商人と情報屋「よぉクラブ。またカニ足の手入れか?」
「…アンタ、そろそろ遅刻癖直したらどうだ」
「用件ってなんだよ」
「ほんと人の話聞く気ないな…今日狐がオレの所に来る。マシュとは今日明日会えないって伝えてくれ」
「まだあんな胡散臭い奴らとつるんでたのか?懲りないなぁ」
「つるんでないと終わるんだよ…何回言えばわかってくれるんだ」
「はっ!商人の蟹ちゃんは大変だな」
「……マシュと、他の奴らも頼む」
「俺に任せられるのはあの二人だけだ。てめぇの仲間全員見てられるわけねぇだろ。商人は手強いし興味無い他人まで守れるほど俺の器は広くないぞ?」
「……はぁ」
用件を聞き終えたアラクは蟹を一匹片手に持ち飛び去った。きっとマシュと分けるんだろう。蟹の何が美味いのかは分からないが、マシュが美味そうに食べる様子を見るのは好きだ。アラクの捕食シーンは気味悪いが。
今月集めた情報をまとめた書物をそこら辺に置き、あとはひたすら来るのを待つ。
月に一度、オレの元に商人が訪れる。商人が良さげな商品の情報を収集でき、特異体質のオレは売られる事を免れる。ついでに闇市で買い物をするのが怖い星の子達の手伝いをする事でチップまで貰えるシステムだ。奴らに目を付けられてから、強制的にずっとこれをやらされている。月に一度、一日目は書物の細かい確認。二日目は言葉での情報のやり取りを行い、彼らは去っていく。オレはこの2日間が死ぬ程嫌いだ。
仲間を巻き込むわけにはいかないので会うことは出来ない。丸2日間監視、最早尋問とも言える質問責め、酷いと暴力を振るわれ、アイツらに命の手綱を持たれているような感覚で常に気分が悪くなる。
これからその二日間が始まるのを待っているわけだ。
「………いつもより早いな」
「…少し急用でして。来るのを早めました」
急用で訪問を早めたという彼は、いつもの側近をつけていない。側近というか、誘拐班。
「その急用ってのは側近が関係あるのか?」
「彼らがいない所で変わりません。いつも通り情報を渡し、抵抗は私一人でも抑えます」
そんな事する気なんてさらさらない。今日抵抗して逃げれたとして、翌日になればきっと誘拐班に捕まって方舟送りだ。
「今月の報告書もみっちりで助かります」
「そうしないと会話での情報交換が長引くだけだから」
商人…狐は、いつもならこの場で全て細かく読むはずが、今日はペラペラと書物の確認だけして一旦しまい、オレの方に向き合った。どうやら全て今日一日で終わらせるつもりらしい。
「ミミズクが段々と貴重になってきてます。どこかで見かけませんでしたか」
「草原ホーム…あと最近は星月夜の砂漠で見かける。数が減って複数人でいることも多いから、運が良ければ一度の収穫で二人以上のミミズク、珍しい見た目をした年長を捕まえられるかもしれない」
「星月夜…確かに彼等の美しい見た目とぴったりの場所ですね。売り場が方舟なので美しさが半減になりかねないのが残念です。この前のお客さんは結局どうなりました」
「買った雀を殺してた。不良品だったって言いつけて無料で新しいのと入れ替えるつもりだとか」
「貴方みたいな目撃者がいてよかった…証拠がないと我々が不利ですから。私が不良品を売りつけることはまず有りえませんが」
「裏切り者の話はここ最近聞いてない。なんか対策でもしたのか?」
「ええ、しました。今までは裏でひっそり罰を与えていましたが、最近は上の思いつきで裏切り者は見世物にされながら殺されたりするんです。見世物にというよりは見せつけて脅してるんでしょう。私も肝を冷やして決して裏切りたくないと思いましたよ」
「嘘つけ…この狐野郎が」
「酷い方ですね…こちらは肝を冷やしたくてももう冷やせないんです。嫌でも慣れたので。しかしあれくらいの脅しで怯む程度の覚悟で裏切りを企んでいた輩が多かったのは悲しい事です。さ、続けましょう」
