マイクトラブルあるある ファンの歓声に応えてボクは大きく手を振った。
一緒にウインクを添えるとファンの子たちも声を上げて返してくれる。このやり取りがライブならではで、いつも最高にキラキラした気分になれるんだ。
今、メンバーはステージのあちこちに散らばっている。パフォーマンスよりこうしてファンとの触れ合いを重視する時間だ。
マイクを片手に握りしめながら、もう片方の手は休むことなく会場に、そして出来るだけ多くのファンたちに向けて振る。
さあ、次の曲だ。
これはファンの皆お待ちかね、ボクらのリーダー・シンのソロから入る、ライブではほぼ欠かさずに組み込まれる人気曲。
巨大スピーカーから最初の一音が流れただけで何の曲か分かった会場が湧き立った。
ボクは今いる下手側からの次の移動場所を頭の中でシュミレーションしながらシンの歌いだしを待っていたけど…あれ?
とっくに歌いだしの箇所は過ぎているのにシンの声が聞こえない。
慌てて彼がいるステージ中央を振り向くと、マイクに口を付けて歌っているようではあるが声は全く入っていない。大いに焦った顔をしていた。それですぐに分かった。マイクトラブルだ。
どんなに高性能でも精密機械のマイクがこういった不調を起こして突然使えなくなることが意外と多い。
そのため、各所に予備のマイクを持ったスタッフが待機してくれてたりするんだけど、これが全員で歌っている時ならともかく、よりにもよってシンのソロ部分だ。しかも歌い出しなのに。
他のメンバーも様子に気づいて目線をシンへ向けている。これはまずい。会場の熱気を冷ましかねない。
ここは伝家の宝刀、『マイクを会場に向けてファンに代わりに歌ってもらう』をするしかないんじゃ…その間に新しいマイクを渡せるまでボクのを貸してあげられれば…
ボクは一瞬で判断すると不自然にならない速さでシンへのところへ走ろうとして、足を止めた。
代わりにマイクをスタッフから受け取る方に役目をチェンジする。だって、もうすでにシンの隣に彼が走り寄っていたから。
それすらもパフォーマンスの一環だと言わんばかりに堂々とした態度で、黒く長い衣装を翻してシンの隣へ到着した彼は、普段は他のメンバーと過度に絡んだりはしないくせにシンの肩に腕を回して口元に自分のマイクをあてがった。
至近距離でアイコンタクトを交し合って、即座に次のフレーズからシンが歌い出す。
この一連の流れと、こちらが妬けちゃうくらい息の合った様子とに会場中から悲鳴のような歓声が爆発した。
シンの澄んでいて力強いまっすぐな歌声は、そんな中でもボクらの心を的確に貫いてくる。
その心地よさに鼓舞されながら、ボクは陰から予備マイクを受け取りに急いだ。そして、頬が触れあうくらいに近くにいながらも懸命に歌唱を続ける二人へ、…できるだけゆっくり歩み寄った。
ボクも君たちのファンだからね。