手紙「お主らさ〜、手紙誰宛てにした?」
いつもの昼休み。いつもの友達。いつものオタクトーク。アニメの最新話について盛り上がっていた最中、ふとマジカルみみ(美少女アニメだ)オタクの山田が言い出した。
彼が言う手紙とは、四時間目の現代文の授業で出された課題のことである。時候の挨拶やら拝啓・敬具やらの手紙の書き方を学んだので、じゃあ次は実践してみましょうか、というものだ。別に、中身を先生に見せるわけでもなんでもないし、提出の必要もないのだが、先生がご丁寧に自費でクラス全員分の便箋と封筒を用意してくれたからか、書かない選択肢を選ぶ人はほとんどいなかったように見えた。勿論自分も例外ではなく、誰かには書く心算ではあったが、手紙を書くような相手が見つからず困っていた。
「いや〜、そんな相手思いつかなくて。」
「まあそうだよねえ。おれもお前らしかほぼ友達いないからさあ、でも毎日顔合わせてんのに書くこともないしさあ。」
「ボクはみみちゃんに書くよ!」
「みみちゃんって、ありなのそれえ。」
山田のみみちゃん発言に、ゆるっとぐらし(ゆるキャラのようなものだ)オタクの篠田がつっこむ。
「じゃあボク、ゆるっとの作者さんに書こうかなあ。いつも癒されてますって。」
「いいね、それ!俺どうしようかな…。」
推しに書くか?でも、別に推しに手紙書きたいとか思わないし。作者さんに書くのも、こうちゃんとした手紙じゃない方が書きやすい。思いの丈を便箋一枚に書ける気がしない。
「あ、小倉くんはさあ、あの、あの人、うんと、あ!小野﨑くん!小野﨑くんは?」
もう家族で良いかと思っていたところに、篠田が思い出したように名前をあげた。小野﨑くんというのは、以前不思議な事件に巻き込まれた際に知り合った神絵師のことだ。正確な住所は知らないが、この辺で一番大きな家の表札が小野﨑だから、多分あの家に住んでいるんだろうなという予想はある。し、多分あっている。
「ああ、確かに小野﨑殿が良いんじゃない?小野﨑殿も友達いなそうだからきっと喜んでくれるよ。」
「山田くんさすがに失礼でしょ。」
「えー、友達いそうに見える?」
「…」
あの不思議な事件での唯我独尊というか、猪突猛進というか、我が道を行くというか、そんな感じの小野﨑くんの振る舞いを思い出し、押し黙った。まあ、いなそうではあるな…。
「待って待って小倉くん。おれは小野﨑くんに友達いなそうと思って言ったわけじゃないよお!前にさあ、小倉くんが小野﨑くんとなすびさんの話をしてくれた時にさあ、もっと絵の話聞いてみたかったって言ってたじゃん!」
話の雲行きが怪しくなったことを察知したのか、篠田があわてて訂正を入れる。
そういえば、そんなことも言った気がする。
あの一件の後、興味本位で小野﨑賢二の名前をググったら、繊細な絵から力強い絵まで、人物も背景も抽象画も出てきた。どれもなんとなく心惹かれるものだった。自分も絵を嗜む…ええと…小野﨑くんと自分を並べるのには抵抗があるが…一応、絵のような物を描く身であるので、構図についてとか色の使い方とか、もっと聞いておけばよかったとその時に思ったのは確かだった。
確かではあるが、俺と小野﨑くんは友達じゃない。手紙なんか送って、変に思われないだろうか。というか、僕のことは覚えているのか。
と、少し考えた後、ある考えに思い至った。
「うん、じゃあ小野﨑くんに書こうかな」
「おー、それが良いよ」
「うーん、みみちゃんに贈る手紙の内容どうしよう!」
「えー、いつも好き好き言ってることで良いんじゃないのお」
「ばっか!篠田氏適当かよ!ひかれちゃうよみみちゃんに!キモオタクだって!」
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拝啓
立春の侯。
小野﨑くんにおかれましてはご健勝のことと存じます。僕は元気です。
さて、突然こんな手紙が来て驚いたかもしれません。でも一方で、きっと小野﨑くんは色んな人からファンレターとかが来るから、そんなに驚かないかも、とも思ってます。君は、僕のことを覚えていないだろうから、僕のことは君の絵のファンだと思ってください。
あの不思議な部屋での出来事からしばらく経ちました。眼の調子はどうですか。僕はよく見えすぎな気がして、妙に落ち着かないです。でも、君の描いた絵で、最近のものの方が好きかもしれないと思えるのは今の眼のおかげかもしれません。あとは、なすびのことも気がかりです。あいつ、ちゃんと生きてんのかな。
寒さはまだまだ続くようです。くれぐれもご自愛ください。
敬具
令和◯年×月△日
小倉ますみ
小野﨑賢二様
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手紙を送ってから数日後の朝。
階下から聞こえるお母さんの声で、俺はベッドから落ちることになった。