今日の昼食はカツカレー。カシャリと音を鳴らしこいつを写真に収めた。その写真をすぐさまメッセージと一緒にアプリで送る。既読になったかは確認せず、テーブルに置き両手を合わせた。隣に座る寿一も、向かいの石垣くんもオレの行動を気にすることなくすでに食べ始めている。大学に入ってから、オレはこうして写真を撮ることが多くなった。その日食べた物、道端で出会った野良猫、季節の花たち。被写体はさまざまだけど、送る相手はひとりだけ。
遠く離れた恋人に、少しでもいまの自分を届けたい。
なんてカッコつけてみたけれど、単純に靖友がキチンと返事してくれるのが嬉しいだけだ。離れてからわかったけど、靖友は意外とマメだった。遅れても返事はくれるし、靖友からも電話やメッセージもくれる。オレ自身こんなにやり取りするとも思っていなかった。
高校時代、尽八にはメールの返事が遅いといつも言われてたな。そもそも持ち歩くことにメリットを感じていなかったんだから、どうしようもない。そんなオレが、いまではちょっとコンビニへ出かけるだけでもスマホを持って歩く。だって、その少しの間に靖友から連絡があったら嫌じゃないか。一日のうち、靖友を思う時間はたくさんある。でも実際に共有できるのはは、ほんのわずかな時間だけ。なら、その時間は少しも削りたくない。
靖友とオレを繋いでくれる、とても大切なアイテム。そいつがテーブルの上で、ブルブル震えた。口いっぱいに頬張ったカツを咀嚼しながら手に取る。そうして画面を覗くと、そこには恋人からのメッセージ。
『うまいからって早食いすんなよ』
勢いよくカツカレーをかっこんでいる姿を、見ているみたいな返事。近くにいなくても、オレの行動は靖友にバレバレだ。こういう何気ないことでも、靖友をそばに感じるとオレの心はふわりとあたたかくなる。テーブルにスマホ戻し、再びスプーンでカレーを掬う。口に入れたそれを、今度はゆっくり噛み締めた。こうして言われた通り落ち着いて食事するだけで、靖友がそばにいてくれるような気になれる。けれど欲張りなオレは、もっと靖友を感じたくなるんだ。
半分ほど食べ終えたところで、もう一度今度は自分も写るよう撮ってみた。覗いた画面には綺麗に半分になったカレーとオレ。だいぶ見切れているがメインはカレーだしいいかと、そのままメッセージと共に送る。
『靖友のいうこときいたぜ! いまやっと半分だ』
今度はどんな返事がくるかな。ふふっと笑いを漏らした瞬間、手に持ったスマホが震える。
『いうこと聞けてえらい。残りもゆっくり食えよ』
メッセージを読むと同時に、柔らかく微笑む靖友の顔が浮かびつられるようオレも笑ってしまう。
「隼人、顔ゆるんでる」
石垣くんのツッコミに、スマホへ落としていた視線を上げた。彼にしては珍しくイタズラっぽい顔で、こちらを見ている。
「ほんと、顔に出すぎ。誰からかすぐにわかるで」
「そうなの?」
「そや。おまえのその顔見かけた女子から、新開くん彼女おるん? っていっつも聞かれるんやで」
「オレも聞かれるな」
隣で黙って食べ続けていた寿一も、同じように答えた。しかもこの言い方、一回や二回の話じゃないのかもしれない。
「あー、と……ごめん」
「べつに謝る必要はないだろう」
寿一はなんてことない顔してくれるけれど、誤魔化すのは大変なはずだ。二人に迷惑かけているのが忍びなくて、ちょっとだけ気分が沈む。
「ほんま謝らんでええわ。隼人でも恋人のことになると、そないな顔するんやなって思ただけやし」
「そんな顔?」
「しあせそうな顔。ほんま荒北のこと好きなんやなぁ」
石垣くんは目を細め、優しい顔で笑ってくれる。それが嬉しくて、オレも同じように笑い返した。
「おまえら手が止まってるがもう食わないのか?」
どこまでもマイペースな寿一は、いつの間にか食べ終えお茶を飲んでいる。それに二人で顔を見合わせ、また笑う。そうして時間をかけて完食したカレー皿へ、またカメラを向ける。撮れた写真はやっぱり見切れていて、自撮りの難しさに眉が寄ってしまう。
「撮るか?」
オレの様子を見ていた寿一が、こちらに手を伸ばす。それに小さく頷きスマホを渡そうとすると、それは向かいから伸びてきた手に奪われた。
「福富も下手やろ、オレが撮ったる」
「オレは下手なのか……」
地味にショックを受けている寿一に、また二人で笑う。そうして石垣くんに撮ってもらったものは、ブレてもいないし画面にキチンと収まっていた。それを靖友に送り、石垣くんと二人で寿一を慰める。
なぁ、靖友。楽しいこの日常に、おまえがいたらって思うオレは贅沢なのかな。でもさ、おまえがいないのを、寂しく感じるのはしかたない。だって、靖友はオレの特別で大切な人なんだから。