が経った。
     あの頃の丹恒にとって、景元は世界そのものだった。その世界はとても狭いが、何処までも広かった。
     景元に丹楓、応星、増えていく友人達に囲まれ健やかに育った丹恒は、今は大学生だ。そんな彼は、今何よりも夢中になっているのがある。それは野球でも映画でも、フットボールでもない。
     〝景元〟その人だ。
     成長と共に多くの人や物と交流し、世界を広げた結果、丹恒は誰よりも景元が好きだと気づいた。キスをして、寄り添っていたいという欲望を持った。これは彼と丹恒の二人だけの世界では生まれなかった奇跡的な感情だ。
     あの日の読み聞かせも、確かシンデレラだった。
     養父がいつか言っていた。
    「シンデレラの王子なら、相手としては及第点だな」
     古風な養父がペラペラと子供向けの絵本を捲りながら鼻で笑った。その時は意味が分からなかったが、要するに他の王子と違い、たまたま通りかかってプリンセスとキスをするだけの、ラッキーボーイなんかじゃない。舞踏会で数多くの姫が自身に好意を向ける中で、シンデレラを選び、彼女を追い掛け、たった一つの手がかりだけで運命の人を探し出したその行動が、養父も納得の男気だったらしい。幼い丹恒は素直に頷き、実際景元から聞かされた物語で、王子の姿はとてもカッコいいハリウッドスターの姿で想像出来た。
     そう、丹恒は『シンデレラの王子様』になりたかった。恋した人を、自分の手で手に入れるような、そんな景元にとっての王子様に。




    「さて、物語はこれでお仕舞いだ」

     一人のプリンセスが運命の王子とのハッピーエンドを迎えて、景元が本を閉じた。子供たちから歓声と拍手が沸き起こる。丹恒も一緒に手を打ち、満足げに頷いた。
     今日の景元の読み聞かせも素晴らしかった。
     女の子達がキャッキャとはしゃぎながら、口々に景元に話し掛ける。「シンデレラはそのあとどうなったの?」「魔法使いさんは?」「悪い継母たち、やっつけなきゃ!」
     子供の想像力を促すのが、この読み聞かせ会の趣旨の一つだ。はっきりした回答を与えず、しかし子供たちの声に景元が丁寧に答えていく。素朴な疑問から的確な問いまで、女の子の質問は幅広い。『プリンセス』に対する執念も感じるその中に、思わず聞き捨てならない声が丹恒の鼓膜に突き刺さった。

    「景元先生は、どんな王子様がいい?」

     目を見開いて景元を見る。

    「私かい?」
    「うん!」

     可愛らしい声で逃げ場はないぞと断言する。
     元気の良い声に景元は目を閉じて考える。丹恒の耳はもう雑音を拾わない。ただ彼の言葉だけに全神経を向ける。
     たった数秒が、丹恒にだけ何十分もの時間になる。女の子達の羨望、飽きてきた男の子達の声、丹恒の真っ直ぐな視線。それらをすべて身に受けながら穏やかな目がうっすらと開かれた。

    「先生は男の人だから、王子様じゃなくてお姫様だろうね」
    「?」
    「あ、そうだね!」

     女の子がぽんと手を打つ。なんだ、なんなんだこの間は!
     思わずがっくりと肩を落とした丹恒に、隣の席の悪ガキが「どんまい」と肩を叩いた。








    「授業は終わったよ、丹恒」
    「授業というより、お遊戯会じゃないか?」
    「これも彼らにとっては立派な授業さ」

     すっかり子供たちも帰り、静かになった広いチルドレンルームには丹恒と景元の二人だけになった。本を片付け終わった景元が、次に乱れた椅子を整えていくと、丹恒も同じように反対の端から片してしていく。「ありがとう」と礼を言われるが、景元が言いたいことは別にあるのを丹恒は知っている。

