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    Hannah_u0x0u

    @Hannah_u0x0u

    好きなものを好きな時に ‖ 20歳⤴⤴⤴ ‖ 猫ちゃんは余生の伴侶 ‖

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    Hannah_u0x0u

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    以前参加させていただいた休暇。アンソロの再録です。リゼたん総受でお願いします♪

    彼女が読んでいた本は「自分を信用させるには、どうしたら良い?」
     ずいぶんと尊大な態度で仲間が問いかけてきた。初対面時を思い出させる珍しい姿勢に懐かしさを覚え、手元の本を閉じて、向かい合う。
    「……君の得意分野に思えますが」
    「そーゆーのいらねって」
    「では、どのような意味で?」
    「もちろんエロス。それしか無いっしょ」
    「なるほど……」
     ストレートな物言いに小首をかしげる。ひどく難しい質問だ。
    「そうですね……。古今東西、様々な哲学者から市井の人々まで、その伝達方法について頭を悩ませてきましたが」
    「リーダーの答えだけが知りたい」
    「……まずは、そう、言葉にすること」
    「そいつは毎日やってる。でも伝わってる様子がねーの」
     そんな不思議なことがあるのだろうか。彼の言葉は森の大地を潤す雨のように、心地よくしみ込んでいくというのに。
    「それは残念ですね」
    「そんで? 言葉の次は?」
    「態度で示しましょうか。抱き寄せて、耳に囁く」
     細く靭やかな腕が伸びてきて、腰を抱く。距離を限りなくゼロに縮めた仲間が、「その次は?」と囁いた。
    「――口づけを」
    「どこに?」
    「耳と頬に、そして唇に」
     濡れた音が直接鼓膜に注がれて、そのくすぐったさに肩を竦めると、その隙きに頬にもキスをされる。最後に唇を強く吸われ、けれどもすぐに離れていった。
     視界いっぱいに広がる端正な顔と、蛇の鋭い視線に心臓を直接丸呑みにされる感覚に落ちる。「それから?」と、薄い唇が吐息だけで言葉を象った。
    「……それから、」
     唇同士が触れ合う距離で続けようとすると、わざとだろうか、何度か小鳥のようにキスをされる。これでは答えようがない。
     おそらく彼は、最初から自分の答えを聴くつもりがないのでは?
     ここにきてやっとその考えに至った。まったく、二人きりの部屋だからといって油断するにもほどがある。自分の鈍さと彼の狡猾さに思わず笑った。
    「それから?」
     もう一度だけ、形だけそう尋ねる蛇に息を零す。手元の本は、いつの間にか彼に奪われて寝台の下だ。
    「愛すれば良い。堂々と。君にはその権利があるのだから」
    「つまり俺の愛はリーダーに伝わってんの? マジで?」
    「それ以外の答えを聞く気はありますか?」
    「もちろん、拒否る!」
     ニッと笑ったイレヴンが、今まで続けていた妖しい態度と雰囲気を壊して、全力で寝台に押し倒してきた。
    「俺の愛を信じて、リーダー!」
     まるで尻尾を振っているかのような喜びように、これは蛇じゃなくて犬だな、と心の中で嘆息して鱗が冷たくて気持ちいい首に腕を回した。
     さて、恋人ごっこの夜はどこまで進むのだろう?


