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    ※場地さんが天使になったお話
    ※千冬は大学生

    本物【ふゆばじWebオンリー】 からりとした晴天に真っ青な空の下。天気がいいので洗濯物を干そうと思い立った松野千冬はぴーぴー音が鳴っている洗濯機から湿った衣服を取り出し、ベランダへと出る。
     外に置きっぱなしの物干し竿は雨に濡れて少し赤錆びていた。洗濯籠を置き、おもむろにパンツを手に取り、乾き切った洗濯バサミに吊るそうとグイ、と取手を開くと洗濯バサミは呆気なくパキリと音を立てて壊れてしまった。呆気に取られた千冬は思わず手にしていたパンツを落としてしまった。
     地面に落ちたパンツを見ながら(洗い直しかぁ)とため息をつき、パンツを拾い上げ、遠くを見つめる。
     マンションの六階。見下ろせば足がすくむ高さ。
     ここから飛び降りたら死ぬだろうか。柵は越えようと思えば越えられる高さだ。一瞬だけかもしれないが、重力に身を任せるのは気持ちいいかも知れない。
     千冬はもう一度だけ下を見下ろして、考えを改めた。
     こんな事馬鹿げたことを考えてないで洗濯物干さないと。まだ書いてないレポートもある。
     腰を曲げて洗濯籠に手を突っ込んだ瞬間、ずん、と背中に衝撃を受け、そのままベランダに倒れてしまった。
     いてぇ、と呟き、背中を見た千冬は目を見開き、動けなくなった。
     そしてしばらくの後、あぁ、天使が落ちてきたのだ、と理解する。



     この世界の神様というのは随分ユーモラスな存在のようだ。晴れときどき天使、なんて馬鹿げた天気予報も聞き慣れてしまった。
     何年か前から、天使が降ってくるようになったのだ。最初こそ大騒ぎとなったが、天使は悪さをするわけでもなければ、衣食住を必要としないし、しばらくしたら消えていくため、人々はいつの間にか天使がいる普通の暮らしをしていた。
     天使が落ちてくるのも珍しい事ではない。わずか数年百人に一人は天使と生活したことがあると統計には出ているくらいだ。
     なぜ落ちてくるのか、彼らは一体何者なのか、目的も分からない。人間にはわからない事がごまんとある。そんなわからないことをずっと考えるより明日を生きることの方が大切なのでほとんどの人間はその理由を考えたりはせず、ただ天使がいるという事実を受け入れるだけだった。
     だが、千冬のところに落ちてきた天使は特別だった。
     「場地さん」
     落ちてきた天使を部屋に連れ込みベッドに寝かせてやる。その天使は、かつて死別した場地圭介そっくりであった。
     いや、そっくりどころの話ではない。彼そのものだ。
     あの時の姿のまま、服も芭流覇羅の特服を着たままの姿だ。首のない天使なんて言われていたが、本当に天使になるなんて、と千冬は自嘲気味に笑ってしまう。
     天使はまだ眠ったままだがどうしようか。通常なら適当に過ごして適当に消えてしまうようだが、彼をこのまま外には出したくない、という気持ちが強くなる。
     どうせなら、このままここで一緒に。
     そんなことを考えていると、天使がゆっくりと目を開けた。
     「場地さん!」
     千冬は思わず天使にぎゅうと抱く。本当はもっとじっくりと再会を楽しみたかったが、もう二度と会えないと思っていた彼に出会えた喜びは我慢できるようなものでは無かった。
     しかし、天使は千冬の予想外の言葉を紡ぐ。
     「誰だ。オマエ」



     場地圭介の姿をした天使は記憶がないらしい。自分が天使だということは理解できているようだが。
     彼は千冬のベッドの上できょろきょろと辺りを見渡している。目に映るもの全てが珍しく感じるらしく、興味深々で部屋を見ている。
     一方で千冬は、場地の姿をした天使に冷たく突き放されたことがショックで、受け止められずにいた。
     間違いなく、場地圭介。声も顔も挙動も、まちがいなく彼だ。
     しかし。
     「場地さん……?」
     名前を呼んでも反応してくれない。
     「あの……名前も覚えて無いんですか?」
     「ん?そうみてぇなんだよな。名前、何だっけ」
     「じゃあ、場地さんって、呼んでもいいですか?」
     自分でも情けないお願いだと思った。彼は場地圭介では無いのに、彼に場地圭介を求めてしまっている。そんなことは、虚しくなるだけだとわかっていた。分かっているのに、止められない。
     「別にいいぜ」
     彼はにこりと笑って了承する。
     その笑顔も場地さんそのものなんだけどな。