仮面で隠されている表情がにっこり微笑んだような気がした。不気味だ。
「…恋人ができた噂って本当ですか」
「プライベートと関係してる奴らの事だけは話さないって言ったろ」
「ええ、私もプライベートで関わる星の子の事は一切他人には漏らしません」
「じゃあ尚更…」
「けど私と貴方では置かれている立場が違います。恋人の家族の友だちくらいなら言えるでしょう」
「ッ…ふざけやがって…」
「言えないですか…まあ貴方自身とそのプライバシーは保証されているので、強制ではありません」
「…そういう弄り、つまらないから今のうちにやめとけ」
相手の事を見下し、弄りたがるその態度が心底嫌いだ。弱者を掻き乱して何が楽しい。
「それでは…異質の情報は?」
「簡単に見つかるはずないだろ」
運悪くオレは異質を二人知ってしまっている。多重人格者、暗黒竜と融合した星の子。絶対に教えてやらない。俺の知り合いからは誰も渡すつもりはない。
「雀やミミズクなんかよりも商売は盛り上がるんですよ。ものによっては高くもつきますし」
「そうだろうな」
「しかし入手が困難です。強かったり、そもそも見つからない」
「そもそも中々いない存在だからな」
「だから情報だけでもと貴方に頼ってるんです。前言ってた暗黒竜は」
リュカの事だ。マシュの叔父的な存在。どうやら彼は一度売人の一人に売られかけ、運良く生き延びてきたらしい。
「知らないっていつも言ってるだろ。とっくの昔に死んだんじゃないのか」
「そんな訳が無い。簡単に死ぬ個体だとはとても思えません。引き続き情報収集を。もし既に知ってたらさっさと吐くことです」
「知ってたらとっくに言ってる」
狐面越しに鋭い視線を浴びせられる。疑っているのか、それとも既に知っているのか。
「………チッ、今回は時間もないのでこれくらいにしておいてあげます」
「商人は忙しいんだな」
殴られる覚悟を決めていたが、そんな必要もなかったみたいだ。喉に詰まっていた息をひっそり吐き出した。
「それでは私はこれで…」
「ボス!!はぁ、はぁっ…!ご、ご報告に参りました…」
いつもの側近が何やら慌てた様子で遅れて登場だ。今回の急用とやはり関係があるのだろうか。画面越しでも伝わる、狐が緊張している。
「捕らえたんでしょうね?今回は準備も万全にしてやったんですから」
「っ……それが、あちらも警戒していたようで…そいつの仲間が大勢現れて、作戦は失敗した上に数人捕まりまし」
ドゴッ
傍にあった俺の花火杖を掴んだ狐は側近の頭を狙って振りかぶった。
突然の痛みに側近がしゃがみこむと、狐は何度もその背中を杖で叩く。
「ふざけるなっ!!油断するなと何度も忠告したはずだろ…!今回の件は失敗したら誰が責任を負うと思ってるんだ出来損ないが!!一人で逃げてきて悠々と報告しに来たのか?!」
かなり手をかけた重要な仕事だったのだろう。先程の敬語はどこへやら、結局側近が動かなくなるまで痛めつけられる様子をずっと眺めることになってしまった。
「はぁっ…はぁ…っ!」
「…オレのとこで死体を置いていくわけないよな?」
ようやくこちら側に気が付いたのか、ハッとしてこちらを見てくる狐は、先程までの威勢がまるで嘘かのように怯えているような気がした。
「ぁ……処理班を呼ぶので、安心してください…」
「…杖は」
「洗ってお返しします」
「いい。それくらい自分でやる。アンタはさっさと帰って責任を全うしてこいよ」
鼻で笑ってそう言ってやると睨まれた。
狐は杖を元の場所に置くと、帰り支度をする。
「もちろん全うしますよ…では、また来月」
「………もう来るなよ」
ぼそっと呟いた独り言は彼の耳には届かなかった。
オレは処理班を待ちながら、仕事が一日早く終わったしどうするかと考えることにした。