    ◆◆◇
     

     ノックも省略して個室のドアを開ける。
    「おい、入る――ぞ?」
     すっかり在室しているものと思っていた人物の姿がそこにはない。一瞬戸惑って途中で止まってしまった腕を最後まで動かして、ドアを閉めた。
     小さな個室の、ガランとした透明な雰囲気に気圧される。
    「もう出掛けたか?」
     一人きりの空間で所帯なく頭を掻く。いつもなら出迎えてくる本を捲る乾燥した音も、綺麗な笑顔もない。迷宮帰りとはいえ、少しも荒れない等間隔な自分の呼吸だけが響く。
    「……」
     特に約束などしない関係だ。だが、数時間ぶりにリゼルに会う昂ぶりが混じった気持ちが、汗と一緒に背中から波のように引いていった。
     まだ昼食には時間がある。出直して自室で着替えでもするかと引き返そうとした時、目の隅でそれが光った。
    「あ?」
     無機質で薄い備え付けのカーテンからこぼれた朝日を反射したのは、バイオリンの弦だ。見事な塔が築かれている本で占められた部屋の片隅。冷たい弦が無言でジルを見ている。
     腰に置いていた手を下ろし、何となくその楽器を手に取る。
    「あいつ、苦手とか言ってなかったか?」
     ジルの記憶では、イレヴンのアンコールに少し困った顔をするリゼルがいた。
     そんな彼が楽器を弾いてる様を思い浮かべ、楽器を手にする。適当に顎にバイオリンを固定した。
     ためしに指で銀色の糸を弾くと、神経質な音が耳を刺激する。バイオリンの傍に置かれていた弓を持ち、弦に添えた。
    「確か、」
     そのまま右手を大きく曳く。
     ふわふわとした、幸せそうな誰かさんの鼻歌に似た宙域の音。長く、美しく繋がる。詳しくはないが、おそらく調律は完璧だ。人外だとか最終兵器魔王だとか好き勝手呼ばれるジルだが、実は育ち良く、基本的な貴族教育を渋々受けた過去を持つ。ヴァイオリンも、酒場の看板娘ほどでは無いが見様見真似で弾くくらいは出来た。
     淡い金髪が旋律と共に楽しげに跳ねる。けぶる睫毛が震え、綺麗な宝石眼がやんわりと微笑む。まっすぐな姿勢で心地よさげに演奏するリゼルの姿を想像する。甘ったれた容姿に似合わずジルにベッタリと懐いてくることはなく、けれど時折ひどく構われたがりの甘えたがりな猫。日々の出来事を何でもジルに話してくるくせに、時折おかしなところを恥ずかしがって隠し事をする。おそらく、このバイオリンもそうだろう。
     想うより疾く弓を曳く。
     細くてふんわりとした手触りの、細い髪。柔らかく清らかな肢体を守る装備は、全部ジルが誂えたものだ。繊細に動く手に、指先のかたち良く艶やかな爪が本当に美しいと思う。
     異国の旅行者。ジルと対等に隣を歩く、稀有な変わり者。かと思えば年下の人間を可愛がり、からかったりもする。彼がこの世界に産まれ落ちてから、ジルは常に共に居た。驚くほど上品で、料理に無知で危なっかしく、誰よりも強く、どうしようもなく愛しい。
     モラトリアムを謳歌する彼の「休暇」では、思う存分リゼルの傍にいることが出来ているはずだ。それでも毎日あの姿を目で追い、焦がれている気がする。
     残念ながら、この欲求は終わることはないらしい。今もリゼルとの逢瀬に肩透かしを食らって、一緒に過ごしているだろう他の人間を妄想し、嫉妬している。
     どんなに彼に笑顔を向けられ、甘えられ、喧嘩し、キスをして、抱きしめても、ジルがリゼルを求めない瞬間はない。
     リゼルとの出会いは、まさしく「運命」で「必然」だ。
    こんな事を思うのは、まるで舞台や迷宮の仕掛けの様で非常に安っぽく感じる。けれど、心底その通りだと実感する。
     カーテン越しの朝日が柔らかくなる。流れる音に目を細めて思考を停止させる。自分と朝の挨拶もせず出掛けた彼にも、この音が届くと良い。
    「っ……!」
     弦の糸が一本、ちぎれて弾けた。