    「……丹楓に何て言われた?」
    「おや、知ってたかい」
    「俺にも連絡があったんだ。――あっちに来いって」

     数日前のことだ。国内と言っても飛行機の距離にある場所に転勤していた丹楓が、丹恒を突然呼び寄せた。理由を聞いても「家族なんだから一緒にいる理由なんてないだろう」の一点張り。大学もあると言っても、あちらにも分校があるから十分通えるとのこと。
     今まで散々放置して、友人の景元に全部甘えていたくせに何なんだ。当然丹恒は憤慨して、電話を叩き付けた。
     当然、その話は景元にも行っているだろう。この街での丹恒の暮らしは、全て彼が親代わりに世話を焼いてくれてるのだから。今の学生マンションの保証人だって景元だ。そこはどんなに放任主義でも丹楓がするべきだろう。
     とことん友人任せの養父に、反抗期が来た頃には丹恒はすっかり呆れて自分から連絡を取らなくなった。
     まあ、その分景元に甘えられるのは役得だったが。

    「貴方は何て答えた?」
    「……もう君も子供じゃない。本人の自主性を重んじては、と」
    「じゃあ、俺はここに居ていいんだな?」

     景元の答えに顔を上げる。万が一にも、彼にも養父の元へ戻れと言われたらどうしようとずっと考えてたのだ。
     心底ホッとする丹恒に、景元は肩を竦めて苦笑した。

    「だが、冒険するのも勉強だよ?」
    「その冒険をするのがいつなのか、俺自身が決める。少なくとも今じゃない」
    「ほう」

     両手を広げて答える丹恒に、関心するように景元が目を見開く。

    「それは――何故、と聞いても?」
    「やるべきことがあるからだ」

     そこで丹恒は、ジーンズの中に指を差し入れた。小さな、丹恒自身の指にはブカブカで合わない指輪。アルバイトを重ねて、やっとの思いで購入した、青年の心の証。
     一列だけ席を隔てて、景元に向き合う。

    「丹恒?」
    「好きだ、先生」
    「? 私も君が好きだよ」

     丹恒の言葉に、景元が穏やかに微笑んで同意し、何事も無かったように作業を再開させた。
     しかし、逸らされたシトリンの瞳が一瞬見開かれたのを、青年は見逃さなかった。
     ――今だ、言え。

    「貴方を愛してます。子どもの頃からずっと」

     椅子を片付ける景元の手が止まる。ジーンズから取り出した小さな指輪を、丁寧に手の平にのせてみせた。目を丸くした景元が、丹恒と指輪を呆然と見詰める。

    「どうか受け取ってください、先生」

     二人きりの部屋に、時計が時間を刻む音以外が無くなった。
     十秒きっかり、秒針が進んだところで景元が大きく溜息を付いた。それは緊張を吐き出したようで、丹恒の身体を震わせる。

    「まったく。冗談ばかり上手くなって」
    「冗談!?」

     心外にも程がある言葉に青年が思わず怒鳴った。それに対して、景元も穏やかな表情を曇らせ鋭い視線を真っ直ぐに差す。

    「本当に、やめてくれ」

     初めて自分に向けられる表情に、丹恒は思わずたじろぎ、右足が後ろに逃げた。

    「先生」
    「今のは聞かなかった事にしよう。さ、早く帰りなさい」

     送り迎えが必要な歳ではないだろう、と景元が背を向けた。ひどく冷たい声に、身を竦ませる。だが、ここで引いては今まで通り、いや、今まで以下の関係になってしまうだろう。

