【ツナ京】届きますように好きってなんだろう。
お兄ちゃんが好き、お父さんお母さんが好き。
友達が好き、ケーキが好き、お花が好き、カワイイものが好き。
私には好きがいっぱいある。
好きなものをたくさん思い浮かべると、胸があったかくなる。
この気持ちって、ずっとそういうプラスな感情だと思っていた。
なのに、どうして。
好きな男の子を思うと苦しいんだろう。
(やだな、スキでキライ)
そんなマイナスを抱えた自分に嫌悪しちゃう。
京子の視線の先は窓の外へ向けられていた。三階廊下の此処からは、ゴミ捨て場に向かう外廊下が見えるのだ。校舎裏側で人がいない場所を歩いていたのは二人の男女、沢田綱吉と見知らぬ女生徒である。立ち止まった角度が悪く、表情は見えないが何かを話してる様子であった。
あ、近付いて何か渡した。
きっと手紙だ。
並中時代から山本や獄寺宛へのラブレターを綱吉が郵便屋のごとく押し付けられる場面はあった。
だけど今日のはきっと綱吉へ宛てたものだ。
京子の中にある女の勘がそう告げている。
もやもやとした煙に包まれたように胸が苦しい。綱吉は手紙を受取ると、動かず話を聞いている。彼女の言葉と真摯に向き合っているのだろう。返事に関して不安はないと頭で分かっていても、不思議と心はうまく処理ができない。今の自分は凄く嫌な子になっている。
「京子〜?なにぼーっとしてんのよ」
肩をぽんと軽く叩かれて、視線の先へ飛んでいた思考はこの場へと一旦戻った。
「花!えっと、」
「んー…んー?あー、ふーん。ふふんっ、なるほどねぇ」
「なるほどって」
「春が来てるというわけねぇ」
「それってあそこに……?」
「やーねぇ!もちろん、京子によ」
親友である黒川花にとって、京子が何を見て、何を考えていたかなんて一瞬でお見通しらしい。じろりと横目で窓の外を見下ろしたあと、ウンウンと物知り顔。長年の付き合いから隠し事ができない。京子の不安を拭うように花がからりと笑う。それが兄の姿に重なり、ざわめいていた心は少し落ち着いた。
「あっちは実らないの分かりってるから安心なさいって。ほーら。そーいってる内にフッてるじゃない」
女生徒は綱吉を残しその場から去っていった。
俯いているが酷く辛そう。
つまりはそういうこと。
京子の心にほっとした気持ちが広がる。分かりやすい態度に、花は目を眇め優しそうに微笑んだ。
「まったくあの沢田がねぇ。うちの京子もこうなっちゃったし。隅に置けないわ」
花は、京子を取り巻く人間関係を昔から良く知っている。台風の目のように京子を中心とした恋を幾つも見かけた。ぐるぐる渦巻く一方的な好意は本人へ届かず。動じぬマドンナに届かず枕濡らした男子は多い。天然とはたちが悪い生き物だ。
しかし今はそんな京子も、その吹き荒れる季節の風に流される一人である。親友からしたらその変化が楽しいったらありゃしない。それに沢田の告白事件や片想いも知っている。
今は両想いなことを知らぬは本人達ばかり。
見守る側としては落ち着くところへ落ち着いてほしいのだ。高校上がってからは沢田もあからさまな恋心を見せなくなったし、なにより一度告白をしてくれてるのだ。次に踏み出すのは京子から一線越えるべきだと花は思っている。
「早く言っちゃいなさいよ」
「それが難しいのにーっ」
「ふふっ、出来たら悩まないか」
「花とお兄ちゃんみたいにはいかないよぉ」
「相談なら親友でありお姉ちゃんなる私がいつでも乗ってあげるから安心なさい?」
「うぅ〜、ありがとう花」
