オレはいま、新開隼人という男について考えている。
なぜ急に自分の恋人について考えているのかというと、始まりはなんてことない一言だった。
「俺さ新開がモテる理由なんかわかるわ」
次の授業のために教室を移動中、隣を歩くクラスメートが唐突に発した言葉。そいつの目線の先には、女どもに囲まれる新開がいた。口端を緩く持ち上げるその顔は、普通のヤツが見れば笑っているように見えるのだろう。でもオレにはあいつが心の中で、まいったなぁと思ってるのが手に取るようにわかる。
「顔が良くて、人当たりもいい。高身長で筋肉質、おまけにチャラついてないから一途に見える。非の打ち所がないだろ」
やっぱりこいつにも、新開は笑顔で女どもに対応しているように見えたらしい。ペラペラと口から零れる単語は、全部新開を指している。最大級に褒めているだろうその言葉には、どうにも違和感があり素直に頷くことは出来なっかった。
「東堂もいるし、自転車部って大変だよな」
チラリとこちらを見たそいつの瞳には、同情の色が滲んでいる。暗にオレはモテないと言いたいのだろう。
「っせ、くだんねェこと言ってんじゃねーヨ」
軽く舌打ちして、そいつを置き去りに先を急ぐ。追いかけてきたそいつは、まだ何か言っていたが耳に入ってこなかった。
新開は顔がいい。これはオレも同じ意見だ。
分厚い唇も、垂れた青い瞳も、通った鼻筋も、ふわりと揺れる赤毛も。全部が新開隼人という男を充分に引き立てている。ぶっちゃけ、マジであいつの顔はオレの好みドンピシャだし。けれど世間一般のヤツが言うあいつの顔がいいと、オレの中でのあいつの顔の良さの定義は違う気がする。
まずオレはあいつをカッコいいとはあまり思わない。あまりというのは例外があるから。チャリに乗っている時だけは、あいつはカッコいいと思う。でもそれ以外は可愛いと言う言葉がしっくりくる。オレを見てへにゃりと笑う顔も、拗ねた顔も、怒った顔すら可愛い。つまりオレ的に、新開は可愛いってことで落ち着いてしまう。
次に人当たりがいい。これに関しては、あいつが面倒くさがってるだけだ。ああしてニヤついて、人の話しをちゃんと聞いてますって顔して、実際は右から左に流してるんだ。あいつは自分の内側に入れる人間をちゃんと選んでる。つまり人当たりがいいと思ってるヤツは全部あいつの外側にいるってことだ。いったん内側に入ってみろ、かなり面倒くさいヤツなんだぞ。
身長、筋肉、一途はあのクラスメートの言う通りだけど、だから? って感じだよな。身長は自分で伸ばせるわけじゃないし、筋肉は新開の努力のたまものだ。他人にどうこう言われる筋合いはない。あと一途って、あいつの相手になれなきゃなんの意味もないだろ。そもそもオレが手放す気がないんだから、他のヤツがそれを経験出来るわけもない。
だいたい新開の良さってのは、目に見えてるものだけじゃなく、こう内面的なこともいっぱいあるんだ。しっかりしてるように見えて、実は天然でほっとけないとことか。寂しがりで甘え下手、図太く見えるけど神経は細かったり。大口開けて物食う時の顔とか、一気に口に入れすぎてすぐ食べカスつけるのとか。ニヤケ面とは違い、目尻をこれでもかと下げて笑う顔。オレを呼ぶ時の、甘くて丸い声。最中イキそうになると人の名前を連呼するところ。
――全部が可愛くて愛おしい。
「……とも、やすとも」
ほら、新開のことを考えすぎて幻聴まで聞こえてきた。
「靖友!」
すぐそばで呼ぶ声に、ハッと飛んでた意識が戻ってくる。目の前には新開の顔。覗くようにこちらを見ていた瞳が、オレを見てゆるく形を変える。
「やっとこっち見た」
ふにゃりと微笑み、新開は隣へ座り直した。
「は? おまっ、なんでここいんの?」
そうここはオレの部屋で、物思いふけるまで確実にひとりだった。
「オレ昼に靖友の部屋行くって言ったぜ」
新開の言葉にぼんやりと昼の記憶が浮かんでくる。確かに言っていたかもしれないが、勝手に入れとは言っていない。
「おまえノックしたか?」
「ちゃんとしたよ」
「オレ返事した記憶ないんだけど」
「うん。靖友が倒れてたらって心配で勝手に開けちまった……ダメ、だったよな」
ふにゃふにゃ笑いながら話していた新開が、急にしゅんとした顔になり何も言えなくなった。こういう顔にもオレは弱いんだよ。
「アー、もういいヨ。ボーッとしてたオレもわりィし」
「ほんと?」
瞬間パッと顔を変えた新開に、胸がきゅんとするのもいつものことだ。いま口を開くと余計なことを言ってしまいそうで、何も言わずに頭を撫でた。それに嬉しそうに笑う新開はやっぱり可愛い。
「それで、靖友は何考えてたの?」
「ア?」
「なんか考え事してたんだろ。難しい顔したり、ちょっと笑ったり、百面相してたぜ」
「おまえ、いま来たばっかじゃないのかヨ!」
新開の言葉に驚きすぎて、少し大きめの声が出た。でも目の前の男はそれも慣れっこで、へらりと口許を緩めゆっくり頷いた。
「すぐに声かけようかなーって思ったんだけどさ、靖友の顔見てるの楽しかったから」
「はァ?」
「でもさ、せっかく靖友の部屋来たんだしやっぱかまってほしいな」
ふわふわ、ふにゃふにゃ、目の前の男を表す言葉は何がふさわしいんだろう。オレはこの可愛い生き物に一生敵わない気がする。けどそんなこと言うのは悔しいので、キスで誤魔化すことにした。