    「……やめるのは景元のほうだ」

     後退った右足の変わりに、椅子を蹴飛ばす勢いで左足を踏み出した。

    「気づいてなかったと思ったか? 景元が、寝ている俺に何て言ったのか」
    「ッ!?」

     背を向けた肩が大きく震える。息を飲む音が鼓膜を叩く。
     こんなに動揺する先生なんて、初めて見る。そう冷静に思いながらも、丹恒は彼を追い詰めた。

    「先生。愛してると言ったら、俺はどうすると思ったんだ?」


    ◇◇◆


    「愛していると言ったら、君はどうするだろうね?」

     半年前、丹恒の大学入学の祝いにドレスコードのあるレストランで食事をし、舞い上がった青年がバーで酒を飲んで潰れてしまった夜だ。
     景元の少し荒い運転で完全に酔いが回ってしまい、契約したばかりの丹恒の質素な学生専用の部屋に到着した時には一人で歩けず、子どもみたいに彼に寄りすがってベッドまで運んで貰った。
     衣服を緩めてもらい、水を飲ませてもらい、甲斐甲斐しく介抱される。意識はまだ鮮明だったがいかんせん身体が言うことを聞いてくれず丹恒は唸るしか出来なかったが、景元がどんなお小言を言っているから理解できた。「君は変なことろで調子に乗りやすい」や「普段から息抜きをしてないから爆発してしまう」から、自分がいながらこんなに飲ませてしまうなんて……と、景元自身が反省する言葉まで。
     レストランから出る時に、景元が車を回してる間に酔っ払いのカウボーイ風の警官と意気投合して勝手にバーに飲みに行ってしまったのは丹恒のせいだ。「先生のせいじゃない」と言ったつもりだが、変わりに出たのは寝言のような覚束ない唸り声だけだった。
     高級店も多いが、一歩路地裏に入れば治安のけして良くない場所だ。景元は必死に丹恒の姿を探しただろう(翌日携帯の着信を見たら、物凄いことになっていた)。息を荒らげてバーの扉を開けた瞬間、いい気分で知らない大人達と腕を組んで力比べなんてしていた青年に、普段温厚な景元からは想像できないくらい思い切り拳を奮った。
     殴られた後頭部が痛む。もちろん、そこもすぐに氷で冷やして手当してくれた。
     丹恒の介抱が一息ついたのだろう、ベッドの足下に腰を落として、深く溜息をつく人の気配がした。
     きっと前髪を掻き上げて疲れた表情をしている。
     絶対に絵になるそんな景元の表情が見たくて、薄っすらと目を開けた。
     まだカーテンの無い窓から、街の灯りがぼんやりと部屋を照らす。
     ひと仕事終えて、少し汗ばんだのだろう。子どもの頃から恋い慕ってる相手が、長い髪を片方の肩にまとめて首筋を無防備に晒しているのが見えた。
     思わず生唾を飲む。
     酔えば勃たないと聞いたが、そんな事はない。薄目で見ただけの景元の普段は隠されている項に、丹恒は腹の奥がキュウキュウと捕まれ血が集まるのを感じた。
     彼にバレないように寝返りを打つ。景元が笑ったのがわかり、体からズレた毛布を掛け直してくれた。完全に子供扱いだが、それが今は助かった。
     誰よりも親しんだ手のひらが、丹恒の前髪をサラリと撫でた。一人分の体重が移動して、ベッドが軋む。
     撫でられる手の心地が良くて、眠ったふりをしているのを良いことに、その手の平に頭を擦り付けるように甘える。
    「ふふっ」
     景元の微笑む吐息が思ったよりも近くて驚く。柔らかく長い髪が、ネクタイを取り払って寛げられた丹恒の胸元に触れた。
     ジャスミンノートの香水と体臭と混じった甘い匂いが鼻孔を擽り、落ち着いてきた鼓動が再び速くなり、あらぬところが熱くなる。
     どうして、こんなに近く、

