玄くんの誕生日 放課後。教室は男子も女子もキャイキャイと騒がしい。百均で買ったファーやら何やらを飾りつけようとする女子がいたり、お菓子をパーティー開けしようとしてぶちまける男子がいたり。
みんながこぞって教室の中心にいる二人に声をかける。大なり小なりの様々なプレゼントは机の一面を埋め尽くしていた。
古鳥はそれを横目に、静かに教室の後ろの扉から部屋を出る。ぱたぱたと廊下を駆けた。喧騒が遠ざかってゆく。
帰り道。変わり映えのしない住宅街を歩く。行く場所も決めていない。高い塀のある家に沿ってゆっくり歩いていると、後ろで猫が鳴いた。
「ことり」
ちょん、と学ランの裾を引っ張ったのはねここだった。無表情に古鳥を見上げる彼女に、小さく息を漏らし小さく返事をする。
いつものように歩くつもりで古鳥が一歩進むと、彼女はまた、服の裾を強く引き彼の体を傾けた。
「お祝いしなくていいの?」
その言葉に、古鳥は少し目を見開く。そして逃げるように視線を逸らすと、猫の指を振り解いた。教室の、賑やかな様子が頭をよぎる。どうしても、あれに馴染める気はしなかった。たとえ彼がそれで笑顔になったとしても。
「ことり、好きな人の誕生日、お祝いしないの?」
なお繰り返す猫の声に、彼は少し声を低く、震わせた。
「人を祝ったことなんてない。」
「でも、声をかけたかったでしょ」
「今日一日芹沢くんはずっと笑ってた」
「でも、ことり」
寂しそうな顔してる、と背伸びをして頬を撫でる猫が、一層古鳥の気を逆撫でた。誰かの誕生日を祝う機会なんて無かったのに、何もわからないのにそんなこと言われたって困る。彼の人生にぽっと現れただけの自分が何をすればいいって?
「玄くんのこと知らない。」
「…..玄くんって呼ばないで」
「でも、ことりがそんな顔するなら悪い人かな」
ひゅっと猫は塀に飛ぶ。スカートをはためかせて、古鳥を見下ろすと言った。
「あの人、苦手なの。大きい人って機嫌ですぐ殴るから」
そのまま猫は駆け出す。方角は学校。チラッと彼の方を向いて、自由気ままに彼女は消えた。
多分ねここは、自分を挑発したんだろう。まんまとそれに乗って、全力疾走している古鳥も古鳥だが。そもそも、身体があまり強くないんだ、なんて珍しく心の中で悪態をつきながら。学校への近道をする為に曲がり角を飛び越えた。
「うわっ」
地面との間に、人がいる。重力に逆らえずそのままきらきら光金髪を下敷きにしてしまった。コンクリートに腰を打ち付けたその人はびっくりしたように目を瞬かせていた。
古鳥もまた、彼に跨り硬直する。
「芹沢くん…?」
どうしてここに、と思わず尋ねた古鳥に、彼はそうだった、と大きな声をあげて古鳥の両肩を掴む。曰く、教室にいきなり入ってきた猫の強襲を受けたんだと。おめでとうと、古鳥が泣いてるの言葉を受け、引っ張り出されたそうで。
「ねここがすいません…」
失礼を言ってないことに胸を撫で下ろしつつ、角張った謝罪を入れる古鳥に、彼はいいって、とカラカラ笑った。心なしか、何かを待っているような瞳で古鳥を見つめる。
「お、めでとうございます」
「ありがとう!」
一言。一言言うだけで何か変わった気がした。人が喜んでくれるのが嬉しいなんて、今まで思いもしなかったのに。嬉しそうに笑った彼に、古鳥もまた薄く微笑んだ。いつ言ってくれるか待ってたんだ、なんて冗談っぽく笑う彼に、相槌を打つ。もっともっと笑えばいいのに。教室で見せていた笑顔とは違う優しい顔で、話す顔を、いつまでも眺めていたい。
「おめでとうを喜んで貰ったの、初めてです。何か、欲しいものはありますか?何でも、しますし。出来るだけ頑張りますから、」
教えてください、と言った古鳥に、芹沢くんは口を開いた。
「 」