竜の騎士と世話焼きおばさん3人で買い出しに町へ出た。
「そろそろ帰るか」
買い物を終え、バランが声を発したところで悲劇は起こった。
「いやだー!!かえらないも!まだ遊ぶも!」
ディーノ(2歳)のイヤイヤに火が付いた。
「ディーノ様。また来られますから」
慌ててラーハルト(12歳)がなだめるも、時すでに遅し。
地面にゴローンと大の字になって転がるディーノ。
「ディーノ様、こんなところで困ります。皆見てますから、起きて下さい。
バラン様どうしましょう?」
「こうなってしまっては仕方がない。力ずくでも連れて帰るぞ!」
「承知しました!」
ラーハルトがディーノを持ち上げようと力を入れた。
(!!!)
「バラン様!私の力では微動だにしません!まるで強力な磁石で地面に張り付いているようです!」
「なに!?私が代ろう」
バランはディーノを抱きかかえようとしたが、手からすり抜け再び地面に張り付いてしまった。
(バ、、、バカな・・・!私の力をもってしても動かせないとは!
こんな小さな子どもの何処にこんな力があるというのだ、、、。
おそるべき子だ!我が子ながら‼)
泣き叫び地面に転がるディーノ。
通りすがりの人々が横目で見ながら、何やらひそひそと話している。
「あーあ。お父さん可哀想」
「お母さんいないのかしら?」
「うるせーガキだな、黙らせろよ。親何やってんだよ」
冷たい視線や言葉がバランとラーハルトに突き刺さる。
「くそ!人間どもめ。誰しも幼き頃は他人に迷惑をかけて育ってきたはずなのに」
ラーハルトは、人間たちへの恨みを募らせた。
(しかし、確かにこのまま放っておくわけにはいかない。
普段子どもの声に慣れていない人からすれば、この泣き声を不快だと思うのは仕方がない事だ)
「バラン様、、、」
どうしたものかとラーハルトが見上げると、バランは白目をむいて天を仰いでいた。
(ソアラよ、、、)
「いや、バラン様。奥方様を想って天を仰いでる場合じゃないです。何か方法を考えましょう」
ラーハルトの言葉で我に返ったバラン。
(そうだ。何かで機嫌を取れば、、、)
そう思った時だった。
「あらー。ぼく、お父さんとお兄ちゃん困らせちゃだめよー!」
年配の女性3人が近づいてきた。
「ほらほら、おばちゃんのところにおいで」
ひょいッとディーノを持ち上げ、あやし始めた。
「!!!」
(バラン様と俺が全く動かせなかったディーノ様をいとも簡単に!
一見普通の女性だが、竜の騎士より強い力を持っているというのか⁉
まさか人間ではないのか⁉〉
ラーハルトは驚きのあまり言葉を失った。
「男所帯だと大変よねー。ほら、これ持って行きなさい。うちでとれたリンゴなの」
「うちで作った煮物もあげるから、ちょっと待ってなさい」
3人の女性は代わるがわるディーノをあやしながら、おすそ分けと称して色んなものを手渡してきた。
そんな状況に思わずバランもお礼を言っていた。
「あ、ありがとうございます、、、」
ディーノはいつの間にかスヤスヤと眠りについていた。
「落ち着いたみたいね。困ったことがあったらいつでもいらっしゃい。
あたし達、よくここらでお茶してるから」
そう言うと、彼女たちは各々の自宅に帰っていった。
「バラン様、、、。あの人たちは一体、、、」
少し考えた後、バランは答えた。
「あの人たちは、、、世話焼きおばさんだ!」
「世話焼きおばさん!?世話焼きおばさんとは何者ですか?ドラゴンの騎士よりも強いのですか?」
ラーハルトは問い詰めた。
「そうだ。ある意味では強い。ラーハルトよ。お前は今、『人間にも良い奴がいるのではないか』と思っているだろう?」
「申し訳ありません!実際彼女たちのおかげで助かったので、、、」
「ラーハルト、一つ教えておいてやろう。彼女たちは私たちを助けたわけではない」
(!!!?)
「どういうことですか?バラン様」
「彼女たちが助けたのは『かつての自分』なのだ。
今はたくましい婦人に成長した彼女らにも、幼子を抱え未熟な母親の時代があった。
その時、今の我々と同じような目に合い辛かった経験がある。
我々の姿を見て『あの頃の自分を見ているようだ』と手を差し伸べたにすぎん。
今回のことは彼女たちの自己満足だ。人間とはそういうものだ。」
「そんな、、、。」
「とはいえ彼女たちのおかげでディーノは落ち着き眠りについた。
もはや家事をする力など一握りも残っていない我々にとって、この差し入れは本当に有難い。
今回のことは素直に感謝しよう。
だが、私は人間を滅ぼすことをやめたりはしない!
ディーノの子育てが落ち着いたら、必ずや人間を滅ぼす!
行くぞ!ラーハルトよ!」
「はい!バラン様!」
こうして人間への復讐を改めて誓い、家路につく二人であった。
しかし、この時の彼らは知る由もなかった。
十数年後、バランは伝説の子育て支援の騎士として世界中を駆け回り、世話焼きおじさんの愛称で世の親子たちから感謝されていることを。
ラーハルトは、体操のラ―お兄さんとして毎朝世の母子たちのハートを鷲掴みにしていることを。
【完】