    「私が愛していると言ったら、君はどうするだろうね?」

     その言葉の意味を聞き返す間もなく、丹恒の乾いた唇に、家族に対するものじゃない濡れたキスが落とされた。


    ◇◇◆


    「起きて……?」
     愕然とした表情で、景元が振り返る。切れ長の目が、零れそうになるほど大きく見開かれる。
     ああ、可哀想に。きっと彼の頭はパニックだろう。ずっと隠しきれていたと思ってた秘密を、当の本人に突き付けられたのだから。
     可哀想。本当に、心から思う。だから早く楽にしてやらなきゃ。
     二人を隔てる椅子を乱暴に足で横に避ける。
    「!?」
     大きな音にまだパニック状態の景元が怯える。
     王子様の罠に掛かってしまった、怯えた可哀想なプリンセスが逃げないように、丹恒はその身体を掻き抱いた。身長差のせいで抱きついた形にはなってしまったが、そんなこと構わない。
    「ッ! やめなさい! 違うんだ、あれは!」
     ハッとした景元がすぐに丹恒の腕を掴む。彼は決して細くはなく、力もか弱くない。むしろその逆で、鍛えられた身体はどんな悪漢でも簡単に打ち倒せるだろう。
     丹恒だって成長した。養父に鍛えられた武術は青年を強くした。だが、景元にはまだまだ到底敵わないことを知っている。
     掴まれた腕は全く痛くない。丹恒相手なら自然と力を手加減してしまう景元を知っていて、青年は思う存分、抱きついた景元の胸元の匂いを吸った。
     ああ、これだ。この匂いだ。
     そのまま景元の胸に顔を埋めたまま囁く。しかし、それは半分失敗してしまう。
    「先生の気持ちを誤魔化すのをやめてくれ。今だって俺の言葉が嬉しかったからいきなり怒ったんだろう?」
    「違うよ。真剣な話をしているのに、君が突拍子も無いことを言いだすから」
    「やめてくれ。貴方のも、俺の気持ちも冗談だって無視するのを!」
     最後には荒らげてしまった自分の声に涙が滲んでるのは、気の所為じゃない。
    「頼む、先生……」
     抵抗がピタリと止む。互いに殺した呼吸の小さな存在だけが、賑やかだった教室を支配した。時計の針が酷くゆっくり進むのを丹恒は視界の端でぼんやりと眺めた。
    「――昔、小さな男の子に言われたことがあった。『僕を先生の王子様にしてください』と」
    「……ああ。覚えてる」
     目から溢れそうな雫を誤魔化すように髪に頬ずりすると、後頭部を撫でられる感触がした。
     怯えていたのは丹恒の方だ。
     ずっと想い続けていた景元に強く拒絶され、先走り彼の秘密を暴いて傷つけた。今も彼の優しさに付け込んでで景元を押さえつけ、自分の思う通りにしようとしている。最低の男だ。王子様なんて、よく言える。物語の中のどんな英雄だって、今の丹恒を卑怯な男だと怒鳴るだろう。
     景元の手の平だけが慈しむように青年の頭を撫でる。幼い頃から、そしてあの夜も、丹恒を愛しいと言葉にせず言ってくれた温かい手の平。
    「私は、どうしたらいいんだろうね」
     いつもより、ずっと優しい穏やかな声が少しの困惑を籠めて丹恒に問う。
     鼻を啜って彼の愛しい子供はもう一度我儘を言った。
    「俺が先生を諦めることは出来ない」
     丹恒の腕が緩んで、抱きつかれていた景元は身体を少しだけ離した。
     彼の目も濡れたように揺らいでいて驚く。いい歳した大人が二人、酷い顔だ。景元もそう思ったのか、ふにゃりと笑った。
     さっきまで撫でていてくれた左手を、大切に両手に取る。もう一度、心の底からの想いを言葉に乗せる。
    「どうか受け取ってください」
     強く握り締めていた指輪を、景元の手の平に置いた。自分からは嵌めない。そっと離した左手が、迷うように指を引くつかせ、ゆっくり指で蓋をした。
     指輪が視界から消えたと同時に二人の想いも仕舞い込まれたのだと、丹恒は強く目を閉じた。
    「君は、まだまだ子どもだね」
    「…………」
    「丹恒。この指輪は、君が私に嵌めてくれなくてはいけないのでは?」
    「え」
     ギュッと目を覆っていた瞼を開く。
     微笑んだ景元が、蓋をしたはずの指輪を丹恒に見せた。
     青年は震える指で、もう一度その指輪を取る。今度は自身から差し出してくれた左手に、薬指に、ゆっくりと嵌める。
    「君は――昔から本当に頑固な子だったね」
    「貴方に似たんだと思う」
    「そうかい?」
     他愛の無い会話を口遊み、綺麗な指に透明な石が輝いた。
    「ガラスの靴じゃないけど、先生にピッタリだ」
     丹恒の世界で一番大切なシンデレラの、笑顔が綻んだ。





