イチゴポッキー と 小動物「はい、あーん」
「…何の真似だ」
俺は今、冬季限定とかいうイチゴポッキーを目の前に差し出されている。
確かに、休憩室を覗いた際にシンが一人でポリポリしてるのを見て、気になって訊ねたのは俺の方だ。
俺が欲しがっているように見えたのか、シンはもぐもぐ口を動かしながら立ち上がり、入口近くにいた俺のところまでトコトコとやってくると新しい一本を取り出し、先の台詞を放った。
そのまま渡してくれれば良いものを、なぜ食べさせてもらわなければならないんだ。
俺は小さい子どもじゃないぞ、と言えば
「オレはちゃんと手を洗ってるし」
言外に俺の手は汚いと言われた。…まあ、今まで工具を握っていたし、今もアイパッドをいじりながら歩いていた。お世辞にも綺麗とは言えないのは解る…が、ものすごく癪だ。
「後でもらうから取っておいてくれ」
「後じゃ遅いよ。全部食べちゃうから」
目の前で上下に揺れるピンク色から放たれる甘い香りが鼻をくすぐる。
菓子は結構好きだ。頭を使う作業が多いから合間に欲しくなるし、整備班のメンバーが何かと俺に菓子をくれる。デスクの中にはいつでもおやつが備わっていた。だからこのまま屈辱に耐えて無理にこれを口にする必要はない。ないんだが…
小腹をすかせた男子小学生に甘い誘惑は抗いがたかった。
ポッキー前に固まる俺に対して、シンは平然としている。大きな青い目がじっと俺の反応を待っていた。その目には意地悪気な色は浮かんでいない。
俺が食べようと食べまいと、本気でどっちでも良さそうだった。
数秒の葛藤の末、苦渋の決断。
背中をわずかに屈め、しぶしぶと口を開きその先端を口に含んだ。
「そんなに嫌そうに食べなくたって…」
下げる格好になった頭に、シンの呆れた笑いが降りかかったが無視する。
舌の上に乗った途端に脳へ伝わったイチゴチョコレートの甘味を享受するのに忙しいんだ。
溢れてくる唾液を細い棒へ絡ませて前歯で茎を折る。
ぽきっ、と軽やかな音と共に口内に収まったそれを奥歯で噛めば、チョコレート甘さと一緒に小麦粉の香ばしさが広がった。
ふとシンを見ると、目をまん丸くしてオレを凝視していた。
なんだ?
シンの手はまだ残りの半分ほどを差し出したまま。
俺は一口も二口も同じだと開き直り、残りの先端に食らいつくとサクサクとリズミカルに口内へ回収していく。
シンの指まで到達したからじろりと目で訴えてやると、シンは慌てて指を離す。
確かにこれはうまいな。ぺろりと唇についた粉を舐めとる。
俺が何も言わない間に、シンは四角いピンクの可愛らしい箱から、もう一本を取り出して同じように差し出してきた。
俺は今度は何の躊躇もなく口を開けて受け入れる。
「何か…」
ん?
「ウサギにニンジンあげてるみたい」
きゅうっと眉が眉間に寄ったのが自分でもわかった。
何だその例えは!
忘れていた屈辱が甦ったが、文句はもごもごと言葉にはならなかった。
「…ごちそうさま」
ごくりと全部を飲み込んだあと、礼儀として一応そう言った。すぐに踵を返そうとしたのをシンが慌てて引き留める。
何だと振り返れば、胸の、心臓部分に掌を乗せられた。
そのまま何かを確かめるかのように動かない。
「…何だよ」
「心臓の音、痛くないか?」
「は?」
真剣な表情でシンは続ける。
「ウサギとかの小さい生き物って、自分の心臓の音で揺れちゃうんだって。鼓動が体に負担をかけるくらい早くて強いから、寿命も短い…」
「俺は小動物じゃない」
「そうだよな、…よかった」
ごめん、変なこと言って。とへにゃりした笑顔を目に入れて今度こそ俺は休憩室から飛び出した。
体の奥から叩きつけられるように強まった鼓動をシンに感じとられる前に。
俺の寿命はあいつのせいで確実に縮められている。