しあわせになろう「しあわせになりたい……」
酔っ払ってグズグズに泣きながらそう漏らした露伴の肩を俺は引き寄せた。骨ばってる体は大柄な俺の腕にすっぽり収まって具合がいい。すぐそばから微かに品のいい香水の匂いがしてくらくらした。
「まあまあ、他にもいい子いますって」
「だってさあ、酷くないか? もう三人目だぞ、どうしてどいつもこいつも浮気するんだよぉ……ぼくにそんなに魅力がないってゆうのか?」
言いながら、露伴はボロボロ涙をこぼす。もうあんまりかわいいもんだから、俺はそのまま胸に引き寄せた。
「うう……」
酒も相まって、弱りきってる露伴はおれの胸に顔を埋めて泣き始める。あーかわいい。クソ、なんでこんな人がいるのに浮気なんてするんだクズ女が。
俺はもう十年近く片思いしてんだぞ、この漫画家の先生に!
露伴と出会うよりも前、小学校に入る前だと思う。そんくらいから、俺の恋愛対象は男だった。いまだに誰にも打ち明けたことはない。彼女作らねえの?と聞かれることはあるが、適当に遊んでるからと流してきた。実際、遊んで入る。相手は女じゃねーけど。
そんな俺の本命は、高校の時に出会ったこの岸辺露伴大先生だ。まず見た目が俺の理想。気難しいのが一発でわかる端正な顔と、しっかり管理された引き締まったスタイル。服装が奇抜なのも俺好みだ。昔は性格がキツいと感じていたが、もはや恋心をこじらせまくった俺には、全てがかわいく見える。ワガママも俺に言ってくれるなら嬉しいし、罵られてもキュンとしちまう。末期だ。
それなのに、クソみたいな恋愛体質の露伴はロクでもねえ女に引っかかっては捨てられて、こんな風に泥酔する。他の奴の前じゃ格好つけたいらしく、こんな風に弱みを見せるのは俺にだけ。そういうのが、また俺の心を掴んで離さない。
「もう、恋なんてしない」
「そうなの? もっといい子いるんじゃないスか、気づいてないだけで」
「……本当に?」
至近距離で見上げられて、グラグラ俺の理性が揺れる。こっちもそれなりに酔っ払ってるからな。
「本当に。ほら、案外近くにいるのかも」
「ちかく……」
じっと見つめられてるとキスしたくなる。このままキスて舌突っ込んで腰が砕けるまで舐め回して、そのまま押し倒して突っ込んで俺のものにしてー。
けど、しない。俺は露伴が好きだから。ああ、辛い。
「そうかな」
「そうっスよー」
今度は優しく抱きしめてやる。すると露伴も、背中に手を回してきた。あー勘違いしそう。させて欲しい。
「あったかい」
鼻声でそんなこと言うから、もっとぎゅーっと抱き締めた。そしたら笑いながら「痛い」って怒られる。ヤバい。今、とんでもなく幸せかもしれない。
「俺にしとく?」
「はは、悪くないかもね」
心臓がぎゅーっと痛くなった。言うんじゃなかった。どうせ本気にされねえのに。
「考えといてください」
んで、俺は露伴のこめかみにキスしておいた。なんとかおふざけで誤魔化せそうなレベルのやつ。あー、本当はもっとすげーことしてーけど、嫌われたらもう生きていける気がしない。そんくらい、俺はこの人にメロメロで人生捧げる気になってんだ。
「ん」
頷いた露伴はそっと体を離して、注文のパッドで烏龍茶をタップした。
「今の、1時間後にもう1回言ってみろ」
「はい?」
「あれ、いまぼく口説かれてなかった……?」
口説いてました。ぽかーんとしてる俺の前にも烏龍茶が運ばれてる。
「とりあえずこれ飲むぞ」
露伴の喉が烏龍茶を嚥下してコクコク動く。かわいい。そしてようやっと俺は一世一代の大チャンスに気が付いた。
ぐいっと烏龍茶を煽って、決意を固める。そうだ、俺だって幸せになりたい。
ぐっと拳を握りしめて、その時を待つことにした。