    「幼い頃から育てて来た君と、こんな関係になるなんて……。世間から見れば、私はきっと悪い魔法使いなのだろうね」
    「まだ言ってるのか?」
     大人しく膝の間に抱きかかえられていた丹恒がため息をつく。
     苦々しい言葉とは裏腹に景元がチュッ、チュッ、音を立てて首筋に吸い付く度に、青年の口から甘い吐息が溢れる。
    「あっ、ん……悪い魔法使いは王子様に助け出されなきゃっ、あ、あ!」
    「それで、魔法が溶けてお姫様に戻ってハッピーエンド、かい?」
     まるで宝物みたいに丹恒のシャツを丁寧に脱がし、そこかしこに痕を残す。
     擽ったさと羞恥に耐えるように景元の腕に思い切りしがみついてくる丹恒に、「それじゃ何も出来ないよ」と笑って力を緩めさせた。
     おずおずと丹恒が腕を離す。それを自身の首に回させて密着した。
     距離が縮まった分、互いの吐息が濃厚に交じる。自然に引き寄せられた唇同士が触れ合い、そして角度を変えて味わい合う。
     丹恒は景元の、愛情深さを表すような厚めの唇が心地よくてずっと吸っていたくなる。甘い果実のような唇だ。その果実の割れ目を舌で慎ましくも大胆にノックすると、僅かに隙間が開く。そこに少しづつ舌を滑り込ませて、待ち構えていた彼の肉厚のものを絡め取った。
    「ん、ん……」
     景元の口内と舌をぴちゃぴちゃと音を出しながら思うさま味わう。
    「……ん、甘い」
     深い口付けに酸欠状態になった丹恒が涙目で必死にハクハクと口から酸素を取り入れようとする。その舌を指で押さえて、今度は景元が丹恒の喉の奥の奥まで舌を差し込んだ。
    「あゥ、んーー!」
    「本当だ、甘いね……ん……」
    「……ん、んー、っ……んん、は、苦し……」
     指で抑えた舌の全体を舐めあげて、口の上顎を舌先で擽る。途端に丹恒が身体を震わせるものだから、景元は感じてくれているのだと嬉しくなって執拗にそこを攻めた。甘い味がじわじわと唾液を辿って景元の口内にも流れ込む。溢れた唾液をじゅるりと勢いよく吸い上げると、一際高く口の中で嬌声が上がった。
    「んんーッ!」
     甘ったるい口の中を堪能する間にも、景元の手は動き続ける。膝の上に乗せて支えている左腕はそのまま、右手で丹恒のシャツを肩から落とし、その肌を好き勝手に這わせる。
     丹恒の肌は驚くほど滑らかで、手に馴染む。鍛えられ、引き締まった筋肉の上にうっすらと脂肪が乗り、弾力もある。細くて壊れそうだったり、柔らかすぎて不安になる女性の身体より、ずっと抱き心地が良い。しっかりした腰はどんなに乱暴に抱いても景元を受け入れてくれるだろう。もちろん、そんな事はしないけれど。
    「ほら、丹恒、もう一回」
    「はッ、ん……」
     ちろちろと舌先を舐め合い、もう一度キスを交わす。景元の舌に夢中になっている青年のボトムに背中から手を差し入れると、まるでグラビア女優のようにまあるい尻は手の平に吸い付いて景元の欲望を掻き立てる。
     その谷間に指を這わせる。愛撫の汗で濡れたその隙間は男の太い指を歓迎し、程よい左右の尻の肉でキュッキュッと締め付けながら、硬く閉じたアナルまで導いた。
    「ッ!」
     口の中で、丹恒がまた悲鳴を上げた。慌てて景元のキスから逃れる。
     ここは一旦離してやろうと素直に振り払われると、涙ですっかり濡れた瞳が怖がる色を浮かべて景元を縋るように見詰める。
    「あの、そこは……」
    「ん? ――ああ」
     初めてか。それはそうだろう。口の両端がゆるゆると左右に引き上がる。
     そうじゃなきゃ、許さない。
    「大丈夫、私に任せて。ね?」
    「……はい」
     こくりと頷いてくれた丹恒に、背中を支えている左腕をそのままに、ゆっくりと身体を押し倒す。部屋に連れ込んですぐにジーンズの尻ポケットにねじ込んだゴムと小さなローションオイルのパウチを取り出し、まずはオイルを自分の指に馴染ませた。
    「痛かったすぐに教えて?」
    「ん……」
     汗と、すでにキスだけで溢れたカウパーでじっとりと濡れたアナルをゆっくりなぞる。身体をベッドに横たえた事で緊張が少し解けたのか、指の刺激に素直にひくつき、反応する。
    「あ、あ……」
     まだ何も入れていないのに、切なげな声を上げる丹恒に、景元も股間の熱が爆発しそうだ。ジーンズの前はとっくに張り詰めて、疼いて仕方ない。
     シーツの上に広がるふわふわとした柔らかい黒髪が、覆いかぶさり身体を支える景元の左腕の肌も擽る。その刺激さえ毒だ。アナルをゆっくり撫でながら、今すぐこの中に自分のペニスを挿入し、激しく揺さぶりたいと本能が理性のドアを叩く。衝動を押さえつけるように細く長く息を吐いて、丹恒の胸元に顔を埋めた。
     大きな乳房なんてものは無いのに、薄く柔らかい胸元は丹恒の顔を包むように受け止める。あの夜の酒に浸された匂いが、今日はずっと濃密な芳香となって鼻孔を支配した。
     ピンと勃った赤い乳首が美味しそうで、堪らず舌先で転がした。
    「あっ!」
     途端に感じ入った甘い声が上がる。その声が止まないように乳首に吸い付き、舌で可愛がり、時には歯を立てて意地悪をする。
    「……んっ、ん、あ、あっ、あ……ッ」
    「気持ちいいかい?」
    「聞かな、やっ!」
     口に含んだまま話すと、それさえ敏感に感じ取ってしまう丹恒がムズがるように頭を振った。その隙に、アナルを撫でていた人差し指の腹をほんの少し開いた口に含ませ、一気に二本の指を根本までぐっと押し込んだ。
    「ひっ――ああぁ!」
     びく、びくと身体が震えて、つま先がきゅっと丸くなる。
     少し刺激が性急すぎたか、思った以上の甲高い嬌声に胸から顔を上げる。しかし視界に入ったのは、快感にとろとろに蕩けた丹恒の顔だった。
    「あ、っは、あ、や……あ」
     普段は穏やかで理性的な、誰もが美しく整った顔立ちだと称賛する丹恒。景元にだけは、素の顔で笑ったり怒ったりと色んな表情を見せてくれる、愛するべき“愛しい子ども”。
    「あ……けい、げ……」
     そんな子が、今、景元の手で快感を与えられ、受け入れ、体裁なく喘いでいる。
     今も、唾液を溢れさせ、涙を零し、力がすっかり入らなくなった両手を景元に伸ばす、誰よりも最愛の存在。
    「先生……景元」
     丹恒が抱きつきやすいようもう一度身体を伏せて、首に回される手のまま彼の首元に顔を埋める。アナルを慣らしている腕が攣りそうになるけれど、知ったことではない。
    「んっ、あ、けいげん……!」
     必死に何かを言葉にするが、舌足らずに景元の名を呼ぶだけだ。可愛い。
    「何だい? 苦しい?」
    「ちがっ、」
     パタパタと子供がぐずるように頭を振る。その仕草さえ愛おしい。
     早く、早くこの身体の全部を手に入れたい。アナルを慣らす指は彼から与えられる視覚の暴力でままならない。ゴムだって付けてない。けれど早く、この子と一緒に――。
    「あ、愛してる、景元……!」
     その言葉が、とうとう理性の扉を叩き壊した。














