オレはいま、荒北靖友という男について考えている。
なぜ急に自分の恋人について考えているのかというと、始まりはなんてことない一言だった。
「荒北って、マジでモテねーの?」
休み時間、なにげに覗いていた窓の下。グラウンドには次の体育の授業のため、生徒が少しずつ集まっている。その中にダルそうに歩く、ジャージ姿の靖友がいた。いつもの剣のある顔と違い、いまは気の抜けた表情をしている。
「背が高くて、スタイルはいいし、運動神経もよくて、顔も悪くない。意外といい奴だし、何より女子に対して構えたとこないだろ」
スラスラとそいつの口から出る、靖友への褒め言葉。それは間違ってない、間違ってはいないけど、どうにも何かが引っかかる。
「自転車部はおまえや東堂がいるから、そっちに目がいくのかもしんないけど、おまえらが一緒じゃなきゃモテたと思うんだよな」
窓の外あくびしている靖友を見つめながら、どう答えるべきか考える。
「……そうだな」
結局、当たり障りのない返事をした自分に、心の中で苦笑いするしかなかった。
靖友はスタイルがいい。これは本当にその通りだ。
手足はスラリと伸びているし、細く見えるが筋肉はしっかり付いている。荒北靖友という男は全身のバランスがとてもいいと思う。思うけど、靖友の良さってそんなところかな。
だって、顔とかスタイルって所詮は見た目だろ。靖友のカッコよさって、見た目とかそんなんじゃない。なんて言うか、目標に向かってひたすら努力できるとか、さり気なく引っ張ってくれる優しさとか、そういう内から溢れてるものだと思う。
靖友は運動神経がいい。これも事実だ。
たぶん大抵のスポーツはこなせると思う。実際足は速いし、何より体の使い方が上手い。でも体育祭や球技大会なんかで活躍してるのは見たことない。本人が面倒くさがって本気をださないからだ。でもオレはそれでいいと思ってる。だって大勢の前で本気だして、靖友がモテたりしたら嫌だから。
そう、オレが彼にちゃんと返事できなかった最大の理由はここにある。靖友の良さはオレだけ知っていればいいんだ。だって靖友にモテてほしくなんかないし、靖友が女の子に注目されたりするのも嫌だ。だから最近少し棘の抜けた靖友は、オレの心配の種だった。靖友と付き合うまで知らなかったけれど、オレは独占欲が強いらしい。
ぶっちゃけ、尽八やオレがいることで靖友が目立たなくなるならそれでいい。とか思ってしまうオレは恋人として失格なんだろうか。
「新開」
突然、耳元で聞こえた声に体がびくりと跳ねる。パッと顔ごと視線を上に向けると、そこには呆れた顔した靖友がいた。
「なァにボーっとしてんだよ」
「え、靖友、へ、まだ四時間目」
「バーカ、とっくに終わってんヨ」
靖友の言葉に周りを見渡すと、それぞれが思い思いに昼飯を食べている。
「どーりで来ねェはずだよな」
こつりとオレの額を小突き、靖友は視線で教室の外を指してくる。黙って頷き廊下に出て、靖友の後ろをついて歩いた。そうして屋上に着くと、靖友はいつもの場所に腰を下ろす。それに倣い横に体育座りすると、目の間に紙袋が現れた。
「え?」
「おまえの分」
「靖友、買ってきてくれたの?」
「誰かさんがボーっとしてる間にな」
眉間にシワを寄せる靖友の顔は、知らない人が見たら怒っているように見えるだろう。でも、オレはこれが照れ隠しだって知っている。
「ありがとう」
自然と零れた笑みに、靖友も満足そうに笑ってくれた。
「で、おまえはまた何考えてたんだヨ」
持っていたパンに齧りつきながら、靖友は尋ねてくる。窺うようなその視線に、少し居心地の悪さを感じてしまう。
「なんだろうな?」
ヘラリと口許を緩め誤魔化してみるけど、これで靖友が納得する訳もない。伸びてきた両手に頬を摘まれ、左右に引っ張られた。
「いひゃい、やふとも、いひゃいっへ」
「んじゃ、誤魔化さずに言え」
靖友の手が離れた頬を擦りながら、チラリと視線を送る。もしかして心配してくれてる? じっと見つめてくる瞳に、それを感じてオレの頬はまた緩んでいってしまう。
靖友のこういうところが本当に好きだ。ぶっきらぼうに見えてもちゃんとオレのことを見て、気づかってくれる。そういう優しさをオレにだけくれるのが、堪らない気持ちにさせるんだ。
「靖友のこと」
「は?」
「靖友のどこが好きかずっと考えてた」
「はァ? おまっ、なに言ってんのォ」
「たくさんありすぎて困るよな」
ぐっと、息を詰まらせ靖友はそっぽを向いてしまった。だけどわずかに覗く耳が赤くなっていて、照れているのが丸わかりだ。
靖友の強くて、カッコいいところが好き。でも同じくらい、照れ屋で不器用なところも好き。つまりは靖友を形作るすべてが、好きで、きっとオレは一生靖友に恋してるんだろうな。
「やすとも」
囁くように呼ぶと、こちらを向いた靖友の手がオレの頬に伸びてきた。そうして掠めるようなキスをされ、耳元に低く掠れた声が響く。
「こっちのセリフだつーの」
パッと靖友から離れ耳を押さえると、ニッと口角を上げた顔と目が合った。くそっ、カッコいいじゃないか。絶対オレがこの顔に弱いってわかってしてるだろ。結局オレは靖友に敵わないんだ。