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    Leko_HB

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    Leko_HB

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    現パロでプロチームのコーチになった三上兄の話です。
    妄想2000%

    中綿に包まれる ポールスミスのスーツもフェラガモの革靴も、この土地ではなんの価値も見出さない。しっかり糊の効いた真っ直ぐな折り目をつけたスーツを着ても、その上には中綿のロングジャケットが覆われるし足元を見ても同じ素材のスノーブーツの地味な色が目に入るだけだ。
     4月半ばでも道路の脇には雪が溶け残り、鼻腔を突き刺す冷たさの風が吹くこの地域では、冬は防寒対策が一番優先され仕立ての良いスーツに価値を見出す人間は居ない。せめて軽くて見た目の良い高級ダウンジャケットをと思っていた気持ちも、自分よりも歳上で所属年数が長い選手に『ダウンは水に弱いからポリエステルの中綿にした方がいい』と言われては已む無く断念せざるを得なかった。
     この土地に来て早3年。大学で指導をしていた時にこの下部リーグのヘッドコーチの話が来た。バスケのプロリーグが盛り上がりつつあることは当然耳には入っていたし、指導者としてもっと高みを目指すのであればプロチームのコーチになることは人生の選択肢の中で重要なポイントだ。だが、まだ年功序列のようなところがあるこの世界では九州の大学のコーチとしてそれなりの結果を出していても、声がかかることは難しい。そんな時に舞い込んで来たオファーが地方の下部チームでのヘッドコーチの話だった。
     しかし、正直に言って良い待遇のオファーとは言えなかった。下部リーグの中でも下位争いをしているような位置に居るようなチームで、そんな状態が続いてスポンサーもファンも離れて余計に事態は悪化し、勝てる要素の足りない地方チームの悪循環から抜け出せていない。前年度のヘッドコーチは『責任を取る形で』などと取り繕った言葉を言って去って行き、残されたのは年齢も経験も浅いアシスタントコーチだけだ。そのアシスタントコーチが泣きついた先が自分が在籍している大学の関係者だったそうだ。
     ハッキリ言って泥舟でしかない。待遇は今より格段に悪い上に、住居となる地域は『田舎』そのもので地方都市と言えるレベルですらない。だがそれでも最終的に辿り着きたい場所の為にはいつまでも学生の指導者ではいられない。己の野心と、そしてかつて潰えた夢の為に。
     だがいざプロの世界へ行ってみると、思ったよりもプロ選手への指導は今までと違い楽な部分も多々あった。仕事としてバスケを行う人間に指導することは精神的に発展途上の学生達を相手にするより話が早いし、自分よりも歳上の選手の存在はチーム全体の精神的支柱としてこちらの負担を減らしてくれた。
     だがそれでも勝てないチームに共通していることは、チーム全員の見ている方向がバラバラだということだ。去年のスタッツを見ても大敗している訳ではなく、10点差前後で届かず敗戦している試合が多い。誰が言っていたのかもわからない言葉だが『10点差以内の勝敗はコーチの差』と言われているように、逃げていったHCの力量が無かったように思える。資金力も関係する部分は大いにあるが、下位リーグならば何処も似たり寄ったりだ。自分の指導があればとりあえず一年で今居るランクから中の上程度には引き上げられるだろうという自信もあった。
     着任早々選手に檄を飛ばし練習内容と戦術を見直し指示すると、今まで1/3以下だった勝率が半分程度は勝てるようになり1年目で当初予定していたランクアップを果たすことが出来た。
     その結果戦績が振るわず離れていたファンやスポンサーも少しずつではあるが戻り、何よりプロチームのコーチとして自分の評価が上がっていっていることが明らかに感じられ、自分の野心を更に震わせた。
     2年目には少し増えたスポンサー料で選手の補強に力を入れた。外国人選手は各チーム3人までしか在籍させられない。その3人の選択とチームに引き入れる手腕が問われるところだが、自分には一つ考えがあった。