「言っとくけど、いーい?学園生活は有限なのよ。ずっとはいられないんだからね」
しょうがないケド、と続けて言った花の横顔は綺麗だ。だけど、とても寂しそうだから京子の目に焼き付いた。
花と了平は二学年違う。
並高で一緒に過ごせるのは一年間だけ。一気に関係変わり距離を縮めた二人が最近デートをよくしているのを知ってる。この貴重な限られた高校生活を楽しんでいるのだろう。花は同い年なのに大人っぽくて、恋愛においても何歩も前を進んでいて、導こうとしてくれる。本当にお姉さんのようだ。
時間はなにもせずとも過ぎてしまう。
どう使うのか、なにを選ぶのかは自分だけ。
恋はうかうかしてられない。
沢田綱吉は魅力的な人だから。
本質を知ってるのは自分たちだけだと自惚れていた。彼を理解し内側を満たせるのは親しい仲間内だけだと、傲慢にも思っていたのだ。一種の独占欲のようなもの。
綱吉は誰にも優しく気持に寄り添える人。私達はそんなツナくんに心を惹かれたというのに、仲間の外へも向いてしまうことを忘れていた。綱吉の魅力に気付いた人達が増えてくたびに妬ましく思う。どうせ表面的なところしか見てない人達なのに。
あっちこっちから聞こえてくる綱吉の噂話。
年頃の女子達は色んな情報交換を日々行ってるものだ。京子の耳にも届いてくる。
転びかけたのを支えてくれた、重たい荷物運ぶの手伝ってくれた、ノートで指切ったとき可愛い絆創膏くれた、落とし物を届けてくれた、ボール飛んできたのを庇ってくれた...etc
母譲りの愛嬌ある顔立ちに、運動ができて、その上で性格が優しい。こうなると狭い学園の中では大きな恋の的。一見平凡に見えるがいつも個性豊かな人達の騒ぎの中心にいて、それを手綱引き、諫めることのできる沢田綱吉に誰もが一目置いている。ただものじゃないのだ。
それに身長だって並盛高校に進学してぐっと伸びた。中学生の時は京子と同じくらいだったものが、一年また一年過ぎてゆくたびに伸びて男子平均まで今はありそうだ。男の子だった少年はあっという間に青年へと成長してしまった。
顔の高さが合わずに私は見上げてしまう。
そのせいなのか最近やたら離れて感じる。中学生のときは事ある毎に目が合い笑い合ってたのに、高校生なってからは視線が合うことも減ってしまった。
綱吉も京子も成長した。
身体のことだけでない心もだ。
高校生となり、周りの友人達も恋人を作り始め、
京子は遅れて自覚したのだ。
心のなかにある綱吉への気持ち。
親愛だけではないこと。
中学では蕾だったものが、高校生となり色付き花が綻び開いた。
京子は綱吉のことが好きだ。
(──好き)
この一言を伝える勇気が足りない。
見知らぬ女の子たちもみんな自分で伝えているというのに。私はこの場から動き出せない。意気地なし。
好きな気持ち、どうしてこんなにも苦しいのだろうか。
恋がビターであることは授業では教えてくれない。
***
「ハルはツナさんのこと大好きですよ」
ハツラツと言いきったハルちゃんの表情は、とっても可愛いかった。
わくわくの第三日曜日。ハルちゃんと二人で女子会だ。目の前には甘いミルクティにケーキが並んでいる。京子はチーズケーキとオレンジタルト、ハルはモンブランとベリーのミルフィーユを選んだ。ケーキフォークで甘味をつつきながら華やぐ乙女の恋バナ。
「もちろん、京子ちゃんとハルの好きは違いますよ。今のハルは獄寺さんにビッグラブの感情持っていますからね!」
ハルと獄寺は付き合っている。
