【獄ハル】お迎え「あちゃー。見事に右足捻挫しちゃてるね」
「はい⋯⋯」
「三浦さんの親御さん来れそう?それか友達か。手当はこれでおしまいだからね。ここの電話使っていいから誰かに家まで付き添ってもらうのよ。無理は禁物」
「わかりました!先生ありがとうございます!!」
「ゆっくり休んでからでいいからね。それじゃちょっと悪いんだけども、これから職員会議があるから外すわね」
「はい、大丈夫です!本当にありがとうございました!」
保健医が出ていくとハルはふぅと息をついた。親御さんといっても父親は数学教授である。平日のこの時間はまだ大学にて仕事をしている頃だろう。どうしたもんかと悩んだが父へと電話を一本入れた。
会話の反応からやはり父は忙しく帰れなそうな様子だ。仕事中なんだから当たり前である。
ハルは捻挫の報告はしたが、友達と帰るから心配しないでと明るく伝えた。父は少し考え込む間があってから、心配そうに三十分位してから学校を出なさいと返してきた。
どういうことだろう。わざわざ仕事を中抜けしようとしているのか。でも勤め先からここまで時間足りないはずだ。安静にしてからってことだろうか。
ハルは父に言われたとおり三十分経過してから行動開始した。荷物を抱え、不安定な捻挫の足を庇いながら壁伝いにのっそりと下駄箱へ向けて移動する。
ざわりざわり。
靴を履き替えていると、なんだか騒がしい。緑ヶ丘女子中学校は名の通り、女子だけ在籍のお嬢様進学校。あちこちで雑談に花咲かせることはあるが、いつもと様子が違う。ざわめきは校舎玄関から外へと導火線のように一本へ続いている。
ハルは玄関を出て、話題の原因は直ぐ様わかった。
花も恥じらう思春期。
女子校でこんなのシチュエーションは爆弾そのものだ。
「ハル」
一声、名前を呼ばれた。
ざわめきの根源。
遠巻きに見ていた緑中の女生徒達は、獄寺の真っ直ぐ見つめる先にいるのがハルだと分かると、きゃあきゃあ黄色い声を上げた。彼女たちは獄寺自身へでなく、この少女漫画的状況そのものへの興味だ。嬉し恥ずかし照れくさくて、ハルは自分の学校だというのに居た堪れない。
「ご、⋯っ獄寺さん!?なんで!?」
彼氏である獄寺隼人が校門にもたれ掛かるように居たのだ。外国の血筋を感じられる顔立ちに、天然物のシルバーブロンド、着崩したシャツにアクセサリーをつけた不良の出で立ち。こんな他校生がいたらそりゃ下校生徒達は気になってしまうだろう。ハルはいつも自分自身が並中へ潜入もしてることを棚に上げ、獄寺がここにやってきた事に酷く驚いた。
獄寺は周りの目を気にすることも無く、スタスタと敷地を跨いでハルの目の前にやってくる。そしてヒョイっと膝裏に手を回し身体を持ち上げてしまった。急な姿勢の変更に慌てて荷物を腹の上で抱えたが、素っ頓狂な悲鳴が出る。
「はひっ!?!?!?」
「足捻ったんだろ」
「そーです!ですが!これはちょっと⋯っ」
「暴れんな。歩くのいてぇんだろ」
所謂、お姫様抱っこ。
またもや周囲からはキャピキャピと歓声が上がった。
あぁ明日絶対にクラスメイト達から色々聞かれますっ!!
無理に降りようにも今のハルは足を怪我しており着地はできない。どうにもすることできず、借りた猫のように大人しくしゅんっと彼氏の腕の中におさまることになっま。
「どーして獄寺さんが⋯⋯?」
「お前んとこの親父さんに頼まれたんだよ」
「お父さんがッ」
「おー。帰るの付き添ってくれって電話きたわ」
そのまま颯爽と門を潜って出てると、外壁に自転車が立て掛けてあった。ハルをゆっくり地面へ降ろしたあと、獄寺は荷物を籠の中へといれて自転車のサドルに跨る。まさかまさかと思ってると、顎をくいっとして指示された。
「後ろ乗れ。送ってやる」
「二人乗りなんてハル達ヒバリさんに見つかったら絶対怒られますよっ、デンジャラスです!」
「バイク無免で乗り回してるアイツに文句の謂れはねぇよ。ほら、早くしろって」
「うぅ⋯ではお言葉に甘えて⋯⋯。それとハル絶対に重いですからね⋯⋯?」
「っぷは!さっき抱っこしたんだし今更だろーが。それに今くらいの肉付きが丁度いいぜ?」
「もっー、獄寺さんってば!デリカシーない!」
ぷりぷりと頬を膨らませつつハルは荷台に横向きに座った。それから獄寺の腰にぎゅっと腕を回して、背中に顔を押し付ける。膨れた頬はもう萎んで、口元がムズムズしていた。
ハルは獄寺が迎えにきてくれたことが本当に本当に嬉しかったのだ。
「で?一緒に帰る友達ってのは?」
「うぅ〜〜」
「お前のことだから一人で帰るつもりだったんだろ」
「──ハルは黙秘権を行使しますっ!」
「ったく。無茶しやがって」
「まだしてませんし!」
「するとこだったろッ。俺はお前のなんだ?」
「彼氏さんです」
「わかってんじゃねーか。だから、そーやって何でもかんでも溜め込むな。ちゃんと甘えて頼れ。女一人凭れ掛かったとこでへでもねーんだから」
「⋯っ、はい」
「お前のウソ、親父さん気付いてたからな。流石だな」
あぁ、だから獄寺さんが迎えに来てくれたのか。
父の愛情深さを改めて再確認する。電話越しにあえて明るく元気な声色は空回ってバレバレだったようだ。大丈夫だって言ったのにまったく心配性なんだから。マイナスを人へ見せない溜め込み癖あるハルのこと見通して、彼氏である獄寺に連絡いれてくれたのだ。
たくさんの優しい愛に包まれくすぐったく嬉しい。
「獄寺さん、だーいすきですっ」
「!?っバランス崩れるだろ」
「うへへ〜」
「⋯⋯ったく⋯⋯」
自転車に乗りながらぎゅぅっと強く抱きしめる。シャツ越しの体温が心地いい。
好きだ。大好きだ。
愛しちゃってる。
荒々しく吹き荒れた嵐によって、ハルのネガティブは遠くへ吹き飛んだ。
「今日はチャリだけど、そのうちバイクも車も乗せてやっから」
「ふふっ、それはすっっごく楽しみです!」
自転車だと家までの帰路もあっという間。自宅前に止めると、鞄を持ちながらそっとハルを支えて玄関まで連れてってくれた。こういうのをスマートにするのはイタリアのフェミニストが入ってるのだろうか。
「ここまでで悪いな、階段とか大丈夫か?」
「はい!大丈夫ですよ!獄寺さんのおかげです。少し家に上がっていきます?」
「いや、やめとく。今日部屋まで行ったら親父さんに次顔向けできねぇから」
「もー、ケガしてるハルになにするつもりなんですか?」
「なんだろな?」
「たまに獄寺さん、シャマルさんっぽいですよ!」
「うげぇ⋯⋯、アイツにってマジでやめろ。それは勘弁してくれ」
「あはははっ!ねぇ獄寺さん。本当にほんとーにっ、ありがとうございました」
「おー⋯、っ!?」
片脚立ちのまま獄寺の腕をくいっと引き顔を寄せる。驚きの声をよそにハルはちゅっとチークキスをした。
にぱっと笑い、気持ちを再び声にする。
「ハルは獄寺さんのことだいすきです!」