スペシャルソースダイを探す旅の最中もパプニカへは定期報告で訪れていた。
大戦直後よりもだいぶ回復したらしいヒュンケルも、あのラーハルトと組んで方々旅していると聞いていた。
そんな中で偶然、城下の街中でばったり一人で歩いているヒュンケルと出会い、お互いしばらく城下にとどまるという事を知り「じゃあ飯でも食いにいこうぜ」となったのが、ほんの30分前くらい。
復興著しいパプニカの城下は多くの店が立ち並び、おれにも馴染の店ができていた。その中でもとくに気に入りの食堂へヒュンケルと連れだって向かった。
ここは特に肉にが上手い。
席についてヒュンケルにメニューと渡す。
「ここは肉が旨いんだぜ!だいたいみんな名物のステーキセット頼むヤツが多い。おれもいつもソレだな」
「じゃあ俺もそれにしよう」
ヒュンケルが即決したので、おれは顔なじみになったおばちゃんに声をかける。
「ステーキセット2つ!俺はミディアムで250gね、ご飯は大盛り!」
「はいよ、そっちに兄さんもご飯大盛りかい?」
「そうだなお願いする、あと…グラムは400gレアで」
「はいよ!」
おばちゃんは注文を取ると颯爽と厨房に戻り、それを確認してからおれはヒュンケルを蔑みの目で見た。
「お前、瀕死寸前までいったくせにそんなに喰えんの?」
「…?どういう意味だ?」
「400gなんて男でも多すぎだろうが」
昔みたいに食えなくなったと言ってはずなのに、多すぎだろが、残したら失礼だし、なによりおれがお残しはゆるしまへんで?!とつい貧乏性がでて説教してしまう。
「いや、だいぶ減った。昔600gはいけた」
「はぁ?」
600gなんて食うヤツいるか?ゴリラか?とさらに頭に血を昇らせる。
もう少し説教してやろうと、口を開きかけたところで、アツアツの鉄板の上で溢れる肉汁とジュワジュワと跳ねさせながら焼きたてのステーキが運ばれてきた。
「熱いから気を付けな」
そう言うとおばちゃんはお店のスペシャルソース(※)をまだ熱い肉にジャッっとかける。すると一瞬水蒸気で視界が真っ白になって鉄板にあふれた油が水を弾いてパチパチと跳ねた。それからガーリックと玉ねぎの焦げるいい匂い。
「うまそ…!」
「そうだな、旨そうだ」
料理に気を削がれてさっきまでの雰囲気は消えてしまった。
食べ物に罪はないからな。あるとすれば万が一ヒュンケルが残したならヒュンケルに罪があるだけだ。
「まあいいや、無理して喰うなよ。残したら包んでもらえばいいし」
「ああ…心配は無用だと思うがな」
そう言ったヒュンケルの言葉は嘘ではなかった。
ヒュンケルは肉を想像よりもずっと大きな塊に切り分けると、大きく口を開けてひと口でその塊全てを口の中に収めていく。
俺のひと口の2倍位の大きさに肉が切り分けられては口に中に消えていく。
かなり大きな塊なのに、口の周りには一切のソースもつかず綺麗に咥内に収められてはヒュンケルに咀嚼されて胃に落ちていく。
無駄のない食べ方は見ていて小気味が良いくらいだ。
「さすが、勧めるだけあって旨い」
「…へ?」
「なんだ?お前こそ全然進んでないじゃないか」
そう言われて、おれは自分がヒュンケルの喰いっぷりに見惚れていたことに初めて気づいた。案外お行儀よく綺麗にそしてたくさんの量を食べる姿は見ていて、とても気持ちのいいものだった。
「ああ?おれはゆっくり食べたいんだよ!」
「そうか。だがあまり時間をおくと肉は硬くなるぞ?」
「うっせ!おれの勝手だろ!」
慌てて口に入れた肉は確かに少し硬くなってしまっていた。
結局ヒュンケルは400gを綺麗に食べきった。
俺はヒュンケルの喰いっぷりに当てられたのか、ご飯を少し残してしまった。無念だ。
しかもヒュンケルのヤローはおれの手首を掴みまじまじを見下し、そして最後に「お前はもっと食った方がいい」と言い残して、料金をきっちり俺に渡して去っていった。
一人残された俺は茫然とヒュンケルの背中を見送って、ヤツの姿が見えなくなる頃に、ようやく遅れてきた怒りのような妬みのような気持ちに「腹立つぅ~~!」と一人でじたばたするしかなかった。
でも。
でもまあ、瀕死で明日も分からないと言われたヒュンケルが旨そうに食事をする光景は悪くなかったな。とも思ってしまった。
食事は生きる気持ちの表れだしな。
※スペシャルソース=ス//テ//ーキ宮のタレ