     場地の一日は千冬の部屋の中で完結していた。
     記憶がないので、外に出たいとは思わなかったし、自分がそばにいると千冬が喜んでくれる。何故かはわからないが、それが自分にも嬉しかった。
     千冬は今大学生だ。学校に行ったりバイト先に行ったりと忙しそうにしていたが、暇さえあれば自宅に戻ってソファーにごろんと横になっていた。
     彼は不眠症だそうだ。なんでもいつからか寝付きが悪くなったのだとか。理由は聞かない。あまり他人の生活に踏み込むのもよくないと薄ら思っていた場地は帰ってきた千冬とほとんど話すこともなかった。
     しかし、何日もそんな生活が続けば、流石の場地にも退屈という概念が生まれ始める。
     千冬の家に場地がやって来て二週間ほど。いつものようにごろんと寝転がる千冬に場地は「なぁなぁ」と声をかけてみた。
     千冬は目を開き身体を横にしながら「なんですか?」と場地に応える。
     「そんなに疲れてんならバイト休んだらいいんじゃねぇの?」
     「ダメですよ……親の仕送りには頼れないんです……ただでさえ一人親で大変なのに……色々、迷惑かけたし……それに、ペットショップで働くのは、楽しい……オレ、将来ペットショップを経営するのが夢で……」
     ぼそぼそと千冬は絶え間なく話す。こんな風に話すつもりが無かったが、場地の声で尋ねられると思わず話してしまう。場地は興味津々にそれを聞いていた。
     「へぇ〜すげぇじゃん。夢だったん?」
     「えぇ、まぁ…………」
     千冬はそれだけ言って寝返りをうち場地に背を向け、何も喋らなくなった。それ以上何も言えなかったのだ。
     一方で場地は千冬の背中を見ながらペットショップという言葉に心が踊っていた。
     きっとモコモコとして温かな小さな生き物たちがたくさんいるんだろうな、と思うと幸せな気持ちになる。千冬はそのペットショップを経営するのが夢だという。
     素敵な夢だ、応援してやりたい。不思議とそんな気持ちが芽生えていた。





     今でもたまに夢に見る。人の魂が抜けていく瞬間の、感触を。





     場地が来てから、千冬の睡眠障害は酷くなっていた。
     ある日処方されたのは、いつもの睡眠導入剤とは違うものだ。医師はしっかりと薬の説明をしてくれたが、千冬の頭には入ってこなかった。
     何を飲んでも良くはならない。そう思っていた。これはただの気休めなのだ。
     帰ってきた千冬は何の躊躇いもなくそれを飲んだ。明日はちょうど休みなので、体の調子が悪くなっても問題ない。そのまま千冬はソファーの上で眠る。
     ちらりと場地の方を見れば、彼は千冬の持っている動物図鑑に興味津々らしく、ずっと釘付けになっていた。



     千冬が目を覚ますと、既に昼を過ぎていた。頭がぼんやりするが、小腹がすいたので鉛の身体を持ち上げる。
     場地は動物図鑑に夢中になったまま眠ってしまったようで、床に寝転がりすやすやと寝息を立てていた。幼い彼を尻目に、千冬は適当に何か食べようと、冷蔵庫を開けたが何も入っていない。
     仕方なしに適当なパーカーを羽織って、外にでる。いつも利用しているマンション前の弁当屋には何人か並んでいた。並んで待つのも面倒で、少し離れたコンビニへと向かう。適当に食べやすそうなナポリタンを買い、部屋へと戻ってくる。
     ちょっとした外出だったが、だいぶ疲れたような気がする。帰ってきても場地は眠ったままだ。
     温まったナポリタンを開封して千冬はプラスチックのフォークを使って食べる。味がしない。本来ならケチャップの濃い味がするはずなのに。ゴムを食べているみたいだ。
     それでも完食してゴミを捨てる。無音の音がするのでテレビをつける。政治家が何か言っている。海外で悲惨な殺人事件が起きた。漫才をしている。トイレに行きたくなったので立ち上がり用を足す。ソファーに横たわる。遠くで声がする。
     いつの間に千冬の周りは真っ白な壁に囲まれていた。頭がすーっとしていて、身体が重い。視界に映るものも、耳に入ってくる音も、ただ千冬の身体に当たって通り過ぎていった。



     身体が沈んでいく。魂の抜けた身体を支えていた腕から一緒に世界から消えて無くなっていく。



     目を覚ますと、場地が「おはよう」と声をかけてきた。千冬も「おはようございます」とがさがさの声で返事をする。
     「千冬、死んじまったのかと思った」
     場地が手を握ってきた。
     ぼんやりとする頭でそういえば、昨日薬を飲んだのだったと思い出した。
     顔を歪めている場地に「死なないですよ」と手を握り返す。それでも場地は不安そうな顔をやめない。
     その顔を、見ていたくはない。
     千冬はさらに強く手を握り返して身体を起こす。そのまま場地を抱きしめて「場地さんこそ、置いてかないでくださいよ」とささやいた。
     「なんだよそれ、置いてったりしねぇって」
     場地の眩しい笑顔に、千冬のちょうど心臓辺りがきりりと痛んだ。





     秋口。外で活動するにも丁度いい気温になった頃。場地が千冬の元にやってきて三ヶ月程度が経った。
     千冬はかつての東京卍會のメンバーからバーベキューの誘いを受け、少し迷いつつも場地を連れて行くことにした。
     山裾で、川が流れていて、紅葉が綺麗な場所だ。
     やって来たのは懐かしい面々。マイキーと一虎はいなかったが、他の創設メンバーは揃っていた。そして、場地の姿を見て各々目を丸くする。あらかじめ千冬は場地のことを伝えてはいたが、実際に見た時の衝撃は相当なものらしい。
     何も知らない場地は「どうした?」と一人きょとんとしているだけ。
     「別人か?いや、それにしては場地に似すぎだろ……」
     「ああ……どっからどう見ても、場地だろ」
     「でもよぉ……」
     「そうです。彼は空から落ちてきた天使で、場地さんじゃありません。オレが勝手に場地さんって呼んでるだけなんで」
     千冬の微笑みに、3人は何も言わなかった。