     かつて自分が筑波で指導したロシア人、コウ・カジンスキーを外国籍枠で呼ことになったのは、彼が大学4年の頃だった。
     K2という愛称で呼ばれていた彼は、はっきり言えば貴重な外国枠を減らして在籍させる程体格に恵まれた選手では無い。基本的にはゴール下に強い大型センターの補強として選手を置くための枠だ。当然彼自身も理解していたことで、大学を卒業する頃に帰化して帰化枠を狙うか迷っているという話を偶々耳にした。そこで声をかけたのはかつて支持した教え子だからという生温い感情からでは無い。単に自分が遂行する戦術の中で外から打てるシューターが欲しかったという理由と、三ヶ国語を流暢に操れるスキルは、他の外国人選手と日本人選手の選手内コミュニケーションの担い手として役に立ってくれるだろうという試算だ。そして何よりも外国籍選手を呼ぶにはとにかく資金が必要になる。K2ならば他の外国人選手より破格の値段で契約出来、浮いた分で他の選手の獲得に回すことが出来るだろうという打算があった。
     この事はK2との契約時包み隠さず話をした。そのような事で怯むような覚悟で日本に来ていないであろうことは、だいぶ遠い記憶となった15才だった彼の表情から分かっていた。自分に外国枠で声がかかると思っていなかった彼はだいぶ驚いた様子で話を聞いていたが、お情けで声を掛けている訳では無いと釘を刺す。
    「私の戦術を遂行してもらう為に呼ぶのだ。力が無いと判断すればその時点で首を切る。わかったか。」
     かつてのように叱咤したつもりだった。だが目の前のK2の表情は非常に柔らかく、少し笑みを浮かべていた。
    「Спасибо. コーチの元でまた戦えることを光栄に思いまス。……今度は最後まで命令を聞きますヨ」
     高校の頃には一切許さなかった筈の軽口に眉間に皺が寄ったが、以前プロリーグでコーチによるパワハラ問題があり大々的な問題となった事を思い出し、『結果は出してもらうぞ』と告げて契約は交わされたのであった。
     そして契約発表から暫く経った頃、まだシーズンが開幕していないにも関わらず想定していない結果を早々に出された事には、自分としても誤算だった。
     K2の契約が発表されると、かつての教え子を呼んだという話題性と本人の端正な顔立ちと流暢な日本語により、瞬く間に地元のファンの間で人気になってしまったのだ。決してチームのマイナスでは無いどころか、プラスの影響だったのだが、試合シーズンが始まる前にプロ選手としての一つの価値がついてしまったという事に頭を抱えたのも事実である。
     特に家族の為に高校生の頃から日本に単身留学したというバックボーンと、この土地よりもずっと寒く人の居ない山で育ったというエピソードは何故かこの雪国の地方のファンに刺さったらしく、開幕前の練習試合の時点で手作りの応援うちわを作って来た年配のファンの姿も見受けられたほどだ。
     もしキャラクター性のみが評価され、実力が伴わなかった際の処遇については開幕前に少し考えるところもあった。だが、そんな不安を他所にK2は申し分ない働きをしてくれ、シーズン終盤には昇格に手が届きそうな程にチームは順位は上がっていた。