中学生の頃からハルが綱吉へ片想いしていて、ことある毎に熱烈なラブコール送っていた姿を知ってる。それはやがて変化した。
火傷する沸騰した熱さとは違う、優しく包む体温のような優しい友愛へと変化したのだ。
そして違うところへと熱がともった。
獄寺とハルは喧嘩して摩擦ばかりで、時に火花が飛んでいるが、爆発したように二人の距離は一気に縮まった。ビックリしたが二人とも元から似ているところがあり凄くお似合いである。
京子には気持ちをストレートに伝える強さがないので羨ましく思う。今も恋愛初心者であるが、あの頃はもっと恋がわからなかった。パワフルに全力のハルを間近にいたおかげで、京子も恋心が芽吹き育ち、自覚することができたのだ。
「ハルちゃんはすごいね」
「えへへ、そんなことないですよ。とりあえず安心してください。ハルは恋敵ではありません!な、の、で!京子ちゃんは安心してツナさんに恋して下さい!」
「うーっ」
「京子ちゃんは可愛いですから!」
「そんなことないよハルちゃん」
「いーや!あります!京子ちゃん、っ自信持って下さい!ツナさんなんて今の京子ちゃん見たらイチコロですからね」
ハルは力拳を握って言い切ると、ぱくりとモンブランを口に運んだ。対してケーキ食べることも疎かになってる京子は、憂い気に今も脳内で好きな人を思い浮かべてる。恋病を大変重く患っていた。
こんな京子の姿、可愛いの他に表現しようがない。
恋してる女の子は可愛い!
まだ足を踏み出せぬ大切な仲間にハルはエールを送り続ける。
「ハルと獄寺さんは揃ってツナ京応援団ですよ!だって大好きな二人が結ばれたら素敵なことで、ハッピー二千倍じゃないですか!」
一緒の春を迎え、一緒の夏を過ごし、一緒の男の子を好きになった同士。
こんなにも力強い味方。
ハルからの気持ちと言葉をしっかり京子は受け止めた。
「ありがとう、ハルちゃん」
伝えられない想いは酸味へと変化する。口に広がるオレンジタルトの甘酸っぱさはとっても絶妙。
なのに恋のバランスは中々に整わないものだ。分量と手順のレシピがあればいいのに。
***
電子辞書が必要だ。
京子は英語の勉強のために机に向かっていたが、イマイチ発音が分からない問題があり辞書を引こうと思い立った。電子辞書なら音声で読み上げてくれる。前に親が二人用に買ってくれたのが兄の部屋に置いてあるのだ。
今の時間、兄が自宅不在なのは分かっているがコンコンとノックしてから入室した。本人からいつでも部屋に入っていいと言われているし、日頃から洗濯物置いたりゴミの回収とかで家族たちは部屋へ立ち入ることがある。
京子が兄の部屋に入るのは数週間ぶりだったが、ふと違和感に気付いてしまった。勉強机の上にお目当ての電子辞書を見つけたが、別のものが視界に入って京子は伸ばしかけた手を引っ込め動きを止める。
──イタリア語入門編
机の隅に教科書とは違う文庫サイズの本があった。新品ではなく付箋が挟まってるとの、ページはよれて浮いている。飾りでなくちゃんと使い込まれている。兄の部屋はボクシング関連だけで溢れていたはずなのに⋯⋯。
あぁ⋯⋯、そうか。
わかっていた。見ないふりをしていただけだ。
時間は進み続けて戻れないのだと実感してしまった。
高校生。
期限が決まってる、今だけの時間。
小学校中学校と義務教育を終えたら、高校生は残り少ないボーナスタイム。高校終われば進学する人もいるが、社会人として就職する人もいる。地元や親元から離れ旅立つ人も少なくない。