    ◆◆◇


    「足元悪ぃから、気を付けろよ」
    「殿下、本当にどちらへ行かれるのですか?」
    「秘密だって」
     
     身内だけでの、避暑地への小旅行。リゼルの父の領地にある風光明媚な場所で、気の良い現地の人々とも交わり、その場限りの宴が始まった。久しぶりに会う屋敷の、そして名前も知らない領民との語らいが心地よくて、リゼルは珍しく空気に酔っていた。王太子が機嫌よく笑っているのを見て、年下の彼もリゼルが育った領地の明るい雰囲気を好んでくれたようで嬉しかった。
     もちろん酒は飲んでいないが、周囲の人々の酒精と楽しい雰囲気に酔いが程よく回る。喧噪をふわふわと眺めていたら、突然視界が奪われた。側に控えている”兄”の小さな吐息の笑い声。続いて、よく知る声に一瞬強張った身体の力が抜けた。
    「こっそり付いてこい」
     頭から被せられたらしい布を取ると、それは王太子の上着だ。ふわふわしたリゼルの頭に背中から目隠しするように被せた王太子が、ウィンク一つで促した。
     彼らしい、珍しい悪戯めいたその表情に興味を惹かれ、リゼルは雲の上を歩く足取りで差し出された掌に、素直に自分のものを重ねた。
     そのまま手を引かれ、任せるまま歩を進める。
     次第によく聞こえていた人々の陽気な歌声が遠くになった。宴の席から大分歩いたのか。月夜の明かりに映える街並みの色が、記憶の中の風景とは異なり目に珍しい。街の広場の噴水を通り過ぎ、細長い通りを歩き、さらに小さな果樹園の中へ。
     差し出した手は強く握られ、リゼルをしっかりと導く。警護の人数が少し減ったようだ。普段より僅かばかり足元がおぼつかないリゼルの歩調に合わせて、王太子が本当にゆっくり手を引いてくれる。
     
     あぁ、優しいな。
     
    「どこ、行くんですか?」
     もう一度問う。また笑って誤魔化される。
    「まだだ。でもリズも、絶対気に入る」
     精悍な顔が子供のように楽しそうに目を細める。整った顔だと思う。教育係の贔屓目でなくても、まるで彫刻のような完璧な造形の少年だ。もちろん、彼の魅力は顔だけじゃない。言葉にするには多すぎる。ただただ、愛おしいと思う。心惹かれずにはいられないのだ。
     コツンと爪先に何かが当たった。足元に丸い石がきらりと光る。硝子みたいな石に気を取られた所で、前を行く背中が丁度止まった。
    「殿下?」
    「着いたぜ。ほら――」
     