     バーベキューをするために、各々が作業を分担するなかで、千冬と場地はコテージのそばで軽く野菜を洗い、切っていた。
     そばを流れる小川は澄み渡り、砂利が流れていくのが良く見える。たまに流れてくる赤い紅葉が風流であった。
     千冬が包丁を手に取ると、嫌な汗をかいてしまう。しばらく包丁なんて握っていなかった。
     「千冬、大丈夫か?顔色悪いけど」
     一緒に野菜を調理していた武道が声をかけてくる。千冬は大丈夫、とピーマンを切る。
     そうしていると隣で野菜を切っていた場地が痛い痛いと泣き出した。武道はすぐに手元にある玉ねぎが原因だと分かったが、千冬は場地の涙に動揺していた。
     「泣かないで、場地さん」
     いつかの心臓の痛みがやって来た。ぎりぎりとブリキのロボットについたゼンマイを無理矢理巻こうとしている。油を差したら幾分楽になりそうだが、それがどこにあるかは分からない。
     手で目を拭おうとする場地を武道は止めて、綺麗な布巾を渡してやる。
     「……天使でも、玉ねぎ切ると涙出るんスね」
     「玉ねぎ……」
     ようやく涙の理由がわかった千冬は少しだけ落ち着きを取り戻す。それでも場地の目は真っ赤になっていて、ぼろぼろと涙が溢れていくので、千冬は布巾で目を擦ってやる。
     「身体は人間と、一緒?みたいなもんだから、な」
     「微妙に使い辛そうっスね」
     武道が場を和ませようと話を続ける。
     「そういえば、天使なら、翼とかも持ってないんスか?」
     「そんなの無くても飛べるぜ。見たいなら見せてやるけど」
     「いや、場地さん、飛んじゃダメですからね」
     そのまま何処かに行ってしまう気がするから、という言葉を千冬は飲み込む。
     すっかり場地の瞳から涙は引いていたが、真っ赤に腫れたままだった。
     あの日の涙がフラッシュバックする。



     日が沈むと周りに灯はなく、星が綺麗に見えた。天地の境界線が消えて、吸い込まれそう、そしてその先に宇宙があって、自分はちっぽけなモノだと考えると、自分もその中に吸い込まれてしまう気がする。
     「なんか、死にてぇって顔してる」
     コテージのベランダで星を眺めていると隣に場地がやってきた。
     「そんなこと無いですよ」と言い返すが「オマエは嘘が下手だな」と言われてしまった。
     ギュッと胸が痛んだ。まただ。あの物干し竿の様に雨に晒されて少し錆びた歯車が、ギリギリと音をたてているよう。これはもう自分では直しようがない。誰かに潤滑油を差してもらわなければ。
     秋の夜風は肌寒い。「部屋に戻りましょう」と千冬は場地と寝室に戻る。二人部屋でベッドが二つ。
     千冬の家にいる時はいつも場地が床にそのまま寝てしまうため、横になった時にお互いの視線が会うのは新鮮であった。
     千冬はベッドに潜りながら場地を見つめて、名前を呼ぶ。「なんだ?」と場地が聞き返すと「好きです」と短い返答。
     「オレも千冬のことが好きだ」無邪気な場地の微笑みに、千冬は少しだけ眉を顰める。
     「そうじゃないんです。オレ、場地さんに恋愛感情を抱いているんです」
     以前なら、絶対に言えない言葉だった。ただ、彼は場地圭介ではない。だからこそ、言えた言葉。ずっと言いたかった言葉。
     一方で場地はきょとんとして「千冬はオレとデートして手繋いで歩いたり、キスしたり、セックスしたい、ってこと?」と率直に聞いてくる。
     千冬は困ったように笑いながら「そうですね」という。場地はもっとよくわからない、という顔をしながら言葉を続ける。
     「えっ……オレ、一応性別は男なんだけどな……結婚とかしても子供は産めねぇし……あっ、そうだ、オレ性転換できるかもしんねぇから、そうしたら千冬と」
     「場地さん」
     千冬に柔らかく名前を呼ばれた場地は矢継ぎ早に紡いでいた言葉を断ち切る。
     また、一言好きです、という。言えなかった言葉を言えたことで千冬のわだかまりはほんの少しだけほぐれていく。
     場地は頬を緩めて「好かれんのも、悪くねぇな」という。
     穏やかな時間。ずっと欲しかった関係。
     けれどやっぱり彼は場地圭介ではないのだと、心底理解させられた。
     言葉を形にした瞬間から、自分の気持ちを偽れなくなる。たとえ相手が偽物でも、自分の気持ちは本当だ。
     これからが本番なのだ。
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