勉強苦手である兄が積極的に情熱注いで学習するとは思えない。同じベクトル方向に譲れないものがないといけないのだ。ボクシングのためにランニングするように、兄が兄らしく極限でいるためにイタリア語が必要なのだろう。辿る延長線のその先。
十年後の兄の姿を知っている。成長した姿は体格も育ち貫禄付いて落ち着きある立派な大人であった。未来への長い道程を今の兄だって歩み始んでいるのだ。
──ガチャリ
思考に飲まれ兄の帰宅音に全然気付かなかった。
「京子ここにいたのか。帰ったぞ」
「お、⋯かえり。お兄ちゃん」
青白い顔で本を手に取っていた京子を見やると、了平はふぅと息を吐き出した。それが酷く大人びて遠くの存在に感じるから不安になる。
兄はいつも前へ進んでいるが、必ず京子の手を引いてくれた。
それなのに今は背中しか見えない。
置き去りにされている気分だ。
「お兄ちゃん、あのね。電子辞書借りようと思って」
「あぁそこにあるだろう」
「うん。ごめんね、別の勝手に触っちゃって」
「そんなこと気にするな」
「ごめん」
「大丈夫だっていってるだろう」
「うん⋯」
「それより、……そのまま聞いてくれ京子」
「⋯⋯うん」
「高校卒業したら俺はイタリアへ行くことにした。ずっと前から俺の心は決まってるのだ」
「お兄ちゃんと私、離れちゃうの?」
「あぁ」
「日本じゃだめなの⋯⋯?イタリアって……っ」
「飛行機でびゅんって距離だ」
「びゅんって!……でもっ、遠いよ」
「京子」
わしゃりわしゃり大きな手が髪の毛を掻き混ぜる。子供の頃から変わらない撫で方は、京子の揺れる気持ちを落ち着かせる頼もしいパワーがある。
「俺も京子と離れるの寂しい。だが兄妹ならいつかは生活を離れるものだ。それは分かるだろう?京子、……お前は俺と離れることじゃないで、違う大切なことを感じてるのではないか?」
お兄ちゃん以外のこと
大切なこと
浮かぶ人
あぁ、そうである。
兄と離れるのは寂しいが仕方ないことだ。私の今の心の焦りは兄に対してだけじゃない。兄がイタリア行くということは、みんなも、綱吉も獄寺も山本もクロームも既に覚悟を決めているはずである。
「ねぇ⋯、花は⋯⋯?っお兄ちゃん!!花とのことどうするの」
「ちゃんと時が来れば形にする。しかし花はコッチのことは何も知らせない。イタリアには連れて行かん。日本に残ってもらうことにした」
「⋯⋯そっか」
きっと奈々のように知らせないことで守るのだろう。知ってしまったら戻れない。怖いこともある。
だけど京子は、もう知ってる側なのだ。
綱吉達が傷作る理由知らないのが怖かった。未来で戦いの側にいて何もできなかったのが歯がゆかった。教えてくれないことを責めたりもした。分かり合うために必要なことだったが、教えない隠し事への苦しさも知った。だから戦闘はできないけど支えることが私達の戦い方だった。
未来から帰ってからというもの、綱吉達はもう京子に危ない場所へ深入りさせることはなかった。怪我することあっても事情は教えてくれず、心配することしかできなかった。
でも、これからその役目も貰えない。これから遠く離れた場所で、出来た傷さえ知らぬままになってしまうだろう。
私の未来に、皆はいるのだろうか。
皆の世界に、私はいるのだろうか。
大好きな人が離れてしまう。
もう進む準備は始まってる。
立ち止まっているのは自分だけ。
ただの友達という立ち位置では綱吉と同じ重なる未来を歩けるわけない。離れてしまう現実は日々迫っていた。
「ツナくんも、みんなみんな行っちゃうんだね」
誰よりも優しい人なのに。
優しいから置いていく。