     夜に映える、真銀の月。
     
    「すごい……! こんな、きれいな、」
    「だろ?」
     果樹園の奥にあつらえた東屋で、目を丸くして夜空に見入る隣で王太子が得意げに胸を張る。連れられた先でリゼルを待っていたのは、宴の席で見たものよりも鮮やかな月だった。
     屋敷や街の明かりが無い分、何も邪魔されずに思う存分輝いているのだろう。海の中の真珠のような月にリゼルの目を一気に奪った。
    「こんな場所、いつの間に見つけたんですか?」
    「ちょっとな。俺以外、誰も知らねぇ」
    「この土地は私の方が詳しいはずなのに……」
    「拗ねてんの?」
     確かに手入れを忘れられた東屋は人の気配が全くしない。鬱蒼と茂る木々に隠され、世界から忘れられた場所のようだ。朽ちた大理石のベンチに腰かける。視線は夜空に惹かれたまま、感嘆の吐息がリゼルの口から漏れた。
    「はあ……殿下にはいつも驚かされてばかりです」
     素直に王太子を称賛すると、茶化される。そんな内容の無い会話が楽しい。久しぶりの穏やかな時間に、彼の隣にいれることに、多幸感がとめどなく溢れてきて仕方ない。
     とてつも無い幸福が足元から体を包んでいく。
    (あぁ、幸せだ) 
     ふんわりとした感覚そのままにコトリと隣の逞しい肩に頭を預けた。酒を飲んでいないくせに、酔いすぎだ、調子に乗り過ぎだ、次に会う時に絶対からかわれる。だが、とりあえずそんな理性の言葉は隅に置いておく。
    「殿下」
    「眠かったら寝てもいいぞ」
     さっきの宴席や、父も護衛もどうするんです?
     だが心地よい眠りに身を委ねたいのも事実だ。王太子の言葉に甘えたい気持ちが睡眠欲を大きくする。が、それよりもなにか伝えたいことがあった。
     なんだろう? その言葉の意味を認識することが、もう難しい。
    「……殿下」
     いつからか、もう見て見ぬふりはでき無くなった。背伸びしたがる少年の成長を喜びながらも、一人の人間として目で追ってしまう毎日。いつか悟られてしまうのではないか、いや、いっそ気づいて欲しいと思う日々。自分からこうして告げるつもりは全く無かった。
     ただ、月があまりにも綺麗だったから――。
    「お慕い申し上げております。陛下」
     眼の前の腕の中にそのまま身を倒す。すぐに強い力で抱きしめられた。
    「俺もだ。……リズ」
     今度はつむじに口付けられる。その口付けは、抱きしめられる力に比べてずっと弱々しくて、彼が今どんな顔をしているのか簡単にわかってしまった。
    「殿下、どうなさったんですか?」
    「……わかんだろ」
    「ふふっ」
    「笑うな。命令だ」
     今、心臓が止まりそうだから。そんな子供みたいにイジける彼が、今より幼い頃の姿に重なって可愛らしい。頬に触れていた手を、今は抱きしめられて見えない金色の髪に伸ばし、ポンポンと撫でた。さて、と身体を起こす。
    「残念。その言葉は地雷です」
     綺麗な金髪を一束、最後にキュッと握りしめた。
    「私に『命令』できるのは、私の『国王陛下』ただお一人です」
     ポカンと間の抜けた顔をみせた偽物の「彼」は、その瞬間、美しい顔面を魔弾で吹き飛ばされた。
    「予行練習にお付き合いいただき、ありがとうございました」


    ◆◆◇


    「――っんだよ! こっからが面白かったのに!」
    「……」
    「ジル、ジル、すごく凶悪な顔をしてますよ?」
    「元からだ。ほっとけ」
     迷宮のボスを前に、三者三様の反応をしてみせる。だが誰も彼女たちのご希望に沿ったものでは無いらしい。
     
     奇声を上げ体をくねらせ続ける女性。
     ブツブツと聞き取れない言葉で分厚い本をひたすら読み続ける女性。
     何かを紙に書き殴っては自分の頭を鋭い爪で掻きむしる女性。
     そんな彼女たちは腰の下から蛇のような巨大な尾で繋がっていた。エキドナの亜種だ。
     
     本を読み続ける彼女とは気が合うかなあ?
     ほのほの思っていると、後ろから彼女たちから浴びせられた開幕幻影を完全に振り切って立ち上がった仲間たちが、それぞれの獲物を手にする音がした。
    「リーダー、どんなマボロシ見てたの?」
    「それは内緒ですよ」
    「ずっる! 俺のも教えてやるからさぁ」
    「ん〜……忘れちゃいました」
    「え、マジで?」
    「じゃれてんじゃねーよ……」
     本気で機嫌の悪いジルが舌打ちをした。久しぶりの威圧にイレヴンが猫のようにほんの少しだけ地面から飛び上がった。
    「ジル」
    「聞かねえ」
    「それは残念です」
     リゼルのお願いも、今は聞いてはくれないらしい。ちょっぴり寂しい。
     大剣が掲げられ、双剣が互いの刃を鳴らす。それぞれ好きに蠢いていたエキドナたちが、瞬間、侵入者たちを視線で拘束した。
     だが、それよりも疾い魔弾が同時に十発。

    「『大根役者を骨も残すな』なんて、リーダーらしく号令を掛けたかったのに」

     千々になる肉に、更に嵐のような刃が追い打ちをかけた。

    end


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