スタッフが慌てて持ってきた冷却スプレーで、左足首を冷やす。
彼のトレードマークである赤い眼鏡に汗が飛び散っていた。
ターンの瞬間に変な方向へ曲がったのを見逃さず、衣装チェンジのために舞台裏に戻った時に即座に彼を問いただしたらこのザマだ。
パイプ椅子に座らせた彼の足元に跪きながら足首の様子を観察していた僕は、空手を通して持っていた知識で断定する。
「この足ではこの後のパフォーマンスは」
無理だと続けようとした口を、片手でふさがれる。
伸ばされた腕の向こうで、ギラギラと燃える槿花色の瞳が見据えていたので大人しく黙りはしたが、同じくらいの気持ちで見返した。
淡々と冷静であろうとしながらも、実はかなり感情豊かで熱い気性であることを、またそれが簡単に態度に出ることを十分に分かっている。
次に吐かれるだろう台詞も予想できた。
「僕の足の負傷など、今会場にいるファンには関係ない。最高のものを見せる。それが僕たちの使命だ」
痛みに脂汗を流しながらも、この決意の固さでは決して折れないだろう。
テーピングを持ってきたスタッフと入れ替わるように、僕はヤマカサの足元から立ち上がった。
僕たちの様子を少し離れたところから腕組みして見守ってくれていたハナビを振り返り訊ねる。
「プログラムを変更することはできるかな」
「シマカゼ!」
怒りの声が飛んできたが無視して続ける。
「僕のソロをこの後のヤマカサのと入れ替えてくれ。そうすれば冷却時間が稼げるだろ」
後ろで息を呑んだ音が聞こえた。
仕方がない。僕だって同じ決断をするだろうから。
「そうすっと、その後続けて3曲、シマカゼメインのダンスパート多めのが続くぞ。息切れしねぇか」
静かな返しがハナビから帰ってくる。彼こそがライブに関しては一番冷静なんじゃないだろうか。
僕はぐっと拳を握って前に突き出して笑ってやった。
「やり切って見せるさ。情けない姿なんか絶対に見せない」
僕だって端くれでもアイドルだ。
僕の覚悟が伝わったようで、ハナビは拳を同じく前へと突き出して返してくれた。
そのままスタッフへ伝達しに一気に走っていく。
「シマカゼ…その、すまな…」
今度は僕がヤマカサの口を塞いだ。
謝罪の言葉など必要ない。僕たちはチームなのだから。
レンズ越しで目線を合わせ、僕たちは頷きあった。
そして僕は両手を組み合わせて関節を鳴らしながらステージへ向かう。
さあ、全力で最高のもので魅せようじゃないか。