「自分より、周りが傷付くことに悲しむやつだからな。そういう男だ」
「ツナくんだから。巻き込んでほしいのに」
「俺はもうぶつけた。京子にも覚悟があるなら、正々堂々と正面からぶち当たれ」
「京子なら大丈夫だ。なんてったって俺の妹だ!強い!自分を信じればいい」
「……うん」
「ソレはまだ溢さずにとっておけ。武器になるんだろう?」
「ふふっ、武器って……!お兄ちゃんそんな事知ってるの」
「花から聞いた!」
今は手を伸ばせば届く距離にいるのに、このまま臆病虫でいたら後悔する。
「いいか京子、俺から言えることは極限!これだけだ!」
「……うんっ、そうだね。私も極限してみないとね」
「いくぞ!」
「「極限っー!」」
やはり兄は太陽のような人だ。
ドンピッシャーンと京子の曇った心を真っ直ぐ奥底まで照らしてくれた。覚悟は決めた。あとは行動だけだ。
「了平、選んだんだな」
「パオパオ老師!」
「可愛い妹を任せられてもいいんだな」
「あぁ。今でも京子のことは巻き込ませたくない。だが俺はあの日の一発で、前に進むことを決めた。男に二言はない。あとは話して並び立てあえる二人だ。だから二人が自分で道を決める問題だろう」
「そうだな」
「沢田は強く、なし遂げられる男だ。俺のボスだからな」
***
置いてかないで、離れたくない。
繋がりを解かないで。
どんどん沸き上がって吹きこぼれてく感情。気持ちに蓋ができない。恋は綺麗なだけじゃないんだ。貪欲で傲慢で我儘になってしまう。焦がれて焦がれて、たくさんの感情が混ざりあう。
京子は家から飛び出し、夕暮れの街を走った。信号待ちでさえもどかしい。足踏みしながら息を切らせ、通い慣れた一軒家の前で立ち止まる。すぅはぁと深呼吸一つ。勇気をだし震える指でインターホンを押した。
『はーい?』
「っ、さ、笹川京子です」
『えっ、京子ちゃん!?』
ドタバタと廊下走る音がしてからすぐに玄関扉が開かれた。約束もしてない京子の突然の来訪に、綱吉は目をまん丸として驚いている。
「ッツナくん、突然来ちゃってごめんね」
「ど、どうしたの?うち上がってく?」
「ううん。ちょっと話したいことがあって。外じゃダメかな」
京子の真剣な顔を見た綱吉は一瞬息を詰めたが、すぐに笑って頷く。
「もちろん大丈夫だよ!かあさーん、俺ちょっと外でてくるから」
綱吉はスニーカーを引っ掛けると、待たせることなくそのまま出てきてくれた。薄橙だった空は、だんだん赤みを増している。
二人で静かになれる場所を目指して京子は歩き出す。学校のことや天気だとか、中身あるような無いような他愛もない雑談を交えていたが、ポツリポツリと話題が途切れていき無言になった。
淀んだ静けさではなくて、柔らかく包むような空気。綱吉の隣はいつも心地良い。
静かなまま並び歩いてやってきたのは並盛町を流れる河原である。
草花が生え揃った上に腰を下ろすと風が吹いて二人の髪を撫でた。濃紺のグラデーションがかったた空に一等星が顔を出し瞬いて、街の建物も明かりを灯すなか、ようやく京子はぽつりと切り出した。
「お兄ちゃん、卒業したらイタリアに行くんだね」
綱吉はこの話の検討を付けてたようで、一文に引き締めていた口を苦しげに開く。
「⋯⋯うん。ごめんね」
言葉で謝りながらも、揺るぎない覚悟を灯した光が煌めいていた。ちりちりと燃えるような目。沈みゆく夕陽が映る瞳の色は死ぬ気姿のよう。了平も綱吉も答えが変わることない進路なのだと、京子もそのことは分かってここに来た。止めることはできない。