    「そうだ。景元?」
    「ん……」
     ウトウトとしている景元の髪を撫でながら話し掛けると、とろりとした金色の目ががうっすら覗いた。
    「俺のこと、そんな子どもの頃から好きでいてくれたのか?」
    「…………。言外に小児愛者の変態だと」
    「ち、違う!」
     じっとりと睨みつけられる視線が痛い。言葉が足りない丹恒の自業自得だが。
     景元に育てられたとは思えないとよく言われてしまう青年の語彙は、残念ながら真っ直ぐな性格に似てしまって、気を抜くと実は小学生レベルだ。
     そんな丹恒の事はわかりきっている当の育ての親は、「冗談だよ」と笑った。そして思い出すように視線を遠くに飛ばす。
    「実は、割と最近なんだ。君を家族として見れなくなったのは」
    「そうなのか?」
    「……悪い魔法使いは、実は蛇が苦手なんだ」
    「?」
     ふわふわと景元が夢心地に語りだした。
    「でもそんな事、誰にも言えない。ちょっと恥ずかしいからね。とある夏の日、魔法使いは王子様とキャンプに出掛けました」
    「キャンプ?……ああ、2年前」
    「そう。そこではなんと、大きな蛇が魔法使いを待ち受けていたのです。――実際はおとなしい種類の小さな蛇だったけどね」
    「ふふっ!」
     付け加えられた情報に思わず丹恒が吹き出すと、毛布の中で絡んでいた足で脛を蹴飛ばされた。
    「小さくても蛇は蛇。魔法使いはびっくりして動けなくなってしまいました」
    「……あ、思い出したかもしれない」