     3年目になるとタイミング良く上位リーグが総チーム数を増やすということになり、それが追い風となった。優勝こそ叶わなかっが準優勝という申し分ない結果となり、悲願の昇格を果たすこととなった。
     全ては計画通りに進んでいる。一年ずつ着実に自分の手によって地盤は固まっていくのが実感出来た。後はこの先自分自身にどういった声がかかっていくか上位リーグで試す段階だ。自分にとってはこの土地で結果を残すことは実績作りでしかない。そもそも上位リーグで長く継続しているチームとは資金も人材にも圧倒的に差がある。そんな地方チームでヘッドコーチをするよりも、都市部の競合チームのアシスタントコーチになる方がよっぽど未来への道に繋がるだろう。
     そうすればもうこんな所に用はない。冬の体育館の寒さに凍えることも、朝早くから駐車場の雪を寄せることも、訛りの強い高齢のスポンサーの話に愛想笑いすることからも解放されるのだ。
     今後の展望を想像しているとビュウと吹いた風が首元を冷やし、寒さに鳥肌が立つ。一応新幹線が停まる駅前だというのに平日の日中は歩いている人は居なく、閑散としている。
     昇格が決まったインタビューということで、東京からやってくる不躾な記者をわざわざ迎えに来たのだが、思っていた以上の風の冷たさに少し離れたところの喫茶店にでも入っておくべきだったと後悔した。
     仕方なしに到着時刻を確認しながら改札の前で待っていると、高齢の婦人が何故かこちらに向かってくるのが見えた。
    「あのぉ、三上ヘッドコーチですよねえ」
     60半ばくらいだろうか。婦人が少し気を遣ったように話しかけてきた姿に、スポンサー関係の人間かもしれないという可能性から出来るだけ紳士的に応対せざるを得ない。
    「ごめんなさいね。お仕事中でしょう。でもどうしてもコーチの姿見つけたら居ても立っても居られなくてね」
    「いえ、人を待っているだけですので。どうかされましたか?」
     何か用でもあるのかと促せば、目の前の婦人は持っていた鞄の中をゴソゴソと探り始め何かをこちらに見せるように取り出すと、そこにあったのは我がチームの選手がプリントされたキーホルダーだった。
    「私チームの大ファンなの。7年くらい前からずーっと応援しててねえ、シーズンシートも買ってるの。今は好きな選手のこと『推し』って言うんでしょぉ?私ねえK2ちゃんが推しなのよぉ」
     言葉自体は丁寧だが、だいぶこの地方ならではの独特なイントネーションで紡がれた言葉に、只のファンの一人か、と少し気を緩めた。だがファンでも一人のスポンサーには変わりはない。頭をビジネスモードに切り替えて、差し障りのない営業トークを返していく。
    「…そうなんですね。ありがとうございます。貴女のようなファンが居てこそチームは成り立っていますから、光栄です。K2も喜びますよ」
    「あらー嬉しい。もう本当にねえ、孫みたいに可愛い。みーんな可愛いの」
     ハハハと愛想笑いを返しつつ、内心ではいつまでこのやり取りが続くのかとうんざりする。幸いもうすぐ新幹線が到着する時間ではあるから、解放される時間が決まっているだけマシだろうという気持ちで営業対応を続けていた。
    「ええ、K2はよくやってくれていますよ。その上皆様から愛されていて幸せ者でしょうね」
    「でもK2ちゃん、来年は居ないかもしれないでしょう?」
     ドキリと心臓が跳ねた。
     まさかこんな田舎の高齢のご婦人からそんな芯を食ったような言葉が出てきたことに虚をつかれ、思わず一瞬喉が詰まってしまう。
    「あっ、ヤダヤダごめんなさいねえ。そんなことファンの前で何も言えないわよねえ」
    「いえ…、まだ来季のことは何も決まっておりませんので…」
     訛りの強い高齢のご婦人の姿に油断していたが、下位リーグの試合を観に来るほどの熱いバスケファンである事には変わりない。勿論K2の置かれている立場のことすら解っているのだ。
     K2は上位リーグでは外国人選手としては使えないということを。
     下位チームと上位チームの差は思っている以上に厚い。そもそも日本人選手は日本代表選手が在籍している上に外国人選手もNBAやユーロリーグで実績を上げたプレーヤーがゴロゴロ所属している。
     その中で体格が日本人と変わらないK2を外国人選手として起用していくことが現実問題不可能であることは、ほぼ間違いない事実になるのだ。上位リーグに昇格という任務を果たしてくれはしたが、それは同時にK2を解約するという事と同意であった。
    「ごめんなさいねえ、そんなこと言いたい訳じゃないの。ただ、三上コーチにとっても感謝してるの。本当にありがとうって」
     自分が上手く言葉を返せないでいると、婦人はニコニコと笑いながら言葉を続けてきた。
    「……4年前はねえ昇格どころかチームが無くなっちゃうんじゃないかって思ってたのよ。なのに三上コーチが来てからは勝てるようになって、居なくなっちゃったファンも戻ってきてくれてねえ、もしかしたら昇格出来るんじゃないかって夢見ることが出来てね…」
     いつの間にかはらはらと婦人の目から涙が流れていた。
    「…こんな田舎に来てくれてありがとうね。寒いでしょう。何もないでしょう。でもコーチも選手も皆頑張ってくれたから、決勝で負けちゃったけど、周りの皆がみーんな同じ色のTシャツ着てねえ、メガホン叩いて応援したこときっと私ボケても絶対に忘れないの。コーチも選手の皆も、もし何処に行くことになってもね、この田舎でずーっと応援してる人間がいるからね。それだけは忘れないで。本当に、本当にありがとうねえ」
     泣きながら、30近く歳下であろう自分に頭を下げて感謝の言葉を述べる婦人の姿にいつだったか言われた言葉が脳裏によぎる。