「いいの。だってお兄ちゃん、ボクシング修行で日本一周しちゃうんだよ?……いつか飛び出すのわかってたから」
「京子ちゃん⋯、本当にごめん。大切なお兄さんなのに、俺は連れて行くんだ。イタリアへと渡れば命の危険と常に隣り合わせだ。元の道へは決して戻れない。今までとは全然違う。そんな酷いことだと分かってても、俺にはお兄さんの日輪が必要なんだ」
命のやりとり。皆が進む険しい道。
十年後の世界で最初に目にした出来事は、あまりのショッキングな体験。見知らぬ廃工場で襲われ恐怖と混乱の最中に、目の前で綱吉が串刺しになったこと。身体をはり京子を庇って、たくさんの血を流していて、それなのにボロボロになっても守ってくれた。
そんな出来事がまたあるかもしれない。海を渡った手の届かない場所で。
知らないことは、嫌なのだ。
遠くで待つだけなのも嫌だ。
覚悟は決まってる。
「ツナくん、聞いてほしいことがあるの」
ほっと目蓋を伏せた。すると十年後のこの河原で綱吉の秘密を話してくれたことが脳裏に振り返る。マフィア組織ボンゴレ、十代目候補、未来での戦い。包み隠さず全てを教えてくれたこと。絶対負けられない戦い、男のプライド。それを見守り祈ることしかできなかった。でも確かにあの時、一緒に戦い仲間として並ぶ気持ちが重なることができた。
だから隠していた京子の想いを伝えるならば、ここが良かった。ここを選んだ。
止めることができないならば、京子は踏み出す。一緒に進む道を選びたい。
「私も連れてって」
この想いが伝わってほしい。
一度口に出せば、堰き止めていた想いをもう塞ぐことは出来ない。
「⋯⋯好きなの」
たったニ音の言葉に世界は色を変える。
「⋯⋯ッ」
綱吉は縛り付けられたように動きが止まる。目を大きく開いて瞠り、信じられないような顔をして京子を見た。了平の話は受け構えてたのに、告白は全くの予想外だったらしい。
「好きなの、ツナくんのことが」
「⋯⋯ッッは、⋯⋯へ?」
綱吉の顔はみるみると真っ赤になっとなる。陽が落ちコントラスト低くなっても変化が分かった。だがハッとすると急激にくしゃりと顔を歪めると、怖がるように困ったように眉を寄せてしまった。
「京子ちゃん⋯⋯待って、だめ⋯⋯っ、駄目だよそれは⋯、そんなこと⋯ッ」
綱吉は口を手で覆う。首を横に振りながら「なんで⋯⋯、」と呆然とくぐもった音を繰り返している。
京子はもう引かない、隠れない。
固い決意だ。
自分の気持ちを押し通して突き進むことを決めたのだ。
「ツナくんのことが、大好きなの」
京子からの怒涛の愛の告白に、ついに顔を俯いてしまい表情が見えなくなった。膝を抱える綱吉の背中は震え、鼻をスンと啜る音が聞こえる。優しい彼を追い詰め苦しい決断をさせてしまう。
「京子ちゃん、だめだよ。知ってるだろ、俺⋯⋯、マフィアのボスになるんだよ?」
「うん。だけどツナくんはツナくんだよ、私の大好きな人」
「待って、本当に待って⋯⋯、ダメだって⋯っ、ねぇ」
もう隠せなくなるほど彼は涙を零していた。ポロポロと雨粒のように流れてゆく。真摯な彼は京子の言葉も気持ちから逃げることはしない。すべてを包み込む人だから。
好きだという言葉をまっすぐに受け止め苦しんでいる。
「ツナくんが、好きです」
「⋯⋯だめなんだよ、そんなのだって……っ!こんなの知ったら俺、俺⋯⋯、」
苦しそうに眉間に皺を寄せて、絞り出された言葉。優しい綱吉が守るときに拳を振るうのと同じ顔だ。
京子は綱吉を一人にしたくないのだ。寄り添っていたい。全てを知っていたい。隠さないでほしい。