     キャンプ地として有名な湖畔に、珍しく丹楓と応星も加えて4人で長期休暇を過ごしていた夏だ。
     確か二人で薪を拾いに森の中に入って行った時に、景元が急に動きを止めた。その不自然さに不審に思った丹恒が彼に近づくと、本当に小さな蛇が、少し離れたところでトグロと巻いていた。
     丹恒に気付いた景元は、何でも無い顔で「どうかしたか?」と微笑んだが、やはり様子が変だと直感的に思った丹恒は、すぐに彼の手を掴んで抱き寄せた。
    「先生、俺から離れるな」
     迷子になるから、と珍しく悪戯っぽく笑った少年は、いつの間にか景元の知る幼い子どもの顔では無くなっていた。


    「そんな凛々しい王子様の姿に、魔法使いはうっかり小さな頃の思い出を一瞬でも忘れてしまってね。心奪われてしまったんだ……」
     最後に深い溜息を付いて話を終えた景元がころりと寝返りをうって丹恒に背を向けてしまった。
    「うっかりって……」
    「まさか育てた子供に惚れてしまうなんて、丹楓になんと言えば良いかと魔法使いは言っていたよ」
    「そんな、丹楓達は関係――ん?」
     文句を重ねようとした丹恒の言葉が口の中に留まる。
     目の前の景元の耳が、薄暗い部屋でもわかるほど真っ赤になっているのだ。
    「先生、照れてるのか?」
    「……そんな訳がない」
     少し戸惑った憎まれ口か返ってくる。それに構わず真っ赤な耳をちょんと指で突くと、驚くほど大袈裟に景元の肩が跳ねた。
    「なっ!?」
    「真っ赤になってる」
     思わず起き上がり振り返る景元に、口許が意地悪く緩むのが止められない。丹恒のにやにやした笑いに恋人はますます顔を赤くし、枕と取り上げて青年の顔にポフリと優しく押し当てた。
    「んぷっ」
    「全く、君のせいだ。こんなにも魅力的に育つなんて思ってもみなかったさ」
    「ん〜〜!」
     ポフポフしてくる景元の枕を何とか塞いで取り返す。解放された視界で景元は情けない声色とは逆に楽しそうに丹恒を覗き込んでいた。こんな子供っぽい事をする人だったろうか?今日一日で、今まで誰よりも側で見てきた人の新しい顔に、くらくら眩暈がする。
     枕を奪ったその手を離して。少し勢いをつけて彼に抱きつく。素直に丹恒の身体に腕の中に倒した彼は、やんわりと抱き返して背中を撫でる。
    「先生」
    「……今更だが、本当に」
     その後に続く言葉が簡単に想像出来て、丹恒は慌てて腕の中から伸び上がって彼の唇をキスで塞ぐ。
    「ん……」
    「――昼間から何回、同じことを言うつもりだ?」
    「…………」
    「先生が丹楓や他人の目が怖いというならあの時の蛇みたいに守ってやる。俺の言葉を信じられないって言うなら何度でも伝える」
     抱きしめる力を強くする。素肌同士で触れ合うのはとても心地よく、景元の鼓動が何にも邪魔されず丹恒の音に重なる。
     言い聞かせながら景元の顔中を啄むようにキスをする。少しずつ安心してきたのか、飴玉のような目が再び揺らいで長い睫毛のカーテンが閉まりだした。
     子守歌のように囁き続ける。
    「何度だって。俺は景元の王子様なんだから」
     彼の薬指に光るガラスの指輪に唇を寄せた。
    「愛してる。俺だけの、魔法使い」
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