    『お前は一体誰の為に戦うんだ』

     その言葉を言われた当時は、全て弟の為であるつもりではいた。だがかなり独りよがりな感情と自分の野心によって歪んだ形になってしまったことは事実だ。
     だが現在弟である圭悟は真っ当に上位リーグのプロ選手として実力を発揮している。
     もう、保護者として監督する必要はない。
     だから今、自分が誰の為に戦っているのかという問いを聞かれても『自分の為』以外に答えは無いはずだ。
     この田舎に来たのも自分の将来のステップアップの為で、それ以上でもそれ以下でもない。当然今より良い条件が提示されれば迷わずここを離れるのに。
     それでも自分の口は、自然と言葉を発していた。
    「昇格しただけで満足ですか。見たくは無いのですか。東京体育館で優勝トロフィーを掲げる姿を」
     そう発した言葉に、婦人は涙を浮かべなかがら「あらー、それはもう早めにお願いするわねえ」と笑っていた。
     話終え、こちらに一礼をして去っていった婦人の後ろ姿を見ていると、父と母が生きていればこの人くらいの年齢だっただろうかと、もう記憶も朧げになってしまった過去をふいに思い出した。

    「柄にもねえこと言うようになったねえ」
     唐突に背後から声をかけられて思わず肩が跳ねた。振り返るとそこには見慣れた無精髭の大男がヘラヘラと笑いながら立っていた。
    「奥田先輩、着いたなら直ぐに話しかけてもらえますか。おかげでファン相手にだいぶリップサービスする羽目になりましたよ」
    「サービスねえ…。ま、そういうことにしといてやるよ」
     大学時代から変わらない憎らしい態度の先輩に、ハァとため息が漏れる。

    「いや、っつーか寒すぎねえか」
     薄手のブルゾンのみを羽織った先輩が自分を抱き込みながらブルブルと震えている様は実に愉快だ。
    「貴方が東京と同じつもりで来てるのが愚かなんでしょう。今夜は雪が降りますよ」
    「4月に雪おかしいだろ」
    「流石に積もりはしないですがね、濡れた雪が降るから寒いですよ」
    「マジかよとりあえずなんか上着調達させてくれ。ユニクロとか無いのかこの辺」
    「そんな店あるような場所に見えますか」
     「…見えねえな…」と先輩は絶望したように呟いた。辛うじて新幹線が停まる駅だが、駅ビルというものがある訳ではないレベルの拠点に過ぎない。そういった店が集まっている駅はここからもう一つ先の県庁所在地にあるのだった。
     これからインタビューを受けてその後懇意の店で食事することが決まっているのだが、その間ずっと寒い寒いと言われ続けるのは流石に鬱陶しい。
    「仕方ないですね。プライベートでわざわざ行くのもどうかと思いますが、スポンサーになっている服屋が駅裏にありますから、そこで調達してください」
    「助かったー!もうダウンでもなんでもいいからよ、買う買う。店に金落とすよ」
     間接的にお前の給料払うことになるな、と軽口を叩く先輩に呆れながら苦言を呈す。
    「ダウンはオススメしませんね。中綿のジャケットでも買わないと、この町の寒さは乗り越えられないですよ」
     目の前で情けなく震える先輩に、そう提案したのだった。
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    Leko_HB

    DOODLE↓以前書いた三上兄がプロチームのHCをしている時空のK2の話です。
    長くなったので前後編に分けます。

    https://poipiku.com/33325/7775933.html
    雪がとける日に(前編) 日本で一番雪が降ると言われるこの街の寒さは、僕にとってはなんてことないものだ。確かに寒くはあるが、道路は除雪され歩く道はあるし何よりコンビニや自動販売機で温かいものがすぐに買える。日本人は皆『田舎』と言うけれど、ロシアの山奥にある僕の実家を思い出せば大都会にすら思えた。
     
     ──この街に来たのはちょうど2年前になるだろうか。

     大学4年の卒業間近南郷大の監督に呼ばれ、下部チームで外国籍として契約を考えているというオファーが来たと告げられた時は本当に驚いた。その時の僕は丁度進路に迷っていた時期だった。バスケの強豪である大学の周りの皆は社会人チームに内定したり、教員免許を取って体育教師への道へと順風満帆に進路を決めていた。中でも高校からのチームメイトである圭悟は大学3年の時には既にプロリーグの上位チームから特別指定選手として声がかかり、既にプロのコート上で活躍し始めていた。他の筑波の皆も順当に各々の進路が確定した中、僕だけが宙ぶらりんのままだ。
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