そんな顔をするのは、どうしてなのか知りたい、近くにいたい。祈ることしかできないかもしれないけど、身も心も誰より近くにいたいのだ。遠距離な大人の恋を京子にはできない。耐えきれない。
「沢田綱吉さん、私と付き合って下さい」
「こんなのっ!俺、京子ちゃんと、⋯っ、離れられなくなる⋯⋯!」
「私も離れたくないの!だから、ツナくんっ、連れてってよ!」
「空の下で笑う京子ちゃんが好きなんだ!!連れてったら……曇らせちゃうかもしれない」
「──大丈夫だからっ」
空のないここは真っ暗な世界になってしまう。それなら綱吉がいなければ何処にいたって変わらない。
雨も曇りも晴れも霧も嵐も雷もなにも訪れないのだ。
綱吉のいる場所が京子にとって陽のあたる場所。
「ツナくんが好きだから、離れたくないの」
「本当に、本当に危ないんだよ?」
「うん」
「きっとたくさん傷つける。嫌なところを見せる」
「うん、全部見せて。隠さないでほしいの」
綱吉が京子にマフィアの側面を見せたくないことは知ってる。未来から帰ってきてからは私達を極力巻き込まないようにしてるのを感じた。なのに意図的に離していた世界へと再び連れて行けと私は伝える。
大好きだから、世界を分けないで欲しい。一緒に道を進ませてほしい。
京子は心の想いが強く燃え上がっている。心が剥き出しであるほどに綱吉にはダイレクトに気持ちは伝わる。
「ツナくんが大好きなの。ダメなことなんてない、出来ないこともないよ。私いまきっと死ぬ気になってるよ」
京子は綱吉の手をとり握る。
そしてまっすぐに目を見つめた。
お互い鼻が赤くなって、涙がでていて、酷い顔。好きな気持ちを伝えてるのに結びつけるのはこんなにも難しい。
「ねぇ私のこと連れてって⋯⋯!置いてかないで、そして“守ってみせる”って言ってよッ!!」
また怖いことはあるかもしれない。
だけど京子は信じているのだ。
綱吉の揺るぎない誇りを、覚悟を、プライドを。
守ってみせる
綱吉の死ぬ気の源だ。
守るために京子を置いていこうとした。
京子が好きだから。
だけど綱吉は京子のために、守るためなら何度も立ち上がれる、いくらでも強くなる、どんな場所でも誰が相手でも絶対に負けない。
綱吉の死ぬ気は京子への想いから始まったのだから。
「⋯⋯っはは。京子ちゃんそれずるいよ⋯⋯」
ぎゅう
未来で貫かれていた傷が残る肩へと、綱吉は京子を抱き寄せた。
「絶対に、俺の命にかえても君を守ってみせるよ」
京子へ囁かれた言葉は肯定するもの。背中へと手を回して抱きとめて実感した。あぁ自分の気持ちが伝わったのだと。片想いが実ったのだと。踏み出してよかった。ほろりほろりと眦から雫かおちてゆく。
「⋯⋯好き、俺も好きだよ。京子ちゃんが大好きなんだ。中学生のとき初めて見たときからずっと。君の笑顔が好きなんだ」
「⋯⋯うんっ、私も好きなの。ツナ君のこと好きだよ」
「嬉しい⋯。俺さ、俺の夢って叶わなし叶えちゃいけないって思ってた」
「ツナくんの夢⋯って巨大ロボット⋯?」
「ははっ、違う違う!」
綱吉は抱きしめていたのから離れると、京子の両肩を掴み真剣に見つめてきた。
「俺の夢はさ、じつは京子ちゃんと結婚したいって思ってた」
伝えてくる綱吉の頬と耳は少し赤くなっていて、優しげな瞳からは愛しさが溢れてる。真正面から近距離でこれを浴びた京子は「あ⋯う⋯」と声にならない。茹でられたように、みるみると真っ赤となる。
「叶えてもいいのかな」
「〜〜っ!えへへっ⋯!うん、いいよ!一緒に叶えようっ」